原題:『全員、片想い』
監督:飯塚健/永田琴/宅間孝行/原桂之介/藤井道人/山岸聖太/伊藤秀裕
脚本:飯塚健/永田琴/宅間孝行/原桂之介/藤井道人/山岸聖太/伊藤秀裕
出演:加藤雅也/伊藤紗莉/森絵梨佳/広瀬アリス/知英/新川優愛/清水富美加/橋本マナミ
2016年/日本
「何か憂鬱」な感想
かつて一世を風靡したグループのボーカリストだった主人公の三崎透が自身がパーソナリティを務めるラジオ番組で、リスナーから募った片想いのエピソードを元にした体の7人の監督によるオムニバス作品である。
最初のエピソードである「MY NICKNAME is BUTATCHI」において、例えば、主人公の女子高生のノムラが友人のカンザキと授業をサボって学校の屋上で寝転がっているシーンは、お互いの肩に頭部が来るように横になっているのであるが、2人の目線が一直線に並ぶように配置したり、Y字の交差路でノムラとボーイフレンドのサタケとの微妙な関係を表現したりと、飯塚健監督のいつもの細かい演出が冴えている。
しかしどうも話がよく分からないのは「サムシングブルー」という作品で、セリフが一切なく、あっても字幕で流される斬新な演出は悪くはないが、主人公の希美が美容師の慎一に一目ぼれしたのは彼女が母親に連れられて行った、慎一が経営する美容室においてである。やがて明らかにされるように希美は先天性か病気かで耳が不自由なのであるが、ある日美容室に行くと慎一が手話で話しかけてきたことに希美が動揺して美容室に行かなくなるのである。しかし最初に行った時点で希美の耳が不自由であることは慎一には分かっていたはずで、だから慎一はわざわざ手話を勉強したはずなのである。だからどうして希美が自分の耳の不自由なことを慎一に知られて恥ずかしく感じるのかよく分からないのである。慎一に婚約者がいてショックを受けたというのが原作らしいのだが、本作のストーリー展開もそのような流れだっただろうか。「サムシング・ブルー」とは結婚式の当日に「なにか新しいもの」「なにか借りたもの」「なにか古いもの」「なにか青いもの」の4つの内の一つで、この4つを取り入れれば永遠の幸せが続くというヨーロッパの言い伝えらしいのだが、ストーリーに昇華しきれていないように思う。