goo blog サービス終了のお知らせ 
goo

ソロ(5)

義男の乗ったRZ-Rが駐車場を出て行った。
三上は、自動販売機で飲み物をひとつ買うと、1台残されたF3の元へと歩いて帰った。
大きな、ゆっくりとした伸びをしてからF3横に腰を下ろし、美しいF3のボディを眺めながら、購入した飲み物を一口飲む。

まさか、井川君だったとは…。
三上は少し苦笑いする。
そうさ、逃げられやしない。
最初から、わかっていたことだ。
走り終わったら帰るために、走りに出るんだから。

もう一口。
ウィスキーを飲むかのように、ちびりちびちりと、三上は缶の飲み物を飲んでいく。
アグスタF3か…。美しくて。上品で、獰猛な感じだな…、と三上は思う。
獰猛だとどこか下品になる日本の、例えばカワサキのマシンには、どこか愛嬌を感じる。
そう、関西のノリだ。

獰猛にして上品で、セクシーで、取り澄ましている。
これはやっぱり、ヨーロッパの感性だな…。

もう一口。

それにしても、井川君とはね…。
会社でべらべらしゃべんなきゃいいんだが…。
まあ、無理か。口止めもしたくないしな。

時計を見た。5時を回っている。朝の特別な時間が徐々に終わっていく。
愛するこの時間帯を、井川にくれてやることになるとは、まあ、それも巡り合わせと言うやつか。

三上は立ち上がり、もういちど伸びをする。
目の前の広い草原の向こうに林が続き、その向こうに大きな山塊が見えていた。
この山を眺めるのも久しぶりだ。
…変わっていない。昔のままだ。
山の姿も。朝の気配も。
自分と、マシンと、道が、少し変わった。
人通りはほとんどないとはいえ、F3を置いて離れるわけにはいかない。
三上は、F3の見える草原まで少し歩いてそこに腰を下ろすと、残りの飲み物をちびちびやりながら井川の帰りを待つことにした。

しばらくして、特徴ある2ストの排気音が遠くから響いてきた。
井川君か。結構飛ばしているな…。
三上は立ち上がり、再びF3の側へと歩みを進めた。
音は次第に近づいてくる。

三上は自動販売機に歩み寄って、井川のために飲み物を買おうとしたが、少し考えてやめた。
F3の隣でRZの帰りを待つ。

間もなく、RZは帰ってきた。
F3の横につけてエンジンを停める。
バイクから降りると、井川はグローブを外し、ヘルメットを取る。
ヘルメットの下から、
わからない…という表情の井川の顔が現れた。(つづく)
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )
« ソロ(4) 雪降り。 »
 
コメント(10/1 コメント投稿終了予定)
 
コメントはありません。
コメントを投稿する
 
名前
タイトル
URL
コメント
コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。