50歳のフランス滞在記

早期退職してパリへ。さまざまなフランス、そこに写る日本・・・日々新たな出会い。

先人たちの知恵―19

2007-08-12 00:55:48 | 先人の知恵
日本では猛暑のようですね。暦の上では立秋を過ぎたとはいえ、35度以上のところも。残暑お見舞い申し上げます。

さて、暑さの中、例によって少々長い引用ですが、最後までお付き合いいただければ幸いです。

今回ご紹介するのは、倉田保雄氏著『新ジャポネとフランセ~ボンジュールさん、こんにちは~』。1990年刊です。著者の倉田氏は、共同通信の特派員としてロンドン、パリに駐在された方です。ご尊父が国際ビジネスマンだった関係で、幼少の頃からブリティッシュ・イングリッシュとフランス語に接する機会が多く、自然にマスターされたとか。しかも、暁星のご出身でフランス語をフランス人から直接習われたので、まったく不自由しないレベルだったようです。また、フルブライト奨学生としてアメリカで学んだ経験もお持ちですので、日米欧の視点からの考察にもなっています。


(いまやビジネスの中心街のひとつ、デファンス地区のビル群です)

・そもそも、フランス人は地球上の人類はすべてフランス語を話し、自分たちと同じように振る舞うべきだと思い込んでいるから、“西の果て”からきたアメリカ人が変な言葉を話し、けったいな振る舞いをして平気でいることが、不思議であると同時に腹立たしくもあったのである。だから、ことあるごとにアメリカ人をからかい、バカにすることをスポーツなみに楽しんでいるかのようだったが、客観的にみて興味深かったのは、どんなにバカにされ、からかわれようと、アメリカ人はフランス人を称賛しているということで、“自由の女神”のご利益の大きさにつくづく感心したものだ。

・フランス人、特にインテリ層が英語をよく使うことだ。サンジェルマン・デ・プレのキャフェで、あるいはビジネスエリートたちがよく来るレストランで、近くのテーブルでフランス人が交わしている会話の中に、極めて当たり前であるかのように英語が飛び出す。パーティ、ディーラー、スポーツカー、ルック、ビジネス、ショッキングなどなど。

・フランス政府も一九九〇年代の「英語で動くヨーロッパ」を想定して、英語教育の強化に乗り出しているが、同じやるなら幼児のころから徹底的にということで、小学校で英語を教える方針を打ち出した。

・フランス人は「パリはつねにパリ」(Paris est toujours Paris.)で変わらないと言う。たしかにそのとおりだと思うが、一九七〇年代の前半に四年間パリに住んでいた私から見ると、八〇年代終わりのパリはウソのように変わっている。それはパリの電話である。(略)私が特派員として駐在していた当時のパリの電話は文字どおりの“悪夢”(コシュマール)であった。どうしてコシュマールかというと理由は簡単明瞭、ダイヤルを回してもまともにかからないからだ。(略)“花の都”にきてまさかこんな原始的な苦労をするとは思ってもみなかった。

・日本人は“国際”(インターナショナル)という言葉が好きだ。ヨーロッパからの帰国子女が困惑することの一つに、有無をいわさず、“国際人”にされてしまうことがある。「なぜ、日本人ではいけないのか」と彼らは首をかしげるわけだが、国際人のお手本がフランス人や英国人だと聞かされて二度びっくり。そして最近では総理大臣までが、“国際国家”などという不可解なことを言いだした。国際とは国と国との相互関係であり、どんな国でも必然的に国際国家であるわけで、文字どおりナンセンスである。おそらく、国際は“かっこいい言葉”だから国民に受けるという単純発想から出たに違いない。仮に、国際国家がフランスや英国なみの国際性を備えた国を意味するとしよう。そこで、日本がそういう国家になれるかどうか。私はきわめて疑わしいと思う。それは、ヨーロッパの国際性は“先天的現象”だからだ。(略)ヨーロッパの国際性は外国を受け入れるという先天的条件を備えているのが特徴で、国際性は氷山の水面下に匹敵する広がりを持つ。日本がこのハンディを乗り越えるのは不可能に近い。いずれにせよ、首相が国連などで演説の英訳原稿を棒読みしたぐらいで“国際国家”になれるほど国際社会は甘くない。

・日本人は「フランス人は働かない」と決め込んでいるようだが、よく聞いてみると、働かない現場を見ているわけではなく、ただバカンスに熱心だということからそう思い込んでしまっているのだから、なんともいい加減な話だ。もっとも、フランス人は“遠い国”(ペイ・ロワンタン)の日本人になんと思われようと平気でいるからどうということはないが、いずれにしても、バカンスから人間の勤勉度を割り出すのはいかにも日本的な処世観である。フランスのサラリーマンとひと口に言っても日本のように均一性がないので、一概に勤勉かどうかの判断を下すことはできない。とにかく階級区分がはっきりしている社会で、しかも世界に冠たるエリート主義の伝統がしっかり根を下ろしている国だから、平等主義が徹底している日本とはきわめて対照的なことが多いのだ。

・私の知るかぎり、フランスのカードル(註:cadres=エグゼクティヴ)は実によく働く。カードルとの比較において、一般社員が働かないということは言えるかもしれないが、とにかく彼らがよく仕事をする実態は、なぜか日本ではほとんど知られていない。まず、カードルの出社であるが、これが日本とは逆で、大体において一般社員より早く出社する。午前八時以降に出社するカードルはまずいないとみてよいのではないか。中には午前七時ごろにきて、書類に目を通しサインし、新聞やテレックスで入ってきているビジネス関連情報をインプットし、一般社員が出社してくるころには、“バッテリー・チャージ”完了。課長になったら、一般社員より遅く出社することに存在理由(レーゾン・デートル)があるとか、部長になったら会社の車が迎えにくるといった日本式ビジネスマンシップとの違いが歴然としている。通勤はマイカーがほとんど。(略)退社時間は六時だが、カードルは八時ごろまで仕事をする。それでも終わらないときは、家に持ち帰ってするといった具合で、一日、十四時間ぐらい働くカードルは決して珍しくない。隣の小部屋のカードルとはつねに社内生存競争をしているのだから、うかうかしていられないからだ。

・日本では想像もつかないような密度の高いエリート教育を受けるだけに、イックス(註:グラン・ゼコール御三家の一つ、エコール・ポリテクニック(理工科大学校))はみなきわめて優秀だ。また、日本人は、なんで政治家や外交官、会社重役になるのに数学教育が必要なのかと不思議に思う向きもあるようだが、フランスでは数学は“論理に強くなる”手段として教え込まれるのであって、数学は文科系の学生にとっても重要な教科なのだ。“デカルトの末裔”であればなおさらのことである。こういうエリート教育を受けた人物が首相や大統領になるのだから、非論理的な発言や、低次元の失言、無知によって、国民の笑いものになるというようなことはまずありえない。

・セーヌには三十一の橋がかかっている。全長十二キロだから、約四百メートルおきに橋がかかっている勘定になるが、それらの橋がそれぞれ個性的な造形美を競い合っているのは、“パ・コム・レ・ゾートル”(pas comme les autres=ひと味違う存在)に生き甲斐を感じる個性的なフランス人を象徴しているかのようだ。

・かくして、七月十四日はパリジャンにとって「最も長い一日」(ロンゲスト・デー)だったのだが、ベルサイユ宮殿にいたルイ十六世の日記には、「リャン」(何もなかった)と記載されていたのだ。当時の通信手段からすれば不思議でもあるまいが、いずれにしても、日本あたりでは、バスチーユ陥落で王政は倒れたと歴史を勝手に締めくくってしまっている傾向がみられるが、それはとんでもない間違い。王制が崩壊し、第一共和制が創設されたのはバスチーユから約三年後で、たとえば、一七九〇年の七月十四日に行なわれた革命一周年記念式典にはルイ十六世が国王として堂々出席し、参列者の中からは「ヴィーヴ・ル・ロワ!」(Vive le Roi !=国王万歳!)の叫びも聞こえたという。アメリカ人同様に、マニ教信者のように善玉と悪玉に区別してものごとを考えないではいられない日本人には奇異な感を与えるかもしれないが、ヨーロッパの政治とはそういうもので、むかしもいまも変わりはしない。

・フランスには「終わりよければすべてよし」(Tout est bien qui finit bien.)という諺がある。だとすれば、たとえ一世紀かかろうとも、終わりよければ大革命は成功だったということになる。ちなみに、フランスでは過去二百年間に十五の新憲法が制定されている。平均して十四年ごとに新憲法が出てくるという政治風土は、革命らしい革命を体験したことのない、しかも明治憲法と現行憲法しか知らない日本人にはそれこそ“信じられない”(アンクロワイヤーブル)だろうが、そうした切磋琢磨によって、ヨーロッパ政治のリーダーシップを握るこんにちのフランスがあるのだと私は思う。ナポレオン曰く、「革命とは悪臭の強い堆肥のようなものだが、その堆肥がやがて畑に立派な野菜をもたらすのだ」

・フランスのインテリ支配階級は毎朝、保守系の「フィガロ」を読み、夕方は革新系の「ルモンド」を読む。だからひとたび政治談議となったらテーマにこと欠くようなことはない。よく、フランス人は財布は右、投票のときは左というが、フランスで暮らしてみるとその辺の兼ね合いがよく分かっておもしろい。日本のように、新聞がみんなそれぞれ公器であると思い込んで中立を気取っている国では不可解なことかもしれないが、フランス人に言わせれば、新聞が軒なみ中立なんてことはありえないし、第一つまらないということだが、私もそう思う。「パ・コム・レ・ゾートル」(他人と同じでありたくない)が確固たる生活信条であるフランス人と、たえず他人と同じでありたい日本人との違いがはっきり表れているわけだが、新聞に限らず政治もまた「パ・コム・レ・ゾートル」の例外ではない。

・ちなみに、フランスでは大統領や首相の不倫はささやかれても、スキャンダルになる可能性は少ないし、地方選挙の候補者など愛人(プチタミ)連れでキャフェのハシゴをやると票が増えるという。「あすはわが身」で暗黙の了解らしい。

・また、これは新聞ではないが、フランスなどでは、トイレの番人のおばさんでも、メトロ(地下鉄)の切符売りのおばさんでも、それなりに一家言を持っていて、ドゴール政治について堂々と三十分ぐらい自分の“社説”を論じまくる――といった現象は日本ではまず考えられないだろう。読者がこのように個人としてのはっきりした意見を持っているから、新聞も社説にはうっかりしたことをかけない。

・大体において、フランス、フランスと騒ぐわりにフランスを知らない日本人が多い。フランス革命についても、革命はブルジョワ革命であったにもかかわらず、プロレタリア革命だと思い込んだり、革命は一七八九年から十年間も続いたのに、七月十四日の「バスチーユ襲撃」だけで革命が終わったのだと勝手に決めつけるのはザラというありさまだ。リベルテ(自由)、エガリテ(平等)、フラテルニテ(友愛)というスローガンにしても、これは革命の過程で生まれたもので、このスローガンの下に革命が展開されたのではないという基本的事実も認識されていないようだ。それはまあ仕方がないとしても、現代のフランス人にとって、自由とは政治的自由よりは生活の歓び(joie de vivre)を味わう自由であり、平等は絶対平等ではなく、不平等にたいする平等、そして友愛は相互不信のうえに均衡が保たれているフランス社会に必要な友愛であるという相対的な意味合いの概念であるという事実を、この際、認識しておく必要があるのではなかろうか。

・・・いかが読まれましたか。フランス学の大家として、あるいは国際関係論の大家として、幅広い知識を基に、日本人への励ましともども、自由に語られています。今回は省略しましたが、さまざまなデータも多く、70年代・80年代のフランスについての資料としても充実した内容になっています。


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6 コメント

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残暑見舞い (LIPRIVER)
2007-08-12 06:27:32
ホント日本は暑い日が続きます。神戸も暑い日が続いていますが、我が家は神戸と言っても山の方ですから、夜は意外と快適に過ごせております。姪っ子が一人で神戸市内に住んでいますが、クーラーが切れたら目をさますと嘆いていました。世界中、何処も暑くなっているようですが、お身体、お互いに気をつけましょう。また、フランスについて色々知る事が出来ました。毎日のアップ。ホント感心します。takeさんのように、色んな目を持ってみる事が大切なんでしょうね。見習います。
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先人達の知恵 (vague)
2007-08-12 15:00:34
先人達の知恵で語られるフランス人観は自分の言いたいことを代弁してくれているようで特に楽しく読ませていただいています。そのフランス人観ですが学生達と4週間付き合ってから少し変わってきました。しなやかな感性で日本を吸収して帰った彼らは、私だけでなくホストファミリーのフランス人観も塗り替えたようで多くのファミリーから耳にしました。将来、卒業と同時に幹部クラスにつく彼らの時代がどう変わっていくのか楽しみです。
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暑い日本 (take)
2007-08-12 15:42:34
LIPRIVERさん

日本は、猛暑みたいですね。こちらは、22~23度という気温の日が続いています。暑くなくて良いのですが、やはり夏はTシャツで!と思うと、残念です。

いつもながらのきれいな写真、拝見しています。ご自愛の上、これからも、素敵な写真を!
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ご苦労様でした。 (take)
2007-08-12 15:45:24
vagueさん

4週間のお世話、大変でしたね。来た側、受け入れた側、双方にいい思い出となったご様子、いい交流だったのでしょうね。

大変でしょうが、こうした交流、続くと良いですね。
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日・仏交流 (vague)
2007-08-12 21:17:39
来年、日仏交流150周年にあたって、ワークショップを計画していますがTake さんのアドバイスをいただけたらと思っています。メールを送らせていただいてもよろしいでしょうか。
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どうぞ、どうぞ! (take)
2007-08-13 00:07:32
vagueさん

そうですね、来年は日仏交流150周年。多くの先人の方々が築いてきた日仏関係。ありがたいことです。感謝! その気持ちを何かで表せればとは思っていました。浅学でお役に立てるようであれば、メールなり何なりと、ご連絡ください。
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