50歳のフランス滞在記

早期退職してパリへ。さまざまなフランス、そこに写る日本・・・日々新たな出会い。

日曜コンサート。

2007-02-28 03:33:15 | 美術・音楽
日曜日の昼下がり、ふたつの無料コンサートに行ってきました。

・最初は、午後3時半からのオルガンコンサート。会場は、サン・ジェルマン・デ・プレ教会(Eglise St-Germain-des-Pres)。

この教会、もともとは542年といいますから1,460年以上も前、クローヴィスの子でフランクの王、シルドベールにより建立されたそうです。当時は荒野の中。その4年後、パリの司教、ジェルマンが聖人としてここに葬られると、サン・ジェルマン・デ・プレ(原野の聖人ジェルマン)教会と呼ばれるようになったとか。その後ヴァイキングの襲撃による荒廃やフランス革命による一部消失などがあったものの、その後修復されて今日の姿になっているそうです。ロマネスク建築を代表する教会で、奥行き65m、幅21m、高さ19m。今では左岸の顔になっています。


この日のパイプオルガン演奏は、山上はるさん。エリザベト音楽大学でオルガンを学んだ後、81年に渡仏。オルセー音楽院、ブローニュ音楽院を卒業。現在、ナンテール市立音楽院で教鞭をとりながら、ヨーロッパを中心に演奏活動を行っていらっしゃる方です。

曲目は、バッハのコラール変奏曲。天から啓示が下されるような、あるいは雷が落ちてくるような、激しく、それでいて厳かな演奏です。天井を見上げれば、まるで星空のようで、久遠の時を示しているようでもあり、左右のキリストの生涯を描いた壁絵からは、救いの手が魂へ差し伸べられているようであり、教会で聴くと、コンサートホールとは違った感動に包まれます。

演奏を目当てにやってきた人たちに観光客も加わり、ほぼ満席状態。1時間の演奏を満喫しました。


・ふたつ目は、5時からのソプラノとピアノによるコンサート。会場は、アメリカン・チャーチ(Eglise Americaine)。

海外最初のアメリカン・チャーチとして1857年に完成。その後1930年に今の場所(オルセー河岸、アンヴァリッドの近く)で新たに完成を見たそうです。ゴシック・フランボワイヤン様式。

外観はフランス風ですが、中に入ると、上の写真のように一部にアメリカ風の建物が混じっています。以前ご紹介したアメリカン・ホスピタルにも似た雰囲気です。やはり「アメリカ」にこだわるのでしょうね。

オルガンは、3,328本のパイプからなっているそうで、その前のシャンデリア、そして周囲のステンドグラスと絶妙にマッチしています。

ソプラノはロザリン・マルテル(Rosalyne Martel)、ピアノはドミニク・フルニエ(Dominique Fournier)とキャロリン・シュスター・フルニエ(Carolyne Shuster Fournier)。曲目は、モーツァルト、シューマン、シューベルト。心に染み入るような美しいソプラノでした。曲の内容とかよりも、とにかくその声の美しさや豊かさに大満足の1時間半でした。

“l'officiel des spectacles”(ロフィシエル・デ・スペクタクル)とか“pariscope”(パリスコープ)といった情報誌を見ていると、よく無料のコンサートが紹介されています。とくに教会で行われるものに多いのですが、決していい加減なものではなく、プロのしっかりした演奏になっています。感動すれば、出口で若干の寄付をすればいいだけで、誰でも聴きに行くことができます(といっても、実際はほぼ全員白人)。

教会で聴くクラシック音楽。心が洗われるようなひと時でした。

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多言語化。

2007-02-27 01:54:59 | マスコミ報道
日本でもバイリンガルどころか、トリリンガルとか、あるいは4ヶ国語、5ヶ国語を話す人もふえてきているのかもしれないですが、ヨーロッパでは、言語がお互い近いせいもあるのでしょう、3~4ヶ国語を話せる人はそう珍しくありません。

このように多言語化が進んでいるその裏で、消滅しつつある言語が増えている、と訴えているのが、21日付のmetro(メトロ紙)です。



2月21日は、ユネスコ主催のLa Journee internationale de la langue maternelle(国際母国語の日)だったそうです。今地球上で話されている言語はおよそ6,000。そのうち数百しか学校で教えられていない。実際、6,000の言語の96%は人類のわずかに4%によって話されているだけ。逆に4%、即ち240の言語が全人口の96%によって話されているわけです。したがって、少数民族の言語は、学校教育からはずされ、やがては消えていく運命にあるのかもしれません。言語が消えれば、文化も消える。それでいいのでしょうか。いいわけないので、ぜひ学校教育を多言語化し、消滅の危機にある言語を救いたい、というのがユネスコの主張のようです。

因みに、ということでこの記事が紹介しているのは、世界で話す人が多い言語。1位は英語で、2位がフランス語、3位はスペイン語。外国語に訳された書物の多い言語は、これらの3言語プラス、ドイツ語、ロシア語、イタリア語、スエーデン語だそうです。また、多くの言語に訳された著作のトップ5は、ディズニー、アガサ・クリスティー、聖書、ジュール・ヴェルヌ(先日その家をご紹介しました)、レーニンだそうです。

しかし、中国語がトップ3に入っていない。おかしいですね。人口14億。しかも華僑の多くが今でも話す中国語。Wholesome wordsという団体の資料では、話す人口の多い言語は、1位の中国語から以下スペイン語、英語、ヒンズー語、ポルトガル語、ベンガル語、ロシア語、日本語、ドイツ語となっており、フランス語は9位までに顔を出していません。
http://www.wholesomewords.org/missions/greatc.html
このあたり、どの程度話す人を含めるかなど、それぞれの調査データによる差は大きいと思いますが、いずれにせよメトロ紙の記事はデータソースを出していないので確認しようがありません。ただ、今までの経験からすると、何かのデータの内、フランス語だけは少しでも話す人の数を調べた自国のデータを使って増やしたのではないか。しかもヨーロッパ以外を無視した結果の2位だと思います。「世界」とはヨーロッパとせいぜいアメリカ、カナダを加えたもの、という無意識が現れてしまったのではないでしょうか。自分の都合のよいようにデータを改ざんして悦にいるのは中国の専売特許かと思っていましたが、ヨーロッパの中華思想の国も同じようなことをやっているようです。でも、冷静に考えれば、この手のこと、程度の差はあれ、多くの国がやっていることかもしれませんね。ただ、若干やりすぎの国が2カ国ある、ということなのかもしれません。

ということは、外国語に訳された書物のランキングも怪しいものです。ご紹介しておいて恐縮ですが、この新聞記事、ユネスコの主張以外はあまり信用なさらないで頂きたいと思います。悪しからず。

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フランス映画事情&セザール賞。

2007-02-26 03:05:23 | 映画・演劇・文学

23日付のmetro(メトロ紙)です。「フランス映画は抵抗している」という見出しです。何に対して抗っているのか・・・お分かりですね、ハリウッドに負けまいと頑張っているわけです。

昨年2006年は、フランス映画界が非常なる活況を呈した年だったそうです。映画館への入場者数を、観た映画の製作国別に見ると、フランス映画=46.8%、アメリカ映画=45.2%、その他の国の映画=8.0%。この46.8%という数字がいかに凄いかは、他のヨーロッパの国々の状況を見れば一目瞭然です。イタリア、スペイン、ドイツ、イギリスといった、映画産業が決して衰退していない国々においてすら、自国製作の作品を観た観客の割合は20%以下。80%以上の人がアメリカ映画を観たことになるそうです。

昨年入場者の多かった作品トップ10のうち、7作品がフランス映画。1位の“Les Bronzes 3”(レ・ブロンゼ3)というフランス映画は1,035万人以上を動員し、2位のアメリカ映画“Pirates des Caraibes”(カリブの海賊)より370万人も多かったそうです。因みに10位の作品の入場者数は、308万人でした。

では、ハリウッド映画に対抗するには、どうすればよいのでしょうか。もちろん、作品の質を上げるとともに、観客が観たいと思う作品を製作すること。そのためには、まず資金援助。国立映画センターを通しての公的支援、Gaumont、UGCをはじめ多くの映画産業による支援、テレビとの提携による製作費調達など、いろいろな方法でより多くの資金を獲得し、話題作づくりに成功しているそうです。もうひとつは、キャスティングの妙。いかに興味をそそる俳優をそろえるか、いかに役に最適なキャスティングを行うか。そのことが観客数の増加につながっているそうです。

フランスでは水曜日が映画の封切り日なのですが、およそ10作品が毎週スクリーンに登場し、その日の内に、あるいは数時間で何週上映を継続するかが決まってしまうそうです。それだけ厳しい競争の中で、フランス映画が大健闘したのが2006年だったといえるようです。しかも、その流れは今年も続いている。“Taxi4”(タクシー4)が200万人、先日ご紹介したエディット・ピアフの伝記映画“La Mome”(ラ・モーム)が150万人、それぞれ第1週目に集客したそうです。

その数字を紹介する23日付のLe Figaro(フィガロ紙)です。2月14日から20日までの集客トップ10なのですが、フランス映画=5本、アメリカ映画=4本、ドイツ映画=1本。今年もフランス映画の健闘が続いています。

このように23日に新聞各紙に映画の話題が出たのは、24日夜に、フランスのアカデミー賞ともいわれるLes Cesars(セザール賞)が発表になるからです。

フランス映画の活性化を図ろうと、映画人のジョルジュ・クラヴァンヌ氏が提唱し、1976年にジャン・ギャバンを審査委員長に第1回が行われました。「セザール」とは、氏の友人の彫刻家の名だそうです。前年に公開された作品を対象に、3,400人以上もの選考委員の投票でいろいろな賞を選出する。さて、今年の結果は・・・

主演男優賞:Francois Cluzet(フランソワ・クリュゼ)
主演女優賞:Marina Hands(マリナ・アン)
監督賞  :Guillome Canet(ギヨーム・カネ)
作品賞  :Lady Chatterley(チャタレー夫人)
脚本賞  :Olivier Lorelle&Rachid Bouchareb
外国映画賞:Little Miss Sunshine

昨年秋の話題作、“Lady Chatterley”(チャタレー夫人)が作品賞・主演女優賞など5部門、“Ne le dis a personne”(それを誰にも言わないで)が主演男優賞・監督賞など4部門でセザールを受賞。この2作の圧勝でした。もうひとつの話題作“Indigenes”(アンディジェーヌ)は脚本賞だけの受賞に終わりました。受賞リストは下記のサイトで見ることができます。
http://www.lescesarducinema.com/cesar/palmares.html

今年もますます活況を呈しそうなフランス映画。これからも話題作を適宜ご紹介していこうと思います。

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春、春、春のパリ。

2007-02-25 02:39:24 | 自然・環境・健康
タイトルにいうほどにはまだ春爛漫ではないのですが、それでもウキウキした気分にさせてくれる風景がたくさん目に付くようになってきました。

24日は晴れたり、にわか雨が降ったり、変わりやすい天気でしたが、それでも暖かく、最低気温は9度、最高気温は13度前後だったのではないでしょうか。暖房のよく効いた部屋ではちょっと動くと汗ばんでしまうほど。晴れ間がのぞくと、春の陽射しがいっぱいになり、リュクサンブール公園では・・・

この通り、いっせいに太陽のほうを向いて、コート姿ですが、日光浴。池の水に手を入れる人もふえ、おもちゃの貸しヨット屋さんがさっそく店開き。

子供たちを乗せる乗馬屋さん(馬はポニー種でしょうか)も大忙しになってきました。


暖冬が続いていますから、春の花も早めに店頭へ。

花屋さんの店先は、ご覧の通り、もうすっかり一面の春です。

そして先週ご紹介した西洋さくら。

これは、16区にあるメトロのLa Muette(ラ・ミュエット駅)そばの公園で咲いているさくらです。もうすっかり7~8分咲きですね。

色の濃い下の写真のさくらは、まだ3分咲き程度でしょうか。


一方、昨年もご紹介したリュクサンブール公園のさくらは、やっと開花したところ。

西洋さくらでも、種類が少し違うのか、単に立地の差なのか、開花の時期が結構ずれるようです。それでも、去年に比べれば1ヶ月は早いような気がします。日も長くなってきました。24日の日出は午前7時43分、日没は午後6時25分とか。木々の芽吹きももうすぐ。弱い寒の戻りはあるかもしれませんが、春本番をいつになく早く迎えそうな、今年のパリです。

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工芸・技術博物館。

2007-02-24 04:25:20 | 美術・音楽
フランス語では“musee des arts et metiers”、さまざまな工芸品、工業製品が3,000点以上も展示され、それぞれの歴史・変遷が手に取るように分かる展示になっています。


外観はいたって平凡なのですが、中にすごいものがずら~ッと揃っています。

この博物館を有名にしているのは、何といっても、フーコーの振り子。ウンベルト・エーコの同名小説でご存知の方も多いと思います。地球が自転していることを証明するためにレオン・フーコーが行った振り子の実験。地球の自転により振り子の回転方向が少しずつずれていくというもので、一般公開実験は1851年1月8日にパンテオンで行われました。見学コースの最後で、その実験を再現してくれています。

確かに振り子が一定の間隔で盤上の短い棒を倒していくことで、自転により振り子の方向がずれていっている事が分かります。もちろん今実験に使っているのは複製で、本物のフーコーの振り子は、ガラスケースに入って展示されています。

小説の舞台になり、また実験に使われた「フーコーの振り子」の実物が展示されているのがこの博物館というわけです。なお、この実験、日本のいくつかの施設(科学館など)でも行っているそうです。

この博物館のもうひとつの目玉は、人類初の動力機付き飛行機。人類で初めて飛行に成功したのはライト兄弟、と言われていますが、フランスでは別の人物になっていることもあります。その人の名は、クレマン・アーデル。ライト兄弟より6年早く、1897年10月14日、動力機付きの飛行機で数センチ浮上し、300m先に着地。

これがその「飛行機」。しかし、彼を資金面も含め支援していたフランス陸軍省自身が、これは跳躍であり、飛行ではないと結論付けたため、失意のうちに、改良を諦めてしまったそうです。残念。形状のモデルをコウモリにしてしまったあたりが失敗の大きな原因とも言われています。なお、彼の飛行機の名前は、アヴィオン号。フランス語でavion、そうです、飛行機を意味するフランス語の語源になっています。

フランス人は、どうも昔から空を飛ぶことに大いなる憧れを抱いていたようです。熱気球をはじめて飛ばしたのもフランス人のモンゴルフィエ兄弟。1782年で、翌年には初の有人飛行。ロジェとダルラントという二人の勇敢な若者による25分間の冒険だったそうです。アヴィオン号の後も、ライト兄弟に先を越されたとは言うものの、ヨーロッパ初の飛行、初の英仏海峡横断飛行、世界ではじめて二人乗りの飛行など、すべてフランス人の偉業(国籍が外国の人も含まれますが、フランスに住んで偉業を達成すれば国籍に関係なくフランス人の偉業と言い切ってしまうのがフランス流です)。なお、二人を乗せて飛んだアンリ・フォルマン号は、1910年に徳川大尉という人が日本ではじめて飛行に成功した際に使った機体だそうです。

これが英仏海峡を横断飛行したブレリオ号。ルイ・ブレリオによって、1909年7月25日に達成されたそうです。

これら以外にも、あっ、懐かし~、というものや、昔の記録映画や本で見た事がある!というものがいっぱい。世代によって感慨も違うでしょうが、面白いモノが目白押しです。






上の写真はいずれも初期のものばかりですが、実際には、それぞれの技術を発明時から現代まで、その進化が分かるよう多くの製品で丁寧に展示しています。科学用具に始まり、材料、建設機器、コミュニケーション・ツール、エネルギー関連、工作機械、オートメーション化、交通・・・どんなに駆け足で急いでも3時間。できれば丸一日かけてじっくりと見たいものです。


最寄の駅は、メトロ11号線・3号線の「Arts et Metiers」(アール・エ・メティエ駅)。駅からして、工芸技術のプラットフォームになっています。

www.arts-et-metiers.net

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国際観光都市。

2007-02-23 03:07:57 | パリ
フランスの人口は約6,000万人。では、フランスを訪れる外国人観光客の数、年間ではどれくらいでしょうか・・・実に人口よりも多い7,500万人! ヨーロッパ各国からの観光客ももちろん多いのですが、日本人、そして最近では中国からの観光客が非常に多くなっています。

そうした多くの国からの観光客によりよいサービスを、と多くの国の言葉で書かれたメニューを用意しているカフェを見つけました。



ポンピドゥー・センターとレ・アールの間にある店です。多くの国旗が出ていますが、そのページには国旗で表された国の言葉でメニューが書かれています。



裏から見るとこうなります。さて、これらの国旗、それぞれどこの国のものか分かりますか。ヨーロッパを中心に連邦の解散、分離独立などがあり、新しい国・国旗も増えています。いくつの国旗を認識できますか。ちょっと試してみてください。

正解は、外務省のホームページに出ています。

http://www.mofa.go.jp/mofaj/world/kokki/

昔から、地理と世界史が好きだったものですから、どうしても国旗付きのメニューに興味が惹かれ、ご紹介してしまいました。悪しからず。

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ブールデル美術館。

2007-02-22 04:22:27 | 美術・音楽
モンパルナス駅のすぐそば、しかし、ちょっとわき道に入っただけで駅周辺の喧騒がうそのように静まり返っている小路の奥にブールデル美術館(musee Bourdelle)があります。道路からも見える庭には大きな彫刻が展示されています。


エミール・アントワーヌ・ブールデル。1861-1929。ロダンの弟子としても、またアカデミー・ド・ラ・グランド・ショミエール(l’Academie de la Grande Chaumiere)での教え子にジャコメッティらがいることでも知られる彫刻家です。日本のガイドブックにはよくベートーベンの胸像がメインで紹介されています。

彼が、1884年から息を引き取る1929年まで住み続けた住居兼アトリエが作品ともどもパリ市に寄贈され、美術館になっています。

中庭は狭いながらも雰囲気があり、ブールデルは創作に疲れると、よくここを散歩していたそうです。


さて、ブールデルの作品ですが、彼の数多くの彫刻を見ていて思い出したのは、大好きな画家・有元利夫の作品でした。フレスコ画と仏画の影響を受け、古典や様式のもつ力強さに惹かれていた有元利夫の作品とどこか共通するものがあるような気がします。

この石膏の作品などはとくに有元作品に近いような気がします。ブールデルも古代ギリシャやローマの美から刺激やインスピレーションを受けていたといいます。ロマネスク彫刻やギリシャ彫刻の素朴さと力強さに惹かれ、シンプルで明瞭な面と量感による彫刻秩序を作り出しているといわれるブールデル作品。どうも、有元作品が脳裏に浮かんで仕方がありません。


ブールデルのアトリエです。ここで意外なものを見つけました。

日本の鎧兜です。東洋美術にも関心が高かったのでしょうか。

別の部屋では、こんなコレクションが展示されています。

能面ですね、たぶん。それに小さな仏像。仏画に影響を受けていた有元にますます似ているような気がしてしまいます。

素朴さ、力強さ、バランス(秩序)・・・洋の東西を問わず古のすぐれた美に学びつつ、そこから得られる霊感を現実の形に創りあげていく。そのようにして提示されたブールデルの彫刻と有元の絵画。どうしてもその共通性に惹かれてしまいます。ユーラシアの西と東、地理的には遠く離れた場所で暮らし、美を追求した二人ですが、好み、あるいは霊感の発するところが似ていると作品も似てきてしまうのかもしれません。有元利夫の作品に近いという理由で、ブールデルの作品も好きになってしまいました。単純ですね。

ブールデルの作品、他にはこのようなものが展示されています。

彫刻のポートレート作家とも言われているように、多くの胸像を残しています。しかし、死せる兵士や戦場で苦悩する兵士などを描いた作品が多く、

こうした救いを求める手まであり、テーマは霊的なもの、苦悩などにあるようです。

これは、作家、アナトール・フランスの胸像です。こうした友人、知人をモデルにした作品ももちろん残しています。

なお、訪れた日には、サルキス(Sarkis、トルコ生まれのアルメニア人、1964年からパリ在住の芸術家)によるアートの展示も行われていました。オレンジの布でメイン・ホールの上部を覆ってみたり、絵の具入れを並べてリズム感のある美を表現したり・・・いかにもモダン・アートっぽい作品です。お陰で、有名な『弓をひくヘラクレス』(Heracles archer)や『死するケンタウロス』(Centaure mourant)も写真に撮るとこんなオレンジの世界に入ってしまいました。


musee Bourdelle
16 rue Antoine Bourdelle
75015 Paris

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歌の神に魅入られた人生。

2007-02-21 02:30:34 | 映画・演劇・文学
“La Mome”(ラ・モーム)・・・エディット・ピアフの伝記映画です。すさまじい人生の記録です。


(フィガロ紙の映画評は最高のハート三つです)

彼女の晩年からその人生を振り返る。晩年と過去がフラッシュ・バックの連続で描かれ、最後に彼女の死で幕がおります。よく構成された映画ですが、事前にエディット・ピアフの生涯についてある程度知っておかないと、フラッシュ・バックの連続に目がくらみ、分かりにくいかもしれません。

街頭で歌って糊口をしのぐ母に捨てられたも同然の幼児期。父親に連れて行かれたのが、その実家の売春宿。そこで働く女性にわが子のように可愛がられるが、数年間失明。視力は戻るが、今度は父親に半ば無理やり連れ出されて、父の働くサーカスへ。そして街頭で曲芸を見せる父親に強制されて歌い出す。それが大好評。一人で歌い始めたところ、ある日キャバレーの支配人の目に留まり、そのキャバレーでプロ歌手としてデビュー。しかし、その支配人は殺され、彼女も容疑者の一人に。その前には10代で生んだ子供が突然死。やがて、彼女の歌がヒットし、スターに。しかし、人生をかけて愛したボクサーが飛行機事故で帰らぬ人に。彼女自身も交通事故の影響でモルヒネ中毒に。そして、飲み続けたアルコールのせいか、手は震え、カラダはぼろぼろ。それでも歌い続けるが、ついに癌で47歳にして人生の幕をおろす。



まさに、「そこに歌があった」。歌うことにより救われたのでしょうし、歌うために歌の神によって与えられた試練だったのかもしれません。街頭で、売春宿で、サーカスで、バーで、キャバレーで、楽屋裏で、彼女が見たさまざまな人生、彼女が出会ったさまざまな人間。それらが彼女の歌をいっそう味わい深いものにしているような気がします。彼女の歌が多くの人を惹きつける要因なのでしょう。人生の最後に彼女が歌うのは、“Je ne regrette rien.”(私は何も後悔していない)。インタビューに、人生で最も大切なものは“Aimer”(愛すること)と答えるエディット・ピアフ。しかし、この答えがちょっと唐突に感じられます。あまりにも多くのエピソードを2時間20分に詰め込みすぎたからではないでしょうか。フラッシュ・バックの連続で、彼女の人生の足跡をたどるのに急がし過ぎるせいではないでしょうか。ピアフのメッセージが分かりにくい。伝記映画としてはよくできていますが、それ以上ではない。彼女の人生は分かるが、何かメッセージがあるのか。きっと、それが「愛すること」なのでしょうが、ちょっと分かりにくい。いくつかのエピソードに絞って描いたほうが、メッセージは伝わり易いと思うのですが。エピソードだらけの人生、しかも偉大な歌手の伝記だけに、そういうわけには行かなかったのかも知れませんね。

よく出来た伝記映画だが、それ以上ではない。それが私の率直な感想です。そして、よく出来た、と思わせるのには、ふたつの理由。まずは、ピアフを演じるMarion Cotillard(マリオン・コティヤール)の熱演。完全にピアフになりきっています。スクリーン上にピアフを再現しています。若いときから人生のラスト・ソングまで、見事な演技です。彼女の演技を見るだけで、チケット代は高くないと思えてしまうほどです。



ふたつ目の理由は、エディット・ピアフ歌う名曲の数々。映画は総合芸術、ということを改めて実感しました。全編にちりばめられたこれらのシャンソンがなければ、描かれた彼女の人生もこれほどまでには感動的なものになっていなかったのではないでしょうか。

もちろん、映画の見方もいろいろ。フィガロ紙は、伝記映画以上、悲劇の主人公の引き裂かれた人生が見事に描かれている、と評しています。彼女の人生の細部まですでに知っている人が観ると、こう見えるのかもしれません。ピアフ人気の高い日本ですから、必ずや封切られると思います。皆さんそれぞれの視点で、ぜひご覧ください。



エディット・ピアフがステージに立ち続けたオランピア劇場(Olympia)の今です。歌手は変わり、曲も変わってしまいましたが、その舞台裏では、今もピアフのような歌の神に魅入られてしまったような人生が繰り広げられているのでしょうか・・・。

La Mome (2007、フランス)
監督:Olivier Dahan
出演:Marion Cotillard, Gerard Depardieu
Sylvie Testud, Emmanuelle Seigner

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不動産価格、急騰!

2007-02-20 01:44:14 | パリ

16日付のmatinplus(マタン・プリュス紙)です。見出しは、「50年ローン?」。不動産価格の上昇が家計を圧迫していると紹介しています。

フランスでは2000年から2006年の間に、不動産、とくにアパルトマンの価格が急上昇。パリやその近郊のイル・ド・フランス地方では90.6%、プロヴァンスやコート・ダジュールでも103~114%と2倍以上に上昇したそうです。2006年の1㎡あたりの単価は、パリ市内の平均で5,675ユーロ(約90万円)、高級住宅地の6区では7,708~8,527ユーロ(約120万~135万円)。

パリ郊外の不動産価格の上昇はパリ市内よりも激しく、この6年で101~102%上昇したそうです。高いところでは、例えばLevallois(ルヴァロワ)市では1㎡あたり5,305ユーロ、一方安い街では、Pantain(パンタン)市の3,242ユーロなど、エリアにより大きな差がありますが、価格はいずれも大幅に上昇しているそうです。

子供の成長を契機に購入することが多いというアパルトマン。では、購入者の平均的プロフィールは。34歳、世帯年収が37,800ユーロ(約600万円)。購入物件の平均的広さは67㎡。購入物件を選ぶ際の条件は、あまり高級なエリアではないこと、日常の買い物に便利なこと、だそうです。

パリ市内に平均的物件を買おうとすると、5,675(単価)x67㎡÷37,800(年収)で実に年収の10倍。実際には貯金があったり、安めの物件を探したりするため、中古物件で年収の6.4倍、新築で7.2倍をローンで組むそうです。平均的な返済期間は、物件の値上がりに応じて、2004年の16.25年が2006年には18年に延びたそうです。しかも、今年1月からは、50年ローンも登場。見出しの50年もローン漬け、になるわけです。

実際にいくつかの不動産業者の店頭を覗いてみました。以前住んでいた街の最寄駅周辺。メトロ1号線のSt.Mande(サン・マンデ)。パリから東に出て最初の駅で、ヴァンセンヌの森がすぐそこです。

このように掲示されています。

この物件は、ダブルサイズの居間に寝室が4部屋、キッチン、バス、トイレ、40㎡のテラス、地下の倉庫。ここまで立派だと665,000ユーロ(約1億500万円)。パリ市外でも億ションです。

これは、二部屋(居間+寝室)、キッチン、バストイレで48㎡。ただし地階のようです。価格は275,000ユーロ(4,350万円)。

上の物件は、居間+寝室2部屋にキッチン、バストイレで430,000ユーロ(約6,800万円)。下はパリ12区の物件で、居間2部屋、寝室3部屋、キッチン、バス、トイレ、地下倉庫付きで838,000ユーロ(約1億3,200万円)。これまた億ションです。

もちろん、20万ユーロ台・30万ユーロ台の物件もかなり多いのですが、それでも3,000万円から6,000万円。居間1部屋、寝室が1部屋あるいは2部屋、キッチン、バストイレでこの価格です。この6年で急上昇した価格に円安が重なると、円換算ではこんな数字になってしまいます。

政府は2006年だけでも全国で421,000戸の物件を新築。しかし、その提供がエリアにより偏っているため、少ないところで物件の価格が上昇しているそうです。従って、不動産価格の上昇は庶民にとって大問題。住宅問題は、就職、退職後の生活に次いで、この春の大統領選挙の大きな争点になっています。

どうも住宅問題は、庶民にとっては国を問わず、人生の大きな問題になっているようです。

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春節だ、中国パワーの炸裂だ!

2007-02-19 02:57:35 | パリ
18日は旧正月、春節、Chinese New Year、そしてNouvel An Chinois。中国で、そして世界中の中華街で春を迎えるお祝いが行われました。ここ、パリも例外ではありません。中華街どころか、パリ市庁舎前をスタートとするパレードまで行われました。


ご存知かと思いますが、天から福を授かれますようにと「福」の文字が天地逆になっています。通常のように書くと、福が天に逃げて行ってしまうそうです。

爆竹を合図に、いよいよ、始まり、始まりです。

先導するのは、いかにも中国らしいリヤカーのおじさん。爆竹を積んでいます。


そして、長崎くんちなどでもお馴染みの竜が練り歩きます。

沿道には、すごい人垣ができています。晴天、春本番のような陽気に、多くのパリっ子たちが出かけてきました。しかも、カメラを持ったり、一眼レフを首からぶら下げたり・・・

カメラを持った手、手、手です。格好の被写体のようです。たまたま隣にいたフランス青年・ジョアシムは、なんと中国貿易専門の商社に勤め、10ヶ月前から上海に駐在しているとか。復旦大学そばにオフィスがあるとかで、名刺までもらってしまいました。旧正月を利用しての里帰り。でも、春節のパレードということで、じっとしておれず、家族総出で見物に来たそうです。

竜の後ろには獅子舞が続きます。


さらに、伝統衣装を着た人たちが続きます。きちんと京劇風のお化粧をしています。


さらには、いかにも中国らしい旗がたくさん続きます。中国の時代劇(例えば、数年前の映画『英雄』など)でもお馴染みですね。


パレードは市庁舎前をスタートし、レピュブリック広場で折り返し、再び市庁舎前へ。周囲の道は警察の手で通行止めに。しかし細い道までは手が回らない。でも、パレードとその人垣で車は自然にストップ。こんな時、こちらの人はクラクションなど鳴らさず、車から降りて、あきらめ顔ですが、怒りもせず一緒にパレードを眺めています。

時間がゆっくり流れているようです。人生急いでどうする・・・でしょうか。


沿道で配られた『欧州時報』。中国のメディア『連合週報』がフランス語で出している情報紙です。第一面にはシラク大統領の春節への祝辞。第二面には、サルコジ、ロワイヤル両大統領選候補のメッセージとドワノエ・パリ市長のお祝い。中国からの観光客や留学生がものすごい勢いで増えています。中仏間の貿易も増加の一途。中国の存在感がますます大きくなっていることを物語っているようです。


これは、14日付のmatinplus(マタン・プリュス紙:Le Mondeの無料朝刊)の第一面です。「中国、権力の座に座る」という見出しです。中面で、胡主席のアフリカ訪問を伝え、中国外交の勝利と詳細を紹介しています。ますます拡大する中国のプレゼンス。中国パワー恐るべし、です。

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