雪雲を海に移して町ねむる 八木忠栄
雪国育ちの現代詩人の句。同じ作者に「ふるさとは降る雪の底母の声そ」という望郷の一句があり、豪雪の地であることが知れる。昼間いやというほどに雪を降らせた雲も、ようやく海上に抜けていった。いまは雪に埋もれた静寂のなかで、愛すべき小さなわが町は眠りについている……。「海に移して」というスケールの大きな表現が利いている。人が抗うことなどとても不可能な大自然への畏敬の念が、「町ねむる」にさりげなく象徴されているのだと思う。今夜も日本のどこかで、このようにねむる町があるだろう。海は出てこないけれど、にわかに『北越雪譜』(鈴木牧之)が読みたくなった。江戸期の雪国のすさまじい雪の話がいくつも出てくる。八木忠栄個人誌「いちばん寒い場所」(1997・24号)所載。(清水哲男)
U 俳句 作者名
雪雲がどたりと盆地粘土質 藤野武
雪雲の中に日が浮き雪の降る 加藤瑠璃子
雪雲の蘆の高さにおり来る 金山桜子
雪雲をまだ遊ばせて春立てり 角倉洋子
雪雲混沌不思議に心輕くなる 光宗柚木子