屋内展望台を抜けると、最後の階段が待っていた。
屋外展望台までは、もう後ほんの少し。
数年前に登った金比羅山に比べたら可愛いものさと、連れに
強がりを言いながら登り切る。
外は、生憎の雨。
けれど、小糠雨という程でもなく、少し大きめの粒がぱらり
ぱらりと舞い降りてくる感じ。
少しくらいの雨ならば、傘を差さない主義の僕は、そのまま
足を展望台へと踏み出す。
「っ!」
思わず、声にならない声を上げる。
見渡せば、立山連峰と黒部ダム、そしてダム湖が一望の下に
見下ろせるポジション。
空模様こそ雨雲のカーテンが下りてきてはいるが、遠くの
峰には日が差し込んでいて、雪渓がキラキラと輝いている
のが見える。
(ダムから下流の、黒部渓谷を見る。
地元の猟師ですら入らないこの山を登って、こんなダムを造ったなんて!)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/7e/b8/24f64ecdaa038f7821970774049fe42a.jpg)
(ダム湖、ならびにダムの眺め。
この膨大な水の量を支えるために、どれほどの力にダムの壁は耐えて
いるのだろうか!?)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/2f/27/f3addcdf09f903eb5edefc49c8209bbf.jpg)
展望台では、写真屋さんが営業に忙しい。
「お手持ちのカメラでも撮りますよ~。お気軽にどうぞ!」
お兄さんの気持ちのいいテンポのトークに、では、と愛機を渡す。
「本番の前に、僕のカメラでも撮らせて下さいね~。
あ、買わなくていいですからね~。撮らせてもらうだけで。
でも、良かったら、見ていって下さ~い。」
よくしゃべるお兄さんだと苦笑しながらも、素直に写る。
3mほど離れたところで、お姉さんが何やらごそごそしている。
よく見ると、もう写真をミニアルバムに挟み込んでいる。
どうやら、Bluetoothで転送して、レーザープリンタで
印刷しているようだ。
最近の技術の進歩に感動しながら、1枚千円だと何枚売れば、
元を取れるのかなあ?と、つい考える。
気のいいカップルの商売に少しは貢献するかと2枚買い求め、折半。
まあこれも旅の思い出だよね。
さて、ここからは、いよいよ下り。
展望台から、黒部ダムを見下ろしながら、屋外の鉄製階段を一気に
降りていく。
何度も折り返しながら下っていく、この階段。
雨で足元が滑りやすくなっているし、そこそこ急勾配なところも
あるので、気をつけないとね。
途中、何箇所か絶好の撮影スポットが有り、そこには人が屯(たむろ)
している。
一番いいところは、上の踊り場から下の踊り場を見下ろすと、
ダムと人をベストアングルで収めることが出来る場所。
その旨の看板も出ていて、なかなか人が引きもきらない。
そりゃそうだ。何せ、年間の訪問観光客数が100万人というから
恐れ入る。
冬季は閉鎖になるのに、それだけの集客があるのだ。
(毎年、12月~3月は、観光コースは閉鎖となる。
中島みゆきは、大晦日によくぞ行ったものだと感心する。
あんな片方の肩出しルックで歌わされて、寒かったろうなあ。)
ちなみに少しデータは古いが、07年の沖縄県全体の観光客数が
586万人であることと比べても、黒部ダムの集客力100万人の
凄さが判ろうというものである。
下りの途中。
屋内展望台と同じところまで来たところが、少し広場になっている。
そこにあった、岩肌に寄り添うようにして建つ施設。
鉄扉が閉ざされ、中はうかがい知ることが出来ないが、地面には
軌条がある。
かつて、ここも資材を乗せたトロッコが通ったのだろうか?
そう思いながら、鉄扉の横に回りこんだ時。
そこにあった壁に、思わず目を奪われた。
幅4~5m、高さ2mほどに渡って、無数に様々なキャタピラの
後が交差している。
これは…。モニュメントだ!
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/12/53/7dbcb6ed3030b4e67c78c54ea98d9703.jpg)
サイドにあるレリーフに、その解説が書いてあった。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/44/d5/625d84d96dd0497e21376aad5eaaea14.jpg)
いいなあ。こういうのって。
誰か偉いさんの胸像なんかが建っていても、今一興覚めだ
けれど、こういうのって、本当にコンクリで模(かたど)られた
無数の軌条から、今にもキャタピラの軋む音が聞こえてきそうな、
そんな気がしてくる。
別に、現場の作業員だけを神聖視する訳では無いけれど。
胸像とかが作られる偉い人には、当然それなり(あるいは
それ以上)の苦労は有ったとは思う。
まして。これだけの事業な訳だから。
それでも、そういった人々に対しては、それなりにスポットを
浴びる機会もあるだろう。
それに比べて、折り重なる黒部の雪のように積み重なっていく
歴史の営みの中で、取り上げられることのない人々や機械の
労苦を、少しでも偲ぶ便(よすが)になるものを残そうとした、
当時の関係者の気持ちが嬉しいではないか。
ちなみに。
当時の社長のポートレートレリーフは、宇奈月温泉にある関西
電力の黒部川電気記念館に、しっかりと有る(笑)。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/09/59/a4677a15cf30a17d96beb1771336c557.jpg)
でも、この社長の言っていることは、正しい。
誰だって、絶対の自信を持って取り掛かれる仕事なんて、有りは
しない。
有ったとすれば、それは単に作業でしかない。
未知への不安を抱えながらも、その事業の必要性や将来展望、
リスク、自らの野心…。そうした、様々な思いを重ねながら、
経営者は刻一刻と判断を下していかねばならないのだから。
御見それしましたと、ポートレートに頭を下げる。
ちなみに、この社長。太田垣士郎氏。
破砕帯突破に現場が苦しみ抜いている時に現地視察を行って、
「鉛筆1本、紙1枚を節約してでもくろよんの工事には不自由を
させないぞ。
必要なものは何でも送るから、がんばってくれ」
と作業員を激励したという。
これを、単なるリップサービスと取ることは簡単だ。
だが。
総工費が資本金の3倍以上に膨れ上がろうとし、更にその先が
読めない状況にあるときに。
それでも、この不退転の意を決し、それを表明することが出来た
男の決意は凄い!と思う。
社運を賭けた、などという言葉すら、生温い。
常識的に考えれば、どう考えても勝算は見えない。
その見えないところを、僅かに残る可能性を先見し、社の存続を
賭けてこの事業に取り組んでいったとき。
確かに、この社長を始めとした経営陣も、現場とは異なる戦場で
戦っていたのだ、と思うのだ。
(この稿、続く)
(付記)
う~ん。
大学生のときに、ここを訪れていたら、絶対に関西電力を受けた
だろうなぁ。通ったとは思えないけれど(笑)。
昨日紹介した「高熱随道」は、黒部ダム全体の開発史のノベライズ
であり、しかも黒部第三発電所までの物語。
それに対してこちらは、文字通りくろよんダム建設工事を取り上げた
ノンフィクション。
屋外展望台までは、もう後ほんの少し。
数年前に登った金比羅山に比べたら可愛いものさと、連れに
強がりを言いながら登り切る。
外は、生憎の雨。
けれど、小糠雨という程でもなく、少し大きめの粒がぱらり
ぱらりと舞い降りてくる感じ。
少しくらいの雨ならば、傘を差さない主義の僕は、そのまま
足を展望台へと踏み出す。
「っ!」
思わず、声にならない声を上げる。
見渡せば、立山連峰と黒部ダム、そしてダム湖が一望の下に
見下ろせるポジション。
空模様こそ雨雲のカーテンが下りてきてはいるが、遠くの
峰には日が差し込んでいて、雪渓がキラキラと輝いている
のが見える。
(ダムから下流の、黒部渓谷を見る。
地元の猟師ですら入らないこの山を登って、こんなダムを造ったなんて!)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/7e/b8/24f64ecdaa038f7821970774049fe42a.jpg)
(ダム湖、ならびにダムの眺め。
この膨大な水の量を支えるために、どれほどの力にダムの壁は耐えて
いるのだろうか!?)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/2f/27/f3addcdf09f903eb5edefc49c8209bbf.jpg)
展望台では、写真屋さんが営業に忙しい。
「お手持ちのカメラでも撮りますよ~。お気軽にどうぞ!」
お兄さんの気持ちのいいテンポのトークに、では、と愛機を渡す。
「本番の前に、僕のカメラでも撮らせて下さいね~。
あ、買わなくていいですからね~。撮らせてもらうだけで。
でも、良かったら、見ていって下さ~い。」
よくしゃべるお兄さんだと苦笑しながらも、素直に写る。
3mほど離れたところで、お姉さんが何やらごそごそしている。
よく見ると、もう写真をミニアルバムに挟み込んでいる。
どうやら、Bluetoothで転送して、レーザープリンタで
印刷しているようだ。
最近の技術の進歩に感動しながら、1枚千円だと何枚売れば、
元を取れるのかなあ?と、つい考える。
気のいいカップルの商売に少しは貢献するかと2枚買い求め、折半。
まあこれも旅の思い出だよね。
さて、ここからは、いよいよ下り。
展望台から、黒部ダムを見下ろしながら、屋外の鉄製階段を一気に
降りていく。
何度も折り返しながら下っていく、この階段。
雨で足元が滑りやすくなっているし、そこそこ急勾配なところも
あるので、気をつけないとね。
途中、何箇所か絶好の撮影スポットが有り、そこには人が屯(たむろ)
している。
一番いいところは、上の踊り場から下の踊り場を見下ろすと、
ダムと人をベストアングルで収めることが出来る場所。
その旨の看板も出ていて、なかなか人が引きもきらない。
そりゃそうだ。何せ、年間の訪問観光客数が100万人というから
恐れ入る。
冬季は閉鎖になるのに、それだけの集客があるのだ。
(毎年、12月~3月は、観光コースは閉鎖となる。
中島みゆきは、大晦日によくぞ行ったものだと感心する。
あんな片方の肩出しルックで歌わされて、寒かったろうなあ。)
ちなみに少しデータは古いが、07年の沖縄県全体の観光客数が
586万人であることと比べても、黒部ダムの集客力100万人の
凄さが判ろうというものである。
下りの途中。
屋内展望台と同じところまで来たところが、少し広場になっている。
そこにあった、岩肌に寄り添うようにして建つ施設。
鉄扉が閉ざされ、中はうかがい知ることが出来ないが、地面には
軌条がある。
かつて、ここも資材を乗せたトロッコが通ったのだろうか?
そう思いながら、鉄扉の横に回りこんだ時。
そこにあった壁に、思わず目を奪われた。
幅4~5m、高さ2mほどに渡って、無数に様々なキャタピラの
後が交差している。
これは…。モニュメントだ!
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/12/53/7dbcb6ed3030b4e67c78c54ea98d9703.jpg)
サイドにあるレリーフに、その解説が書いてあった。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/44/d5/625d84d96dd0497e21376aad5eaaea14.jpg)
いいなあ。こういうのって。
誰か偉いさんの胸像なんかが建っていても、今一興覚めだ
けれど、こういうのって、本当にコンクリで模(かたど)られた
無数の軌条から、今にもキャタピラの軋む音が聞こえてきそうな、
そんな気がしてくる。
別に、現場の作業員だけを神聖視する訳では無いけれど。
胸像とかが作られる偉い人には、当然それなり(あるいは
それ以上)の苦労は有ったとは思う。
まして。これだけの事業な訳だから。
それでも、そういった人々に対しては、それなりにスポットを
浴びる機会もあるだろう。
それに比べて、折り重なる黒部の雪のように積み重なっていく
歴史の営みの中で、取り上げられることのない人々や機械の
労苦を、少しでも偲ぶ便(よすが)になるものを残そうとした、
当時の関係者の気持ちが嬉しいではないか。
ちなみに。
当時の社長のポートレートレリーフは、宇奈月温泉にある関西
電力の黒部川電気記念館に、しっかりと有る(笑)。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/09/59/a4677a15cf30a17d96beb1771336c557.jpg)
でも、この社長の言っていることは、正しい。
誰だって、絶対の自信を持って取り掛かれる仕事なんて、有りは
しない。
有ったとすれば、それは単に作業でしかない。
未知への不安を抱えながらも、その事業の必要性や将来展望、
リスク、自らの野心…。そうした、様々な思いを重ねながら、
経営者は刻一刻と判断を下していかねばならないのだから。
御見それしましたと、ポートレートに頭を下げる。
ちなみに、この社長。太田垣士郎氏。
破砕帯突破に現場が苦しみ抜いている時に現地視察を行って、
「鉛筆1本、紙1枚を節約してでもくろよんの工事には不自由を
させないぞ。
必要なものは何でも送るから、がんばってくれ」
と作業員を激励したという。
これを、単なるリップサービスと取ることは簡単だ。
だが。
総工費が資本金の3倍以上に膨れ上がろうとし、更にその先が
読めない状況にあるときに。
それでも、この不退転の意を決し、それを表明することが出来た
男の決意は凄い!と思う。
社運を賭けた、などという言葉すら、生温い。
常識的に考えれば、どう考えても勝算は見えない。
その見えないところを、僅かに残る可能性を先見し、社の存続を
賭けてこの事業に取り組んでいったとき。
確かに、この社長を始めとした経営陣も、現場とは異なる戦場で
戦っていたのだ、と思うのだ。
(この稿、続く)
(付記)
う~ん。
大学生のときに、ここを訪れていたら、絶対に関西電力を受けた
だろうなぁ。通ったとは思えないけれど(笑)。
昨日紹介した「高熱随道」は、黒部ダム全体の開発史のノベライズ
であり、しかも黒部第三発電所までの物語。
それに対してこちらは、文字通りくろよんダム建設工事を取り上げた
ノンフィクション。
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