活字の海で、アップップ

目の前を通り過ぎる膨大な量の活字の中から、心に引っかかった言葉をチョイス。
その他、音楽編、自然編も有り。

人は、ここまでのことを成し遂げることが出来るのか! ~黒四ダム紀行(中篇)

2009-07-14 00:02:29 | 自然の海
屋内展望台を抜けると、最後の階段が待っていた。

屋外展望台までは、もう後ほんの少し。

数年前に登った金比羅山に比べたら可愛いものさと、連れに
強がりを言いながら登り切る。

外は、生憎の雨。
けれど、小糠雨という程でもなく、少し大きめの粒がぱらり
ぱらりと舞い降りてくる感じ。

少しくらいの雨ならば、傘を差さない主義の僕は、そのまま
足を展望台へと踏み出す。

「っ!」
思わず、声にならない声を上げる。

見渡せば、立山連峰と黒部ダム、そしてダム湖が一望の下に
見下ろせるポジション。

空模様こそ雨雲のカーテンが下りてきてはいるが、遠くの
峰には日が差し込んでいて、雪渓がキラキラと輝いている
のが見える。

(ダムから下流の、黒部渓谷を見る。
 地元の猟師ですら入らないこの山を登って、こんなダムを造ったなんて!)


(ダム湖、ならびにダムの眺め。
 この膨大な水の量を支えるために、どれほどの力にダムの壁は耐えて
 いるのだろうか!?)



展望台では、写真屋さんが営業に忙しい。
「お手持ちのカメラでも撮りますよ~。お気軽にどうぞ!」

お兄さんの気持ちのいいテンポのトークに、では、と愛機を渡す。

「本番の前に、僕のカメラでも撮らせて下さいね~。
 あ、買わなくていいですからね~。撮らせてもらうだけで。
 でも、良かったら、見ていって下さ~い。」

よくしゃべるお兄さんだと苦笑しながらも、素直に写る。

3mほど離れたところで、お姉さんが何やらごそごそしている。
よく見ると、もう写真をミニアルバムに挟み込んでいる。
どうやら、Bluetoothで転送して、レーザープリンタで
印刷しているようだ。

最近の技術の進歩に感動しながら、1枚千円だと何枚売れば、
元を取れるのかなあ?と、つい考える。

気のいいカップルの商売に少しは貢献するかと2枚買い求め、折半。

まあこれも旅の思い出だよね。


さて、ここからは、いよいよ下り。
展望台から、黒部ダムを見下ろしながら、屋外の鉄製階段を一気に
降りていく。

何度も折り返しながら下っていく、この階段。
雨で足元が滑りやすくなっているし、そこそこ急勾配なところも
あるので、気をつけないとね。

途中、何箇所か絶好の撮影スポットが有り、そこには人が屯(たむろ)
している。

一番いいところは、上の踊り場から下の踊り場を見下ろすと、
ダムと人をベストアングルで収めることが出来る場所。
その旨の看板も出ていて、なかなか人が引きもきらない。

そりゃそうだ。何せ、年間の訪問観光客数が100万人というから
恐れ入る。
冬季は閉鎖になるのに、それだけの集客があるのだ。
(毎年、12月~3月は、観光コースは閉鎖となる。
 中島みゆきは、大晦日によくぞ行ったものだと感心する。
 あんな片方の肩出しルックで歌わされて、寒かったろうなあ。)

ちなみに少しデータは古いが、07年の沖縄県全体の観光客数が
586万人
であることと比べても、黒部ダムの集客力100万人の
凄さが判ろうというものである。


下りの途中。
屋内展望台と同じところまで来たところが、少し広場になっている。
そこにあった、岩肌に寄り添うようにして建つ施設。
鉄扉が閉ざされ、中はうかがい知ることが出来ないが、地面には
軌条がある。
かつて、ここも資材を乗せたトロッコが通ったのだろうか?

そう思いながら、鉄扉の横に回りこんだ時。
そこにあった壁に、思わず目を奪われた。

幅4~5m、高さ2mほどに渡って、無数に様々なキャタピラの
後が交差している。

これは…。モニュメントだ!


サイドにあるレリーフに、その解説が書いてあった。



いいなあ。こういうのって。
誰か偉いさんの胸像なんかが建っていても、今一興覚めだ
けれど、こういうのって、本当にコンクリで模(かたど)られた
無数の軌条から、今にもキャタピラの軋む音が聞こえてきそうな、
そんな気がしてくる。

別に、現場の作業員だけを神聖視する訳では無いけれど。

胸像とかが作られる偉い人には、当然それなり(あるいは
それ以上)の苦労は有ったとは思う。

まして。これだけの事業な訳だから。

それでも、そういった人々に対しては、それなりにスポットを
浴びる機会もあるだろう。
それに比べて、折り重なる黒部の雪のように積み重なっていく
歴史の営みの中で、取り上げられることのない人々や機械の
労苦を、少しでも偲ぶ便(よすが)になるものを残そうとした、
当時の関係者の気持ちが嬉しいではないか。

ちなみに。
当時の社長のポートレートレリーフは、宇奈月温泉にある関西
電力の黒部川電気記念館に、しっかりと有る(笑)。


でも、この社長の言っていることは、正しい。
誰だって、絶対の自信を持って取り掛かれる仕事なんて、有りは
しない。
有ったとすれば、それは単に作業でしかない。
未知への不安を抱えながらも、その事業の必要性や将来展望、
リスク、自らの野心…。そうした、様々な思いを重ねながら、
経営者は刻一刻と判断を下していかねばならないのだから。

御見それしましたと、ポートレートに頭を下げる。


ちなみに、この社長。太田垣士郎氏。
破砕帯突破に現場が苦しみ抜いている時に現地視察を行って、

「鉛筆1本、紙1枚を節約してでもくろよんの工事には不自由を
 させないぞ。
 必要なものは何でも送るから、がんばってくれ」

と作業員を激励したという。

これを、単なるリップサービスと取ることは簡単だ。

だが。
総工費が資本金の3倍以上に膨れ上がろうとし、更にその先が
読めない状況にあるときに。
それでも、この不退転の意を決し、それを表明することが出来た
男の決意は凄い!と思う。

社運を賭けた、などという言葉すら、生温い。

常識的に考えれば、どう考えても勝算は見えない。
その見えないところを、僅かに残る可能性を先見し、社の存続を
賭けてこの事業に取り組んでいったとき。

確かに、この社長を始めとした経営陣も、現場とは異なる戦場で
戦っていたのだ、と思うのだ。

(この稿、続く)


(付記)
う~ん。
大学生のときに、ここを訪れていたら、絶対に関西電力を受けた
だろうなぁ。通ったとは思えないけれど(笑)。


昨日紹介した「高熱随道」は、黒部ダム全体の開発史のノベライズ
であり、しかも黒部第三発電所までの物語。
それに対してこちらは、文字通りくろよんダム建設工事を取り上げた
ノンフィクション。
黒部の太陽
木本 正次
新潮社

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