滝川薫の未来日記

スイスより、持続可能な未来づくりに関わる出来事を、興味がおもむくままにお伝えしていきます

機能不全に陥るスイスのフィードインタリフ

2010-09-28 15:12:58 | 政策
スイス初、大臣の過半数が女性に

朝方の気温が6度にもなり、ブナ林が黄色に紅葉し始めています。曇りの日には昼間でも室温が20度を下回るようになってきたため、大家さんが日曜日から温水全館暖房のスイッチを入れてくれました。(省エネ型住宅ならこれが1~2ヶ月遅いのですが、我が家は残念ながら従来建築です。)

先週スイスでは2人の大臣の退職に伴い、新しい大臣が選ばれました。長年、環境・交通・エネルギー・通信省の大臣を勤めた社会党のモリッツ・ロイエンベルガー氏は、アルプスを縦断する鉄道の基底トンネルや灯油へのCO2税といった業績を残しました。その後任として選ばれたのが、社会党の女性議員のシモネッタ・ソマルーガ氏です。消費者保護団体での経験が豊富で、党派を越えて支持される人気政治家です。それにより7人の大臣の中、4人が女性というスイスの歴史上の快挙となりました。

そして誰もが、ソマルーガ氏が新しい環境・交通・エネルギー・通信省の大臣になると思っていた矢先。昨日突然、4人の大臣が担当省を交換するというのです(スイスでは4大主要政党が内閣に参加する全党政府)。古参の大臣から先に省を選べる仕組みだそうで、キリスト教民主党の経済大臣ドリス・ロイトハルド氏がこの省を真っ先に選び、それが内閣内の多数決で認められたのだそうです。

ブルジョア派の手に移ったエネルギー・環境大臣

スイスの内閣は7人の大臣の合議制を取っていますが、伝統的に5人は既得権派の「ブルジョア」と呼ばれる大臣で、2人が社会党大臣なので、「ブルジョア」勢力が多数派です。これが環境やエネルギーに関しては、先進的な政策を実施し難い状況を作っています。

環境や交通というイメージとあまり結びつかないロイトハルド大臣が、なぜこの省に鞍替えしたのでしょうか。私はその背景には、「国として原発を進めてして欲しい」勢力が、何としてもブルジョアのエネルギー大臣を欲しかったのだ、と推測します。同大臣は以前、原発を進める電力会社の経営代表委員でしたし、今は「ニュークリアフォーラム」という原発産業のPR組織の会員です。

スイスでは今後、数年間で原発新設の可否が国民投票で決まるため、彼女が送り込まれた、と読むのは環境団体スイスエネルギー基金も同じです。環境・交通・エネルギー・通信省という幅広い課題の中でも、原子力というテーマがこんなにも政治的にも大きな意味を持つのか、と改めて驚きます。しかし、原子力の推進と再生可能電力の大幅な増産は供給構造的に矛盾することですから、スイスの再生可能電力にとっては、さらなる茨の道が待ち構えていることが危惧されます。

ドイツの再生可能電力増産の快挙

そんな中、友人の発行するEE-Newsで、お隣の国のドイツでは今年の上半期(1~6月)の間、太陽光発電パネルによる電力生産量が、総電力生産量の2%を達成したというニュースを読みました。こちらも素晴らしい快挙で、ドイツの再生可能電力の固定価格買取制度(フィードインタリフ)の実力を裏付けるものです!ちなみにドイツの再生可能な電力は、電力生産量の19%をまかなっているそうです。(水力3.7%、風力7.1%、バイオマス6.3%、ソーラー2.0%)。出典:
www.ee-news.ch

昨年ドイツで設置された太陽光発電の1人頭の出力数は、スイスの10倍です。スイスは水力が豊富なので電力生産に占める再生可能な電力の割合は56%になっていますが、水力を除くと2.04%と悲しい結果になっています(2009)。太陽光発電は0.1%にも満ちません。日射条件はドイツと同じか、ドイツより良好な地域もあるくらいなのに。
これはスイスでの国レベルでの再生可能電力の固定価格買取制度(フィードインタリフ)の導入が非常に遅かったことと、そしてそれが機能不全になっていることが原因です。

機能不全に陥るスイスのフィードインタリフ~理由(1)1つ目の蓋

スイスの再生可能電力の固定価格買取制度の募集は2008年に始まり、2009年に買取スタートしました。そして募集の数日後には太陽光発電からの電力買取が、予算上限に達してストップ。その後、全ての再生可能電力の買取が予算上限に達してストップしました。2010年6月1日までに9838設備が申請し、うち2889件に買取許可が出て、実現されたのは1880件です。ウェイティングリストは7000件で、うち5200件が太陽光発電。なんと4年待ちだそうです。

スイスの固定価格買取制度が、機能不全になっている理由はドイツにはない「2つの蓋」がスイスの制度にかけられているからです。 1つ目の蓋は、「法律で一般電力にkWhあたり最大0.6ラッペン(約0.4円)まで上乗せすることができる」とされている点。それによりドイツと異なり買取予算に上限がつくられており、遅かれ速かれ市場の成長に好ましくない「ストップ&ゴー」の状態になります。しかも、長いウェイティングリストがあるのに、実際には買取予算はkWhあたり0.45ラッペンしか徴収されておらず、2011年末まで0.45ラッペンが続きます。

理由(2)~2つ目の蓋

2つ目の蓋は、発電技術ごとに予算に占める%が分配されていること。特に、最も応募数の多い太陽光発電パネルは予算の5%しか充てられておらず、発電コストが下がったら、その割合を10%まで増やすという規則です。そのため他の技術で予算が余っていても、太陽光発電にはお金は回されません。

さらに、太陽光発電設備の電気の買取申請には、既に設備の建設許可が降りていることが条件であるため、すぐに実現できるプロジェクトばかりです。対して、風力・バイオマス発電・小型水力といった他の発電技術は、申請の時点で建設許可が降りていなくても申請することができます。

そのため、大手電力会社が実現する目処の立っていないプロジェクトを申請して、買取の許可をとりつけておくという事態が起こっています。ですので買取許可を受けていても実現されるとは限りませんし、実現されるまでに2~3年の時差があります。しかも、大手電力会社は1つのプロジェクトのバリエーションをいくつも申請しており、それにより買取予算をブロックしていることが非難されています。

蓋がある限り当分は減らないウェイティングリスト

このままでは、2030年までに5400GWhの再生可能電力(電力生産量の10%)を増産する、という控えめな政府の目標を達成することは無理だとされています。国会では2013年から買取予算のための上乗せ価格を0.9ラッペンまで値上げすることを決めましたが、たとえ0.9ラッペンになっても、ウェイティングリストは短くならない。とエネルギー庁も予測しています。

スイスにもドイツ型の「蓋なし」フィードインタリフが導入される日が来るのでしょうか。というか、スイスでは分散型電力供給を望まない大手電力会社の政治的圧力が大きく、このような制度が選ばれたと言えるでしょう。いづれにしても、スイスの再生可能電力の業界にとっては、「耐え忍ぶ年月」が今後もしばらくは続きそうです。あるいは、2013年に原発新設が国民投票で決着してからでないと、この議題に関しては政治的に進展しないのかもしれません。


短信

●講演会のお知らせ:
10月にいくつかの講演を行ないますが、下記のものは一般公開されています。興味のある方は是非詳細をご覧下さい。 10月30日13時30分~東京、東京建築家協同組合セミナー・エネルギー最小の家「薪・ペレットストーブ」内でスイスの木質バイオマスエネルギー利用事情についてお話します。
http://www.kenchikuka-kyodo.com/tacosfile/seminer20101030.pdf

●ソーラー飛行機、チューリッヒ国際空港に無事着地
9月22日に、ソーラー飛行機の「SolarImpulse」が、パイェルンにある軍の空港からチューリッヒ国際空港を往復する飛行を無事に遂げた。片道6時間の飛行だった。この飛行機は、翼の太陽光発電池から得る電力だけで飛行する。

●2010年度のスイスソーラー大賞はプラスエネルギー建築が重点
スイスソーラーエージェンシーにより毎年恒例のスイスソーラー大賞が22の部門で個人・企業・建物・プロジェクトに授与された。今年度の目玉は新に設けられたプラスエネルギー建築部門。6つの建物がプラスエネルギー建築賞を授賞。いづれもミネルギー・Pレベルの躯体に太陽光発電や太陽熱温水器を組み合わせたもので、エネルギー自給率は110~182%を達成している。

●今年もヨーロッパで一番肥大しているスイスの自動車
Blick誌によると今年上半期に走り始めた新車の平均的なモーター馬力が、スイスは西ヨーロッパで最大の143PSであることが、ドイツのDüsburg-Essen大学の調査で分かった。対してイタリアの新車平均PSが98と一番小さい。スイスに続いて、馬力の大きい車に乗っているのがスウェーデンとリュクセンブルグだそう。スイスではSUVは一時期と比べるとかなり減ったが、今でも新車5台に1台がSUVだという。不名誉な記録である。ちなみにスイスではガソリンにはCO2税が導入されていないため、ガソリン価格が安い。

●景気対策で地域暖房網が増える
2009~2010年度の景気活性化対策として国は5500万フラン(約45億円)を、再生可能エネルギー源や排熱を熱源とした地域暖房網の助成に認可した。それにより46の地域暖房網が実現され、265億円の投資が市場に誘発された。とはいえ申請は116物件もあったため、いかに多くの地域暖房網が今すぐにも実現したいと考えられているかが明確になった。実現されたプロジェクトの熱源は33件が木質バイオマス、5件がヒートポンプ、7件がゴミ焼却場となっている。またこれにより1.52万軒の一戸建ての熱需要に相当する熱が供給され、年8.6万トンのCO2削減に繋がる。(エネルギー庁プレスリリース)

● 州のエネルギー助成制度、景気対策で効果増進
2009年度、国と州は建物・熱源分野のエネルギー助成金の額を景気対策として大幅に上げた。国は8000万フラン(2008年度1300万フラン)、州は1億1200万フラン(2008年5500万フラン)。これによるCO2削減効果は10.8万トン(昨年6.9万トン)。エネルギー分野への投資4億4500万フランを誘発し、2300人の雇用創出に結びついた。最も大きな助成先は建物の断熱改修とミネルギー認証、自動木質燃焼装置、太陽熱温水器と太陽光発電。助成金の効率は1kWhを省エネするのに、1.1ラッペンの助成金が用いられた。2010年度からはこの助成総額は灯油へのCO2税の税収を用いて、さらに30%増す。(エネルギー庁プレスリリース)
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