滝川薫の未来日記

スイスより、持続可能な未来づくりに関わる出来事を、興味がおもむくままにお伝えしていきます

北国の春より ~ 引越し先でのエネルギーヴェンデ探索

2015-03-07 20:49:32 | お知らせ

シャフハウゼン州の小さな村へ

大変ご無沙汰しております。引っ越し前後のドタバタと日々の業務に追われ、ブログを更新できないうちに、本格的な冬が来て、冬が過ぎ、そして春がやって来ました。麓の村々の庭先のクロッカスや畑の上のひばりの群れが、そして山の上では林縁のスハマソウの青い花や野鳥のさえずりが、春を待ちわびた心に沁み入る季節です。今年の冬は、霧と雪が本当に多く、長く感じたものです。

引っ越し先は、北東スイスのシャフハウゼン州のスィブリンゲン村です。州の人口は8万人弱、州都の人口は3.6万人。スィブリンゲン村は州都からバスで20分強、人口800人の村です。住まいは村の中心から数キロメートル離れた標高840mの山の上の集落にあります。晴れた日には西スイスのアルプスから東オーストリアのアルプスまで、北側にはドイツの黒い森やボーデン湖地方までが見渡せ、多様性が非常に豊かな植生で知られる山です。そのため天気の良い日や週末には、沢山の地元の人が訪れる場所になっています。

スイスの中でもシャフハウゼン州は、州と自治体の協力により農村部でも良好な公共交通の充実が意識的に行われてきました。スィブリンゲン村にも1時間に2~4本のバスが州都の駅と村を繋いでおり、住民の足になっています。このバスをはじめとして、田舎であるからこそ、暮らしの質・インフラの質を維持しようという住民や自治体の努力が感じられます。ほとんどの村に地元で買い物や郵便の用が済ませられる村スーパーが維持されていることも良い例でしょう。スィブリンゲン村でも、一度スーパーがなくなってしまった後、住民が協働組合を立ち上げて新しい村スーパーを作りました。地元の農家の生産物も置いており、一通りの食品や日用品は手に入ります。


クレットガウ谷の村暖房たち

新しい生活環境の中で、地域のエネルギーヴェンデの様子も探索中です。

シャフハウゼンはスイスの中でも3番目に森が豊な州なので(といっても面積の43%ですが)、木質バイオマスによる集落中心部の地域暖房が普及しています。スイスでは90年代から、主に自治体が中心となって木質バイオマスの「村暖房」が実現されてきましたが、クレットガウ谷のこの辺りだけでもベーリンゲン村、ハーラウ村、レーニンゲン村、ヴィヒリンゲン村、ゲーヒリンゲン村、スィブリンゲン村、シュライトハイム村と、ほぼ全ての村に「村暖房」があります。中でも今度訪問してみたいのは、ベーリンゲン村の比較的新しい地域暖房です。ここでは、木造工務店から地域暖房が行われています。その木造会社の施工ホールの屋根には大きな太陽光発電がついており、プラスエネルギー木造会社になっています。

省エネ建築についても探索中です。スィブリンゲン村の新興住宅地では、昨年のスイスソーラー大賞で努力賞を受賞したプラスエネルギーハウスを発見しました。床面積が300㎡もある大きなミネルギー・Pの戸建てですが、暖房・家電・給湯のエネルギー消費量を50㎡の太陽熱温水器と7.6kWhの太陽光発電でまかなっているということ。建物の屋根や外壁に一体化された設備デザインが評価されての受賞だったようです。冬の暖房は家の中におかれた9.5㎥の大型蓄熱タンクから太陽熱で作ったお湯を取り出して暖房するコンセプトで、足りない短期間の間だけ薪ストーブを使うそうです。

この地方には、ミネルギー・P基準による税関(ドイツ国境がすぐ側なので)や天空観察所といった建物もあるそうですので、今後の探索が楽しみです。


集落での小さなエネルギーヴェンデ

引越し先の小集落でも、完璧ではないものの小さなステップでのエネルギーヴェンデが積み上げられてきているようです。お隣の大家さんのホテル・レストランでは、数年前に省エネ改修を行い、断熱性能を上げ、機械熱回収付の換気設備の設置、業務用冷蔵設備からの排熱回収、70㎡の太陽熱温水器の設置などが実践されています。熱源は以前から使っている70kWの薪ボイラーで、排熱や太陽熱で足りない分を薪ボイラーで作っています。3500リットルの暖房用タンク3本と給湯用タンク1本がこれらの熱源をつなげています。熱源の管理はレストラン・ホテルのオーナーさんがインターネット上で管理。新しい居住者の私たちにも設備を見せてくれました。

この「母屋」から、隣接する農家や私たちの暮らす建物にも暖房熱が地下配管を通じて供給されています。賃貸人として、ようやく念願の脱暖房用オイルが果たされました・・。電力はシャフハウゼン州電力から購入していますが、自動的に100%再生可能エネルギーからの電力が供給されるシステムになってます。もちろん自動的に供給される電力は既存の水力ですので、新しい再生可能エネルギー設備からのものではありません。ですから、より環境性能の高い、新しい再生可能エネルギー発電設備からの電力を購入したいと思っていますが、まだ選択肢を検討中です。

ホテルのお隣の有機農家の方でも、いろいろと工夫を重ねているようです。チーズの加工・保存も兼ねている牛舎・納屋設備には、太陽光発電パネルと地中熱、そして牛乳を冷やす時に生じる排熱とタンクを組み合わせて、冷蔵や加熱のエネルギーをまかなうシステムの制御を最良化しているところでした。それぞれがエネルギー利用について長期的なプランの中から、できることを少しずつ実施しているようです。


3月8日は住民投票の日~州のエネルギー課徴金を巡って

この週末は住民投票・国民投票の日曜日です。シャフハウゼン州では、福島第一原発事故後に策定された州のエネルギー戦略の第一パッケージについて投票が行われます。その目玉となるのがエネルギー課徴金で、主にこれを巡って賛否議論が繰り広げられています。こんな小さな州でも、ポスター戦やイベント、メディアでの論戦が随分と盛んです。このエネルギー課徴金とは、シャフハウゼン州で消費される電気にkWh あたり0.8ラッペンの課徴金をかけ、そこから得られた収入で主に熱分野の助成金財源を作るというものです。(これとは別に国の再エネ電力の買取制度の課徴金等がかかります。)

スイスのエネルギー助成金は、国からの助成金と州からの助成金を合わせたものを、州が窓口になって支払います。国が助成資金を出す際には、州がエネルギー補助金プログラムを持っていること、それから州が自らも助成金を出すことが条件になります。その額に応じて、国も出す額を決めます。シャフハウゼン州の場合、州の課徴金から450万スイスフランの助成財源が得られれば、国からも200万スイスフランが出るので、合計650万スイスフラン(約8億円)のエネルギー助成金を出すことができます。

シャフハウゼン州のエネルギー・建設大臣である保守派・自由民主党のレト・ドゥーバッハーさんはこの課徴金の支持者ですが、650万スイスフランの助成金で、地域に4000万スイスフランという7倍の投資を誘発できると話していました。助成金は、主に再生可能熱源への交換や省エネ改修、地域暖房、農業型バイオガス、系統強化等の助成に用いられます。

スイスの原発ロビー団体AVESやスイス国民党(SVP)や自由民主党(FDP)の原発推進派の議員はもちろんこの課徴金には反対。対して、農家の連盟や建設関係者、手工業者の多くが課徴金に賛成しており、上記のSVPやFDPの中にも賛成派もいます。 昨年、シャフハウゼン州では「2000W社会」の目標を州の憲法に書きこむことに関して住民投票が行われたそうですが、上記の原発推進派によるネガティブ・キャンペーンが効果を発揮して、否決されてしまったそうです。

ただし今回の課徴金は数年前まで実行されていたものの再開ということもあり、可決の見通しは悪くないでしょう。また、こういった電力へのエコ課徴金は、実際にスイスの多くの自治体や州で実施されています。

ちなみに5室住居で年4500kWh の電力消費の家族の場合、1年の課徴金額は36スイスフランということですから、スイスの家庭にとっては控えめな額です。もちろん大型消費者にとっては課徴金額も大きくなりますが、これらの企業は省エネ対策を実施すれば多くの助成金も得られますので、制度の受益者にもなります。また、大手電力消費者には、一定の省エネを実施する場合には、課徴金が半額、場合によっては全額が還付されるという配慮も設けられているそうです。


エネルギー戦略2050のその後

年末年始には、国全体のエネルギー政策関連でもいろいろな出来事がありました。1月頭には州のエネルギー大臣会議で、(建築の)エネルギー雛形法2014が可決されました。この雛形法の中核を成す法規については、すべての州で今後数年の間に施行されていくものです。この中で、スイスでの二アリーゼロエナジーの法的な定義も明らかになりました。

また1月には、放射性廃棄物の最終処分候補地が、Nagra(放射性廃棄物処分組合)とエネルギー庁により突然6箇所から2箇所に絞られました。候補地問題は、スイスでもドイツと同様に出来レースの疑いが持たれていますが、その本命がチューリヒ州ベンケン村です。この村はシャフハウゼン州境にあり、ドイツからも近い場所にあります。反対する地元市民グループの勉強会にはスイスとドイツの市民が集まっていました。そこでは、技術的安全性に関する科学的評価、民主的なプロセス、そしてゴミをこれ以上増やさない体制をまず先に作ることが要求されていました。

12月には、エネルギー戦略2050に関する審議が国民議会(下院)で行われました。省エネと再生可能エネルギーについては、内閣が提案した通りの目標設定および対策で通りましたので、まあまあ順調なスタートです。しかし、問題は脱原発の方です。内閣は新設を禁止し、50年で運転終了という路線で進めてきましたが、下院での審議では、原発ロビーの力により最も古い原発3基については最長60年まで、残りの2基についてはもっと長い期間の運転が可能な法案の内容になっています。これは再生可能エネルギーからの電力増産を大きく妨げうる不安要素です。

「脱原発」は「古い原発をできるかぎり長く使う」という意味ではなかったはずなのですが。原発運転の終了はうやむやにしたまま、エネルギーヴェンデが進められることになっています。今後、上院にてエネルギー戦略2050について審議される際に、運転期間に関する下院の決議が修正されることに期待します。

  

最近の掲載誌

■ ビオシティ誌61号特集「防災・減災のためのエコロジカルデザイン」

連載第8回「欧州のビオホテル探訪」シリーズで、オーストリアのBiohotel Holzleitenについての記事を寄稿しています。100%オーガニック、高度なCO2削減に取り組む、レベルの高いホテルたちを紹介するシリーズです。

http://bookend.co.jp/?p=337

 

フクシマニュース12月号

スイスエネルギー財団のニュースサイトにフクシマニュースの12月号が掲載されました。

http://www.energiestiftung.ch/aktuell/fukushima/

  

新エネルギー新聞

新エネルギー新聞16・18・20号にスイス・ドイツ・オーストリアからのニュースを寄稿しています。

http://www.newenergy-news.com/

 

■ソーラーコンプレックス社の日本語版ニュースレター12月号・3月号

市民エネルギー会社ソーラーコンプレックス社のニュースレター日本語訳を下記からご覧になれます。順調な太陽光の自己消費事業や地域暖房事業、そして風力プロジェクト実現における様々な障害など、日本の事業者の方々にとっても参考になります。

2014年12月号 http://48787.seu1.cleverreach.com/m/6074272/

2015年3月号 http://48787.seu1.cleverreach.com/m/6137080/

 

 

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