![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/44/d5/445a0dd5950a90bc4e4f34b02dec20a1.jpg)
さて、『銀河鉄道の夜』においてジョバンニが乗った列車はどのように銀河を通過して行ったか。初期形で云えば、
白鳥の島と十字架→白鳥の停車場(十一時着)→アルビレオの観測所→鷲の停車場→かささぎの群→琴の宿→孔雀→海豚→射手のとこ→インデアン→鶴→双子の星のお宮→蠍の火→さそりの形の三角標→ケンタウルの村→サウザンクロスの停車場(第三時着)と十字架→石炭袋
であった。
一方、この辺りの実際の銀河周辺は下図のようになっている。
【Fig.24 天の川の展開図(『星空ガイド』(沼澤、脇屋共著、ナツメ社)より一部抜粋)】
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/7a/dd/c2bb9059f0fdfec3a3183773fc6f6b76.jpg)
ここで、列車が通過していった箇所をグループ分けしてみよう。私なら
G1[白鳥の島と十字架→白鳥の停車場(十一時着)→アルビレオの観測所]
→G2[鷲の停車場→かささぎの群→琴の宿→孔雀→海豚→射手のとこ→インデアン→鶴]
→G3[双子の星のお宮→蠍の火→さそりの形の三角標]
→G4[ケンタウルの村→サザンクロスの停車場(第三時着)と十字架→石炭袋]
のように4つに分けたい。
そして、賢治が推敲を重ねた結果初期形から[琴の宿][海豚][射手のとこ]を削ってしまった最終形ならば
G1[白鳥の島と十字架→白鳥の停車場(十一時着)→アルビレオの観測所]
→G2[鷲の停車場→かささぎの群→孔雀→インデアン→鶴]
→G3[双子の星のお宮→蠍の火→さそりの形の三角標]
→G4[ケンタウルの村→サザンクロスの停車場(第三時着)→十字架→石炭袋]
と分けることが出来るのではないかと考える。
さらには、この場合のG2は他の3つのグループに比較してまとまりがあるものではなく、それぞれは軽く扱われているし、最終形の『銀河鉄道の夜』では、鷲座はあまり重きを為していない。まして、琴の宿、海豚座関係、射手座関係になると最終形では消えてしまっている。また、孔雀座、インデアン座はともに日本からは見えない。
そこで、最終形における『銀河鉄道の夜』におけるジョバンニの乗った列車の部分は大まかに分けると、グループG1、G3、G4から出来ていると私は考えた。
言い換えれば、『銀河鉄道の夜の』ジョバンニの乗った列車乗車部分の主要な構成部分は
白鳥座グループ、蠍座グループ、南十字座グループ
の3つから出来ていると私は考えたい。
したがって、北上川を銀河に、「経埋ムベキ山」をいくつかの星座に賢治がもし擬すならば、これだけ賢治が推敲を重ねた『銀河鉄道の夜』であることを踏まえて、まず
白鳥座、蠍座、南十字座
に擬すであろうし、鷲座や盾座はその後のことではなかろうか。
まして、盾座関係は『銀河鉄道の夜』には全く出て来てないのではなかろうか。そしてそもそも、”『銀河鉄道の夜』とのこと(その1)”で挙げた草加氏の調査によれば賢治の作品に”盾座”関係は一切登場してないようだ。
一方、以前”「経埋ムベキ山」と星座(畑山氏の説)”において触れたように、畑山 博氏は、『美しき死の日のために』(畑山博著、学習研究社)において下図のように
【Fig.3(再掲) 314p図①】
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/00/9a/dc85d82091c4d0ceef4f646cb5bc3f54.jpg)
北上川は”天の川”で、「経埋ムベキ山」32座の頂はその天の川にかかる、上から順に
はくちょう座、わし座、たて座、いて座
を形作るのだと言っている。
この畑山氏の考えに対して私は以前、
(1) なぜこの4つの星座なのか、他の星座もあり得るのではなかろうか。
(2) たて座の形と位置がこれでいいのか。
(3) いて座の形が不自然ではないか。
(4) 「黒森山」の同定はこの黒森山でいいのか。
(5) 「松倉山」「旧天山」の説得力が弱いのではないか。
(6) 「八方山」の肩の◎印の説明がないこと。
(7) 「経埋ムベキ山」からなる星座は、空に見える星座の裏返しでなくてよいのか。
と疑問を呈した。
そこでこれらのそれぞれについて多少考察をしたい。
(1)について
この4つの星座である必然性の根拠は弱いと思う。もし星座に擬すのであれば、前述したように『銀河鉄道の夜』に基づくはずだから、中核をなす星座は次の
白鳥座、蠍座、南十字座
の3つの星座であると考える。だから、蠍座、南十字座だって擬すことはあり得るのではなかろうか。ところがこの2つの星座は畑山氏の仮説には出てきていない。
(2)について
畑山氏も「たて座は実際の星座の位置よりずっと左に寄っていますがイメージは同じです」と『美しき死の日のために』に記しているとおり、盾座の位置は他の星座と較べて不自然。そして、もし『銀河鉄道の夜』あるいは賢治の作品の総体に基づくならば、ここに盾座を持ってくる必然性は殆どないと私は思う。また、畑山氏のたて座のイメージはオーソドックスな盾座のイメージとは懸け離れていないだろうか。
(3)について
射手座のイメージについても同様、オーソドックスなそれとは異なるのではなかろうか。また、『銀河鉄道の夜』に基づくならばここは射手座ではなく、イーハトーブ岩手においては南の地平線寄りに見える蠍座だってあり得るのではなかろうか。あるいは、畑山氏の想定している山々の中には花巻からは見えない山も入っているから、そのような鶴座や南十字座等もあり得るのではなかろうか。まして射手座は最終形『銀河鉄道の夜』では削除されていることでもあり、必要条件に欠けているのではなかろうか。
(4)について
畑山氏の考えは、”まずわし座ありき”ではなかろうか。わし座なはずだからそのためにはこの黒森山なはずだということで同定しているからである。しかし、わし座でなければならないという根拠は何だろうか。他の黒森山でない理由は何なんだろうか。山の属性から考えれば他の黒森山だってあり得るのではなかろうか。最終形『銀河鉄道の夜』に基づくならば、畑山氏が擬した山々がわし座の星でなければならない理由がいまひとつ分からない。
(5)について
鬼越山、篠木峠をそれぞれジョバンニとカムパネラに擬している畑山氏の考えは仮に是としても、「松倉山」「旧天山」の説得力が弱いのではないか。松倉山を”あのふしぎな少年”と擬していることは何故、旧天山のモデルがないのは何故なのだろうか。
(6)について
一般には、◎印は重要な事柄に付すことが多いと思うが、この印のついている理由は何なんだろうか。
(7)について
書物に記載されている星座(印刷された星座)は我々が夜空を見上げた場合のものである。しかし、もし『山頂≒を星』と見るならば(この見方については”『銀河鉄道の夜』とのこと(その3)”でも述べたとおり十分にあり得ることだと思うが)、これらの山々は地球上に投影された星座でなければならないのではなかろうか、という意味である。
つまり、地図上に配置された山頂でつくる星座と、印刷された星座はお互いに裏返しの関係で重ね合わさるものでなければならないのではなかろうか、という意味である。
以上のことから、畑山氏の考えは大いに魅惑的ではあるが、私は別の考えに辿り着く。それは次のようなものである。
宮沢賢治が「経埋ムベキ山」の山々を選定する際には
(1) 童話『銀河鉄道の夜』が重要な役割を果たした。
(2) いくつかの山は白鳥座を意識して選んだ。
(3) 八方山をアンタレスに擬した。
《八方山頂上 (平成20年4月30日撮影)》
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/3c/b2/d9d609e2c87039d9d4887390bbdc9cfd.jpg)
(4) 32座を白鳥座、鷲座、盾座、射手座を構成するための必要十分条件としたわけではない。
のではなかろうかというものである。つまり、
宮沢賢治は「経埋ムベキ山」32座の総体を銀河と星のイメージとして捉えていた側面がある。北上川というイーハトーブの銀河に翼を拡げた岩手山などからなる山々を白鳥座に、南に流れ落ちるその銀河のほとりに美しく輝く賢治の最も愛する蠍の目玉を八方山に擬した。しかし、それ以上のものではなく、全山を特定の星座に擬していたわけではない。童話『銀河鉄道の夜』の中のジョバンニが乗ったあの小さな列車が通り過ぎてゆく銀河とその周りのイメージをイーハトーブの山々に投影したのが、賢治の「経埋ムベキ山」の心象風景である。
というのが私の素人考えである。
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白鳥の島と十字架→白鳥の停車場(十一時着)→アルビレオの観測所→鷲の停車場→かささぎの群→琴の宿→孔雀→海豚→射手のとこ→インデアン→鶴→双子の星のお宮→蠍の火→さそりの形の三角標→ケンタウルの村→サウザンクロスの停車場(第三時着)と十字架→石炭袋
であった。
一方、この辺りの実際の銀河周辺は下図のようになっている。
【Fig.24 天の川の展開図(『星空ガイド』(沼澤、脇屋共著、ナツメ社)より一部抜粋)】
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/7a/dd/c2bb9059f0fdfec3a3183773fc6f6b76.jpg)
ここで、列車が通過していった箇所をグループ分けしてみよう。私なら
G1[白鳥の島と十字架→白鳥の停車場(十一時着)→アルビレオの観測所]
→G2[鷲の停車場→かささぎの群→琴の宿→孔雀→海豚→射手のとこ→インデアン→鶴]
→G3[双子の星のお宮→蠍の火→さそりの形の三角標]
→G4[ケンタウルの村→サザンクロスの停車場(第三時着)と十字架→石炭袋]
のように4つに分けたい。
そして、賢治が推敲を重ねた結果初期形から[琴の宿][海豚][射手のとこ]を削ってしまった最終形ならば
G1[白鳥の島と十字架→白鳥の停車場(十一時着)→アルビレオの観測所]
→G2[鷲の停車場→かささぎの群→孔雀→インデアン→鶴]
→G3[双子の星のお宮→蠍の火→さそりの形の三角標]
→G4[ケンタウルの村→サザンクロスの停車場(第三時着)→十字架→石炭袋]
と分けることが出来るのではないかと考える。
さらには、この場合のG2は他の3つのグループに比較してまとまりがあるものではなく、それぞれは軽く扱われているし、最終形の『銀河鉄道の夜』では、鷲座はあまり重きを為していない。まして、琴の宿、海豚座関係、射手座関係になると最終形では消えてしまっている。また、孔雀座、インデアン座はともに日本からは見えない。
そこで、最終形における『銀河鉄道の夜』におけるジョバンニの乗った列車の部分は大まかに分けると、グループG1、G3、G4から出来ていると私は考えた。
言い換えれば、『銀河鉄道の夜の』ジョバンニの乗った列車乗車部分の主要な構成部分は
白鳥座グループ、蠍座グループ、南十字座グループ
の3つから出来ていると私は考えたい。
したがって、北上川を銀河に、「経埋ムベキ山」をいくつかの星座に賢治がもし擬すならば、これだけ賢治が推敲を重ねた『銀河鉄道の夜』であることを踏まえて、まず
白鳥座、蠍座、南十字座
に擬すであろうし、鷲座や盾座はその後のことではなかろうか。
まして、盾座関係は『銀河鉄道の夜』には全く出て来てないのではなかろうか。そしてそもそも、”『銀河鉄道の夜』とのこと(その1)”で挙げた草加氏の調査によれば賢治の作品に”盾座”関係は一切登場してないようだ。
一方、以前”「経埋ムベキ山」と星座(畑山氏の説)”において触れたように、畑山 博氏は、『美しき死の日のために』(畑山博著、学習研究社)において下図のように
【Fig.3(再掲) 314p図①】
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/00/9a/dc85d82091c4d0ceef4f646cb5bc3f54.jpg)
北上川は”天の川”で、「経埋ムベキ山」32座の頂はその天の川にかかる、上から順に
はくちょう座、わし座、たて座、いて座
を形作るのだと言っている。
この畑山氏の考えに対して私は以前、
(1) なぜこの4つの星座なのか、他の星座もあり得るのではなかろうか。
(2) たて座の形と位置がこれでいいのか。
(3) いて座の形が不自然ではないか。
(4) 「黒森山」の同定はこの黒森山でいいのか。
(5) 「松倉山」「旧天山」の説得力が弱いのではないか。
(6) 「八方山」の肩の◎印の説明がないこと。
(7) 「経埋ムベキ山」からなる星座は、空に見える星座の裏返しでなくてよいのか。
と疑問を呈した。
そこでこれらのそれぞれについて多少考察をしたい。
(1)について
この4つの星座である必然性の根拠は弱いと思う。もし星座に擬すのであれば、前述したように『銀河鉄道の夜』に基づくはずだから、中核をなす星座は次の
白鳥座、蠍座、南十字座
の3つの星座であると考える。だから、蠍座、南十字座だって擬すことはあり得るのではなかろうか。ところがこの2つの星座は畑山氏の仮説には出てきていない。
(2)について
畑山氏も「たて座は実際の星座の位置よりずっと左に寄っていますがイメージは同じです」と『美しき死の日のために』に記しているとおり、盾座の位置は他の星座と較べて不自然。そして、もし『銀河鉄道の夜』あるいは賢治の作品の総体に基づくならば、ここに盾座を持ってくる必然性は殆どないと私は思う。また、畑山氏のたて座のイメージはオーソドックスな盾座のイメージとは懸け離れていないだろうか。
(3)について
射手座のイメージについても同様、オーソドックスなそれとは異なるのではなかろうか。また、『銀河鉄道の夜』に基づくならばここは射手座ではなく、イーハトーブ岩手においては南の地平線寄りに見える蠍座だってあり得るのではなかろうか。あるいは、畑山氏の想定している山々の中には花巻からは見えない山も入っているから、そのような鶴座や南十字座等もあり得るのではなかろうか。まして射手座は最終形『銀河鉄道の夜』では削除されていることでもあり、必要条件に欠けているのではなかろうか。
(4)について
畑山氏の考えは、”まずわし座ありき”ではなかろうか。わし座なはずだからそのためにはこの黒森山なはずだということで同定しているからである。しかし、わし座でなければならないという根拠は何だろうか。他の黒森山でない理由は何なんだろうか。山の属性から考えれば他の黒森山だってあり得るのではなかろうか。最終形『銀河鉄道の夜』に基づくならば、畑山氏が擬した山々がわし座の星でなければならない理由がいまひとつ分からない。
(5)について
鬼越山、篠木峠をそれぞれジョバンニとカムパネラに擬している畑山氏の考えは仮に是としても、「松倉山」「旧天山」の説得力が弱いのではないか。松倉山を”あのふしぎな少年”と擬していることは何故、旧天山のモデルがないのは何故なのだろうか。
(6)について
一般には、◎印は重要な事柄に付すことが多いと思うが、この印のついている理由は何なんだろうか。
(7)について
書物に記載されている星座(印刷された星座)は我々が夜空を見上げた場合のものである。しかし、もし『山頂≒を星』と見るならば(この見方については”『銀河鉄道の夜』とのこと(その3)”でも述べたとおり十分にあり得ることだと思うが)、これらの山々は地球上に投影された星座でなければならないのではなかろうか、という意味である。
つまり、地図上に配置された山頂でつくる星座と、印刷された星座はお互いに裏返しの関係で重ね合わさるものでなければならないのではなかろうか、という意味である。
以上のことから、畑山氏の考えは大いに魅惑的ではあるが、私は別の考えに辿り着く。それは次のようなものである。
宮沢賢治が「経埋ムベキ山」の山々を選定する際には
(1) 童話『銀河鉄道の夜』が重要な役割を果たした。
(2) いくつかの山は白鳥座を意識して選んだ。
(3) 八方山をアンタレスに擬した。
《八方山頂上 (平成20年4月30日撮影)》
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/3c/b2/d9d609e2c87039d9d4887390bbdc9cfd.jpg)
(4) 32座を白鳥座、鷲座、盾座、射手座を構成するための必要十分条件としたわけではない。
のではなかろうかというものである。つまり、
宮沢賢治は「経埋ムベキ山」32座の総体を銀河と星のイメージとして捉えていた側面がある。北上川というイーハトーブの銀河に翼を拡げた岩手山などからなる山々を白鳥座に、南に流れ落ちるその銀河のほとりに美しく輝く賢治の最も愛する蠍の目玉を八方山に擬した。しかし、それ以上のものではなく、全山を特定の星座に擬していたわけではない。童話『銀河鉄道の夜』の中のジョバンニが乗ったあの小さな列車が通り過ぎてゆく銀河とその周りのイメージをイーハトーブの山々に投影したのが、賢治の「経埋ムベキ山」の心象風景である。
というのが私の素人考えである。
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