summer diary

日記らしきページ

今日も暑い・・

2024年09月06日 | Weblog
 今日はバイト。 シフトの間隔としてはいつも通りだ。 いつも通りと言うのは、バイト明けの日、翌日休み、次の日にバイト、明け、休み、バイトのサイクルになる。 今月はそのサイクルが2周目、3週目は少し間隔が空いていて、いつもよりも休みが続く。 来週は1泊旅行に行くので、休みが続くのは当然である。 もちろん、今月は先月、先々月に比べると、2日間少ないシフトになっているので、来月のバイト料はちょっと厳しい? 少ないバイト料の中から市民税まで引かれているので、これはやはりかなり痛い。  そもそも、市民税がなんでバイト料から引かれるのか?
ともかく、税金が多すぎるのだ。 年金からも所得税が引かれるし、介護保険料もである。 介護保険?? こんな物必要ないだろう。 国民保険に加入しているのであるから、介護のための保険など絶対に要らない。 介護に費用が掛かるなら、とっとと死んだら? そんなに身体が不自由になって、家族や他人に世話にならないといけないような身体で長生きする必要もないし、そうした周りの人に対しても、迷惑を掛けることは本人にも願うことではないだろう。 
日本の寿命が延びている・・。 こんなことはうれしい事ではないし、人工減少が進む中で、高齢者がどれほど国(現役で働いている世帯に対して)に負担を強いているか。 仕事が出来なくなった時点で、いつでも死ぬ覚悟は必要だし、健康で誰にも世話にならない身体であるなら生きて居る意味もあるだろうが、24時間体制で世話にならないような身体で長く生きることは、それ自体が罪だと私は思っている。 

定年の年齢も引き上げられているし、年金が満額が支給される年齢も引き上げられている。 これは平均寿命が延びたことだが、健康で生きて居る人の寿命はそれよりも10年も短い。 実際にはこの10年短い年齢が本来の寿命だと私は思う。 
特に病院で延命治療などをすることは、本来、その個人の寿命に対する裏切りだと思うし、それを支える人に対しても裏切りだ。 
さて、これは私の身勝手な意見であるので、当然だが、反論する意見も多々あるだろうし、人間の尊厳などと言うような人もいるだろう。 しかし、科学的な治療によって、生きて居る事は生きて居ると言えるのか?? 生きるとは? 生きて居るとは? 心臓が鼓動しているだけで生きて居ると言えるのか?
人生とは何か? 人間の幸せとは何か? そうした人間としての根本的な意味を考えると、果たして、延命治療や、科学的な治療や、介護にしても同じだが、本来の人間としての人生はと? 
さて、私もいつまで健康な身体を維持できるのかは分からない。 今はまだ病気もすることなく、持病も皆無だし、病気などで病院に行くこともほぼ無い。 
それなりに筋トレを続けているし、ギターも毎日弾いて過ごしている生活を続けている。 特に食事に気を付けている訳でもないし、酒、たばこも毎日飲んでいる。 バイトで稼いでいる小遣い余裕があるので、お金に困る事もないし、子供もそれなりに幸せな家庭を持っているし、孫達とも遊んだり、旅行に行ったりと。 バイトもある意味ではお金だけの良さだけではなく、例え、楽な仕事でも仕事であることは精神的な緊張感も維持できている。 
何よりも、ギターは常に新しい曲への挑戦を続けているので、常に試行錯誤する頭脳を使っているし、指を動かして、脳の活性化になっているだろうし、意欲的な気持ちを維持できている。 

さて、今日も猛暑日になる予報だが、屋内の快適な環境でギターを弾いて過ごす。 少しづつ弾けるようになってきた曲もしっかりと練習しよう。 
必ず弾けるし、必ずスムーズな演奏が出来ることは間違いない。 そんな風に思える程度には毎日の練習で感じる事が出来る。