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雨にも負けず山歩き♪

青空を見上げながらも、しっかり足もとを見つめて歩く自然観察情報!

復元された能登の古道…木郎歴史古道を歩く

2016年05月01日 | 歴史街道&自然歩道

奥能登のカッパドキア…「ヒデッ坂」


2016/5/1(日)  復元された能登の古道…木郎歴史古道
                                  <能登町秋吉 アマメハギ公園Pより>


金沢(6:40)→別所岳SA(7:50~8:10)→アマメハギ公園P(道標① 9:00~15)→ヒデッ坂(道標⑬10:20 ~道標㉖)
→末次城跡で昼食(道標㊷ 11:30~12:15)→珪化木2号公園(12:40)→珪化木1号公園(13:00)→
アマメハギ公園P(13:40)→のとキリシマツツジ見学(13:50~14:25)→反省会後解散(14:35)→金沢(17:00)


アマメハギ公園が起点の約9キロのコース

能登・木郎地区にある「木郎歴史古道」は、アマメハギ公園が起点となっており、案内道標①~㊿まで、
点在する秘境・遺跡群を結んだ一周約9キロのノルディックウォーキングコースとして、3年位前に復元されたようである。

ノルディックは両手にスキー用のポールを持って早歩きをするようだが、なる程そんな歩き方やトレランにも良いなーと思える、
安全で整備されたコースである。全体を通して軽いアップダウンはあるが標高差はほとんどなく、
落ち葉がフカフカしていて歩き易く緩やかな尾根道と言える。

出発時、CLの「今日はゆっくり歩きましょう」の一言で、道端に咲く花をいつもよりのんびり観察、
花博士Mさんの花解説に足を止めて聞き入ったり、ワラビを見つけて今夜のおかずが出来たと喜んだり、
急登の山登りとは一味違う歩きを、本日の参加者13名で楽しんできた。

秘境と言えるのは、途中にあった「ヒデッ坂」と言われる浸食凝灰岩台地の尾根道である。
不思議な形のランダムな丸い突起が独特の雰囲気で、最初は一部だけかと思ったが、約1キロに渡って続いており、
「日本のカッパドギア」と言っても過言ではないかと思えた。標高70m~90mの低い尾根上であるが、
ヒデッ坂では展望が開ける度に足を止めて、近くの新芽や遠くの新緑を見ながら、
ここは紅葉の頃も美しいのでは?と思え、奥能登は距離的に遠いが秋にまた来たいねと話題になった。
花曇りの一日だったが、後半は薄日も射して暖かい日となり、気持ちも温かく、ヒデッ坂は何故か心癒される空間であった。

 遺跡群と言えるのは、植物の化石「珪化木」が自然に横たわる公園があったことなどである。
珪化木は約2500万年前の火山活動時、火山噴出物に埋もれた樹木が化石化したもので、
本当に木なのか触ってみたが、固くてまるで岩の塊のようだった。

他には「末次城跡」や「巴御前の塚跡」など、貴重な歴史遺跡を見ながら歩く事ができた。
道標の②~⑥を外したので立ち寄らなかったが、平安時代末期から鎌倉時代前半、珠洲焼の「窯跡」もあったようだ。

そして今日はとっても運が良い!

移動中でも、穴水辺りから民家の庭先を彩る深紅の色が車窓でも見えた「のとキリシマツツジ」が満開であった。
花の見頃は7~10日間と言われているので、ついでとは言え遥々能登に来て良かった♪♪♪
アマメハギ公園Pに戻って帰り支度を済ませ、徒歩すぐのオープンガーデン2軒「蔵屋家・背戸家」の庭先にお邪魔して、
両家ご自慢「のとキリシマツツジ」の大木を間近で見せて頂いた。
ツツジも見事だったが庭も立派!庭には春の花が多種類咲いており、蝶になった気分でツツジと花の鑑賞会となった。



木郎歴史古道GPS軌跡…アマメハギ公園Pより一周約9キロのコース


 
別所岳SAで休憩…スカイデッキの長い空中廊下の先端にはベランダのような展望台
(この日は眺望なし…運が良ければ北アルプスも見える)


 
能登町秋吉「あまめはぎの里」看板の奥が、アマメハギ公園駐車場(右画像…休憩ベンチとトイレあり)



能登町秋吉「あまめはぎの里」看板の奥が、アマメハギ公園駐車場(右画像…休憩ベンチとトイレあり)


道中の花々を愛でながら歩く。。。


   


   


 
道標⑦~車道よりトレイルに入り、池の横を通る。


 
落ち葉でフカフカのウォーキングコース       道標⑩…地図にはない分岐を右に行く。



道標⑬~ヒデッ坂より足元も眺望も一変!



地図を見ると、このヒデッ坂を真っ直ぐに抜けれるようだったが、我々は本来のトレイル通り(左)に進んだ。


 
道中にはミツバツツジが見頃で多く咲いていた。



ヒデッ坂の展望台は数ヵ所あった。



カッパドキアに似ているが、さり気に間に生えている松の木が、いかにも日本である。



こんな凝灰岩台地が、約1キロ続いていた。



ヒデッ坂終点展望地より、最初に立ち止まったヒデッ坂とその先(今回は歩かなかった)が一望できた。


 
  道標㉛…地図にはない分岐を右へ        道標㉟…末次城跡は左へ(ここまでピストン)


 
道標㊱…人かくしの穴は数メートル先にあった。(細い人限定で何とかは入れそうな古代の穴?)


 
   昼休憩をした末次城跡           珪化木2号公園の木製遊具(他多数)



約2500万年前、ヒッコリーの一種の珪化木で、樹木化石は極めて珍しいらしい。



この珪化木はパカッと割れている…木の質感と年輪はなく、固くて岩そのものであった。



道標㊸~現在から過去(45億万年前)まで、能登町の台地の歴史階段


 
階段の最初が現在で、-中略-階段の最後が約45億年前との表記であった。


 
珪化木1号公園(休業中のようで少々荒れていた)


 
道標㊽…巴御前の塚跡



道標㊻~㊿は、里の田園風景を見ながら歩く。。。


アマメハギ公園Pに戻り、のとキリシマツツジの見学



オープンガーデンではないが、公園横道沿いに見えていた「のとキリシマツツジ」



蔵屋家の「のとキリシマツツジ」


 
名前??                    大輪の牡丹


 
蔵屋家裏庭の「のとキリシマツツジ」と、淡い紫ピンクのツツジ


 
 蔵屋家の奥さまと一緒に…          赤い旗がオープンガーデンの目印



背戸家の中庭一杯に広がっていた、樹齢300年の「のとキリシマツツジ」


 
根元はか弱いのか?支えが半端じゃない!…根元を埋め尽くしていた花


 
金魚の形の苔むした池と背戸家



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三国東尋坊と雄島一周、荒磯遊歩道を歩く

2011年12月16日 | 歴史街道&自然歩道

東尋坊の絶景


 2011/12/11(日)  三国東尋坊、荒磯遊歩道を歩く。。。     
                                        福井県坂井市三国町

   

集合(8:00)→金沢東IC(8:10)→金津IC(8:40)→三国商工会館P(9:00~10)→荒磯遊歩道(10:20)→
東尋坊(11:00)→雄島一周(12:10~13:00)→荒磯遊歩道~昼休憩(13:25~14:25)→出世山古墳公園(15:40)
→滝谷寺(16:05)→三国商工会館P(16:30~40)→加賀IC(17:10)→集合場所(17:40)


車を止めた三国商工会館は、えちぜん鉄道 三国駅前通りにあり、まずは街中散策をしながら北上。
「三国詩歌文学館」と称して、高見順や三好達治の詩が書かれたもの、古い建物を利用した商店や寺院など
古き良き日本の姿が見られ、ちょっと進んで足が止まり、まるで観光客気分のゆっくりな出足となる (^^ゞ

えちぜん鉄道終着駅「三國港驛」へ…これは「みくにみなとえき」と読み、ここにも則武三雄の詩が書かれていた。
近くにあった眼鏡橋は、レンガを斜めにして強度を保つ「ねじりまんぽ技法」で、この下を電車が通過する。
荒磯遊歩道・・・これは「ありそゆうほどう」と読み、三国花火で有名なサンセットビーチから少し北にある
荒磯ふれあい公園(立派なトイレあり)が入り口、ここから海岸沿いに伸びる荒磯遊歩道に入った。

荒磯遊歩道は、別名「文学の散歩道」と言われ、三国ゆかりの文人、詩人の句碑や詩碑などが多くあり
全ての碑が、愛した三国の海を見下ろすように建てられており、どれも立派な石碑であった。
他にも、三国沿岸に生息する野鳥、草木や花の名前、植物などの生態、風土や自然の解説などなど…
ただの歩道ではなく親切な看板で勉強も出来て、歴史と自然を歩く探検の道、と言ったところだろうか。

左手に、冬の日本海の荒波や海岸美を見ながら、「自殺の名所」と言う代名詞が付いている東尋坊を経由して、
神の島と言われる「雄島」を一周し、更には越前松島水族館の手前辺りまで続いていた荒磯遊歩道を歩いた。

東尋坊はスリリングな断崖絶壁が有名であり、私にとっては懐かしい故郷福井の地、今までに何度か来ていたが
今日のように遊歩道から東尋坊に入ったのは初めてで、、今までとは違う東尋坊の顔が見えた気がした。
この断崖は世界でも東尋坊を含め3ヶ所しかない「輝石安山岩の柱状節理」、地質学的にも珍しい奇岩とのこと。
見た目では、岩の柱が垂直に集まったような形、上面がスパッと切れたような平らになっていて、天然とは思えない奇岩群だった。

雄島はトレードマークの赤い橋、雄島橋を渡って鳥居を潜り、右回りで島を一周した。
島には歴史の古い「大湊神社」があり、海岸淵には、磁針が狂う「磁石岩」や、冷たい真水が湧き出る「瓜割の水」
コンパスを近付けると確かに磁針が狂ったのを確認、瓜割の水は皆で探したが場所が特定できなかった。

雄島橋を戻り、再び荒磯遊歩道を松島方面に歩くと、福井県人としては記憶に残る
1997年にロシアタンカー ナホトカ号の重油流出事故があった、記録と教訓の碑が建てられていた。
漂着した重油で海岸は真っ黒になり、異臭が立ち込め回復が危ぶまれたことやボランティアの事
重油まみれで死を待つしかない海鳥たちを保護し、洗浄、治療、リハビリなどをして放鳥したとの記録である。

途中、海岸沿いにあった大きな東屋で昼休憩とし、リーダーK さんが準備して下さった材料の野菜や肉と
東尋坊の店で買った、生のセイコ(ズワイ蟹の雌で石川ではコウバコと言う)丸ごと5匹を放り込み
名付けて 「 荒磯鍋 !! 」…具も味も正に豪快な男の料理、体も温まり皆で囲んだ鍋は格別に美味しかった。

帰りは、越前松島からほぼ一直線に南下してひたすら歩く…コンクリートの歩道だったのでこれが一番辛い(>_<)
途中、出世山古墳公園経由で「滝谷寺」へ、時間が遅かったのでお寺の庭園などの見学は出来なかったが
三国駅前に戻り、三国祭りで有名な「酒まんじゅう」や福井の名物「水ようかん」などのお土産を買った。
皆が注目の中、お店の玄関先で即味見のOさん、「うん、酒まんじゅうはお酒の味と香りがぷんぷん…」
そのまんまやーと突っ込みたくなる感想であったが、確かにお酒の香りがしていて皆さん納得!

この日は曇り予報が外れて、昼時以外は終始小雨が降り続いたので、生憎傘をさしての歩きとなったが、
そこは皆さん、雨にも負けずのKHC (^^ゞ 濡れた岩場も慣れた足取りで、傘片手でもなんのその。
頼もしいメンバー9人で約20kmの道のりを歩いて、良い散策とトレーニングだったと元気に金沢に戻って来た。


三国の街中散策 。。。


 
古風な街並みと三好達治の詩               昔々句会が催された栄正寺


 
ねじりまんぽ技法の眼鏡橋と奥に三國港驛         えちぜん鉄道終着駅…三國港驛


荒磯遊歩道~東尋坊へ 。。。


 
海岸美を見ながら荒磯遊歩道を歩く                 則武三雄の歌碑


  
     東尋坊…ローソク岩             三段岩 (雨なので海の色はイマイチ)

 
 
打ち寄せる白波                      観光客と雄島


 
         屏風岩               ここから観光遊覧船が出ている。


雄島へ 。。。


 
 道中に見られた ツワブキ の花           6月頃に白い花が咲く トベラ の実


 
朱塗りの雄島橋を渡って雄島へ。



雄島の「ハチの巣」 と名の付く岩だが、実際ここには春先に イワツバメ が巣を作るらしい。


 
磁石岩がある岩場                  磁石岩の見本と案内板


 
   磁石岩                       瓜割の水を探して…



雄島は1200万年前にマグマが冷えて固まった、輝石安山岩の島である。


 
         タブの木林を歩く。           歴史の古い「大湊神社」は重要文化財である。


再び荒磯遊歩道へ 。。。 


 
一瞬だけど雨上がりの虹が             岩場ではウミウさんが休息


 
 ナホトカ号の石碑の前で              越前松島まで続く、荒磯遊歩道


 
      セイコちゃん入り 「荒磯鍋」で満腹!      中央にある東屋で、海を見ながら昼休憩をした。


 
荒波がまぁるい小石を生み出す…鳴き砂の如く、引き波で不思議な音が聞こえていた。



ピンク色の岩石は、溶結凝灰岩(ようけつぎょうかいがん)


海岸を離れて歩道を歩く 。。。


 
出世山古墳公園のモニュメント…誰かさんの解説によると、古墳公園だから、
昔のタイムで時計を止めているのだとか (^^ゞ  右画像…三国町の古墳や遺跡の案内が掘られていた。




コメント (4)
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東海自然歩道 比叡山~大原を歩く(2)

2010年11月18日 | 歴史街道&自然歩道

横川の もみじ祭り会場 から見えていた紅葉!

2010/111/14(日)   東海自然歩道 比叡山~大原 を歩く 。。。

東海自然歩道(東塔~西塔)
東海自然歩道(峰道~横川~大原)
大原三千院

再びドライブウェイに接近!


 
モミジは道路側の景観を意識して沿道に植えられているので、この辺りは明るくて気持ちが良かった。
相変わらず、策で区切られている事が多かったが、ドライブウェイと平行な歩道がしばらく続いた!


今どきの看板を発見!


 

ドライバーへの案内なのだが、歩いていたからこそ読めた、「 詳しくは http://www.hieizan.co.jp
極楽への道がHPに載っているのか?と誰かが笑っていたが、時代を反映した看板だこと (@_@。
気になって自宅に戻ってから調べて見たら、何と
奥比叡八景 二河の白道 極楽への道 は、今回のコース上にあって、歩いて来た事になるのだ (右画像)

看板から3分程歩いた場所で、何も知らないまま、ちょっと気になる雰囲気を察知して撮った一枚だ!
せっかくの歴史ある道なら、「 HPを見て!」 ではなく、道中にもそれなりの案内板が欲しいところだが…
比叡山ドライブウェイで、ドコモの電波のエリアが広くなったと書いてあるのを何処かで見たので
ここで、携帯などで調べて下さいと言う事か? 観光の形態も変わりつつあるのかな?(^^ゞ


玉体杉で昼休憩をとる!


 

西塔から横川まで、尾根伝いに通る峰道のほぼ中間点にある 玉体杉 にて昼休憩!( 仰木峠まで3.6km )
視界は360度、京都市街も良く見えると書いてあったが、あいにく黄砂のような霞み。

玉体杉から5分程で、横高山との分岐点を右に急折れして、正面のドライブウェイ下を潜る!(右画像)


峰道~横川辺りの紅葉!


          



もみじ祭り開催中の 横川 駐車場!



見覚えのある緑のバスが … お疲れの方はここでバスが拾ってくれるらしかったが、脱落者無し!

あらっ写っていました!それにしても運転手さん、お暇そう (^^ゞ


横川からはドライブウェイとお別れ!


 

会場にあった、ようこその看板の直ぐ左側、(左画像)の階段を上がって行くと、5分程で車道脇(右画像)に出る!
この辺り、車道に飛び出したい程鮮やかだったが、ガードレール横から階段を下りて、3度目の地下道へ
そしてここで、比叡山ドライブウェイとはお別れ、仰木峠方面へと本格的な登山道に入る ( 人がいる辺りから )


急な登りあり、アップダウンあり!


 
ドライブウェイとお別れしてから10分程で、急な階段の登りが始まるが、そんなに長くは続かない。



緩やかな階段の下りに入って間もなく 仰木峠 に到着!( 大原三千院まで 3.3 km )
この日は眺望もないので、ここはサッと通り過ぎた!



仰木峠からすぐ、比叡山延暦寺の杉は、かおり風景100選 らしいが、凛とした木立と木漏れ日が美しかった!


大原三山の麓に出る!



松林を過ぎて30分程は、岩や小石の不安定な登山道の下りだったが、
林を抜けると急に明るくなり、喉かな田舎町に出た! 一瞬!あれっここは京都?(^^ゞ

正面、地元ではなじみの 大原三山 (金毘羅山・翆黛山・焼杉山) だと近くの看板に書いてあった!
ここから20分程の、里歩きと三千院の参道歩きで、ゴール地点の大原三千院付近へ!


大原三千院へ

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東海自然歩道 比叡山~大原を歩く(1)

2010年11月17日 | 歴史街道&自然歩道

見上げると頭上のモミジが美しく … 


2010/11/14(日)  東海自然歩道 比叡山~大原 を歩く 。。。


富士タクシーP(7:00)→金沢西IC~京都東IC(10:10)→(東塔)延暦寺バスセンターP(10:50)

→玉体杉(12:05~35)→横川(13:00)→仰木峠(13:55)→大原(14:55~15:25)
→大原P(15:35)→敦賀IC(17:10)→金沢東IC(18:50)→富士タクシーP(19:05)


東海自然歩道(東塔~西塔)
東海自然歩道(峰道~横川~大原)
大原三千院

比叡山ドライブウェイは紅葉が見頃!
 

東海自然歩道 を調べて見ると…「 東京の明治の森高尾国定公園と、大阪の明治の森箕面国定公園までの
美しい自然や文化財を結ぶ、総延長 1,697.2 km の長距離自然歩道である 」
とのことだ!


今回歩いたのは、滋賀県側の延暦寺(東塔)から入って比叡山コースの仰木峠までと、
県境の仰木峠からは京都府に入り大原まで、正確には分からないが距離にして10 km位だろうか?
並行して比叡山ドライブウェイが走っている為、途中で3回程、横切りながらのコースとなっていた。

「 美しい自然 」
と言うのを考えると、あいにく遠くの視界はなく、琵琶湖や街などの眺望もなかったが

自然歩道を登り下りしながら、比叡山ドライブウェイと並行する道から眼下に見える鮮やかな木々の紅葉や、
ドライブウェイ下のトンネルを潜り抜けた時などに、見上げるとちょうど頭上に赤いモミジが美しかった事!
尾根に沿って、大きなモミの木の天然林が見られた事や、杉林に射していた優しい木漏れ日を見た事など。

「 文化財 」と言うのを考えると、東塔~西塔までは参道と重なったコースとなっていた為
立ち寄って拝観する事は無かったが、凛としたひんやり感漂う雰囲気を味わいながらの道中で
通りすがりに、たたずまいや庭などを拝見させて頂いた数ヶ所の延暦寺 ( 比叡山の諸堂の総称 )や
歴史ある仰木峠を歩いた事、そしてゴールの大原では、三千院の建物や広い庭を拝観出来た事!

前半、横川辺りまではほとんど整備された遊歩道のような道で、登山靴いらずで楽々歩ける広々道!
横川の大きな駐車場では、比叡山もみじ祭りが開催中で、この辺りのモミジの美しさもピークとあって
観光客もどっと押し寄せていて賑やかだったが、横川からしばらくは急な登りの階段道で、コース一番の難所!

階段を過ぎて間もなく緩やかな下りとなり、仰木峠(573m)に出たが、お約束の眺望は無し (^^ゞ
仰木峠からも歩きやすく、スッと伸びた背の高い松林がしばらく続いたが、
やがて、ここに来て登山靴で良かったと思える、小石などで歩きにくい、いつもの?登山道となった!

林を抜けると急に明るくなり、そこから20分程の里歩きの後、お土産店が並ぶ大原三千院の参道となり
ここでお迎えのバスとの待ち合わせ時間まで30分程の余裕があり、自由行動となったので三千院へ参拝?
と言うより時間の都合で、立ち止まる観光客の間をすり抜け、駆け足で寺院内や庭などを見て回ったのでした (^^ゞ

 見頃の紅葉を楽しむためには、やはり比叡山ドライブウェイを車で走った方がずっと良かったはずだが
自然歩道を歩くことによって、比叡山には貴重な歴史を伝える建物などが多く残っている事を改めて認識した!
同じように自然歩道を歩くのだろうか?観光客に混ざって登山装備でザックを背負った方達もチラホラ見かけ
自然歩道で擦れ違った団体も2組、個人の方も7~8人程、曇り空ながら十分に楽しめるコースだったと思う。

 
4時間弱走って目的地へ!


 
よくぞここまで長生きしてくれました!(^^ゞ  レトロ…と言うにはちょっと違和感あり、
窓も開かず、ギアチェンジで走るボロバス(運転手さんに罪は無し)に乗って、総勢22名で出発した!

入口…普通の観光ならここで拝観料(550円)を支払うのだが、私達の目的は自然歩道を歩く事だったので
団体入り口から無料で気持ち良くスイスイ…ようこその看板には 世界文化遺産 と書かれていた。
ちなみに拝観料を払って入場すると、東塔、西塔、横川、3つのエリアの諸堂が拝観可能とのこと!


東塔から西塔まで 。。。

 
 

東塔の 法華総持院



総侍院からすぐ、歩道脇の老杉の間にあった 弁慶水 (弁慶修行の比叡の霊泉→後に調べる)
大きな看板が倒れたままになっていたが、湧きだしているとされる豊富な地下水はこの中か??


 
東塔と西塔の間にあった、浄土院への参道 (階段)


 
浄土院


 
西塔の 釈迦堂 ( 仰木峠まで5.6 km )
全部回っていたら一日では足りない程多数点在する延暦寺だったが、自然歩道沿いで見かけた寺院のみ。


 
(左画像) 釈迦堂近くにあった、若山牧水 の短歌
(右画像) 釈迦堂から直ぐ、ドライブウェイとの交差地点では、階段を下りてドライブウェイ下のトンネルを潜り
また階段を上り自然歩道に戻るようになっており、全ての交差地点で車道は横断禁止となっていた! 


車道にグッと近付く箇所あり!


 
車道下のトンネルを潜って間もなく、直ぐ右手に見えていた 比叡山ドライブウェイ
真っ赤に燃えるモミジの中を悠々と車が走る!きっと私達がここを歩いている事さえ気付かずに (^^ゞ
暗い森の観客席から、明るい舞台を覗いているような錯覚? あと5~6歩踏み出せば
眩しい程の紅葉の中心に立てると言うのに、この時ばかりは「裏街道?」の3文字が頭をよぎる (-.-)
でもこの辺りには、身長よりも高い網が張り巡らされていた!踏みだし違反防止の為かな?
この画像は網目の隙間から撮ったので、網は写っていないが、カーブでもあるので危険防止の為かな?

 

やがて モミの木林 の中、緩やかな階段を登る。


 
モミの木林 は続く 。。。


 
石仏 が歩道に並ぶ、落ち葉の道を歩く 。。。



東海自然歩道(峰道~横川~大原)へ

 

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歴史国道…倶利伽羅峠を歩く

2010年05月12日 | 歴史街道&自然歩道

倶利伽羅合戦の地…火牛の計の像


2010/05/01(土)  いにしえの街道…倶利伽羅峠を歩く 。。。


旧国道8号線の津幡町にある道の駅では、ちょうど 「倶利伽羅さん八重桜まつり」 の開催中で賑わい
竹橋の住宅街でも一軒一軒の玄関先に、立派な灯篭のような飾り付けが施されていた。
ゆっくり20分程歩いて街を抜け、倶利伽羅越えいにしえの街道に入ると、
ガラッと雰囲気が変わり、何故か空気までいにしえの香りがして、心和む (^.^)

街道入り口にあった錆びれた看板に目をやると、国道8号線(現在は旧国道)が出来るまでは
地方の主要幹線、北陸の動脈として数えきれない歴史が伝えられていると書かれていた。

古くは、倶利伽羅長楽寺(不動寺)への参詣路としても大変賑わい、
また源平倶利伽羅合戦で勝利した木曽義仲が京へ登った道でもあり、奥の細道行脚の芭蕉も歩き
加賀の殿様が江戸へ、参勤交代に行列を仕立てて道中した道でもあるとのことだ!

途中にあった静かな「龍ヶ峰城跡」に登り、人混みの倶利伽羅不動寺にお参りして、
八重桜に囲まれた広い倶利伽羅公園のベンチにて昼食後、猿ヶ馬場古戦場本陣跡地を回り、
帰路は山森から上藤又、ゲンジボタルの里である下中の、のどかな田園風景が続く田舎道を歩き
下中トンネルを抜けて再度竹橋の街を歩き、出発地 道の駅にて解散となった。

いにしえの歴史を感じながら、ちょうど見頃を迎えた八重桜もたっぷり楽しめた一日だった。


          
竹橋の民家の玄関先          民家の横にあった倶利伽羅峠三十三観音



峠道に入る。


    
   前板権現 … 「 急ぐとも拝んで通れ神の前 」 と書かれていた。     (右)龍ヶ城跡登り口

  
    
龍ヶ城跡の歴史を記す看板                    主郭跡地


   
城跡から望めた立山連峰、白山も頭を覗かせていた。      イベントの為の峠の茶屋の再現!


    
峠道で出会った ギフチョウ …羽が傷ついていたが、内側の方が黄色でカラフルだった!


  



倶利伽羅不動寺を歩く 。。。


  
倶利伽羅不動寺への入り口、手向(たけむ)神社の鳥居と手向神社(右)


   
手向神社手水舎                  倶利伽羅三十三観音


        
倶利伽羅不動寺の本堂                    ??


           
五重の塔                   和光塔  


 
国見山頂上にある 倶利伽羅権現石殿      倶利伽羅公園の 八重桜の標本木 の下で昼ご御飯



峠を越えて、富山県小矢部市側に入る 。。。



いにしえの歴史国道の特徴を色濃く残している 峠道

 
 
火牛の計の像 と、八重桜祭りの綱引きに使われた 藁の牛像 …(祭りの後)

源氏と平家が砺波山合戦(倶利伽羅合戦)の舞台となったところで、
木曽義仲の作戦が火牛の計(かぎゅうのけい)倶利伽羅の山の厳しさを利用して、4~500頭の牛の角に
松明をくくりつけ一斉に突進させ、平家10万の大軍を谷底に追い落としたと言われているそうです。


 
八重桜ロードのようだが、車の往来が激しく、のんびり歩くことは出来ないのが残念。


――――――― 倶利伽羅八重桜、花咲か爺さんのエピソード (通りの看板より)――――――――

富山県大島町の高木勝巳さんと言う方が、運転中倶利伽羅の天田峠の谷底に車もろとも転落し、
奇跡的に一命をとりとめた。不動明王が枕元に現れ、倶利伽羅山が荒れているとのお告げを受け
倶利伽羅山のご加護で命拾いをしたとして、昭和34年から19年間毎年500本の桜を
自費で妻と共に植え始めたということです。 「 若桜 来る年ごとに 背をくらべ 」…ご本人の俳句
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



上藤又、下中の集落を経由して帰る 。。。


 
上藤又の集落で民家の畑で見た 巨大シャクナゲ と、 巨大蕾 (掌のようにデカイ蕾に一同驚く!)


 
帰路はのどかな田園風景を見ながら帰る。       上中トンネルを過ぎた辺りに、珍しい竹炭の作業所 




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風谷峠古道から剱ヶ岳

2010年04月05日 | 歴史街道&自然歩道

エムザ横から素晴らしい朝日が昇る …(5:52)我が家より


2010/04/04(日)  古代・中世の長い歴史が刻まれた峠道を歩く。。。


金沢市内(07:00)→風谷集落神社(8:20~30)→風谷番所址(8:35)→風谷峠(9:30)→
水坪山(10:20)→剱ヶ岳登山口(10:35)→剱ヶ岳山頂 568m(11:10~12:25)→剱ヶ岳登山口(12:50)
→風谷峠(13:30)~(大休憩10分)~風谷集落神社(14:30~40)→金沢市内(16:10)



久々に朝から快晴!国道8号線を 山中温泉方面に走りながら、白山が綺麗だった!
道中にチラホラ見える桜の木々も、かなり開花が進んでいるようで ピンクが目につく。

歴史には詳しくないが、単純な理由で今回の山行きに参加した!
「風谷村」と言う地名に引かれたのかも?「 風の谷のナウシカ 」 に似ていたから?^^;
そんな風谷村は、崩れかけた廃屋を含めて林道沿いに数件のみ確認したが
立派な鳥居の八幡神社も寂れた感じで、冬場は廃村同然となっているようで人影は無し。

村の林道脇に、平成17年に建てられたと言う 「風谷番所址の碑」 があった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
碑文より
…風谷村には大聖寺藩(加賀藩の支藩)の御番所が置かれ、

古代から近代にかけて、加賀と越前の国境を結ぶ交通の要地として風谷が存在した。
風谷村名の由来は、風の強い尾根に峠があったから生まれたと伝えられている。
寿永二年(1183年)木曽義仲軍が平家との戦いで風谷峠を通り、
天文三年(1534年)に一揆勢、朝倉勢の通路であったと『朝倉記』に記している。
風谷の最盛期、明治22年頃には戸数33戸、村民186名が暮らしていたが
戦後の時代の推移とともに人口が減り、昭和30年頃から急激な過疎となった。-中略-
―――――――――――――――――――――――――――――――――――



風谷村の今 。。。



苔蒸した石垣と立派な鳥居が見えていた神社前の空き地に車を停めて、ここから歩く。



30段ほどの階段を上がると、鳥居の奥に赤い屋根の寂れた 八幡神社 がひっそりと建っていた。
( 下山後に立ち寄って撮った画像 )



放置された廃車や廃屋同然の家 (中央の一軒は夏には戻るのだろうか?)



廃屋から風谷川沿いに数分で、風谷番所址の碑が建てられている場所があった。



風谷番所址の碑 …通りに「風谷番所址建立寄付御芳名」と記された看板があったので、
山中町や風谷村離村者の寄付により、建てられたものと思われる。
碑文の最後に「ふるさと風谷を後世に留めたい、万感の思いを込めてここに碑を建立する」と記されていた。



峠道 …深く掘られ、枯れ葉の吹き溜まりとなっていて、道も硬くサクサク歩きやすい。


 
古来のものか?近年植えられたのか?道中赤い 椿の花 が多く、満開で見頃だったが
里山と言ってもまだ4月上旬、途中何ヶ所か雪渓が残っていた。



風谷峠 …「加賀の国、風谷村マデ半里」と書かれた看板はあったが、古代峠道の面影なし!
いきなり舗装された立派な車道となり、ここまで歴史を偲びながら歩いてきた思いが一気に吹っ飛ぶ (>_<)
そしてここからは、あわら市(旧金津町)となり、左手方向にアスファルトの車道歩きとなる。


 
(左)唯一雰囲気が残る 峠のお地蔵さん。。。
(右)右手方向を見れば福井県から続く車道、右側に見える林道を行けば、車で刈安山まで行ける。



車道は何処までも続いていた 。。。

森林基幹道剱ヶ岳線と書いてあったが、福井県により延長工事は今も行われているのか?



車道の開けたところから後ろを振り返ると、福井県側からの剱ヶ岳線が良く見えた。
奥には坂井平野や北潟湖、ぼんやり日本海、そして右のピークが刈安山だ!
左手側には木々の向こうに時々、富士写ヶ岳が見えていた。



30分弱車道歩きの後、再び峠道に入る 。。。

手元の地図よりも更に車道は続いていたが、再度峠道に入り途中で水坪山に寄り道した。


 
林道途中の水坪山への分岐(左)と、水坪山頂 (630m)らしき、木に下げられた札(右)
車道を造ることによって寸断された峠道が、まだ残っている部分を歩いたようだった(右眼下が車道)
水坪山に行くには、峠道途中からかなりのヤブコギで、時間にして5~6分を往復することとなる。
手首に大きな引っかき傷が出来た人あり、私は背丈ほどの笹に顔が擦れてボロボロ (>_<)



水坪山頂は登山道の途中の様な狭さで、三角点らしきものは無し。
眼下に見えていた若干標高が低い 剱ヶ岳 (右ピーク)を撮るのにも、順番待ちだった^^;


 
水坪山頂を踏み再び車道に下りると、直ぐに 剱ヶ岳への登山口 があった。(左)
剱ヶ岳まで1kmの表示板があり、登山口前は意外と広く、車も数台置けそうだった!
何故か印象に残った登山口前にあった崩れ防止の壁(左)、ここを巻くように更に車道は続いていた。



気持ち新たに、いよいよ剱ヶ岳登山道へ 。。。


 
剱ヶ岳は(けんがだけ)と呼ぶが、剱は剱岳と同じ字体なので、もしや真似たのだろうか?
二つのピークには、それぞれ 小窓・大窓 と名付けられていたのが笑えた^^;
けれど、たった1キロでも侮るなかれの剱ヶ岳!アップダウンの急坂が多く、かなり足が鍛えられた!
足止めに金属の杭が打ち込まれていたり(左)、狭い尾根には転落防止の鎖があったり(右)
急坂にはロープと鎖、両方あったりして、特に大窓はけっこう急な下りが長く続く。



山頂では、狭いながらも皆で囲んだ鍋ランチ  


  
剱ヶ岳山頂 …山頂から見えていたのは、福井のマッターホルンと言われているらしい山。
暖かうどん鍋に、食後のデザートありコーヒーありで憩いのひと時を過ごす。
お昼寝をしたいくらいのポカポカ陽気で、シャツ一枚でも日陰を探す程の暖かさ!


 
山頂の 石仏 と、木の間に置かれていた 三等三角点 と書かれた看板。


 
帰路は剱ヶ岳登山口から風谷峠までの約40分、楽々と言うか何と言うか^^; ずっと車道歩きだったが
所々残る雪上歩きも冷っとして気持ち良いと思えるほど暖かく、青空と爽やかな空気が心地よかった。

作業服風の男性が2人ずつ乗った、軽トラが4台連なって通り、
その内の1台が私の前で停まり、声を掛けられた!
「何処から来たの?風谷の方に下りるの?」と、こんな質問に答えていたら
次の車のおじさんが 「 はっはっは~っ 」 と大声で高笑いしたのがとても気になる!
こんな車道をわざわざ歩く人がいるもんだ!と思われたのだろうか?
地図によると、福井県側からは車道が整備され、剱ヶ岳登山口にも車で簡単に行けるようだった。
もしかして石川県側からも車で行けたのかも知れないが、それでは風谷の歴史は偲べない。
今回の登山の目的は、あくまでも峠道歩きだったのだ



逆光で写りは悪いが、右ピークが剱ヶ岳 でアップダウンが激しく、最後は大窓から山頂へと続く。
帰路に振り返り山様を見ると、登ったり下りたりの繰り返しだったと改めて思う (^^ゞ



道中見られた里山の春一番 。。。

車で走るだけじゃ、こんな可愛い花も見られないんだよ!笑っていたおじさん…と心でつぶやく^^;



キクザキイチゲ …葉っぱが、赤シソのような色で花弁の数も多かった。
もしかして、ちょっと珍しいタイプのキクザキイチゲか?


 
キクザキイチゲ …こちらは良く見かけるタイプの白と薄紫色。


 
(左)花名?…青く写ったが、実際は濃い紫色だった。
(右)葉っぱが赤シソ色のキクザキイチゲだが、この種は花と葉っぱが同時に開くのか?



今年始めましての イワウチワ


 
気温の低かった朝は、ほとんど蕾でうな垂れていたが、帰路には午後の日差しで開花していた。


低い山だったのに今日は意外と体力消耗!温泉で生き返ろうと思っていたけど
帰路は、山中温泉総湯を目の前にして通り過ぎただけの、お風呂中止宣言
予定ではお風呂に入ることになっていたので、あれれー? (@_@。。。と残念だったが
お風呂セットを持参し忘れた人が、9人中1人いた為で、リーダーの優しい配慮なので仕方ない!
車で走りながらも、温泉客が歩く歩道や店など、街の雰囲気だけは少し楽しめた


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皆月湾~外浦海岸ウォーク

2009年04月04日 | 歴史街道&自然歩道


刑部岬(ぎょうぶみさき)は目前だったが・・・


3月29日(日)  皆月~外浦海岸の海崖路を歩く。。。


富山から車で3時間!ここ出発地点の皆月青少年旅行村キャンプ場にあった看板には、

中部北陸自然歩道 「のと荒磯のみち」 となっており、
門前町皆月から輪島市の上大沢を繋ぐ、総延長5.5Kmの歩道と書かれていた。
整備されたアスファルト道なのか、土道なのか、果たしてどんな所なのか?
ここに到着するまでは、全く未知の世界だった!



皆月青少年旅行村キャンプ場の看板



出発から10分、通ヶ鼻付近(自然百景ポイント)絶景に魅せられて足が止まる!
眼下には、千畳敷のように見える岩が連なる藻浦海岸



出発から20分、岩を繰り抜いた手彫り風のトンネルをくぐる



暗くて少々長いトンネル…このトンネルを含めて途中でのトンネルは4か所あった!




出口には青い海が待っていた!



そしてトンネルを抜けると、荒波とギザギザの大岩が目に飛び込む。
削られた岩が歩道になっていた!



出発から40分位、小長崎を過ぎると険しい断崖の地形が続く。


更にこの後、壊れた橋を渡ることになった!



縦の板はポンと置かれているだけのなので、体重のかけ方によって

歩くたびに浮き上がり、かなり不安定で危険な個所だった。



岩超えが続き、何処が歩道なのか全く分からなくなってきた!
風と波の技だろうか?天然の岩窓もあった。



11:40分頃、特にこれと言った特徴のない大長崎に到着した
一本道と言うこともあるのだろうが、ここまで距離などの書かれた
歩道案内の看板などは、ほとんどなかった!
この後広い場所を探して、12時より昼休憩をとった。



今にも落ちそな木の橋を渡り、岩が大きいため先が見えず
更に進路を探りながら岩を超えて行く!



更に海沿いの断崖を行き、大長崎を過ぎてからは、左にカーブしている地形の為
遠くには刑部岬(ぎょうぶみさき)まで見渡せた。
所々、歩道に木の柵が取り付けてあったが、壊れている箇所も目立った!


富山湾とはまた一味違う、日本海の荒波と断崖に魅了されながらも
順調に歩いていたが、途中で崩落している岩壁が2か所あった。


 最初の崩落地は何とか乗り越えることが出来たが…



最初の崩落地…崩壊なので足場の土は柔らかくて滑りやすく、ズルズルと滑る!
手で掴もうとする岩や石は、全て浮いていて頼りにならない。
何とかサポートして頂き、助けて貰って無事に乗り切ることが出来た。

この画像だけは、先に渡り終えたメンバーの(T)さん提供!
赤いリュック白い帽子で、恐る恐る歩いているのが私…カメラを出す余裕は全くなし!

落ちたら海だったが、海に落ちる前に岩で砕けそうだったから、ここはマジで恐怖だった^^;



この後も更に、迷路のような岩場が続く。



4つ目のトンネルの少し手前で、再度橋を渡った!
横から見ると一見丈夫そうに見えるが、これがとんでもない!
何処に足を置いて良いものやら…木は朽ち果てて穴が空き、半分落ちていた。


荒磯自然歩道の岩はとってもカラフルである!


と言うのは良く見ると、色とりどりの小石をセメントで固めたような岩ばかりだからだ。

どのように出来たのかは分からないが、特徴的な岩ばかりだった。



4つ目のトンネルをくぐる…荒磯自然歩道は秘境度が高い。



トンネルを抜けてヘアピンカーブのような地形を行く。
荒波が押し寄せるせいなのか?岩沿いの手すりが壊れて下に落ちていた。



トンネルを抜けると波打ち際の歩道が続く。
そして、ここから5~6分行った場所が第2の崩落地だった!




2か所目の崩落地を見下ろす…これは絶対に無理っぽい!!
上を見ても下を覗いても、身動きとれず!
ここは鵠ノ尻の少し手前、かなり大規模に崩落していた為、
ロープを装備していないこともあり、上大沢に通り抜ける計画はここで断念!
はっきりと距離は分からないが、上大沢まで残り1.5km程だったと思う。

荒磯制覇ならず

2時間近く歩いてあと少しの所まで来たと言うのに、
とても残念だったが、ここから出発地点の皆月青少年旅行村に引き返した!



右端…崩落地と、海の繋がりの様子

ここから先を行くには、鳥になるしかないかなぁ

もちろん誰一人渡ろうと言う人はいなかったが、引き返すと言われた時の反応は
皆さん口を揃えて、「え~~っ!またあの崩落地をトラバースするのかぁ^^; 」でした!
誰かに言わせると死ぬ思いだったとか!
冷や汗もので渡ったので、再挑戦せざるを得なくなってしまったことが、ショックのようだった。



崩落地より撮影した鵠ノ尻奥に見えている刑部岬(ぎょうぶみさき)を
グルっと回れば、終点上大沢だったが、今回ここまで来れて、
予想を遥かに上回る能登の秘境を体験できただけでも、十分に価値があった!


帰路に撮った画像より…


崩落地を後にして、今度は右手に迫力の大海を見ながら帰路を行く。



大長崎の分岐で下から見上げると、望楼台公園への階段が上に伸びていた!
時間がなくて望楼台公園には行けなかったが、いったい何があって、どんな公園何だろう?



逆光になったが遠目で見ると、まるでノコギリのように岩がギザギザに見える…ここはノコギリ岬か?

途中では、晴れているのに小雪がチラついたり、寒くはなかったが情緒のある光景を楽しんだ!



藻浦海岸に戻り、丸太のイスでホッと一息ついていたら、
前方の岩で、海鵜が3羽くつろいでいた!(途中にも飛んでいるのを見た)



前方と言っても、カメラの望遠でやっとの距離だったかも^^;
羽根を広げてくつろぐ海鵜をズーム。。。
そしてシャッターを押した瞬間に、頭上を飛び越えて来て偶然に写ったのはアオサギ?カモメ?


帰りの時間は予定より大幅に押していたが、
全員一致で、猿山へ「ユキワリソウ
を見に行くことに決定した!



雪割草(スハマソウ)の群生

          
猿山岬灯台                 キクザキイチゲ

 
   

 
    

雪割草…花の色は紅・濃赤紫・桃・白と多彩!

駐車場の入り口では、地元の人らしき方達が3~4名で入場料の徴収をしていた。(一人300円)

到着が4時を過ぎてしまったため期待はしていなかったが、聞くところによれば
今日が満開だったらしい(駐車係のおじさんの話)


帰路、猿山から富山までは、またまた3時間のドライブが待っていた!   


ひとこと…

『 通行できなかったのは、昨年の能登沖地震で崩壊したからだろうか?
と思っていたが、後日知った情報では、この荒磯自然歩道は
 2006年4月時点より何年もの間、閉鎖されたまま だと言うことだった。
もしも行ってみようと思ったら、大長崎から望楼台公園への分岐があったので、
公園まで行ってみると言うコースに留めておいた方が良さそうだ。』 


                                雨にも負けず山歩き♪…HPへ
     

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