種子島の東海岸にある犬城(いんじょう)海岸は、荒々しい海食崖の断崖が続き、海食洞の馬立の岩屋がある風光明媚なところです。
平地が少ないため、人が住むのに適しているとはいえません。
ところが、ここに集落があるのです。
大塩屋という集落です。

曲がった道を下りていくと、狭い平坦地に人家が7戸、寄り添うように固まって集落を作っています。
向こうには、奇岩が浮かぶ美しい太平洋が見えます。

集落の隣は入り江となっており、天然の良港になっています。
集落は、半農半漁で生計を立てているものと思われます。

港にカモが泳いでおり、海岸に「カモをいじめないでください」という看板が立っていました。
ということは、このカモは飼われており、いじめる人がいるということ?

集落前面の海岸沿いに、かつて別荘がありました(今は敷地のみ残っており、建物はない)。
この写真は別荘跡地から撮影したもので、きれいな湾が広がっています。
別荘跡地の前は崖になっており、海岸に下りる階段が残っています。
この他に、この湾に通じる道はありません。
ということは、完全な別荘のマイビーチだったわけです。
現在、別荘跡の入り口には立ち入り禁止の看板があり、階段を使うことは禁止されています。

港の陸側は谷になっており、水田があります。
この谷を遡ると、右側に写真のような高さ100m程度の大岸壁が迫っています。
平坦な種子島には珍しく、思わず「ここが種子島?」といいたくなるような風景です。
大塩屋は、種子島の秘境といっていいでしょう。
平地が少ないため、人が住むのに適しているとはいえません。
ところが、ここに集落があるのです。
大塩屋という集落です。

曲がった道を下りていくと、狭い平坦地に人家が7戸、寄り添うように固まって集落を作っています。
向こうには、奇岩が浮かぶ美しい太平洋が見えます。

集落の隣は入り江となっており、天然の良港になっています。
集落は、半農半漁で生計を立てているものと思われます。

港にカモが泳いでおり、海岸に「カモをいじめないでください」という看板が立っていました。
ということは、このカモは飼われており、いじめる人がいるということ?

集落前面の海岸沿いに、かつて別荘がありました(今は敷地のみ残っており、建物はない)。
この写真は別荘跡地から撮影したもので、きれいな湾が広がっています。
別荘跡地の前は崖になっており、海岸に下りる階段が残っています。
この他に、この湾に通じる道はありません。
ということは、完全な別荘のマイビーチだったわけです。
現在、別荘跡の入り口には立ち入り禁止の看板があり、階段を使うことは禁止されています。

港の陸側は谷になっており、水田があります。
この谷を遡ると、右側に写真のような高さ100m程度の大岸壁が迫っています。
平坦な種子島には珍しく、思わず「ここが種子島?」といいたくなるような風景です。
大塩屋は、種子島の秘境といっていいでしょう。
この大塩屋には明治中ごろに沖縄から移住してしてきた人たちが丸木舟ひとつで魚、タコ、伊勢えびなどを取る漁業専従者となりました。
畑はないので米と魚と交換。知人は伊勢えび1本で子供2人を大学に出したことが自慢です。
苗字は沖縄人ですから全員金城(きんじょう、かねしろ)姓です。
さすが原人さん。
今は、道もよくなって車で行けますが、昔は大変だったでしょうね。
よくこんなところに集落を作ったと思います。
やはり漁業で生計を立てていたんですね。
島出身の知人に金城さんがいますが、ここの出身なんでしょうね。
苗字からおおむね家のルーツがはっきり解りやすいのも移住者の証です。
祖父は鹿児島弁が残っていました。
原人さんのニックネームは、種子島原人ということでしょうか。