このところ、仕事の関係で、
東京のわが家に帰ることの多い愚息。
先日の「漱石展」で買った「草枕」、
読みっぱなしでテーブルの上に置いておいたら、「なに、それ?」
有名な冒頭の部分だよ。
「山路(やまみち)を登りながら、こう考えた。
智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。
意地を通せば窮屈だ。とかくこの世は住みにくい。」
「ふーん、すごいね」と愚息。
中学校で漱石習っただろうが、
との言葉がのど元まで出かかりましたが、そこは抑えて、
「すごいでしょ、わかるでしょ、では続きを」
「--住みにくさが高じると、安い所に引っ越したくなる。
どこに越しても同じだと悟った時、詩が生まれて、画が出来る」
「わっ、この人、天才!」と、愚息。
いま頃、わかったか。
「でも、こういう言葉、
中学や高校で聞いてもわからないよね。
今だからわかる~。人にはわかる時期があるんだね、
いま聞いてよかった」と、つくづく実感している様子。
社会に出て3年。君も苦労しているのね。
と、やおら、「漱石って、確か、こういう人だよね」
やはり、愚息
まず、知性の分量が違うみたい
君、ほんとに理解してる?
まっ、そばにあったデジカメで撮る親も親
「ーーどこに越しても住みにくいと悟った時、
詩が生まれて、
画が出来るって、すごいけど、詩心も、
画を描く才能もない俺らみたいな凡人は
どうするんだろう??」
うーん、どうするんだろう~。
まっ--住みにくいこの世を渡るには
知恵も情も必要でございます。
「渡る世間は鬼ばかり」ではないけれど、
「渡る世間に鬼はなし」でもない~~
鬼でない人が鬼になったり、
鬼だと思っていた人がそうでなかったり~~。
とかくこの世はめまぐるしい。
そこんところは、本を読んで自分で考えてくださいませ、
と母は「台所に行きながら、こう考えた」
片付けが行き届かないのも、たまにはいいものだ
テーブルに本、置きっぱなしにしてよかった?
(そっちですか? はい)
応援ありがとうございます。
愚息にも応援を?
…息子様
行動は、お母様似かと…
でも、なんだかドラマ「仁」のクライマックスで病院の上で、「さらなる光を与えよう。この手で。」と言っている場面を思い浮かべました。
紫苑さんが前回書かれていた「福分」に通じるような気がしました。天から与えられた使命というか天職みたいなもの。それをフルに生かすこと。
「福分」が分からない人も多い。でも、たとえ何かの導きで、その使命が分かっても、実際にできるかどうかは、自分次第なのですよね。いろいろと考えさせられます。
「こゝろ」かな。。
名著は人生の折々で、読み返すと違う一面に気付きますね。
ご子息様も、働き始めて社会人の先輩の御両親に対しての認識が変わったのでは?
働き始めると、大人同士の会話が出来るようになり、家族との会話が広がりますね♪私の父は「自慢出来るのは始末書を書いた数!」というハマちゃん的な社会人でしたので、父と仕事の話はしませんがf^_^; 母や姉には相談や愚痴は話したりします。
そうかもしれません。子どものときはふざけ過ぎてよく怪我をしていました(苦笑)
だから小さい時は苦労したのですよ、私が(笑)でも、今は私が子どもに苦労をかけている?
私も「ハマちゃん」的な母親なのです(笑)そうなんです。大人になると、社会人?同士の話ができて、面白くなりました。娘とは、まだなんですけどね。
こういうコメントを、エスプリにあふれたというのでは?率直でユーモアがありながら、才気を感じます。知識以上の知性。私も考えてみよう、と思ってしまいました。うーん、人は自分の器量に応じて、人を理解するもの。私が書いたものがまるで奥深いものに思えてくるではないですか(笑)
感謝[E:heart]