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玄徳道

道を語るブログです。

八岐大蛇、一剣道

2021-05-03 18:28:00 | 神業道




奈良県天理市長滝町の林道の山深い布留川の源流となるところに、大きな岩があり、この岩を「八つ岩」と云われ、石上神宮の奥の宮として、崇められています。

「昔、出雲の国、ひの川に住んでいた八岐の大蛇は、一つの身に八つの頭と尾を伴っていた。

荒ぶる神、いや、真に優しき神、カム素戔嗚之尊は、これを八段に、神剣、「天の十握剣」をもって切断した。

八つの蛇身に、八つの御魂が、共に龍となり、天へ昇った。

この神を八大龍王と称する。」


大海原を統べる、神、素戔嗚之尊。八岐大蛇なる、大地の地脈なる土の化身なる神。そこに、1つの剣、天の十握の神剣。十握の剣は、それ以前にウケイで使われているのである。当然に天照皇大神との間で、その剣は三柱の女神となる。

神話の時代の剣とは、御魂。神の魂の発露。

つまるところ、神素戔嗚之尊と八岐大蛇は交わり、茲に、神化身、天叢雲之剣の神として、顕現された。

古事記や日本書紀は、神の書物でもある。されど、当時の権力者により、神威を損なわれておるのも、人の世では真実なり。

そして、御子なる、天の叢雲の剣に寄り添う為に、八岐大蛇なる、八つに切断された、仁義礼智信孝悌なる母は、大和の国の布留川の川上にある、日の谷に臨幸し、八大龍王となり、御子と、共に、その地の安寧に努めたのである。

天の叢雲之剣が、出雲建雄として、石上神宮に祀られた由縁なり。

なんてね。

神話の話しなど、妄想も良いところである。

我々人類に、タイムマシーンが無い限り、知る事は、出来無いのであるから。

人の魂には、記憶力が無いのは真実。しかし、魂に、刻まれた行いには、無形の感合を呼ぶ。

ならば、直にその地の神霊に問えば、その刻まれた、姿、絵を見せてくださるのである。



奈良の天理市長滝町に八つ磐と言われる、磐座がある。此処は知人に教えてもらったが、一度行き、気に入りました。

まず、天理に電車で行きます。天理で自転車をレンタル。


しかし、天理中心地は、凄いですね。
悪しきを祓いて、助け給えの天理教団の建物がそこら中に建っております。


コロナ化でも屋台がやっていました。





天理のダムを越え国見山を目指します。


自転車で山道の車道を登りますが、かなり、しんどいです。ずっと登り坂ですから。途中で歩いたり、自転車をこいだり、汗だくとなりながら、ぜいぜい息を荒げながら、頑張ります。


ようやく長滝町へ。


この車道を左に曲る。


案内が書いてあり、助かります。

八つ磐の位置は、グーグルの地図に位置情報が載っていますが、実に出鱈目です。(令和三年五月現在)
此処から徒歩で。


上下の別れ道があり、下は、龍王神社、上が八つ磐へ行けます。

先ずは龍王神社へ。


途中、倒木などで、道が分かりにくいです。






龍王神社へ参拝。

八つ磐を目指します。



途中、八つ磐へ登る急な道。


比較的、マシな道。今回はこちらから、登ります。この二つの道には案内看板があったのですが、自然の風雨により、無くなっておりました。
この道を登る瞬間、鶏のような鳥が飛び出て来て驚きました。何故、こんな山の中に鶏が?。









八つ磐です。天理から、二時間半ぐらいかかりました。
此処で一時間ぐらいかけて、経、咒、祝詞、磐笛を誦します。各聖地の磐笛が増えて来た為、時間が掛かってしまいます。自己責任であります。

ちなみに雨の森の磐笛が何度も吹きますが、音が出ません。最後に吹きますが鳴りません。この子に水をかけたら鳴り響きます。なんて、贅沢な子なのでしょうか。この子には四海水主咒をもって、道とします。

この咒は、雨に対する祈願咒なのですが、最近の雨のスコールは、災害急なので、雨の安寧を願う咒とします。

そして、水に濡らさなくても、鳴るように、私自信も鍛え上げます。

来る時は苦しかったですが、帰りは楽々です。下り坂ばかりですから。

途中、九頭龍神社に参







此処の手水舎は、湧き水ですので、磐笛達を沐浴させます。

社の後ろに磐座がある善き、産土社でございます。

楽々なので、また、寄り道をします。







桃尾の滝です。此処は弘法大師と縁があるのと、石上神宮の元宮と言われておるようです。

出雲建雄が祀られている、石上神宮にも寄ります。













石上神宮の本宮は現在、改装中でした。

石上神宮には鶏がおります。






私が八つ磐で見た鶏は、こんな感じでした。



牛さんも。



そしてお目当ての出雲建雄神社。





神剣、天之叢雲の御魂が祀られております。

石上神宮と祭神が布都御魂大神であり、神素戔嗚尊の自身の御魂の発露、天の十握の剣でもある。素直にこの神社が神素戔嗚之尊とすれば。面倒も減るのにね。

さて、皇室の三種神器など、物質をありがたがられる人もいますが、自己の魂、人魂、神々の魂こそが、至宝なのであろうと、私は思考致します。

物は滅ぶ。当たり前だのクラッカー。

御魂返しの時代。残すのは、無形無音無感の魂の発露あるのみ。
























コメント (7)
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雨の森の龍神への道

2021-05-02 18:09:00 | 神業道
この記事は、何故かわかりませんが、消えておりました。故に再度書いて見ました。(旧題、肝川神への道。)


岩根山。

かつて、大本教の創成期、初期の大本信者であった、小沢惣祐(トラブルの解決者でもあり、自己もトラブルメーカー。)は、大阪の岡崎直子に鎮魂をした。直子は発動し託宣を下した。
「ここから、篠山街道を十里行けば、そのほうの待つ神がおる。」

小沢は兵庫県猪名川町字差組村落(肝川)に着き、酒屋の主人に、山の名を問うた。

「あの山は岩根山といって、尾が三つある。雨を降らす神様が祀ってあり、御神体は大きな割れ岩。村の人達は、みな尊敬しており昔から女人禁制となっている。」

小沢は神示の地はここだと直感し、岩根山の古びた神殿の社を借り、幽斎修業とそれに伴い、鎮魂による病気治しを行った。


雨森神社。

「肝川は兵庫県川辺郡の寒村で、明治末期に全村が、大本信者となった特異な地であり、教団内で[大本神業控えの地]として重視されたが、やがて、大本支部長、車末吉の妻、小房に村の禁足地[雨の森]の龍神が憑依、[肝川龍神]と称し、独自の道を歩んでおる。」

雨が降る日は雨の森へ赴く。



岩根山を登る前に、雨森神社へ向かう。


この先を行けば雨森神社。



隣りには磐座が在る。

ここから、先へ向かうと渓流がある。



此処で吾が友である磐笛達を沐浴させる。

雨の森の龍神より、磐笛を賜る。


渓流より雨森神社の裏手へ行く。


私と感合する磐座である。ここで、経、祝詞、咒、磐笛を挙げる。


岩根山へ向かいます。岩根山は低い山なので気軽に登れます。


この巨石が見えたら、頂上までもうすぐです。









頂上には、宗教法人肝川龍神の方々に作られた、祠郡がある。

私は此処に用が無いので巨石磐座郡へと向かいます。







磐座に落書き。愚かなるかな、人間よ。

蛆虫の神仕組み、寄生虫の神仕組み云々と書いてある。

よく神仕組みを述べる人間もおられるが、神仕組みとは無言実行あるのみ。





巨石が二つ寄りそう夫婦岩の如き磐座である。

此処で鎮道弭業の用とする。



山を降りて肝川戸隠神社へ向かいます。バイクで。








戸隠神社は、江戸期では、九頭龍大明神であったが、人間の都合により、社名や場所は変えられてしまう。

そしてこの神社の裏手に廻れば、山を削り見事な住宅地がある。

肝川にはかつて、多くの霊覚者が訪れたとされる。

確かに肝川龍神界が存在する。

パワースポットとしてこの地に訪れる人もおられるが、肝川神界は人の真心にしか、通感せず。

神や龍に依存し、祈り拝み拝する時代は中々終わらない。人々が自己の内なる、神と出逢えないからである。

我が内なる、内在神。外なる神界なる、外在神とが1つとなる。これを神人合一と呼ぶ。

「神は万物普遍の霊にして、人は天地経綸の司宰者なり。神人合一して、茲に無限の権威と実力を発揮す。」


















コメント (2)
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