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『ヤマタイカ』

星野 之宣、1997、『ヤマタイカ』(1~5巻)、潮出版社 (潮ビジュアル文庫)

昨年、民主党政権が誕生したものの、今ひとつ日本は変わらない。それどころか、相変わらずの権力ゲームがつづいている。民主党のマニフェストは、それは、選挙用といえばいいものをそれをいう気力もないのか、日本の根本的な問題をさておき、大衆迎合とでもいうような政治の流れが続く。果たしてそれでいいのか?
この『ヤマタイカ』は1980年代後半に連載されたそうだが、いまここにいたって、えらくリアリティを増しているように思える。普天間基地問題(沖縄に不当に米軍基地のプレゼンスを依存することがその根本問題のはず)の解決の糸口が見えない現在、ヤマタイカの怒りの炎が燃え上がりそうで燃え上がらないところが、現実と違うところというべきところではあるが、いちど、『ヤマタイカ』を読んでもらいたい。

本書でかたられる物語は、日本人の起源と日本列島の起源を神話からかたる壮大な物語である。人間は「大きな物語」を必要としていると述べたのは、ジョーゼフ・キャンベルであった。神話は単なる昔語りではなく、どの時代にあっても、自らの拠ってたつ基盤をこそかたるものであるとのべた。キャンベルはそれを「大きな物語」と呼んだ。それが失われて小さな物語しか語り得ないことこそ、現代の宿痾であると。

『ヤマタイカ』は荒唐無稽な物語である。しかし、おそらく、キャンベルの言うところの「大きな物語」の響きを持つように思える。なぜ、太平洋戦争で沖縄だけが悲惨な陸上戦を経験せねばならなかったのか。その被害を、何故ゆえ被らなければならなかったのか。そして、戦後も引き続き、冷戦体制そのままに膨大な基地の存在を所与のものとして、考えなければならなかったのか。過去において、東北や北海道は、日本の歴史で常にまつろわぬ人々のすみかで、征服の対象でなければならなかったのか。九州や沖縄はどうであったのか、支配者は、歴史において何を成し遂げてきたのか。そして、いま・・・。
普天間基地撤収の行方がようとしれないとき、だれが、沖縄の人々がはらった犠牲を考えたのか。そして、それは、2000年をこえる、怨念の累積であることを誰が知るのか、本書を読んで知ることができる。もちろん、民主党政府は、おそらく、選挙の道具としてうやむやな解決を図ろうとしたのであるか?

本書は、火山の爆発と、政治的な変動と、そして、民衆のパワーの爆発が100年以内のうちに繰り返される事をしるす。歴史的な事実であるかどうか、それは、判断力を持たないが、しかし、あらためて、自らの問題として、普天間基地問題が、沖縄の問題ではなく、日本の問題であること。そして、沖縄の人々がこれまで、常に、ひどい目になってきたことを知って置く必要があるとおもう。

ウィキペディア「ヤマタイカ」:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A4%E3%83%9E%E3%82%BF%E3%82%A4%E3%82%AB

ヤマタイカ (第1巻) (潮ビジュアル文庫)
星野 之宣
潮出版社

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2010-04-27 21:50:42 | 読書 | コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )


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