地質年代におきた生物の大絶滅にはもともと強い興味を持っていた。そもそもは、恐竜に興味があって、なぜかれらが絶滅したのか知りたいと思っていたからだが、小惑星の衝突によるのではという仮説が出たとき、地球上に起きた生物の大絶滅に惹きつけられた。地質年代におきた大絶滅は、小惑星の衝突を含む大きな地殻変動、それにともなう大規模な環境変化により地球上の生物の大量絶滅がおきたとされる。しかし、過去5回の絶滅(「ビッグファイブ」)につづき、現代は第6の大絶滅の時期に入っていることが多くの生物学者により認識されている。これは、人類の諸活動の影響によるところが大きい。
大量絶滅 - Wikipedia私は、オーストラリア先住民についての研究をしていたこともあって、関連してカカドゥー国立公園の岩壁画にタスマニアタイガーの姿をみたことから、オーストラリアの生物の絶滅についても強く関心を持っていた。オーストラリア大陸へは現時点ではすくなくとも5万年以上前に人類が到達したことが明らかになっている。大陸は他の大陸や島嶼部と海洋で隔てられているものの、人類はおそらく、その後もたびたび大陸に到達していたことは想像に難くない。ディンゴは、どの時点で人類が連れてきたものだろうか。人類と犬の到達以降に、オーストラリア大陸での大型有袋類の絶滅がおきたとされるのだが、はたして、人類と犬はオーストラリアの大型有袋類の絶滅要因であったのだろうか。
タスマニアタイガーは、タスマニアの名がついているように、白人のオーストラリア大陸への植民開始の時点、少なくとも文字や映像による記録に残っていると言う意味において、西オーストラリアとタスマニアにしか彼らはすでに存在しなくなっていた。オーストラリア北部の岸壁画には残されていたということは、タスマニアタイガーはかつては全土に存在した可能性があるということだ。なぜ分布が狭まったのだろうか。タスマニアには人類が到達していたが、ディンゴは到達していない。ということは、タスマニアが本土と切り離された最終氷期(約2万年前)までにはディンゴは到達できていなかったことを示している。タスマニアに関しては人類とディンゴには時間差があったということ、たすまにあでタスマニアタイガーが生存していたこと、それが何を意味しているかについて興味深いところである。
ディンゴ - Wikipedia本書は、ステラーカイギュウ、ドードー、リョコウバト、フクロオオカミ(タスマニアタイガー)、ヨウスコウカワイルカの絶滅に取材し、化石以外の資料の残る「現代の絶滅」について、報告したものである。はたして、「現代の絶滅」は何を示唆しているのだろうかというのが、大きなテーマとなっている。
本書によれば、これら「現代の絶滅」は明らかに人類が関与している。食糧獲得のための狩猟圧、家畜管理のための狩猟圧、人類の生産活動による環境の激変、これら様々な理由で本書であつかわれる「現代の絶滅」が起きたことはまちがいない。とはいえ、大規模な地殻変動と環境変化による過去の「ビッグファイブ」と「現代の絶滅」の違いは、生物の側からすると大きな差はない。きっかけはともかくも環境変化が大絶滅を生じさせることは必然で、かこの大絶滅により大規模な大進化がおこり生物相が切り替わってきた。しかし、著者によると、大きな違いは自己を顧みて後悔し反省するのは人類だけだというものだ。結果として、環境保護や環境改善、種の保存、遺伝子操作などによって、起こり得る結果を和らげようとするという。
とはいえ、メタンの放出(家畜の増加による)、二酸化炭素の放出(産業革命以降の工業化による)、それらの結果としての温暖化(あるいは、気候の激変化)を管理することは、おそらく非常に困難だ。人類の経済活動や国際関係は簡単には制御できるとは思えない。また、動物園などによる種の保存というのも、そもそも個体群の規模が縮小してしまうと遺伝的多様性が失われてしまって、種の維持が可能かどうか不明な点が多い。また、最新の遺伝子操作などによって過去に絶滅した動物を復元することは現在では不可能であって、近縁種を遺伝子操作によって改変しようとしても、これまた、個体群の規模が問題となろう。また、環境の維持管理のために頂点捕食者を復活させるというアイデアもそう簡単ではない。生態系は複雑極まりないのだ。たとえ、イエローストーン国立公園へのオオカミの再導入の試みが一見成功したかに見えるとしても、牧畜業者はこううした頂点捕食者を駆逐しようとしてきた歴史を振り返ってみても、用意ではないはずだ。タスマニアタイガーの復元でも、生態系の頂点捕食者としてという期待があるようだが、はたして、かれらは頂点捕食者であったかどうかも定かではないようだ。
本書は大変興味深く読むことができたのだが、それは、特定の生物の絶滅は多様な問題が内在されていることが、よく理解できたという意味においてであった。