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Fsの独り言・つぶやき

1951年生。2012年3月定年、仕事を退く。俳句、写真、美術館巡り、クラシック音楽等自由気儘に綴る。労組退職者会役員。

「ルーベンス展」(国立西洋美術館) 4

2018年11月24日 14時01分53秒 | 芸術作品鑑賞・博物館・講座・音楽会等
 前回はルーベンスの躍動的な描写について記載した。躍動感、誇張された人間の姿態、情念・感情と肉体の劇的な統一。私の理解の範囲で、バロック絵画である所以を述べた。

 ルーベンスの描く女性のヌードには私は強い違和感を持つ。どうしてこんなに豊満なのであろうか。当時の理想の女性像だという言い方もある。古代の中国・日本でも豊満な肉付きの女性が理想の女性像だったらしいので、それは受け入れるのだが。
 ルーベンスの女性像は二つの種類があるように思える。生身の現実の女性やギリシャ・ローマ神話に登場する女神、旧約聖書の女性たちがひとつの類型。そしてもうひとつは天使なり、キリスト教的な聖性をもつ女性像である。ルーベンスはこれらを明確に描き分けているようだ。
 ルーベンスは前者の女性像を豊満な肉体を誇示するように描いている。後者はどちらかというと、ほっそりとしている。





 かかげた作品は「バラの刺に傷つくヴィーナス」(1608-10、南カリフォルニア大学フィッシャー美術館)と「法悦のマグダラのマリア」(1625-28、リール美術館)。
 前者の解説記事によると「晩年により顕著となる豊満な女性像」という表現がある。それを確かめることは出来なかったのだが、それよりも先のとおりに描き分けをしていると私は勝手に解釈している。

 「法悦のマグダラのマリア」は死の場面ではなく右上の光の存在によって法悦の場面であると、解説記事にも記されている。その当否は別として、法悦と死が不可分のものとして現れるという、「信仰」というものの究極のありようなどを垣間見る作品である。
 この作品はフランチェスコ会の聖堂に置かれていたという履歴を見て、あらためて中世から近世にかけての信仰ということについて考えさせられた。



 今回の展示で、話題になっているのが「クララ・セレーナ・ルーベンスの肖像」(1615-16、リヒテンシュタイン侯爵家コレクション)。ルーベンスと最初の妻との間に生まれた長女の5歳の頃の作品と解説されている。
 全開のルーベンス展で話題になった「眠るふたりの子供」(1612-13、国立西洋美術館)が今回も展示されている。このふたつを並べると、この長女の肖像に私は強く惹かれた。
 神話や伝説的な説話の劇的表現とはおもむきはおおいに違うが、人間の感情表現に卓越した画家の手腕を感じた。


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