蛇口が取れた

4年半の杭州生活を終え、ついに帰国。現在、中国人化後遺症に悩まされ、好評リハビリ中。

三笠の山に月はでるのか?

2010-11-24 00:13:12 | 日本・中国以外
どうも筆無精。
ずいぶんと間隔があいてしまった。

しかし、そんなこともあろうかと、
行き先をすべて一応手帳にメモしておいたのだ。
言い方を変えれば、全く自分の記憶力を信用していない、ともいえる。
現に、このメモがなければ、このブログは成立しなかった。
だって、具体的にどこ行ったかわからないんだもの。

さて、閑話休題。
ハロン湾を偵察した翌日、
我々は、ハノイ市内視察へと出た。
この日は、二日酔いではなかったため、
朝食を食べ(フォー、めちゃくちゃ旨い!)、
ばっちりの体調で出かけた。

まず出かけたのが、ホーチミン博物館。
ベトナムの英雄、ホーチミンの様々が展示されている場所。
ベトナムについて何も知らない私は、見るものすべてが新しい。
まず、ここで、簡単ながらホーチミンの偉大さを知った。

次いで、歩いてすぐのところにある一柱寺へ。
一本の柱の上に、拝殿があるという構造。

その後、鎮国寺へ。
このお寺、湖の畔にある。
その名も「西湖」。
私の第二の故郷である杭州にあるのも「西湖」。
なんだか、ものすごい親近感がわいた。

それにしても、一柱寺にせよ、鎮国寺にせよ、
観光客は仏殿の中の仏像の写真をバシバシ撮っていた。
それに対して寺側は何も言っていなかったので、
それはそれでオッケーということなんだろうけど、
なんだか私は少々気が引けてしまっていた。

聞くと、一緒に行った人も同様に、感じていたようだ。
敬虔な仏教徒でも何でもないのに、不思議なもんだ。
おそらく、日本人が西洋に行き、
キリスト教関連の建築物や聖像などをバシバシ撮っていたら、
地元の人は、なんだかなあ、と感じるのかもしれない。

ともあれ、ベトナム仏教建築を続けて見学した後は、
真武観という名の、道観へ。
目当ての呪符がどこにもなかったのが、ちと残念だった。

昼ご飯を挟み、後半戦へ。

そしてここで、サプライズ。
予定になかったタンロン遺跡を見学することに。
タンロンは漢字で書くと「昇龍」で、ハノイの旧名。

その中心である宮殿遺跡群が、2003年から発掘が続けられ、
今年、ようやく一部が期間限定で公開されていたのであった。
わずか3週間という公開期間にもかかわず、
我々は運良くそのときに訪れていたのであった。
なんて、ラッキーな。

しかも、午後からは、
現在ハノイの大学で教鞭を執っている私の後輩が案内してくれることになったのもついている。
彼は歴史学を専攻しているため、遺跡の解説が大変詳細。
1300年にもわたるベトナムの宮殿の歴史をわかりやすく解説してくれたのであった。

特にここでの収穫が、「江西塼」と刻印されたレンガ(写真)。
説明によると、7世紀から8世紀に作成されたもので、
つまり、そこが唐の安南都護府に関連する施設であったことがわかるんだとか。
それを聞いて、興奮状態がピークに。

だって、唐代の安南都護府といえば、あーた、
あの阿倍仲麻呂が赴任していたところじゃ、あ~りませんか。
帰国をあきらめた仲麻呂が6年間も赴任していた場所じゃ、あ~りませんか。

ものすごく貴重なものを見させていただきました。
いやあ、ほんとにどうもありがとう、って感じ。
どうしていいかわからないぐらい、舞い上がっちゃいました。
もちろん、図録も速攻で購入。

その後、文廟(孔子廟)へ行き、
ハノイの歴史博物館へ向かった。
この博物館にもいいもの(たとえば、隋代の石碑とか)があり、
大変興味深かったのだが、タンロンの衝撃が大きく、霞んでしまった。

それにしても、有意義だった。
ハノイどうもありがとう。
後輩もどうもありがとう。

また、是非行きたいものだ。

超人ハロン・1

2010-11-10 00:03:36 | 日本・中国以外
おやじギャグからはじまるこのブログ。
だって、スタートが二日酔いだったのですもの。
頭がガンガンする中での出発だったのですもの。

ベトナム二日目。
朝7時半にハノイのホテルを出発。
目指すは、世界自然遺産「ハロン湾」。
風光明媚で世界中から人々が訪れるベトナム屈指の観光スポット。
そこに行かない手はない。

だけど、遠い。
ハノイから車で片道4時間。
途中、こういった旅行ではありがちなトイレ休憩兼土産物屋によりながら。
でも、この土産物屋でいろんなもの買っちゃったけど。

さて、ハロン湾。
名前ハロンの由来は、「下龍」。
現代中国語だと「xia long」(シアロン)と発音するが、
ベトナムには古い時代の中国音が残っていてそのため「ハロン」となっているらしい。
なんか龍が降りてきて、いろいろやったという伝説が残っている場所(ちょーいい加減な説明)。
*詳細はこちら

とにかく、めっぽう美しい場所。
そんな場所へ我々一行約10名は、船を一台チャーターし、湾内へいざ出発!

海上には我々と同様の船があちらこちらにあり、
まさに海賊船が次々と出発しているかのような様相。

すると、そういった海賊船とは趣の異なる船が近づいてきた。
乗組員はわずか4名。
大人二人と子供二人。
一人の子供は舳先に立っている。
手には、バナナを抱え込んで。

その船が我々の船に近づいてきた。
我々の船と平行になり、わずかのところまでくると、
舳先に立っていた少女が我々の船に飛び乗ってきた。
手には、バナナを抱え込んで。

そう、彼らによる車内販売ならぬ海上販売。
彼らはそうやって生計を立てているようだ。
中国同様、その4人が本当の家族かどうかは甚だ疑わしいが。
結局、1ドルでバナナ一房を買った。
彼女はやや不満げな顔をしながら、また元の船に飛び移って帰って行った。

さて、この船。
中に厨房がついている。
そうなのです。
船の中で食事ができるのです。

出航前にたくさんの食材と、
たくさんのビール・コーラ等を積み込んでいる姿は確認していたが、
さらにわれわれは取れたての魚を求め、
海上に浮かぶ、水上生活者が経営する「いけす」へと向かった。

いやあ、いろんな魚がいるよ。
見たこともなく、「これ食えるんかい?」っていうのもいるし、
カニだけをとっても、なんだか数種類のものがいた。
我々は、名前がよくわからない魚を一匹買い求め、
それを、船内でさばいて刺身にしてもらうことにした。

もうこうなってくると景色なんてどうでもいい。
船内では新鮮な魚をメインにした酒盛りが盛大に始まった。

そのころには、二日酔いもすっかり醒め、
朝食抜きであった私は腹もぺこぺこで、
次々と出てくる食事をバクバクと食べていた。
もちろん、ビールとワインをお供にして。

その後、ほろ酔い気分の一行は、酔い覚ましも兼ね、
ある島に上陸して、そこで鍾乳洞を見学した。
まあ、立派な鍾乳洞で、そんな場所がそこかしこにあるらしい。

その島にも観光客がたくさんいたが、
その中に、韓国ドラマにも出ていたことがあるというベトナムの女優がいた。
とはいえ、韓国ドラマをほとんど見ない私にはさっぱりわからなかったが。

島見学を終え、我々は出港地へ戻った。
かなり長い間船に乗っていた感じがする。
でも、覚えているのは景色ではなく、食事なんだけど。


*おやじギャグのわからなかった人は、ここから推測。

グッドモ~ニング、ベトナム!

2010-11-07 12:05:14 | 日本・中国以外
ベトナムといえば、これ。
というわけで、ベトナムに行ってきた。
もちろん、初。

成田から約5時間半でハノイに到着。
時差は2時間。
さほど気になる時差ではない。

空港からホテルまで移動し、
ホアビンホテル(和平飯店)にチェックイン。
フロントの人がアオザイを着ており、早くもベトナム感満載。

チェックインとともに、両替(単位はドン)も済ませた。
なかなかいいレートで両替できた。
それは、円高ということもあったが、
ベトナムにいる間大変お世話になった方が、
フロントの女性に思いっきりプレッシャーをかけて、レートをよくしてくれたからだ。
そんなことができるもんなんだねえ。

その後、荷物を片付けてからみんなで夕食に出た。
紹介してもらったホテル近くのレストランで食事をしたが、
いやあ、うまいうまい。
いやがおうにも翌日からのベトナム探査への期待が高まる。

レストランでは、食事だけではなく、
女性たちがベトナムの民族楽器を使って演奏をしていた。
弦楽器ばかりの3人編成であったが、なかなか妙なる響き。
そして、われわれが日本人であることを知ってか、
突然、「北国の春」を演奏し始めた。
なんともはやの、サービスである。

BBGM(ベトナムBGM)を聞きながら、
様々な味を楽しみ、数種のお酒も楽しんだ。

しかし、飲み過ぎた。
調子に乗りすぎた。
なんといっても、ベトナムは旧フランス領。
なので、フランスワインが安く、そしておいしい。
気がついたら、赤・白とりまぜて、結構飲んでいたようだ。

さらに、ホテルに戻ってからも、
成田空港で買ってきたスコッチを私の部屋で飲んでいた。

ここで一つ弁明しておくと、
私はそれほど酒が強いわけではなく、
飲まなくてはやっていけないような酒好きでもない。
自宅ではほとんど飲まないくらいだ。

なのに、なぜこれほどまでに飲んだのかというと、
成田空港でスコッチ代金を払い、
さらに飛行機出発までのわずかな時間にビールを飲み、
ベトナムのレストランで注文を一手に引き受けていたMさんがいたからだ。

これまで私はMさんに多大なる恩恵を受けてきた。
ある夏の日には、Mさんに浅草でごちそうになったこともある。
2時間で4件の店を回るという超ハード飲みスケジュールだったが。
そんなMさんの意向を無碍にできるはずがない。
以後、毎晩、食後は私の部屋で酒盛りとなっていったのだった・・・・・。

そして、案の定、翌日は二日酔いに。
一度早めに起きたものの、すぐに二度寝。
朝食を食べられなかった・・・・。

さて、どうなることやら。

ぼろぼろのわたし

2010-11-04 23:12:22 | 日本・東京
とにかく、苦手。
パソコンの不具合が。

もちろん、そんなものに得意な奴はそうそういないだろう。
たいていの人が、いったい何が起こっているのかわからなくて困惑しているはず。

実は、自宅のパソコンが故障した。
ワードで文書作成中、突然落ちた。
それから何度立ち上げようとしても動かない。
夜間だったため、サービスセンターに電話もできない。
仕方なく、翌日に電話することにした。

もうこの時点ですでに落ち着かなくなっていた。
作成中の文書はおそらく壊れてしまっただろうし、
もし、このまま修理なんてことになったら、えらいめんどくさい。
気になりすぎて夜もおちおち眠れない。
翌日、大きなお仕事があるときでも眠れるのに。

翌朝、センターがオープンすると同時に電話をかけた。
このパソコン、7月に買ったばかりなのに、
すでにセンターには何度かお世話になっている。
おそらく、はじめっからバグがあったと睨んでいた。

そう、電話をかけたとき、
すでに私は臨戦態勢だったのだ。

悪いと思いながらも、
苦手なもんだから、
ついつい口調が強くなる。
オペレーターに言っても仕方がないけれど、
ついつい文句をたれてみる。

パソコンの不具合は、とかくいろんな人にストレスをもたらすもんだ。

結局、修理へ。

で、本日戻ってきた。
やっぱりいろいろと故障していた模様。
残念ながら初期化されていたため、
はじめっからいろんなソフトだのデータだのを入れている。
なんか、めんどうなもんだな。

それにしても、

何がおもしろくて故障をするのだ。
ボクの眼は遠くばかり見てゐるぢやないか。
身も世もない様に燃えてゐるぢやないか。
これはもうボクぢやないぢやないか。
パソコンよ、
もう止せ、こんなことは。