仮 定 さ れ た 有 機 交 流 電 燈

歴史・文化・環境をめぐる学術的話題から、映画やゲームについての無節操な評論まで、心象スケッチを連ねてゆきます。

わたくしといふ現象

9999-12-31 23:59:59 | ※ 表紙写真
  わたくしといふ現象は
  仮定された有機交流電燈の
  一つの青い照明です

  (あらゆる透明な幽霊の複合体)

  風景やみんなといつしょに
  せはしくせはしく明滅しながら 
  いかにもたしかにともりつづける
  因果交流電燈の
  ひとつの青い照明です

  (ひかりはたもち、その電燈は失はれ)

  これらは二十二箇月の
  過去とかんずる方角から
  紙と鉱質インクをつらね

  (すべてわたくしと明滅し
   みんなが同時に感ずるもの)

  ここまでたもちつゞけられた 
  かげとひかりのひとくさりづつ 
  そのとほりの心象スケツチです

  〈宮澤賢治「序」(『春と修羅』)より〉

※ 最近、コメント・トラックバック荒らしが多いので、一度こちらで確認させていただいています。ご了承ください。


【最近発表した書きもの】

「過去の供犠:ホモ・ナランスの防衛機制」
『日本文学』61巻4号、2012年
・書く前から評判の悪かった、昨年11月日文協大会シンポ報告の活字化。東日本大震災後に噴出した転換論的言説情況は、激甚災害後にみられる太古からの繰り返しであり、現状のストレスに対する〈糸巻き遊び〉的な防衛機制に過ぎないとの内容。




「先達の物語を生きる:行の実践における僧伝の意味」
藤巻和宏編『聖地と聖人の東西:起源はいかに語られるか』勉誠出版、2011年
・鹿島徹さんの〈物語り論的歴史理解〉を、東アジア史の枠組みで実証したもの。以前から神仏習合研究のなかで触れていた修行テキストとしての僧伝の使用を、ホワイトの"practical past"の概念と絡めて明らかにした。




「〈負債〉の表現」
渡辺憲司・野田研一・小峯和明・ハルオシラネ編『環境という視座:日本文学とエコクリティシズム』勉誠出版、2011年
・2010年1月に開催された国際シンポの記録。下記「御柱」「草木成仏」の総論。





「草木成仏論と他者表象の力:自然環境と日本古代仏教をめぐる一断面」
長町裕司・永井敦子・高山貞美編『人間の尊厳を問い直す』上智大学出版、2011年
・日本天台の主張になる、草木発心修行成仏説の概要。






「『日本書紀』と祟咎:「仏神の心に祟れり」に至る言説史」
大山誠一編『日本書紀の謎と聖徳太子』平凡社、2011年
・以前、『アリーナ』5号(2008年)に書いたもののリライト版。






「樹霊はどこへゆくのか:御柱になること、神になること」
『アジア民族文化研究』10号、2011年
・下記、『諏訪市博物館研究紀要』5号に掲載のものの増補版。






「鎌足の武をめぐる構築と忘却:〈太公兵法〉の言説史」
篠川賢・増尾伸一郎編『藤氏家伝を読む』吉川弘文館、2010年







「生命と環境を捉える〈まなざし〉:環境史的アプローチと倫理的立場の重要性」
歴史科学協議会編『歴史評論』728号、校倉書房、2010年







「樹霊はどこへゆくのか:御柱になること、神になること」
諏訪市博物館編『諏訪市博物館研究紀要』5号、2010年







「神仏習合と自然環境:心性・言説・実体」
水島司編『アジア遊学』136号/環境と歴史学、勉誠出版、2010年







「鎮魂という人々の営み:死者の主体を語れるか」
中路正恒編『地域学への招待 改訂新版』角川学芸出版、2010年







「神を〈汝〉と呼ぶこと:神霊交渉論のための覚書」
倉田実編『王朝人の婚姻と信仰』森話社、2010年







「〈神身離脱〉の内的世界:救済論としての神仏習合」
上代文学会編『上代文学』104号、2010年

「ヒトを引き寄せる〈穴〉:東アジアにおける聖地の形式とその構築」
古代文学会編『古代文学』49号、2010年
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グラウンド・ゼロ

2012-05-30 15:15:31 | 議論の豹韜
26日(土)、極めてイレギュラーな形だが、「歴史学をめぐる諸問題:災害と歴史学」の補講を4〜6限の集中講義形式で実施した。学生には迷惑だったかも知れないが、やはりそれだけの価値はあったように思う。講師は、東北学院大学の加藤幸治さんで、テーマは「文化財レスキューと文化財保護行政・地域社会」。加藤さんの文化財レスキュー活動については、このブログでも何度か言及しているとおり、折に触れてお手伝いさせていただき、お考えも度々伺ってきた。粗っぽく整理すると、1)東日本大震災等で生じた文化財被害は、単なる自然災害によるだけではなく、日本の文化財行政が歩んできた歴史の必然的結果である、2)災害によって、これまでア・プリオリなものだと錯覚していた文化財の価値観が崩壊し、人や社会との関係をあらためて構築しなおさねばならなくなった、との2点が核になっていると思われる。今後のレスキュー活動は、被災地から文化財を救済してきてクリーニングするという第1段階が終了し、上記2)にある「価値の位置づけなおし」に移ってゆく。救済した文化財が、地域の人々にとって、社会にとって、我々にとっていかなる意味を持ちうるのか、あるいは、どのような意味を持たせるべきなのか。試行錯誤と葛藤が続いてゆくことになる。
現在ぼくは、日本史特講の枠で「歴史学のアクチュアリティ」という講義を持ち、言語論的転回後の歴史学のありようを、学生たちと一緒に模索している。2年前の早稲田高等学院シンポジウム「近代学問の起源と編成」において、ぼくは現在の歴史学の方法論的情況をグラウンド・ゼロと表現した。過去との実体的関係が断ち切られ、テクストから過去を復原しうるという信仰も失われた状態を、爆心地に準えて表現したのである。加藤さんが震災を通して直面した、「モノの価値の喪失」という問題も、恐らくはこれに近いだろう。昨年までは、自分のなかでもどこかで明確な区分線が引かれていて、ほとんど意識はしなかったのだが、今回あらためて加藤さんのお話を(5時間連続で)伺ってみて、具体的なコンテクストは違えど、ひょっとしていま同じ課題に立ち向かっているのではないかという印象を強くした。もちろん加藤さんの方が極めて厳しい環境下で苦闘を続けているので、「同じ」というのはおこがましい限りだが、(自分のなかで勝手に)「同朋意識」が燃え上がったことは付言しておきたい。夏休みにも、できるだけまた東北へ伺えるようにしたい。

さてこのブログは、自分の課題を公表して関係の方に連絡しつつ、怠けず実現できるよう自戒するためのメディアとしても使用しているのだが、6月は以下を集中して作業してゆきたいと考えている。とくに、4〜5月はほとんど自分の研究はできなかったので、今月は睡眠時間を削ってでも作業を進めなくては。
1)『法苑珠林』感応縁訳注稿ブログ →とりあえず、概説の掲載を近日中に。
2)7号館災害調査報告書 →遅れに遅れているので、できれば今週中に。体裁を整えるのがけっこう厄介なのだ。エレベーターなどでときどきご一緒する学部長の、「忙しいんですか?」と仰る笑顔が胸に刺さる。また、教職協働イノベーション研究「四ッ谷キャンパスのバリアフリー施設調査」も併せて実施中。
3)印度学仏教学会大会パネル報告B「震災と仏教」 →まだほとんどとりかかれていない。最優先課題のひとつ。
4)単行本『歴史叙述としての祟り』執筆 →まとまった時間は取れそうにないので、1日1時間でもこれに当てるという生活リズムを組み立ててゆきたい。
5)学内共同研究、その他の原稿 →すでに〆切を過ぎてしまったものもあるので、上との関係をみて適宜進めてゆきたい。
しかし、今週の金・土・日の上南戦のため時間が作れない。授業準備をすれば1日が終わってしまう。ブログを更新している場合ではないかも知れない。
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サブカルの帝国

2012-05-19 16:42:57 | テレビの龍韜
金曜は、通常特講「歴史学のアクチュアリティ」と院ゼミがあるが、今年も上南戦(南山大学とのスポーツ交流戦)が近付いており、昨日(18日)は授業のあいまに結団式なるものが行われた。課外活動を支援している立場でいうべきことではないのだが、こういう「共同体」意識が前面に押し出される行事は、どうも居心地が悪い(ふだん、それを積極的に相対化するような研究をしているのだから、当然だろう)。先週から、上南戦の調印式、オリエンテーションキャンプ担当教員・ヘルパーの懇親会、ホフマンホール運営の会議等々が立て続けに入っているので、ちょっと自分が自分でないような気になっている。ま、学生のためには誠心誠意働くべし。
ところで、結団式で形だけいただいたビール(コップに1センチほど)にクラクラしつつ、院ゼミも終えたが、終了後、発表者の深澤瞳さん・院生A君と交わした会話が面白かった。A君は日本近世史が専門だが、中国に関する知識も半端ではない。この日は『法苑珠林』観仏部から、壁に描かれた菩薩諸像が壁を塗り替えても湧出してくる、壁を壊しても目を瞑るとみえるというエピソードを採り上げたのだが、A君は、これが『三国志演義』に描かれる孫策の死のモチーフに関わりがあるのではないかというのだ。話はさらに進み、『閲微草堂筆記』や『子不語』を持ち出して「怪談のパラダイム」をめぐる意見交換へ。『子不語』をあらためて読んでみると、さすが史官袁枚、神仙や霊体になった過去の偉人との会話を通じて、正史の記述を批判するという物語を多く収めている。かかる歴史叙述のあり方は、いつ頃成立したのだろう。ちょうどいま特講で話をしている、storyからnarrativeへの転換にも関わる。近世の「ポストモダン」とでもいうべきか、今後も少し調べてゆきたい。

ところで、ここ最近はマジメな話題が多かったので、久しぶりにサブカルの話をしておきたい。情けないことに映画にはまったくゆけておらず、ゲームをやる時間的/精神的余裕もないので、あくまでマンガやテレビについてなのだが…。
最初はマンガ。単行本はそれなりの量を買い込むが、毎巻本当に楽しみにしているのは、『無限の住人』『刻刻』『ヒストリエ』『アオイホノオ』『アサギロ』『GANTZ』『ベルセルク』『3月のライオン』『テルマエ・ロマエ』『百鬼夜行抄』『昭和元禄落語心中』『乙嫁語り』など。それから、鶴田謙二の新作が出れば必ず買う。4〜5月は、割合に豊作だろうか。
まず、鶴田謙二のエマノン・シリーズ最新刊、『さすらいエマノン』。梶尾真治の原作にはまったく興味がないので、鶴田作品だから購入しているようなもの(ベルヌを連想させる『冒険エレキテ島』も、途中で止めないで早く描いてね)。時空を超えてさまよい続けるひとりの少女が主人公なのだが、今回は、なぜ彼女がいつの時代にも少女のまま存在するのか、という種明かし。主人公の内面を描き込むためには必要な設定だと思うが、エマノン自身の魅力は確実に薄れてしまったように思う。しかし、かつてのNHK少年ドラマシリーズ、ジュブナイルSFの香りを漂わせる佳作であることは間違いない(例えば筒井康隆の、『七瀬ふたたび』みたいなイメージはある)。しかしこの絵の、粗雑さと精密さと複雑さと単純さの絶妙なバランスはどうだろう。筆舌に尽くしがたい。イイなー。
『乙嫁語り』第4巻。最初はアミル・カルルクの2人の物語かと思ったが、巻を追うごとに舞台は広がり、人類学者のヘンリーを狂言回しにキャラクターが拡大、群像劇の様相を呈してきた。日常を力いっぱいに生きる人々の背後で、ロシアの中央アジア侵攻という、歴史の大きなうねりがみえかくれし始めている。やがて訪れる惨禍のなかで、登場人物たちの人生が大きく狂い、また転回/展開してゆくのが想像できる。しかし森薫の、衣服やアクセサリー、調度品などを描く手腕は相変わらずすごい。それによって、物語のリアリティも際立つ。個人的には、ヘンリーの目線や葛藤について、もう少し扱ってほしい気もする。また、今回はちょっと定型的な「お涙頂戴」に話が流れるところがあったが、まあそれもこの作品のいいところかも知れない。
島本和彦の『アオイホノオ』。ぼくらよりちょっと上の世代だが、観ていたもの、考えていたことはほぼ共有している。ぼくが『少年サンデー』に投稿し、専用原稿用紙をもらってマンガ修行をしていた頃には、確か『月刊サンデー』の方で「風の戦士ダン」を連載していた。このあと『週刊サンデー』の方で、伝説的名作「炎の転校生」が開始される。8巻は、その原型となる最初の投稿作品ができるまで。いろいろ懐かしい。しかし、「傷をなめあう道化芝居」が分かった人間がどれだけいるかな。いや、これを愛読書にしている連中はみんな分かるか。戸田恵子もビッグになったもんだよ。ちなみに、このマンガに登場する山賀博之は、現在GAINAXが製作、『リンダリンダリンダ』の山下敦弘が手がける奇妙な短編ドラマ、『エアーズロック』に関わっている。併せて必見。
続いて、今季のドラマやアニメ。ちょっとクールが遅れてしまったけれど、最初に触れておきたいのは、フジテレビ『最後から二番目の恋』。ちょっと前までは、こういうオフ・ブロードウェイの会話劇のようなドラマが、けっこうあった。脚本、演出、俳優陣がみな絶妙で、「物語に引っ張られる」ことなく、肩の力を抜いてみられる久しぶりの作品だった。岡田恵和が以前に手がけた名作『彼女たちの時代』と、ちょっと雰囲気は違うけれど、深津絵里らの演じた当時のキャラクターが、ちゃんと大人になっていたのをみられたという感慨、安堵感のようなものがあった。ところで、今月号の『ユリイカ』を読んでいて初めて知ったのだが、この作品を手がけた演出家の宮本理江子は、山田太一の娘さんだそうだ。このひとの作品は大好きでかなり観ているだけに(『夏子の酒』『アフリカの夜』『彼女たちの時代』『優しい時間』『拝啓、父上様』『風のガーデン』、そして、昨年『鈴木先生』と並んでの最高作品『それでも、生きてゆく』)、恥ずかしいったらありゃしない。
4月に入ってはまったのは、韓国時代劇の『善徳女王』。これまでBSでは何度も放送していたようだが、地上波では初お目見え。専門としている時代にかぶるので観始めたが、暦を王の神権の根拠とする設定など、いろいろこちらの琴線に触れるものがある。とくに、現在問題とされているのは史書編纂、歴史の改竄で、目が放せない。日本の時代劇、大河ドラマでは、史書編纂というモチーフはほとんど重視されない。それが、韓国時代劇では頻繁に現れてくる。これはやはり歴史認識の相違なのだな、と溜息が出てしまう。折しも、質的に大健闘している大河ドラマ『平清盛』の視聴率が低迷し、バカな「時代劇評論家」が、「皆が見たいのは名場面。何度描かれても、その都度、花形役者がどう演じるのか、視聴者は胸を躍らせる。子供にも分かるような面白さも大事だ」などと語っているのを目にすると、日本の歴史ドラマが発展するわけはないなと絶望的な気分になる。『清盛』、がんばれ。
それから、まったく期待をしていなかったのだが、テレビ東京『クローバー』が意外によくできている。いわゆる『少年チャンピオン』系のマンガはまったく読まないタチなのだが、そのマッチョな展開になぜかはまり、毎週金曜日が待ち遠しくなってしまっている。こんな私に誰がした。しかし考えてみれば、監督にはあの入江悠が起用されているのだ。面白くないわけはない。侮っていてごめんなさい。
アニメーションでも、『エウレカセブンAO』『峰不二子という女』など、魅せる作品が多い。とくにノイタミナ枠は今回も実験的で、渡辺信一郎の『坂道のアポロン』、中村健治の『つり球』とも期待を裏切らない。前者はオーソドックスな作りだが、渡辺の相変わらずの音楽センスのよさが心地よい。オープニング、菅野よう子とYUKIのコラボレーションが聞けるとは思わなかった。中澤一登の作画・演出との相性も絶妙。エンディングは秦基博、オーガスタ・ファンとしては涙が出る。ちなみに渡辺は、今期『峰不二子という女』の音楽プロデューサーも務めているが、こちらも素晴らしい。後者は相変わらず独特のセンスだが、なぜか泣ける(中村の『化猫』『怪』は、未だにぼくのアニメ・ランキングのなかでは上位を占めている)。やはりオープニング・エンディングが秀逸で、とくにED、さよならポニーテールの歌う「空も飛べるはず」は、楽曲のよさを再認識した。毎回のラスト近く、前奏が流れ始めると、モモと2人、画面に合わせて思わず口ずさんでしまう。

こうして書いていると、まるで仕事を一切怠けてテレビにかじりついてばかりいるようだが、ちゃんと働いております。早く報告書を出せ、原稿を書け、というお叱りが聞こえてきそうなので、今日はこのへんで。
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ねごと

2012-05-03 10:25:40 | ※ モモ観察日記
昨日は昼過ぎから、モモの学会(宗教ではありません)仲間が、ウチに飲み会をしにやって来ていた。ぼくはしっかり出勤だったのだが、23:00前に帰ってみると、すでにほとんどの人が爆睡中。「一橋のトヨエツ」K氏のみが、リビングでワンカップを飲んでいた。
宴の残りもので夕食を摂り、1階で爆睡していたモモを2階へ移し、K氏の寝場所を確保。皿洗い等々宴の後始末をしてから、モモの様子をみにゆくと、何やら寝ぼけ状態で話しかけてくる。
「清盛はね、ミドリとマサヤの本当の子じゃないんだ」
「え?」
ミドリとマサヤは、妹夫婦。去年のクリスマス・イヴに男の子が生まれ、モモはその子に恋い焦がれているのだが(盗み出して来かねない)、そのことと大河ドラマの「清盛ご落胤説」がごっちゃになっているらしい。何度も確認を取っていると、話がさらに錯乱してきた。
「清盛はね、本当の子じゃないんだけど、お祝いがたくさん贈られてくるんだ。だからミドリとマサヤは、本当の子供じゃないんだけどなーと思いながら、もらっちゃう」
「もらっちゃうんだ?」
「もらっちゃう。でもお鍋は送り返す」
「お鍋は送り返すの?」
「うん、ボランティアで」
「…このこと、ブログに書いていい?」
「だめだめぇ。あんまり面白くないから」
書いてしまった。今朝話を聞いたら、やはりまったく記憶は残っていなかった。
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歴研緊急アピールの問題点

2012-04-29 16:51:21 | 議論の豹韜
以前こちらのブログにも書いたとおり、特講の枠で「歴史学のアクチュアリティ」なる講義を始めた。準備は大変だが、今までのどの授業より自分の性に合っているのか、滑らかに言葉が出る。理論やさまざまな概念について説明するため、毎回何らかの引っかかり、論点を設けて、10分ほど学生たちが意見交換できるような時間も設けている。中盤にこうしたブレインストーミングの機会を作ると、彼らも(ある程度)集中力を持続させてくれるようだ。

一昨日は歴史修正主義について話をしていて、ホロコースト否定論のアーヴィング裁判から、日本の〈つくる会系教科書〉をめぐる議論について言及した。その際資料のひとつとして用いたのが、歴研がホームページ上でも公開している「緊急アピール」である。基本的な姿勢については賛同しているのだが、幾つか異論もあるため、今さらだが指摘しておきたい。
まず第一に、焦点が教科書の記述にのみ絞られていて、その背景等々についてはまったく言及していないこと。とくに、
……「つくる会」の手による「新しい歴史教科書」(2001年以降、扶桑社版)は、全般的に基本的な誤りや不正確な部分が多くあり、歴史研究の成果を踏まえな い記述に満ちた粗悪なもので、社会的にもたいへん問題になったのは、記憶に新しいところです。……
といったくだりは、その教科書を歓呼して迎える一般の人々がいたことに触れておらず、あたかもこの教科書だけが「諸悪の根源」であるかのようないい方になっている。石原慎太郎や橋下徹の件も同じだが、彼らが当選してしまう環境、彼らが期待と支持を集める現状の分析がなされなければ、何の解決にもなるまい。自己の研究活動・社会活動に対する内省的な視点もなく、自己正当化とも受け取られかねない表現でいただけない。また、テッサ・モーリス=スズキ氏は、著書『過去は死なない』(岩波書店、2004年)のなかで、この教科書問題が、まさに教科書の歴史叙述のみを議論の対象としていることを問題視している。現代の歴史認識は、映画やドラマ、バラエティ、マンガ、ゲームなど、多様なメディアの影響によって複合的に形成されているというのに、何を教科書のみに拘泥しているのかというわけだ。教科書記述への固執は、国家による歴史教育こそがこの国の歴史意識において最も根底的、支配的であると逆説的に肯定しているようなものだ。もちろん、教科書がどうあるべきかも大事な論点だが、もう少し視野を広げて考えねばならない気がする。
第二の点も上記と関連するが、
……扶桑社版と同様に、育鵬社版・自由社版の双方に、重大な問題点があるのを見過ごすことはできません。両社版とも本年の検定に合格しましたが、付けられた 検定意見の数がきわだって多いのが注目されます。育鵬社版が150件に自由社版が237件と、歴史教科書全体での平均件数116をいずれも上回っていま す。さらに両社とも、誤記などの理由で多数の訂正申請を文部科学省におこなっており、さらにこの訂正以後もなお史実誤認や間違いが多く残ってしまうという 有りさまです。そもそも歴史研究の成果を教科書叙述に反映する姿勢があるのかさえ、疑問です。……
とのくだりは、文科省による教科書検定の結果を援用して育鵬社版・自由社版教科書の杜撰さを指摘するものだが、歴研は会の公式見解として「国家による教科書検定」を肯定しているのだろうか。かつて家永三郎は、1986年の『新編日本史』が同じように問題とされたとき、「立場は違うが、検定で落ちろとは口が裂けてもいえない」と語ったそうだ。教科書の自由発行・自由採択のために戦った家永らしいエピソードだが、歴研にはそうした気概がないのだろうか。邪推になるが、恐らくこのアピールの起草に関わった会員の何人かは、育鵬社版・自由社版教科書について、「検定で落ちればよい」と考えていたのではないか?
アピール文であるから仕方がないのかも知れないが、これを読んだ学生の3割程度は、「一方的な決めつけになっている」「どっちもどっち」との印象を抱いたようだ。価値観をある程度共有している学界内部でならともかく、いずれにしろ、一般に理解を得られるような内容にはなっていないということだろう。自分自身の問題として、しっかり考えてゆきたい。

ちなみに、上で言及したテッサ=モーリス・スズキ氏は、ぼくの大好きな研究者のひとりなのだが(面識はありません。つまりミーハー)、今回授業準備をしていて、彼女のパートナーがギャンブラーの森巣博氏(本名は鈴木博)だと初めて知った。つまり、お互いがお互いの姓を名告っているのだな。息子さんのエピソードもなかなかにすごい。私生活からしてみごとにポストモダンで、ぼくらとは器が違う。夫婦の間で非常に盛り上がったので、「ぼくも北條=高松勝貴と名告ろうかな」といったら、「いいづらいからやめなさい」と言下に否定されたのだった(「モモも、あなたのような小者に振り回されている場合ではないね」とも…)。
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新学期の喧噪も一段落

2012-04-26 21:25:12 | 生きる犬韜
春休みもないまま新学期に突入し、あれよあれよという間に、ようやくGWとなった。正直、一息つけてほっとしているところである。とくにこの1週間は疲労が蓄積し、非常にケアレスミスが多くなっていた。会議の時間は間違える、授業の何でもないところで誤った内容を喋る、持っていかねばならないものを忘れる…。来週までしっかり休養を取り、そのあとノン・ストップとなる死のロードに備えよう。いただいた抜刷やご著書の礼状も書かねば。

さて、相変わらずの更新度数の低さを保ちつつ、2〜3月の情報も補足しながらこのブログを運営しているわけだが、新学期に入って以降の特筆すべきことといえば、まずはオリエンテーション・キャンプの実施だろうか。上智の初年次教育を代表する恒例の行事で、各学部学科が箱根や八ヶ岳等のホテル、宿舎に泊まり込み、履修ガイダンスやレクリエーションを通じ学生どうし、学生/教員の親睦を深める。主役はとうぜん新入生なのだが、個人的には、同キャンプ各種行事の実質的担い手であるヘルパー(学科の上級生で、新入生の世話役)こそが、真の主役であろうと考えている。新入生の顔をみるのも楽しみだが、毎年ぼくは、ヘルパーの活躍ぶりからその成長を実感できることが嬉しくてならない。昨年度は東日本大震災の影響でオリキャンが中止になったため、今年のヘルパーには、ヘルパーとしてオリキャンに参加した経験がない。おまけに、定員増により新入生の数が増えている。不確定要素が大変多くなっていたのだが、ヘルパー長のSさんはじめ非常に責任をもって事に当たってくれたので、ぼくの関わってきた2007年以降のうち最良のオリキャンになっていたのではないかと思う。ヘルパーたちに感謝したい。

しかしこのオリキャン、もう何十年も同じ施設を利用しているのだが、そろそろ一度再検討をするべきかも知れない。施設自体大変に老朽化してきているし、緊急時の対応も充分ではない気がする。建て増しを重ねた末の複雑な構造や、周囲が崖で逃げ場が少ないことなど、大規模災害時を想定するとマイナス面が強い。大学の予算の問題、施設との関連の問題もあるだろうが、一応意見を提出しておいた。理想をいえば、学科ごとにその特性を活かしたキャンプを企画・運営するのが望ましいだろう。他大学では、さいきんだんだんと実施されてきている。上智でも一時期そういう話が出たのだが、けっきょく教員の負担が高くなるということで沙汰止みになってしまった。学生センターである程度のマニュアルを作り、また制度を整えながら、行き先も含めて学科の自由度を高める段階へシフトしてゆく必要があろう。各学科もオリキャンの意義と重要性を真剣に議論しながら、責任をもってオリジナルの形式を企画・運営してゆくべきだ。もし史学科でやるなら、最初の数年間はぼくが担当委員を務めてもよい。

ところで、プレゼミやゼミ、院ゼミも問題なく始動した。プレゼミの2年生は忌憚なく発言してくれる学生ばかりなので、1年間楽しく運営できそうだ(今から卒論の相談に来る学生もおり、頭が下がる)。ゼミは20名にもなる大所帯。4年生は就職活動のために欠席がちになるだろうが、こちらも論客が揃っているので不安はない。院ゼミも12名と過去最大の人数、西洋史や文化交渉学専攻の院生もいるため、面白い議論が期待できそうである。
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つれづれなる読書

2012-04-10 14:07:32 | ※ つれづれなる書物
やはり、ブログを更新せずにfacebookにばかり書き込んでいるのは、公開性の点からしても問題がある。ブログが滞るのは、まとまった記事を書くには相応の時間が必要だからだが、その制約を破棄すればさほど障害は感じない。リアルタイムな思考の痕跡は、確かにtwitterやfacebookの方が残しやすいが、芸能人のそれが証明しているように、ブログでもできないことはない。今後は、いわゆる「書きっぱなし」のネタもアップしてゆくことにしよう。

というわけで、再度登場となるのが、中村邦生さんの『転落譚』。つい先週までは、電車のなかでもAirを開いてほとんど論文執筆を続けていたので、ようやくちゃんと読む時間を確保できるようになった(といっても電車のなかだが)。何らかの書物の、どこかのページからこぼれ落ちた主人公は、記憶のなかで連鎖する物語の断片を手がかりに、作品から作品へと渡り歩いてゆく。同じようにこぼれ落ちた登場人物たちが、亡霊のようにすれ違い、呟きや主張を交わし合う。そのなかで主人公の思考は、記憶、におい、手触り、さまざまなものへと広がってゆく。そう、これは小説の形を借りた評論なのである。こうした叙述も可能なのだな、とあらためて気づかされるとともに、ぼくもやはり歴史叙述の新しい試みを継続せねば、と(方法論懇話会時代に盛んに考えた)決意を新たにした。まだ読み始めなのだが、興奮したのは「索引」がテーマとなるくだりだ。主人公が物語の登場人物なら、その「物語」が索引である場合もありうるわけである。索引の擬人化とは、いかなる形で表現されるのか。いきなり、『攻殻機動隊』的な世界も立ち上がる。さまざまに想像力を刺激してくれる叙述で、今後のぼくの実践にも影響を与えてゆくだろう。また、面白いくだりがあったら報告することにしよう。

もうひとつ、発売されたばかりの坂東真砂子『朱鳥の陵』も挙げておこう。こちらもまだ読み始めたところなのだが、解夢者の女性が主人公(どうやら稗田阿礼)で、夢合わせを通じ持統天皇の心的世界へリンクしてゆく構成が面白い。これまで、シャーマニックな民俗信仰の世界を採り上げてきた、作者ならではの発想である。『古事記』的世界の形成を扱った物語でお気に入りの作品は、市川森一の書いたラジオドラマくらいだったのだが、これはそれなりに引き込まれて読んでいる。夢については、数年前に春学期を通じて講義したことがあるのだが、現在準備している歴史語り=神話語りの展開とも密接に関連しており、関心のありかが重複しているからかも知れない(単行本はもうちょっとかかりそうだが、夢の部分は4月末〆切の雑誌に載る)。他の作品と比べるのは失礼だろうが、上橋菜穂子の守り人シリーズに近い印象もある。折口信夫の『死者の書』とリンクするシーンにも出会い、心が弾む。こちらも興味を持って読み進めてゆきたい。

…と書いていたら、けっきょくある程度の分量になってしまった。ブログって、やっぱりそういうものなのかな。
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古代史ゼミ・フィールドワーク:玉川上水跡を遡る

2012-04-08 16:23:25 | 生きる犬韜
さて、順番に「予告」を遂行してゆくことにしよう。まずは下の記事から。

2月17日(金)は、古代史ゼミ恒例のフィールドワークを敢行した。参加者は、2年生1名、3年生7名、4年生1名、大学院生3名。今年のテーマは、玉川上水跡の遡上。全行程を走破するのはさすがに厳しいので、上水の終着点である四ッ谷大木戸跡(現新宿三丁目交差点付近)を確認してから電車で明大前へ移動、あとは井の頭公園までひたすら歩き倒そうという計画を立てた。詳細は3年生が協力して準備してくれたが、ゼミ長のN君は、前日に同じ行程を予行演習して歩いたという。まったく、責任感の強いにもほどがある。

集合・出発は上智大学に10:00。ぼくは、9:00過ぎに出勤して学生センターで回覧の書類を処理し、それから学生たちの輪に加わった。まずは、大学から新宿三丁目まで新宿通りを西上。空はきれいに晴れ上がっていたが、風が強く冷たい。夜には雪や雨の可能性ありとの予報が出ていたものの、まあ歩いているうちに降られる心配はなさそうだった。学生たちも身体を丸めつつ、しかし元気よく歩を進めてゆく。新宿三丁目にはかつて水番所が置かれ、上水の水質保持を担い、木樋や石樋を使って江戸城下へ通水していた。現在でも都の水道局新宿営業所が存在し、その一角に上水事業に関する顕彰碑「水道碑記」が建てられている。高さ4.6メートルにも及ぶ立派なものだが、「建碑発起人の遺業を亡妻が受け継いだ」との記述が少し鼻につく。銘文の年紀は明治18年、実際の建碑は同28年。その間の10年間に、いったい何があったのか。
周辺の地形を確かめ、N君の玉川上水全般に関する報告を聞いて、今度は新宿御苑沿いを移動。四ッ谷駅から数100メートルの御苑沿い(すなわち内藤家の屋敷跡)には、玉川上水がせせらぎのような形で復原されている。むろん、かつては舟運があったという滔々とした流れではないが、しばし往事の水の流れを想像した。交換留学生のクレアさんに、「新宿は現在は都心だし、流行の発信地としての面も持っているけど、江戸の感覚でいうと悪所なんだよ」などとよからぬことを吹き込みつつ、京王線によるショートカットを挟んで明大前へ。駅前で昼食を摂り、しばしの休憩。

昼食後は、ただひたすらに上水跡を遡上した。杉並・世田谷区内は、同跡が公園化されており、痕跡を辿りやすくなっている。途中、学生たちの休暇中の出来事に耳を傾けたり、卒論に関する相談などを受けながら、思索を巡らせてゆくのはなかなかに楽しかった。また、上水沿いには、明暦の大火などで紀尾井付近から移転してきた寺社も散見され、紀尾井から出発したのに未だ紀尾井の文化圏、という不思議な情況を呈した。写真の獅子も、そんな神社のひとつ第六天神社にあったもの。名称からすれば恐らく神仏習合の神社で、第六天の魔王を祀っていたものだろうが、神仏分離政策によって、祭神を神代六代にすげ替えたようだ。大正天皇即位の大典記念に造られたという獅子は、まず台座のレリーフに惹きつけられる。向かって左の方は、鞍馬の天狗(鬼一法眼?)が義経に『六韜』を授ける場面、右の方は、熊と山姥と金太郎である。どういうチョイスなのかは分からないが、きな臭くなってゆく列島周辺の情勢を受けて、「健全な小国民」が求められた結果かも知れない。熊の造型など、それなりに味わい深い。子供の獅子がじゃれつく形態も珍しい気がするが、やはり「子宝」に絡んでくる表象だろうか。
さて、杉並も久我山辺りからは公園が途絶え、上水を復活させた流れをみることができる。もちろん、水量は往時の水底くらいしかないが、それなりに雰囲気は味わえるものだ。連続して現れる趣深い橋には独自の構造や名称がみられ、橋詰には橋供養碑、庚申塔なども散見される。かつての屋敷墓の名残か、あるいは惣墓の痕跡か、寛政頃の墓がひっそり佇む光景もみられた。本当に、歴史を学ぶ材料には事欠かない。一方で、都が上水跡を放射5号道路の建設に利用しようとし、それに対する反対運動が展開している現実もみることができた。川を道路に変えるのは都の得意技だが、未だに高度経済成長期と同じものの見方しかできないらしい。

日が暮れかけ、学生たちにも疲れがみえてきた頃、ようやく井の頭公園に到着した。弁財天や稲荷神社を回って、最終的には吉祥寺駅前のルノアールで勉強会。あまりに冷え込んできたので暖かいところへ避難した形だが、下調べをしてきた学生たちの報告を聞き、船が行き来していた江戸期の姿、「人喰い川」と呼ばれ多くの水死者を出したダークサイドなど、おかげで上水の多様な性格をたくさん知ることができた。学生たちに感謝である。とくに、井の頭池の宗教的環境が、不忍池をモデルに構築されたらしいことが分かったのは収穫だった。四ツ谷から武蔵野を遡ってきたのに、辿り着いたところは上野だったのか、と不思議な感覚を覚えた。また、不忍池が琵琶湖をモデルに造られたことを考えると、井の頭池は琵琶湖のミニチュアでもあることになる。池の底が、不忍池や琵琶湖に通じている、といった伝承もあるかも知れない。いや、周辺から縄文期の遺跡が発掘されていることからすると、井の頭池自体の歴史も案外に深い。その深淵へ潜ってみるのも悪くない…池や川、すなわち水は、人を惹きつけてやまないものだが、イマジネーションを刺激する力も強いようだ。この体験を、少しは学生たちも共有してもらえただろうか。

勉強会を終えたあとは、居酒屋へ押し寄せて慰労会。みんななぜか異常にテンションが高く、23:00過ぎまで飲み続けたのであった。お疲れさまでした。
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さらに次回予告:新年度開始に思うこと

2012-04-04 04:33:16 | 生きる犬韜
ずっとブログの更新をさぼっているあいだに、新年度が始まってしまった。未だこちらに時間を割く余裕はあまりないのだが、そろそろ何かしら書いておかねばなるまい、と思い立ち、マイナーアップを行う次第である。

さて、前回も少し書いたかも知れないが、こちらが滞っているのは、2〜3月、ぼくが依頼原稿の山と戦っていたからにほかならない。2011年は某役職を拝命、学科長やセンター長などに比べればそれほど多忙な仕事ではないのだが、自分に処理能力が足りないために、研究活動はもちろん教育活動にまで支障を来す事態となってしまった。結果、役職拝命が判明する以前に引き受けていたシンポジウム、依頼原稿なども、質的悪化や寄稿遅滞を招く結果となり、最終的に2〜3月へ詰め込まざるをえなかったのである。しかも、ふだんなら春季休暇を謳歌しているこの時期も、会議やら何やらで、ほぼ授業期間と同じシフトで出勤している状態。原稿は次から次へと遅れ、もろもろの学会や出版社から矢のような催促を受けて、精神的にかなりダメージを受けることになった。42になる大人として恥ずかしいのだが、メールボックスを開くこと自体が恐ろしい時期もあった。そうしたときに救いになったのは、やはり学生たちと行った玉川上水跡の散策であったり、東洋文庫博物館の見学であったり、立教の異文化コミュニケーション研究科の方々との交流であったり、文化財レスキューであったりしたわけである。おかげさまで現在、竹林舎刊行の『生活と呪術』(「禁忌」を担当)、『アジア民族文化研究』誌、『日本文学』誌、『日本歴史災害事典』の各原稿を脱稿し、一部は校了となっている。2ヶ月で250枚(400字詰換算)くらい書いただろうか。関係各方面には多大なご迷惑をおかけしたが、この情況下でできうる限りのことはやったつもりである。ご容赦を願いたい。しかし、年度があらたまった現在も、多少、旧年度の仕事のやり残しを抱えている(某報告書と、昨年9月〆切の某書の原稿)。こちらは、授業開始前までに?何とかしたい。

ところで、ブログの更新を怠っているうちに、採り上げるべき出来事も山積みになってしまった。前回「次回予告」で触れたことは必ずアップするつもりだが、その後も、下記のような「記録しておくべきこと」があった。こちらは追々、しかしちゃんとアップしてゆかねばなるまい。
3/3  木村茂光先生の最終講義・退職記念パーティ
 /6  四谷キャンパスにおけるバリアフリーを実現するための、教職員共同研究の開始
 /9  文学部研修会にて、文学部棟災害危険度調査の概要を報告
 /22 環境文化研究会仙台例会(上の写真は、このときの様子)
 /23 東北学院大学博物館文化財レスキューへの参加
 /25 日本古代史ゼミ追いコン
 /26 卒業式
 /27 成城大学民俗学研究所共同研究「寺社縁起研究会」での報告
 /28 学内共同研究「Network Studies」開始
4/2  入学式

今年度は、依頼の仕事はできるだけセーブしなければと思っているが、以下のシンポジウム、原稿は「ありがたく」お引き受けした。災害関係シンポと「近代学問」は昨年度までの仕事のまとめになるが、「未来の文学」と「歴史家シリーズ」「交感論」は新分野の開拓になるだろう。無理にでも、自分の新しい扉をこじ開けたい。しかし、そろそろ単行本関係、不義理をしまくっている書評関係もどうにかしたい。また、今から難航が予想されるものの、授業でも新しい試みをしようと考えている。たぶん、史学科でこれまで一度もかかったことがないタイプの講義になるだろう。昨年度の6〜7月の忙しさを思うと質の保持に不安もあるし、そもそも受講者がいるかどうかという心配もあるが、自分にプレッシャーをかけるべきときもある。『法苑珠林』注釈の公開作業も、早急に進めてゆきたい。
・5月   某誌、「未来の文学」
・7月   某学会、災害関係のシンポジウム
・9月   某社、「近代学問の起源と編成」
・年末   上智大学出版会、「歴史家シリーズ」第3弾
・〆切未定 某社、交感論

まあとにかく、目の前のことから順に片付けてゆくしか仕方ない。皆さん、今年度もさまざまご迷惑をおかけすることと思いますが、よろしくお付き合いください。
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次回予告

2012-02-28 15:20:55 | 生きる犬韜
ご無沙汰しております。またまた1ヶ月近くも更新が滞ってしまった。facebookはそれなりに頻繁に更新しているのだが、まとまった記事を書かねばならないブログ(というわけでもないのだろうが、ぼくはそういう縛りをかけてしまったので)はそうもゆかない。
2月下旬には入試業務も一段落し、秋学期の成績評価も一通り終えて、私立大学の教員は概ね春休みに入る。授業のないぶん、ぼくもずいぶんと時間的余裕はできたのだが、職務上毎週何らかの会議が入り、ほぼ授業期間と同じくらい出勤している状態である。ゼミ関係のイベントも幾つかあった。しかし、ブログの更新を阻んできた最大の理由は、依頼原稿の〆切である。2月末までに間に合わせねばならないものが4本あり、そのうちまだ1本しか脱稿できていない。その1本を書き終えるのに、尋常ではない時間を費やしてしまったのだ。まあ、あとはほとんどシンポで報告した内容なので、ストーリーはできている。2月中は無理としても、何とか来週中にはすべて仕上げたいものだ。それを終えるとすぐ、研究会等々での報告が2本控えているので…。いやまったく、休みなしである。

というわけで、ブログを本気で更新できるのはもう少し先になりそうだが、せっかくなので「次回予告」?をしておこう。
まず「次回」は、17日(金)に決行した、恒例の古代史ゼミ・フィールドワーク。今回は、かつて江戸市中に多摩川の水を供給していた玉川上水の跡を、新宿三丁目の四ツ谷大木戸跡から井の頭池まで遡上した。途中、紀尾井付近から火事で移転した寺社もあり、江戸の外にいるのに江戸のなかを歩いているという不思議な感覚。変わった獅子や道祖神にも出逢い、歴史の教材には事欠かない状態。辿り着いた井の頭池は不忍池のミニチュアとあって、川の創り出す輪廻の世界にくらくらした。ゼミ生たちの調べてきてくれた歴史情報にも多くを学び、舟の行き交う往時の姿を思い浮かべたり、「人喰い川」と呼ばれる流れの速さが生む数々の事故や事件を想い出したり…、いやもう妄想?が爆発しどおしであった。やはり、歴史は歩いて回らねば…ということで、詳細は次回。

そして「次々回」は、24日(金)のRECF(Rikkyo Environmental Criticism Forum)参加。いろいろ刺激的な場へ連れていっていただいている野田研一さん、山本洋平さんからお誘いを受け、上智の院生・学生たちと参加。今回は山田悠介さん、中村邦生さんのご報告。山田さんの「変身」をめぐるお話には、英文学でも自分と同じようなことを研究している若手がいる、と頼もしい思いがした。作家でもある中村さんの自由闊達なお話からは、またもや妄想が広がり、いろいろな場面でのシンクロニシティが生じて意気投合。やはり、野田さんの用意してくださる出逢いは刺激的だ。物語から転げ落ちてしまったある「登場人物」が、自分のいるべき「物語」を探して漂泊するという奇想天外な新作『転落譚』も頂戴した。詳細は次々回ということで、乞うご期待。

さて、とにかく原稿を一生懸命書いて、来年度のシラバス書いて、学生センターの書類作成して、ゼミ生のレポートを添削して返却せねば。まったく、生産効率が悪いったらありゃしない。
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