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近江・和田支城Ⅰ 和田谷の中心城郭だった? 和田城を凌ぐ遺構が見どころ

2019-04-24 | 歴史
和田支城Ⅰは甲賀市甲賀町和田にあります。
和田谷に展開する城郭群の一つで、和田川を挟んで和田城の対岸に位置します。甲賀市史【第7巻】甲賀の城によると、城歴や城主は不明ながら、和田氏の城館群の一つと想定されています。
県道51号線の道路余地に駐車して、民家の庭先の細い道を通って城址に向かいます。この道は主郭に祀られている神社の参道で、途中に何本もの鳥居が立っていました。


和田支城Ⅰ 主郭 神社が祀られている。


和田支城Ⅰ 主郭に立つ案内板の縄張図に加筆
参道は狭くわかりにくいので、西側に回って城址に向かいましたが、帰りに民家の間を通る極細の参道を確認しました。


和田支城Ⅰ 登城路は民家の間を抜ける。主郭の神社の参道でもある


和田支城Ⅰ 見事な土塁が残り、主郭内の北東部が一段高くなっている 土塁は一部削られたように見える
主郭の土塁は北側と西側がしっかり残っていました。東側は神社造営時に削りとられたように見えます。南側は半分ほどが削られたようです。主郭内の北西隅は一段高くなっています。この地形は他の城址でも時折見かけますが、往時は城内の神社が祀られていたと考えられるようです。


和田支城Ⅰ 主郭東下の副郭には方形の土壇①が遺されている。右上に主郭
土壇の用途はよくわからなかった。よく見かけるのは社殿の跡だが、ここではどうでしょうか?


和田支城Ⅰ 主郭と副郭の土壇の間の堀切or溝
副郭の土壇と主郭との間には浅い堀or溝が掘られていました。堀切と言うには浅いので、通路だったのかもしれません。


和田支城Ⅰ 西側に続く尾根を断ち切る主郭西下の堀切②
②野堀切は④と違い、城郭遺構としての堀切と見て良いでしょう。④の西側の尾根上に削平地⑤がありますが、現地縄張図では積極的に曲輪とは見ていないような表現でした。


和田支城Ⅰ 西尾根先端部の堀切or切通し道
西尾根の削平地⑤を曲輪と見れば、この地形は堀切を道として使っていると言えそうです。削平地⑤を曲輪と見なければ単なる切通しの道となるでしょう。西尾根方面の防禦が堀切②だけということは考えにくいので、削平地⑤も城郭遺構と見てもいいのではないかと思いました。

現地縄張図の副郭はヤブ漕ぎ状態で曲輪東側の土塁は目では確認できましたが、写真では笹が写っているだけでした。

「甲賀の城」では和田支城Ⅰは和田城の支城というよりも、和田谷の中心的な存在ではなかったかと評価しています。和田城の城域が明確でないので、比較が難しいのですが、どちらも遺構の残りが良くて見どころの多い城郭であることは間違いありませんでした。

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