しなの高原鉄道の日々

安楽マニアのおじさんが一念発起して 開業した「しなの高原鉄道の日々」をご紹介します。

懐かしい写真の日々

2010-09-28 | 昔の写真

先日、鉄道博物館に行って懐かしい国鉄色の車両達に

再会したからと言うわけではありませんが、

高校時代の写真には実物撮影の写真も残っていました。

この当時、カメラをぶら下げて「撮り鉄」の真似事もしていたのですね。

T1906001

東京駅に進入する113系です。

横須賀線のように見えますが?

この日撮りに行ったのはこちら

T1906003

遠くてよく判りませんが157系です。

今でも夏風のお気に入りの電車です。

この後場所を移動しています。

T1906006

東海道線で新橋駅へ着くところのようです。

新幹線も撮っています。

ここで乗り換え。

こちらではこんな電車も

T1906007

クモニ13ですね、東京駅にいました。

当時、東京駅にはこんなホームもありました。

T1906026

荷物電車専用のホームです。

確か有楽町方にあったように思うのですが

記憶が定かではありません。

お目当ての電車の撮影はこちら

T1906009

後ろに貨物ヤードが写っているところを見ると

浜松町の駅のホームのようですね。

T1906010

アップで写真を撮っています。

今度は東海道線の113系、上り電車ですね。

T1906012_2

後ろにモノレールの桁が写っています。

また、東京駅に戻ります。

T1906013

しつこく157系を撮っています。

T1906015

ちょうど、真正面、凛々しいお顔です。

T1906017

ホームに止まっているところでもパチリ

こんな列車もまいります。

T1906024

白黒写真で判りにくいですが

塗り分けラインを見ていただければ

そう、スカ色と湘南色の混色編成ですね。

113系なのにサロはこんな方

T1906025

153系なのか165系なのかよく判りません。

機回し線にはこちらの方が

T1906020

EF15-30です。

牽引しているのは荷物車のようです。

後ろに何が繋がっているのかわかりません。

ホームの方には165系が止まっています。

T1906022_2

停車時間がたくさんあるのでしょうか

機関士さん、降りてきて車外の点検でしょうか?

元気な頃の東京駅の写真でした。

コメント (6)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

夕焼け小焼けの日々-2

2010-09-27 | 情景撮影

前回、夕焼けシーンの撮影について書いたところ

ジュンパパ様から、舞台照明に使う「ゼラ」というものを教えていただきました。

早速、インターネット調べてみると

「東京舞台照明」という会社の「ポリカラー」という製品があることがわかりました。

「東京舞台照明」さんに電話してみると、

「本社の方でも販売しているが日曜日はお休みで、

都内では東急ハンズで販売しています。電気の売り場です。」とのこと。

早速買ってまいりました。

Tr0014818

お教えいただいた#35と、#37です。

手前の薄い色のほうが#35

奥の濃いほうが#37です。

こちらを使って

Tr0014822

こんな風に工作台用の蛍光灯照明をくるんで見ます。

さっそく写した写真がこちら

Tr0014830

空の色が紫色に、

インタネットで読んだ舞台照明の項では

白熱照明で使うことを前提としているので蛍光灯の場合は

色が変わってしまうというようなことが書いてあります。

蛍光灯使用の所為で青みが増してしまったのかもしれません。

二重に巻けばなどと乱暴なことを考え、撮ってみると

Tr0014838

今度はただ赤いだけの世界に逆戻り、

いろいろ試してみます。

今度は白熱タイプのライトに変えて、

空の部分だけに光を当ててみます。

Tr0014861

山にもあたってしまいますが、

かろうじて茜雲の感じが出ています。

Tr0014864

この前と同じようにレイアウトの背面にゼラでまいた充電式ライトを仕掛けました。

やはり、色がきつくなっています。

最後の手段ということで彩度を落としてみます。

Tr0014864c

こちらのほうが実感的かな~

棚田のところでも試してみます。

撮ったままの写真はこちら

Tr0014918

彩度を落としてみると

Tr0014918c

大分らしくなったように思えるのですが・・・・・・

いずれにしてもまだまだです。

もうしばらく試行錯誤してみることにいたしましょう。

先日、隠密様から月夜の写真を頂戴いたしましたが。

続けて 「夜明け」の写真も頂いていました。

掲載が遅くなってしまいましたがご紹介します。

T12847265991

昇ってくる太陽の光が先に朝空に広がっていく様子を

きれいに表現されています。

隠密様 ありがとうございました。

こちらの写真も「頂き物の日々」のページに収蔵させていただきます。

コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

鉄分補給の日々-2

2010-09-27 | インポート

昨日、夜勤明けの後、午前中3時間ほどお休みし、午後からお出かけをいたしました。

学生時代の友人から、久しぶりに会おうというお誘いがありましたので、

どこで会おうかと相談をいたしまして・・・・・

銀座方面なら、「宝石屋さん?」 友人宅の近くなら「博物館?」ということで

こんな電車を見送りまして

Tr0014945

この電車に乗って

Tr0014946t

こんな電車が止まっている駅で降りまして

Tr0014949

こちらへ無事到着

Tr0015005

鉄道博物館です。

夏風は初めて伺いました。

Tr0014957

夏風の大好きな国鉄色

165系の方がうれしかったのですが・・・

こんな機関車もいらっしゃいます。

Tr0014954

ED17 1  です。

館内は暗い感じなのですが

照明の感じが絶妙なのでしょう。

フラッシュなしでもきれいに写ります。

手振れ写真が混ざるのは夏風の腕のせいです。

Tr0014972

ブログでもご紹介したDD13 一つ目小僧です。

この塗装が最初の塗装でしょうか

夏風にはなじみがありません。

Tr0014961

こちらのクモハ40も懐かしいという程には知りません。

懐かしいと言えばこちら

Tr0014983

後ろからですみません。

前から撮った写真は思い切りブレテいました。

車内へはいると

Tr0014985

この扇風機懐かしいいですね

友人とふたりはしゃいでいます。

Tr0014986

もっとも夏風が乗っていたのは103系の方だったような

そしてこの路線図

Tr0014987

武蔵野線はまだありません

東京競馬場前駅もちゃんとあります。

当時、一番長い駅名だったと記憶していますが?

こんなディスプレイも

Tr0014990

「昭和50年頃の車内の様子を再現しています。」

と書いてありました。

夏風もこちらの皆さんと同じ高校生

制服は学生服でなくブレザーでしたが

なんとなく懐かしい雰囲気が。

友人氏が曰く

「やっぱり、こうやって覚えているものを見ている方が楽しいね~」

たしかに、古典の機関車や客車より、日常の記憶にあったものが博物館に入ってしまって

こうして再開できるのは不思議な喜びです。

2階へあがると

Tr0015011

こんなものも展示されています。

80系ですね。

下を見下ろすとやはりこちらが気になります。

Tr0015017_2

「いいな~、国鉄色。」コレばかりです。

Tr0015008

ジオラマの部屋の横では、メンテナンスルームでしょうか

表から見える状態にしてあります。

必要な工具がそろっていて、すばらしい工作室です。

写真に写っている方

列車が並んでいる向こう側のテーブルで

磐越号かなにかの客車を修理されていました。

こんな工作室欲しいな、などと見ていましたら

友人氏が

「ここで働くのってハンダ付けの試験とか、あるのかな~、

あなたの作品ひとつお持ちになってくださいとか言われるのかな~」

などど言っています。

いよいよ「模型鉄道ジオラマ」の部屋へ

Tbr0015021

25m×8mの大きさだそうです。

テーマを決めて運転をしているようです。

本日のテーマは「戦後の鉄道の復興」ということで

「へいわ」にはじまり。「つばめ」「あさかぜ」「こだま」から

新幹線、「カシオペア」にいたるまで

Tr0015025

こんな車両達が走り回りました。

コレだけ大きいとHOなのにNの車両が走りまわっているように見えます。

同時に8編成もの列車が走りまわり、

「欲しいな、こんな大きなレイアウト、欲しいな~」

などと妄想にふけります。

おかげで走行シーンの写真撮り忘れました。

こんな光景にも

Ttr0015023

新幹線、駅進入時に見事に脱線しています。

ポイントの転換ミスのようです。

こんなこともあるんですね。

運転ショーの終了後、先ほどのメンテナンス氏が復旧に出動しておられました。

Tr0015033

屋上へ上がるとこの景色、

1日いても飽きないでしょうね。

このあと、友人氏と二人、赤提灯をくぐって

旧交を温めたのは言うまでもありません。

実は学生時代は模型つながりではありません。

社会人になってから友人氏がヘビーな模型人であることを知りました。

友人氏、前日は銀座の宝石屋さんへ行ってきた模様で

模型談義も盛り上がりました。

しなの高原鉄道を放り出しても、楽しい鉄分補給の日でした。

コメント (8)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

懐かしい車両の日々-番外編2(父の大きなレイアウト)

2010-09-22 | レイアウト

前回、実家にあった大きなレイアウトのご紹介させていただきましたが

今回も続きになります。

父の大きなレイアウト、

確か夏風が小学校4年生のときに実家の一部を改築いたしました。

古い古い台所とお風呂場、トイレなどを直したのですが

父はなんとその2階の部分に専用のレイアウトルームを作ってしまったのです。

母との間でどんなやり取りがあったかはなんとなく想像できますが。

12畳分位の広さのその板の間(当時家族は「いたのま」と呼んでいました。)は

夏風が中学生になる頃まで放置され物置と化していました。

突然、父が片付けをはじめ、材木を買い込んできて

ごそごそ始めたことを覚えています。

今回の写真の頃、夏風は高校生、昭和50年頃です。

製作開始から2~3年が経って、本線関係の線路敷設が終り、

仮の電気配線でがんがん走らせていたことを覚えています。

T1587026

ダブルキャブコントロールで

パワーパックは宮沢の物が2台

後ろに見えているスイッチ盤、

父が16番時代にお座敷運転用として自作したもので

レイアウトの仮配線用に活躍いたしました。

左側には天賞堂製のポイントマシン専用のスイッチが組み込まれています。

このスイッチ、優れものでスイッチのキーを倒した瞬間だけその側が通電し

倒れきった後は接点が離れているよう接点が板バネのようになっていました。

当時のPECOのポイントマシンは今のように金属の枠ではなく

プラスティックのボディーにコイルがおさまっていました。

ちょっと過電流が流れたり、通電時間が長いと

ボディー自体が溶けて曲がってしまい

使えなくなってしまうという恐ろしいものでした。

右側はキャブ選択用のスイッチこちらも大きなサイズのしっかりしたスイッチでした。

このスイッチボードいまだに現役です。

「しなの高原鉄道」開業時に仮コントロールボードとして

三度目の活躍をいたしました。

横に写っている配線図。こちらの写真もあります。

T1587027

判りにくいですが 

メインとなる、複線の本線が上段を周回、

そして2面4線の上部駅、有効帳は20m車16両

当時のブルートレイン15両+機関車、もしくは東海道本線の

15両+荷物車の編成が収まるようになっています。

前回書いた通り内回り本線から外回り本線に渡るリバースを持っています。

前にご紹介した関水の古い20系15両をEF65が牽引して快走していました。

右手のごちゃごちゃした部分が下段の主要駅

こちらは2面3線の停車場に貨物ヤードが併設されていました。

停車場の内、1線はリバースとなっていて

上段の本線に機回しをしないで戻れるようになっていました。

このあたりの基本的な配線は「しなの高原鉄道」に引き継がれています。

T1587013

上段の駅の部分です。

EF65が貨物列車を牽引して止まっています。

キハ20系が止まっている後ろには、先程の配線図には描いてありませんが

ローカル線の駅が併設されています。

T1587011

1面2線の停車場と3本の留置線があります。

この路線は前回写っていた山岳路線となるエンドレスの中央駅となっているほか

写真左側の部分から分岐して下段に降りてくる支線で構成される予定でした。

線路が全通するところまでいかなかったように思います。

T1587014_2

この写真は上部駅の左側

山岳路線はベニヤの路盤が仮に置いてある状態です。

ここまでが夏風が高校時代の写真でした。

他にこんな写真もありました。

それから数年後、父が勤務していた会社の社内誌に

「私の趣味」みたいな欄があって

わざわざ広報の方が取材にみえた時の写真です。

台枠だけだったレイアウトにあわてて、地形らしきものをでっち上げ

主要駅にもホームと跨線橋が出現しています。

写真ですわっているのが父で

たぶん今の夏風くらいの年の頃です。

Tt004

立っているほうが夏風です。(顔ぼかしでごめんなさい)

この長髪、時代を感じます。

父の頭は・・・・・・・

掲載用の写真とは別に広報の方が撮ってくださった写真のプリントが残っていました。

この頃には山岳線の線路も繋がり、トミックスのトラス橋が架けられています。

本当はこの部分に池を作って発電所を立てる予定で台枠を仕込んでいたのですが

急速施工の張りぼて山に隠れています。

Tt008

主要駅の部分のアップです。

機関庫や、詰め所、貨物ホームなども

GMのキットを駆使して作っています。

当時レイアウトの基本部分は父が作っていましたので

夏風は車両集めに専念、一部ストラクチャ作りを行っただけと覚えています。

父と同じ趣味にはまり(洗脳されたのか)、お小遣いはみな、

このレイアウトを走る車両になってしまいました。

母に言わせれば

「お父さんはうまい、いくらお小遣いをあげてもちゃんと自分のところに帰って来る」

などと、笑っていましたが。

このレイアウトがこの世に存在したのが10年くらい

名前を付けられることもなく消えていきました。

このレイアウトあまりに大きくて 父も持て余してしまったのかもしれません。

夏風が社会人になり実家を出た後、実家の建て直しのときに

解体、撤去されています。

残っていたら創りでがあっただろうなと思います。

実は実家の屋根裏が屋根裏部屋のような造りになっていて、そのまま

レイアウトルームに出来るようにしてあるのです。

さすがに、父もその元気を失ったのか安楽マニアを決め込んでいるようですが

「しなの高原鉄道」には絶大なご支援ご鞭撻を賜っております。

たぶん、自分が完成することが出来なかったレイアウトへの思いが

当鉄道へ振り向けられているのだと思います。

そういうことで開業の日のテープカットに主賓としておいでいただくこととなりました。

長々と書いてしまいましたが、

夏風が10年近く共に過ごしたレイアウト

日常の生活まで思い出せる程、この部屋で過ごしていたんだなと

懐かしさのあまり筆が止まらなくなってしまいました。

この辺にしておきましょう。

コメント (10)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

懐かしい車両の日々-番外編(父が作っていたレイアウト)

2010-09-20 | レイアウト

本当は本日、夕焼けの情景撮影の練習の状況を載せるはずだったのですが・・・・・・

ちょっと路線変更です。

懐かしい車両の日々ということで「パンドラの箱」の中をご紹介していますが

高校の同窓会の関係で昔の写真をあさっていたらとんでもない写真を見つけました。

実家にあった大きなレイアウトの写真です。

夏風が中学生の頃から父がコツコツと作っていました。

完成の日を見ることなく実家の建替えのときに解体消滅しております。

当時、夏風は祖母から頂いたオリンパスPEN-FTという名前のハーフカメラをもっていました。

そのベタのなかに写っていました。

懐かしい高校の同級生達の写真の間にかなりの枚数が写っています。

ネガをスキャニングしてみます。

まずは、先日ご紹介したトミーのDD13

T1587030

牽引しているのはGMのキットを組んだ61系客車のようです。

こちらもパンドラの箱に入っています。

T1587017

わざわざ、写真を撮っているということは当時は自信作だったのかな?

T1587021

こちらもGMのキットを組んだ10系寝台車と郵便車のようです。

最後尾はKATOのスニですね。

T1587023

こちらは主要駅の全景ですね。

先ほどの10系寝台急行が写っています。

「能登」のような編成をめざしたのですかね。

一番奥はこちらもすでに紹介した103系のようです。

左手、手前の客車は冒頭の61系です。

貨物ヤードの「チ」たしかPECOの貨車の下回りキットから作った記憶が・・・・

ヤードの手前にはトミーナインスケールの2軸貨車の箱も写っています。

T1587033

列車の先頭を写しています。

10系客車の牽引は関水のEF65、

当時はこの機関車が何でも牽引します。

T1587007

同じ場所です。

左側の蒸気機関車は当鉄道創業時の1号機関車

関水のC11です。

パンドラの箱から出てまいりません。

ジャンク箱(こんなパンドラの箱もあります。)にはいっているかもしれません。

見つけた暁には、しなの高原に静態保存してあげないといけませんね。

上の写真のようにレールはPECOの物を使用しています。

当時まだ、ファイン仕様のものは無く、レールは普通の太さ

道床はスポンジ道床を使用しています。

ポイントマシンの部分ベースの板をくりぬいているのは変わりません。

この、スポンジ道床、時間が経つとボロボロに分解してしまうのが難点でした。

今も製品としてあるのか判りませんが、

今回「しなの高原鉄道」の制作ではこの苦い経験から道床はコルクとしています。

T1587005

先ほどの主要駅部分の奥はこんな感じです。

ゆったりとした曲線(たしか600mm位の半径だったと思います。)の

本線が複線で周っています。

元々、父は16番のレイアウトを作るつもりだったようです。

夏風がNで遊んでいるのを横目で眺めながら

どっちにしようか迷っていたのかもしれません。

そのスペースを使ってのレイアウト、

今考えても非常に雄大なものであったと思います。

左側の部分で一段低いところを単線で通っているのは

内周り線から外回り線へ移行するリバースの線路です。

現在のしなの高原鉄道の配線はこれのパクリですね。

ベニヤ板だけが空中に浮いているところは山岳線

単線のエンドレスになって行きます。

もうちょっと写真がありますので

懐かしい思い出とともに次回も送りしたいと思います。

コメント (6)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする