「重要なのは、憲法や専守防衛の枠内で国民の安全をいかに守るかだ。」
「60日ルール」を使って衆院に法案を差し戻し、与党が再び数の力で成立させることは許されない。衆議院で可決し、参議院に審議の場を移したとして自動的に戦争法案が成立するわけではない。国会外での抗議行動と運動で、安倍、自公政権を退陣に追い込むことで戦争法案を廃案にすることができる。
<北海道新聞社説>安保法制 衆院を通過 平和主義の空洞化を許さぬ
平和主義が重大な岐路に立たされている。
与党はきのう、衆院本会議で安全保障関連法案を可決、衆院を通過させた。特別委員会に続く採決強行だ。憲法学者が違憲性を指摘し、国民の理解も進んでいない。
撤回が筋の関連法案の採決は、数の力を背景とした政府・与党の暴挙と断じざるを得ない。
私たちは今回の関連法案に一貫して反対してきた。
この法案が憲法解釈の恣意(しい)的な変更に基づくものであり、平和主義や立憲主義という戦後日本の土台を変え、国民の将来を危うくしかねないからだ。
法案は本当に国民の安全確保につながるのか。衆院では政府から説得力のある説明はなかった。
法案に反対する民意を重く受け止め、参院審議では与野党の双方が責任を果たすべきだ。
■「専守防衛」から逸脱
戦後日本はおびただしい犠牲者を出した先の大戦への痛切な反省に基づき、専守防衛を安保政策の柱にすえてきた。
日本が相手から武力攻撃を受けたときに、初めて防衛力を行使する原則だ。
これに対し今回の法案は日本への直接の武力攻撃がなくても、政府が「存立危機事態」と判断すれば海外での武力行使を認めた。専守防衛の原則を捨てたに等しい。
戦後日本は、戦争に巻き込まれず、平和を維持してきた。
それは日米同盟の抑止力もあるが、平和憲法の歯止めによるところが大きかったのではないか。湾岸戦争やアフガニスタン、イラク戦争の際、日本は米国などから加担を求められた。だが憲法9条に基づき、限定的な後方支援や復興支援にとどめ、自衛隊員に1人も戦闘による犠牲者を出さなかった。
武力介入で国際紛争を解決できないことはイラク戦争後の混乱した中東をみても明らかだ。いま必要なのは、武力によらず平和な社会をつくることを掲げた憲法の価値を再確認することだ。
■軍拡競争につながる
「国民の命を守り、戦争を未然に防ぐために絶対必要な法案だ」安倍晋三首相はきのうの衆院通過後、記者団にこう述べた。先の衆院審議では「日本が米国の戦争に巻き込まれることは絶対にない」とも発言した。
しかし根本的な疑問が残る。
集団的自衛権の行使を認めれば、米国から将来、新たな対テロ戦争への派兵を求められた場合、本当に拒否できるのか。
岸田文雄外相は国会答弁で、米国の存在が日本にとって「死活的に重要」として、米国への攻撃は集団的自衛権行使の要件に「あてはまる可能性は高い」と述べた。
日本が対テロ戦争に本格的に参画すれば、日本人がテロの標的とされる危険性は高まる。
国民の命を守るどころか、逆に危険にさらすことになる。
安倍政権は「日本を取り巻く安全保障環境の変化」を、新たな安保法制の根拠として挙げている。
首相の念頭にあるのは軍事面で台頭する中国の存在だろう。
2012年の尖閣諸島の国有化以降、中国は日本の領海への公船立ち入りを恒常化させている。自衛隊や海上保安庁の艦船、航空機への挑発的な行動も目立つ。
だがこれに日米同盟の枠組みで対抗すれば、中国に一層の軍備拡張の口実を与えることになる。
経済面では日本も米国も中国との結びつきを無視できない。
中国と共存できる戦略を見いだすべきだ。安倍政権にはその視点が決定的に欠けている。
■廃案へ野党は結束を
首相には、米国に公約した安保法制の「夏までの実現」が民意より重いのかもしれない。
国民にとっては平和の堅持とテロからの安全、軍拡競争の防止の方がはるかに重要だ。安全保障の手段は軍事力だけでない。外交や経済協力など総合的な戦略を通じて強化すべきだ。
野党は参院の審議で、抑止力ばかりに目を向ける政権の狭い視野を正してほしい。
集団的自衛権の行使を認める「存立危機事態」の定義はあいまいで、政権の判断でいくらでも拡大解釈ができる。自衛隊の後方支援での武力行使の可能性など、疑問点は数々残っている。
時の政権が憲法解釈を変更することの危険性を、あらゆる手段を使って指摘するべきだ。
重要なのは、憲法や専守防衛の枠内で国民の安全をいかに守るかだ。参院ではそうした根本論議を求めたい。ましてや「60日ルール」を使って衆院に法案を差し戻し、与党が再び数の力で成立させることは許されない。