月刊「光陽」編集部ー岩槻・光陽書道

・城下町・小江戸、小京都散歩
・古寺・仏教美術巡礼
・光陽書道教室(さいたま市岩槻)の学習・教育日記

東京国立博物館 東洋館 特集陳列 中国の書蹟

2008年06月19日 | つれづれに
東京国立博物館 東洋館 特集陳列 中国の書蹟

第8室 2008/5/8~ 2008/7/6

中国の書跡
唐時代に写された『世説新語』の古い形態を示す国宝「世説新書」をはじめとして、宋から清時代にいたる書の歴史を概観します。蘇軾と交友のあった北宋の趙令畤や、南宋の范成大、元の方回らは、数少ない尺牘の作例です。明時代の中期に活躍した文徴明や、明末清初の王鐸、張瑞図、傅山、また清初の帖学派を代表する劉よう、梁同書や、碑学派の趙之謙らの作品を展示します。


■ 展示作品一覧総計 17件 簡易表示

指定 名称 員数 作者・出土・伝来 時代・年代世紀 所蔵者・寄贈者・
列品番号 備考 展示期間
国宝 世説新書巻第六残巻 1巻 唐時代・7~8世紀 TB-1570 2008/5/8~ 2008/7/6
都尉節使あて尺牘 1枚 趙令畤筆 北宋時代・11~12世紀 高島菊次郎氏寄贈
TB-1210-7 2008/5/8~ 2008/7/6
尺牘「玉候帖」 1枚 范成大筆 南宋時代・12世紀 高島菊次郎氏寄贈
TB-1210-12 2008/5/8~ 2008/7/6
草書尺牘巻 1巻 朱熹筆 南宋時代・12世紀 高島菊次郎氏寄贈
TB-1207 2008/5/8~ 2008/7/6
呂内機学士あて尺牘 1枚 方回筆 元時代・13~14世紀 高島菊次郎氏寄贈
TB-1211-2 2008/5/8~ 2008/7/6
草書詩書巻 1巻 とうとう筆 元時代・14世紀 高島菊次郎氏寄贈
TB-1395 2008/5/8~ 2008/7/6
行書遊天池詩巻 1巻 文徴明筆 明時代・嘉靖17年(1538) 個人蔵 2008/5/8~ 2008/7/6
草書詩書巻 1巻 王鐸筆 明時代・崇禎15年(1642) 高島菊次郎氏寄贈
TB-1258 2008/5/8~ 2008/7/6
行草書西園雅集図記軸 12幅 張瑞図筆 明時代・17世紀 TB-1434 2008/5/8~ 2008/7/6
草書七言絶句軸 1幅 董其昌筆 明時代・16~17世紀 高島菊次郎氏寄贈
TB-1241 2008/5/8~ 2008/7/6
行書五言律詩軸 1幅 王鐸筆 明時代・崇禎17年(1644) 青山杉雨氏寄贈
TB-1387 2008/5/8~ 2008/7/6
草書五言絶句四首四屏 4幅 傅山筆 明~清時代・17世紀 青山杉雨氏寄贈
TB-1612 2008/5/8~ 2008/7/6
行草書陳白沙七絶詩軸 1幅 劉よう筆 清時代・18世紀 高島菊次郎氏寄贈
TB-1413 2008/5/8~ 2008/7/6
行書陸放翁七絶二首軸 1幅 梁同書筆 清時代・嘉慶19年(1814) 市河三鼎氏寄贈
TB-26 2008/5/8~ 2008/7/6
篆書張茂先励志詩四屏 4幅 呉煕載筆 清時代・19世紀 青山杉雨氏寄贈
TB-1625 2008/5/8~ 2008/7/6
隷書三字額 1面 趙之謙筆 清時代・19世紀 高島菊次郎氏寄贈
TB-1582 2008/5/8~ 2008/7/6
端渓硯 1面 明時代・16世紀 矢野一郎氏寄贈
TB-1584 2008/5/8~ 2008/7/6



高村光太郎「書について」から学ぼう

2008年06月19日 | ある日のこと
高村光太郎といえば、彫刻家であるとともに詩人である。
しかし、「書家」といってもいいような仕事を残している。

そしてまた、彼の芸術論には学ぶべき点が多い。
その視点は、「書」論にも及ぶ。

いかに、彼の書論の一文を紹介したい。




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高村光太郎
書について

 この頃は書道がひどく流行して来て、世の中に悪筆が横行している。なまじっか習った能筆風な無性格の書や、擬態の書や、逆にわざわざ稚拙をたくんだ、ずるいとぼけた書などが随分目につく。

   一

 絶えて久しい知人からなつかしい手紙をもらったところが、以前知っていたその人の字とは思えないほど古法帖めいた書体に改まっている、うまいけれどもつまらない手紙の字なのに驚くような事も時々ある。しかしこれはその人としての過程の時期であって、やがてはその習字臭を超脱した自己の字にまで抜け出る事だろうと考えてみずから慰めるのが常である。やはり書は習うに越した事はなく、もともと書というものが人工に起原を発し、伝統の重畳性にその美の大半をかけているものなので、生れたままの自然発生的の書にはどうしても深さが無く、その存在が脆弱(ぜいじゃく)で、甚だ味気ないものである。

   二

 この生れたままの自然発生的な書というものにもいろいろあって、生れながらに筆硯的(ひっけんてき)感覚を多分に持っている人のは、或る点まで立派に書格を保有し、無邪気で、自然で、いい加減な習字先生のよりも遥に優れたものとなる。そういう例は支那人よりも日本人に多く、いつの間にか、性格まる出しの、まねてまねられない、或は奇逸の、或は平明清澄の妙境に進み入り、殊に老年にでもなると、おのずから一種の気品が備わって来て、慾も得もない佳い字を書くようになる。
 そういう佳品を目にするのはたのしいものであるが、さればといって、此を伝統の骨格を持ち、鍛冶(かじ)の効をつんで厳然とした規格の地盤に根を張った逸品の前に持ち出すと、やっぱり免れ難い弱さがあり、浅さがあり、何となく見劣りのするものである。人工から起ったものは何処までも人工の道を究めつくすのが本当であり、それには人工累積の美を突破しなければならないのである。生れながらに筆硯的感覚を持っている人のですらそうであるから、もともとそういう性来を持たない者の強引の書となると多くは俗臭に堕する傾がある。意地ばかりで出来た字、神経ばかりで出来た字、或は又逆に無神経ばかりで出来た字、ぐうたらばかりで出来た字が生れる。世の中にはなかなかそういう書が幅をきかせている。私などもその一人であるが、これではならぬと思ってつとめて天下の劇跡に眼を曝(さら)すことにしているのである。

   三

 書はもとより造型的のものであるから、その根本原理として造型芸術共通の公理を持つ。比例均衡の制約。筆触の生理的心理的統整。布置構造のメカニズム。感覚的意識伝達としての知性的デフォルマシヨン。すべてそういうものが基礎となってその上に美が成り立つ。そういうものを無視しては書が存在し得ない。書を究めるという事は造型意識を養うことであり、この世の造型美に眼を開くことである。書が真に分かれば、絵画も彫刻も建築も分かる筈であり、文章の構成、生活の機構にもおのずから通じて来ねばならない。書だけ分かって他のものは分からないというのは分かりかたが浅いに外なるまい。書がその人の人となりを語るということも、その人の人としての分かりかたが書に反映するからであろう。
 顔真卿(がんしんけい)はまったくその書のように人生の造型機構に通達した偉人であり、晩年逆徒李希烈に殺されるのを予(あらかじ)め知って、しかも従容として運命の迫るのを直視していた其の態度の美が彼の比類無い行草の藁書(こうしょ)類に歴々と見られる。斯(かく)の如き書を書くものは正に斯の如き心眼ある人物である。後年の名筆であってしかも天真さに欠け、一点柔媚(じゅうび)の色気とエゴイズムのかげとを持つ趙子昂(ちょうしこう)の人物などと思い比べると尚更はっきり此事がわかる。書を学ぶのはすなわち造型美の最も端的なるものを学ぶ事であり、ただ字がうまくなる勉強だけでは決してない。お手本や師伝のままを無神経にくり返してただ手際よく毛孔(もうく)の無いような字を書いているのが世上に滔々(とうとう)たる書匠である。

   四

 漢魏六朝の碑碣(ひけつ)の美はまことに深淵のように怖ろしく、又実にゆたかに意匠の妙を尽している。しかし其は筆跡の忠実な翻刻というよりも、筆と刀との合作と見るべきものがなかなか多く、当時の石工の技能はよほど進んでいたものと見え、石工も亦立派な書家の一部であり、丁度日本の浮世絵に於ける木版師のような位置を持っていたものであろう。それゆえ、古拓をただ徒(いたずら)に肉筆で模し、殊に其の欠磨のあとの感じまで、ぶるぶる書きに書くようになっては却(かえっ)て俗臭堪えがたいものになる。今日所謂(いわゆる)六朝風の書家の多くの書が看板字だけの気品しか持たないのは、もともと模すべからざるものを模し、毛筆の自性を殺してひたすら効果ばかりをねらう態度の卑さから来るのである。そういう書を書くものの書などを見ると、ばかばかしい程無神経な俗書であるのが常である。最も高雅なものから最も低俗なものが生れるのは、仏の側に生臭坊主がいるのと同じ通理だ。かかる古碑碣(ひけつ)の美はただ眼福として朝夕之に親しみ、書の淵源を探る途(みち)として之を究めるのがいいのである。

   五

 羲之(ぎし)の書と称せられているものは、なるほど多くの人の言う通り清和醇粋(じゅんすい)である。偏せず、激せず、大空のようにひろく、のびのびとしていてつつましく、しかもその造型機構の妙は一点一画の歪みにまで行き届いている。書体に独創が多く、その独創が皆普遍性を持っているところを見ると、よほど優れた良識を具(そな)えていた人物と思われる。右軍の癖というものが考えられず、実に我は法なりという権威と正中性とがある。献之になるともう偏る。恐るべき力量は十分ありながら、父の持っていたような天空海闊(てんくうかいかつ)の気宇に欠ける。それ以後の百星に至っては、おのおの独自の美を創(つく)り出していて歴代の壮観ではあるが、それぞれ少しずつ末梢(まっしょう)的なものを持っている。

   六

 書はあたり前と見えるのがよいと思う。無理と無駄との無いのがいいと思う。力が内にこもっていて騒がないのがいいと思う。悪筆は大抵余計な努力をしている。そんなに力を入れないでいいのにむやみにはねたり、伸ばしたり、ぐるぐる面倒なことをしたりする。良寛のような立派な書をまねて、わざと金釘流に書いてみたりもする。書道興って悪筆天下に満ちるの観があるので自戒のため此を書きつけて置く。

底本:「昭和文学全集第4巻」小学館
   1989(平成元)年4月1日初版第1刷発行
   1994(平成5)年9月10日初版第2刷発行
入力:門田裕志
校正:仙酔ゑびす
2006年11月20日作成
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