日本文字文化機構文字文化研究所
人の形から生まれた文字〔4〕
説明手首から先の、五本の指を開いた形で、「て」の意味となります。
用例「挙手」(きょしゅ:てをあげること)・「手柄」(てがら:人にほめられるようなりっぱな働き)・「手綱」(たづな:馬をあやつる綱)。
解説五本の指を開いた片手の形で、人の手の形を表しています。
『又』
2画〔

〕(ユウ・また)
説明「又(ゆう)」は指を出している右手の形で、「右」という意味の字の最初の形です。のちに右手の又に、神への祈りの文である祝詞(のりと)を入れる器の「口」(もとは

の形)をもつ形の「右」の字がつくられ、「右」の意味の字として使われるようになりました。「又」はのちに副詞の「また」、動詞の佑助(ゆうじょ:たすける)の意味に使い、左右の「右」の意味には使われなくなりました。
解説=右の手の形で、手の働き、動きを示して他の要素と組み合わせて多くの字を作っています。又は右手を表し、「右」とは祝詞を入れる器の

をもつ手であり、「左」は呪具の「工」をもつ手とされています。
物事を「左右する」とは、神の計らいであり神に尋ねる行為でもあります。
(会意)又(ゆう)と口(こう)とを組み合わせた形。
説明「又(ゆう)」は右手の形で、右手です。「口」のもとの形は

で、祝詞(神への祈りの文)を入れる器です。
神は奥深く、暗いところに姿をかくしているのです。その神をたずね、神に出会って神のたすけを求める方法として、右手に神を呼び寄せる祈りの文を入れた器の

を捧げ持ち、神のいるところを尋ねるのです。右は、もとは神を尋ね、神に会うための方法を示している字なのです。「左」も神を尋ねる方法を示している字です。
用例「座右」(座席のみぎ。そば)・「右折」(みぎに曲がること)。
解説右手に祝詞を入れる器の

をもつ形。左右とは、この左右をもって神を尋ねるので、もともと神事の用語ですが、のち手の左・右の意味に用いられるようになりました。
(会意)
(さ)と工(こう)とを組み合わせた形。
説明「

」は左手の形で、左の最初の形です。「工」は神に仕える人が持つまじないの道具(呪具)です。
神は奥深く暗いところに隠れているので、その神のたすけをえるためには、神のいるところを尋ねあてなければなりません。そのために左手に神を呼びよせるおまじないの道具の「工」を持ち、祈って神のいるところを尋ねることを示しているのが「左」の字です。「右」が神を呼びよせる祈りの文を入れた器の口(もとの形は

)を右手に持って、神のいるところを尋ねるのと同じように、「左」も神をたずねる方法を表している字です。「左」は左手に「工」を持つ形ですから、「ひだり」の意味に使います。「左」と「右」はもと神に祈る行動でしたが、のち人のために祈ることから、「左」と「右」にはともに「たすける」という意味もあります。
尋(たずねる)という字は、もとは「探」の形に作ります。「左」と「右」を上下に組み合わせた字が

(じん)で、尋ね人のように、人をたずねるという意味に使われますが、神のいるところをたずねるというのがもとの意味です。
用例「左右」(ひだりと、みぎ)・「左傾」(さけい:ひだりに傾くこと)。
解説「右」をご参照ください。
第18回 人の形から生まれた文字〔4〕
- 篆文

(会意)「又(ゆう)」と「一」とを組み合わせた形。
説明「又(ゆう)」は右手の形です。これに指一本という意味の「一」を加えて「寸(すん)」が作られました。寸は手の指一本の幅のことです。
手の指をひろげたときの親指から中指までの長さが尺ですが、尺の十分の一の長さが寸です。指一本の幅の長さは短いですから、寸には、「わずか、すこし」の意味があります。
用例「寸暇」(すんか:わずかなひま)・「寸土」(すんど:すこしの土地)・「寸法」(すんぽう:長さ)。
解説=指一本の幅を寸(すん)といいます。親指と中指とを広げた形は「尺」(しゃく、その十分の一が寸)。両手を広げた長さを尋(ひろ)といい、手指を四本並べた幅はわが国の「つか」にあたります。
説明「又(ゆう)」は右手の形です。右手と右手を組み合わせて、手を取り合って助け合う意味になります。また助け合う人間関係の「とも、ともだち、なかま、兄弟」の意味になり、また「したしむ、まじわる」という意味にも使います。
用例「友好」(ともだちとしての仲のよいつきあい)・「友情」(ともだちとして相手を思う心)・「親友」(特別にしたしいともだち)。
解説=金文の字形は、「双(そう)」のように二又を並べ、下に盟誓(めいせい)の器である「曰(えつ)」を加えた形に作ることが多いのです。盟誓の器である「曰」の上に双方の手をおいて誓う形式は、外国などで聖書の上に手を置いて宣誓する(誓い合う)ような意味を示す字でしょう。
『上』
3画(ジョウ・ショウ・うえ・うわ・かみ・あげる・あがる・のぼる)小学1年
(指事)掌(てのひら)の上に上を示す点を加えて、上の意味を示します。
説明甲骨文字と金文の字の形は掌を上に向け、その上に点を加えて、「うえ、うえのほう」の意味になります。
下は掌を下に向け、その下に点を加えて、「した、したのほう」の意味になります。
漢字では、上と下を掌の上と下で表して、「上」と「下」の字を作りました。そして「上」は掌の上という意味だけでなく、すべてのものの「うえ、うえのほう」の意味になり、「上」に「あがる、あげる、のぼる」の意味にも使われるようになりました。また人間関係では、「めうえ、うえの地位にいる人」をいうようになり、時間では、「はじめ、むかし」の意味に使われます。
「下」も上と同じように、その意味が広がって使われるようになりました。
用例「地上」(土地のうえ)・「上昇」(うえに昇ること)・「上旬」(一か月のはじめの十日間)・「上着」(重ねた衣服のうち、うえに着たもの)。
『下』
3画(カ・ゲ・した・しも・もと・さげる・さがる・くだる・くだす・くださる・おろす・おりる)小学1年
(指事)掌(てのひら)を伏せ、その下に下を示す点を加えて、下の意味を示します。
説明甲骨文字と金文の字の形は、掌の下にものがあることを示す形です。漢字は掌の上と下によって、「上」と「下」の関係を示しているのです。「上」の字の説明も見てください。
用例「地下」(大地のした)・「落下」(したのほうに落ちること)・「下降」(程度の低いほうにさがること)・「下車」(車をおりること)
第19回 人の形から生まれた文字〔4〕
『止』
4画(シ・とまる・とめる・とどまる)小学2年
説明=趾(あしあと)の形です。甲骨文字の左のほうが右足の足あと、右のほうが左足の足あとでしょう。止(し)は歩(あるく)の字の上半分です。
また「之(ゆく)」の字と甲骨文字は同じ形です。足に力を入れてしっかり趾をつけることから、止は「とまる、とめる、とどまる」という動詞の意味に使われるようになり、名詞の「あしあと」の意味の字として、「止」にあしへんをつけた「趾」の字が作られました。
用例=「静止」(動きをとめて、じっとしていること)・「中止」(途中でやめること)。
解説=U字の形がかかとの形で、

と

の字形は親指を表し、ここに力を入れて止まることを象徴的に表しています。『説文解字(せつもんかいじ)』は「止」・「之」をともに草木が初めて生える形であると解しますが、いずれも「趾」の形です。「止」・「之」はともに前に進むことを表す「趾」の形。趾の形で足の動作を表現しているのです。
左と右の足あとを上下に連ねた字が「歩(ほ)(

)」で、「あるく、すすむ」の意味です。
「正(せい)」は「一」と「止」を組み合わせた字で、甲骨文字(

)や金文(

)の字形では「一」は囗(い)(都市を取り囲む城壁)で、都市を攻めて征服する意味です。
征服者の行為は正当とされるので「ただしい」という意味になります。このように「止」は、どちらかといえば「とまる」というよりも「すすむ」(之)という意味に使われることが多いのです。甲骨文字のU字の下に水平の線があるのは足あとの止まっている状態を示していると思われます。走り幅跳びなどの測定の際に踵(きびす)の下を印とするのと同様に考えてもよいでしょう。
説明趾(あしあと)の形です。足あとの形によって足の動きを表しているのです。之(し)は止(し)と甲骨文字の形は同じですが、之は「ゆく、すすむ」の意味に使われ、止は「とまる、とめる、とどまる」の意味に使われます。
用例「之往」(しおう:ゆくこと)・「之適」(してき:ゆくこと)。
解説「止」の解説をご参照ください。
『歩』
8画(ホ・ブ・フ・あるく・あゆむ)小学2年
(会意)左足と右足の足あとの形、また右足と左足の足あとを前後に連ねた形。
説明足の動きを表す足あとの形を前後に連ねて書いて、前に「あるく」、前に「ゆく」という意味になります。足あとの形が「止」と「少(

)」の形になり、「歩(

)」の字の形になっています。
漢字では、「上」と「下」を掌の上と下で表して、上と下の字を作りました。そして「上」は掌の上という意味だけでなく、すべてのものの「うえ、うえのほう」の意味になり、上に「あがる、あげる、のぼる」の意味にも使われるようになりました。また人間関係では、「めうえ、うえの地位にいる人」をいうようになり、時間では、「はじめ、むかし」の意味に使われます。下も上と同じように、その意味が広がって使われるようになりました。
用例「徒歩」(乗物に乗らず、足であるくこと)・「進歩」(よいほうに次第にすすんでゆくこと)・「歩合」(ぶあい:ある数の他の数に対する割合)。
解説甲骨文字では、左右の足あとの形が前後に二つ連なって、歩くという動きを象徴的に表しています。
『足』
7画(ソク・あし・たりる・たる・たす)小学1年
説明上半分の「口(こう)」の形は、脚の膝の関節の部分です。下半分の「止」は足あとの形で、足のかかとから指までを表しています。足の形全体を写すのではなく、膝と足先を組み合わせただけの簡単な形で、「あし」という意味の漢字が作られています。手も手の形全体を写したものではなく、手首から先の五本の指だけで、「て(手)」という意味の字であるのと同じような字の作り方です。
「足」は「あし」の意味のほかに、「たりる、たる、たす」の意味に用います。
用例=「足跡」(そくせき:あしあと)・「素足」(すあし:くつしたなどをはかないあし。はだし)・「補足」(不足を補いたすこと)。
解説=「止」は足あとの形で、上部の「口」は膝頭(ひざがしら)の関節の部分を表します。金文(きんぶん)の字形では、関節らしい形がよくわかります。足の字は、膝から下の足全体を象徴的に表しています。
- 金文

- 篆文

(象形)両手を振って走る人の形。
説明=上半分は「大(正面から見た人の形)」に似ていますが、片手は斜めに上げ、片手は斜めに下げて、頭を少し前に傾けています。これは人が走っている形です。下半分は「止」(「之」と同じく趾〔あしあと〕の形で、ゆく、すすむという意味があります)で、走ることを強調しています。全体として、手を振って走る形ですから、いっしょうけんめいに「はしる、ゆく」という意味になります。
用例=「走行」(はしること)・「競争」(はしって速さを競うこと)。
解説=人が左右の手を振って走る形。走の上部は人が手を振って走る形の「夭(よう)」、下部は「止(足あとの形)」で走ることを強調して表しています。今の走の上部は簡略化されて「土」になっていますが、古い字形では「夭」と足あとの形です。
(会意)夭(よう)と
(しゅう)とを組み合わせた形。
説明「夭(よう)」は「走」の上半分と同じ形で、頭を少し前に傾け、左右の手を振って走る人の形で、「はしる」の意味になります。「走」は下に「止(〔ゆく〕〔すすむ〕という意味があります)」を加えて「はしる」という意味を強調しています。

(しゅう)は「止(足という意味)」を三つ組み合わせた形ですから、足が三本となり、「走」よりも「はしる」という意味がさらに強められます。それで「奔」は「はしる」という意味のほかに、「はやい、にげる」という意味に使います。
用例=足が三本もある人はいませんが、足三本を加えて「速く走る」という意味の字が作られているのです。
解説=足が三本もある人はいませんが、足三本を加えて「速く走る」という意味の字が作られているのです。
金文(きんぶん)に「夙夜奔走(しゃくやほんそう)す」という語があり、それは朝早くから夜中まで祭祀(さいし)、祀(まつ)りごとに努めるの意味です。その祀(まつ)りごとに努めはげむときの足早な歩き方を「奔走」といいます。