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出雲康雅先生の「西行桜」の舞台写真

2018年02月11日 | 会員写真ギャラリー

毎年、2月に開かれる喜多流能楽師「出雲康雅の会」。
今年も2月3日(土)午後2時から
東京・目黒にある喜多六平多記念能楽堂で開催された。

狂言は大蔵流・人間国宝の山本東次郎師の「惣八」。
右手に包丁、左手に真魚箸を持って
真魚板に乗せた真鯛や鯉を中世の料理作法に則って見せる所作が
見事で、まさに闊達自在の名人の境地であった。

続いて早春ではあるが、
老木の桜の精が春の宵を惜しんで舞う閑寂の舞「西行桜」。

桜の花を載せた作り物の引き回しが下がると尉面を掛けたシテが姿を現す。

「埋もれ木の人知れぬ身と沈めども心の花は残りけるぞや……」と
澄み切った声の謡が流れると、そこは春爛漫に咲く値千金の風情。
朽ち果ててゆく老木の儚さも同時に感じさせる最良の舞台だった。
(写真と文章:神田佳明)




能「西行桜」について簡単な解説
作者は世阿弥。
「西行桜」というタイトルながら歌人として名高い西行は脇役=ワキで
主役=シテは上述の通り桜の老木の精。

ひとり静かに桜の花を愛でようとしていた西行が
無粋な花見客の到来を迷惑がり
「花見んと群れつつ人の来るのみぞ あたら桜の咎にはありける」と和歌を詠む。
月夜の晩となり西行の前に「桜には咎などない」と朽ちた桜の老木から
白髪の老人の精が現れ、西行と桜の老木の精との間で問答が交わされ
行く春の宵のひとときが二人で共有される。
老桜の精は歌人・西行の知遇を得たことで成仏を遂げ、静かに消えて行く。
(和歌には徳があり、和歌の功徳によって人間のみならず草木までもが
成仏を得ると中世では考えられていたそうです。)

桜の精をイメージ通りの若い美女や美少年ではなく
うつろいゆく儚い美の象徴として老人としたところに
この曲の最大の魅力が集約されていると言われております。
(管理人 記)



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