躑躅ヶ崎館と呼ばれる武田氏館跡の散策を楽しみませんか?

2022-11-26 16:26:35 | イベント
このところ、紅葉が深まる館跡のご紹介を記事に連投いたしました。
甲府市北部は、ちょうど見頃の最後を迎えつつあります。
土曜の本日は、朝方少し小雨の時間もありましたが、
何とか回復して神社参拝者で賑わっていました。
七五三や結婚を迎えられる新郎新婦の記念撮影が鮮やかに色づいた
紅葉を背景にあちらこちらで行われていました。
寒暖差がゆるいので、例年より色付きが悪いのですが、
都内から信玄ミュージアムにお越しいただいた方には
十分きれいで楽しめますよ、とお褒めいただきました。

そして、明日は、先日告知いたしました躑躅ヶ崎歴史案内隊が
神社境内となっています主郭内で皆さまをご案内すべく準備を
整えてお待ちしています。
紅葉を鑑賞しながら、歴史も学べますので、散策が2倍楽しめます。
お時間のある方は、ぜひ、お声がけください。
詳しくは公式Twitterへ https://twitter.com/koufusamurais


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秋の古城園に忍者発見、そして戦国の忍び🌙

2022-11-25 18:22:39 | 紹介
秋が深まってきましたが、これまで旧堀田古城園の庭で活動していた
生き物たちもそろそろ冬の準備に入っているはず。
そんな古城園では、見学者の傍らでひっそりと息を潜めて生活している忍者
たちがいます。
今月上旬の暖かな頃まではお見かけしたいつものカエル君1号。
これはすぐにわかりますよね。

竹筒に同化しているので、本人的には隠れているつもりでしょうけど、
丸見えですよ。
姿が見えないため、寒くなってきたので一足早く冬眠かな。

ではこちらはいかがでしょうか?
下の写真の中に忍者のように潜む昆虫が1匹います。わかりますか?
晴れて暖かな日差しが降り注ぐ樹木に同化して獲物を狙っているようですが、
よく見ないと気が付きませんでした。


写真の中央をよく見てくださいね。
緑色のアラカシの葉と同化して、身を隠しています。
忍法隠れ蓑の術、を使ったカマキリ君です。
カマキリの寿命は短いようですし、寒さが増してきましたので、
最後のハンティングでしょうか。


そして、夕方には小さなカエル君が冷たいタイル貼りの上にじっとしていました。
竹筒のカエル君1号は早々に姿を見せなくなりましたが、この子はどうした?
寒さで身動きも鈍く、すぐに捕獲。
さすがに寒さが気になったので、落ち葉の陰に避難させましたが、
明日の暖かい時間には、冬眠場所を見つけて次の春に備えて欲しいところです。

さてさて、古城園に生きる小さな忍びたちの写真をご覧頂きましたが、
こちらは戦国の世を生きた、本物の忍びの話。

よろしければ、こちら↓もご覧ください🙇

超人的身体能力、また主から受けた密命を少数精鋭で、冷静沈着に実行していく忍び・・・
そんなイメージとは、少し違った、戦国の忍びたち。

忍びは、多くの場合、忍び戦術担当の足軽で、
その内訳は、町人・百姓の出身だったり、元・悪党だったり。
また、戦国の世は、飢饉や災害の多い時代でもあり、
故郷を捨てた流浪の人たちも、忍びとして雇われていたと言われています。

任務は情報収集、略奪、放火、殺人など、危険で非情なものばかり。
彼らの多くが非正規・臨時雇用で、
お給料は当座の契約金や支度金、寄親からの同心給、
罪人であれば、その罪の免除または軽減が約束されました。
任務が完了すれば、金銭による成果報酬と、略奪物があれば、それは本人所有に。
どんな成果を上げても、知行地を与えられることはなかった・・・ようです。

でも、信頼関係がなければ難しいのでは(!?)という任務の記録も残っていて。
たとえば、上杉謙信から北条氏に乗り換えた「本田どの」は、
北条氏による葛西(かさい)城(現在の東京都葛飾区)忍び取り作戦において、
素性を明かさずに後方支援を担当。
陣営トップは、忍びが潜入していることを、
さすがに知ってはいるけれど、それが誰だかわからない。
「本田どの」がその気になれば、北条氏を裏切って、陣営を撹乱することも簡単。
そう考えれば、大将と忍びの頭領との信頼関係があってこその機密作戦。

また、「身の丈七尺二寸(2m16cm)」の伝説の「風魔」率いる一党は、
伊勢宗端(北条早雲)の代より、およそ100年北条氏に仕えたと言われる忍び。
北条氏の文書にもその名が登場する、「風魔」のモデルの一人「風間出羽守」は、
武装集団を組織し、岩付城(現在の埼玉県さいたま市)前線警護をまかされ、
夜になれば、加勢もされたという記録も残っています。

甲斐を混乱に陥れた天正壬午の乱(1582年)において、
「その身の処しようは、まるでスッパ」と批判されたのは、
徳川家康を、富士山麓の中道往還を通って甲府に案内し、
おそらく、それがきっかけで、徳川の旗本に取り立てられた、本栖湖のほとりの小領主。
その名は渡辺囚獄佑(ひとやのすけ)、本名、守。

「囚獄佑」とは聞き慣れない名前ですが、
これは律令制下、獄舎の管理と刑の執行を担当した役職のこと。
その名のごとく、渡辺氏は、甲駿の境、本栖の関所において、
駿河の情勢を見張り、不審者あらば捕縛し、関所の牢屋に投獄。
塩の運搬人もしていたようですが、同時に富士講の御師(おし)(※)でもあり、
自然、諸国の情報にも通じていたはずで、その仕事は確かに忍びそのもの。
(※)御師は、富士講の指導者であり、信者の案内役、宿舎の提供者でもありました。

忍びに課された非情な任務は、戦の命運を時に握る。と同時に、
忍びへの軽蔑の種となり。
それがどうやら戦国の忍びが置かれた立場であり、
忍び自身がそれをどのように捉えていたのか知るよしもありませんが・・・
武田軍が上野厩橋(現在の群馬県前橋市)を侵攻した時、
投入された200人の忍びが全滅したという記録もあって、
忍び戦術の成功率もどの程度だったのか。
それでも、結果的に、武士さながら、命がけで任務に取り組んだ忍び。

そして、戦続きの世において、戦国大名は敵将との全面対決をなるべく避け、
戦力を温存、飢饉や災害に悩む領国の負担の軽減にも努めたワケですが、
そのための戦略・調略も、忍びの働きあってこそ・・・!

闇の中にも一筋何か光ってる。
そんな彼らの姿が、泰平の世、庶民が憧れる影のヒーロー、忍者🌙を生んだのかもしれません。
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変わりやすいお天気で

2022-11-22 17:00:28 | イベント
今まで穏やかな晴れの日が続いてきましたが、ここ数日は不安定。
今日も晴れたり曇ったりと、なかなか落ち着かない甲府のお天気です。
武田氏館跡西曲輪紅葉は、ひとまずキープ状態で、まだまだ見頃でございます。
北側の枡形虎口(ますがたこぐち)
ちょうど日差しが戻ったところで赤・黄の紅葉をキャッチ
その下はモミジの葉の絨毯です。
写真が悪く、赤の発色がキレイにお見せできずにすみません。

本日は休館日でしたが、そんな時にしかできない定期清掃を行いました。
夏から多くの方にご来館いただいていますので、
普段の清掃では行き届かないところや、高所なども含めての一斉清掃でした。
お昼すぎまで晴れてくれたので、床や通路タイルのウォッシャブル清掃も
乾燥が早く済んで大助かり。
一通り終わり、キレイになったミュージアムで明日からまた皆さまをお迎えします。
後片付けと戸締まりで見回りをしていると、またまたニャン発見。
今日は元祖母ニャンが日なたぼっこ中だったらしく、のんびり丸まって寝てました。
夕方近くで曇り空になってましたが、起こしてしまってゴメンね。
起こされてちょっとご機嫌ナナメ?
と思いきや、スッと起き上がっておいでやすの構え。
母ニャンにしばし話を聞いてもらってましたが、
話がつまらなかったのか、あくびしながら眠そうだったので
お別れして、さて戸締まり戸締まりと。

下の写真がこの前アップした「お兄ちゃん」と呼んでいる息子ニャンです。
白とトラの配合は違いますが、まさしく親子。
仲良く休憩場所を時間でシェアしているみたいです。

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秋雨明けの甲府。紅葉も進んでます。

2022-11-21 10:01:57 | イベント
11月に入り、お天気続きで乾燥していた甲府ですが、
昨日午後から降りだした雨が久々にまとまって、
今朝はやや温かなしっとりとした朝を迎えました。

紅葉も進み、赤や黄色の景色が楽しめますが、
早く紅葉した木は、この雨で葉を落とし、一足早く冬支度です。
お天気は回復に向かうようですが、まだどんよりした状態で、
武田神社は人影は少なく、静かな朝です。

今年は、寒暖差が緩やかなせいか、紅葉が今ひとつ。
色付きもですが、一斉ではなく、樹種や位置によってバラつきがみられます。
逆に考えれば、まだまだこれからという樹木も多く、長く紅葉が楽しめる、
そんな状況です。
隠れ紅葉スポットの武田氏館跡西曲輪では、木によっては鮮やかな色彩で
散策者の目を楽しませています。
天文20年(1551)に増築された武田義信の新居だった西曲輪。
大正8年(1919)に武田神社が創建され、神社外苑として位置づけられ、
県民から多くの献木があったそうです。
その木が母体となって現在の西曲輪の景観が形成されています。

外敵から見を守る土塁の上も見事な紅葉中。
歴史的には西曲輪の構造こそが武田氏の時代に面影を
一番良く残している場所でもあります。

武田氏館跡を散策するには一番良い季節です。
11月5日に散策会を開催しました折、ご一緒させていただいた
躑躅ケ崎歴史案内隊の皆さまも案内の活動中です。
今月は、11月27日(日)に皆さまをご案内仕るべく、
神社境内となっています主郭内にて陣を張り、皆さまをお待ちしています。
今回は、武将2名にて受付をお待ちしています。
公式twitterアカウント(@KoufuSamurais)で告知
お知らせや雨天中止も含め、twitterへお問い合わせください。
この季節の史跡散策をぜひ、お楽しみください。

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企画展第2弾 もうすぐ終了です。

2022-11-19 17:27:50 | イベント
このところ、一段と朝夕の冷え込みが増してきましたが、
日中は好天に恵まれ、暖かな日が続いています。
11月半ばを過ぎた週末は、武田神社へお参りする
七五三のご家族も多く見受けられます。
日が落ちるのも早くなりまして、
気がつけば最終入館時間の16時30分を過ぎる頃には暗くなり、
敷地内も17時前にはライトアップ。
もみじも赤と緑が入り混じってます。
そして、ニャンも出動。
こんばんは、お兄ちゃん。冬に向けて脂肪を蓄え中らしく、少しまるっとして。

珍しく超接近しても逃げ出さず、パチリと写真に収まってくれました。

さて、来春は武田信玄公が亡くなって450年の節目を迎えます。
今年は、その周知を図るために没後450年カウントダウンとして
4月から企画展を開催してまいりました。
現在、10月19日(水)から「名将武田信玄と名臣山本菅助」
テーマ2「神格化された武田信玄」を開催しています。

特別展示室では、信玄公を描いた絵画資料などを中心に
なぜ、数多い戦国武将の中でも認知度が高いのか、あるいは、
なぜ、信玄公を描いた絵画などが多いのか、などなど
山梨県で信玄公と敬われる理由も含めてご紹介しています。
その企画展も11月21日(月)までとなりました。
恵林寺所蔵で、江戸時代に甲斐国で唯一在国した殿様だった
柳沢吉里が描いた武田信玄像など貴重な資料を展示しています。
紅葉も深まる甲府を散策しながら、ぜひお立ち寄りください。
お待ちしております。
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