武田二十四将ドラフト会議 7月末時点の指名状況

2021-07-31 20:01:39 | イベント
連日暑い日が続きますね。
当館周辺を縄張りにしている猫様親子も暑さにぐったり(=^・^=)

珍しく旧堀田古城園の軒先でのんびりゴロゴロとお昼寝。
いつもは警戒心も強く、母ニャンはわが子を守ろうと近づく者を容赦なく威嚇
するのですが、暑さには勝てずに親子とも無防備な姿。
来館者の方々が近くを通っても起き上がらず、子どもたちが騒いでも爆睡中。
近づいても起きないので、一瞬死んでいるのかと思うくらいでした。

日陰とはいえ、コンクリートの上で熱中症にならないかと心配してしまいます。

オリンピックも連日様々な競技が開催されていますが、屋外競技の選手は本当に
大変だと思います。
甲府も例年ほどではないにせよ、毎日30度越えの酷暑が続き、少しの距離ですが、
武田神社を参拝されてミュージアムまで歩いてくるのも大変そうな様子です。
ご来館される方も入館時に「涼しい!」と、歓喜する声もよく聞かれます。

さて、信玄ミュージアム夏季企画として、武田二十四将ドラフト会議を開催中で、
7月21日の開始から10日目を迎え、月末になりましたので、途中経過をお伝えします。
まだまだ序盤戦ですので、今回は上位3名まで発表します。
前線部隊にエントリーされている13人の武将のうち、
第1位 山本菅助  216票
第1位 真田昌幸  216票
第3位 原 虎胤   57票
主力部隊にエントリーされている14人の武将のうち、
第1位 山県昌景  156票
第2位 馬場信春   92票
第3位 春日虎綱(高坂昌信)71票
本陣にエントリーされている11人の武将のうち、
第1位 武田信繁  241票
第2位 武田勝頼  235票
第3位 かわらけ君 102票

このような上位指名者のランキングとなっています。
昨年度実施した総選挙は、全体の中で1位を決める企画でしたが、今年は所属ごとに
指名してベストな布陣を決める企画で、順位も面白い状況です。
接戦を繰り広げていますが、昨年1位の真田昌幸と人気ランキングのライバル
山本菅助が同数で並んでいる状況です。
意外と言っては失礼かもしれませんが、前回総選挙18位だった鬼美濃、原虎胤が堂々の3位。
鬼滅の刃の影響を受けて子どもたちからの支持を得ているのでしょうか?
鬼美濃の名称とは裏腹に、義理人情に厚い一面が心強い、と再評価されたのでしょうか?

そして、主力では山県昌景が知名度を活かして他を圧倒中。
築城の名手 馬場信春ら残りの四天王、あるいは、信玄公を補佐した重鎮たち
がどこまで割って入れるか。
今のところ、予想通りの順位となっていますので、今後のサプライズに期待です。

本陣では、勝頼を抑えて兄想いの弟、信繁が奮闘中。
昨年は、勝頼が全体で3位の得票でしたが、今年の部門別では信繁が上です。
川中島の合戦で、兄の楯となって上杉軍の前に立ちふさがり、戦死した忠義が
評価されての1位でしょうか?
そして、今年も戦国の世に癒しを求める声を反映して参戦中のかわらけ君が第3位に。
果たして、かわらけ君で本陣が守れるのか!?との声も聞こえますが、その下に
位置する初登場の仁科盛信も頑張ってます。

皆さんのお気に入りの武将はいかがでしょうか?
10月4日まで開催していますので、この機会にぜひご参加ください。



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信玄公生誕500年子ども歴史教室2日目を開催しました。

2021-07-30 15:22:15 | イベント
7月30日(金)子ども歴史教室2日目を開催しました。

「信玄公のふるさと甲府を調べる」をテーマに
本日は、歴史文化財課の山下孝司講師と
史跡武田氏館跡(武田神社と周辺)を散策。
躑躅ヶ崎歴史案内隊の大塚さんも
かけつけてくださいました。



武田氏築城技術の特徴
三日月堀(みかづきぼり):半月型の掘られた部分
◇丸馬出(まるうまだし):堀に沿った平らな地面
2つの言葉をみんなで覚えました。


そのあと、考古学実習の一つ
接合(せつごう:土器の破片をマスキングテープで固定して
高坏【たかつき】や壺【つぼ】などの形にする)を体験!



丁寧に接合を仕上げてくださり
ありがとうございました!


今日もいい質問がたくさんありました。

「館(やかた)と城(しろ)の違いはなぁに?」

簡単に言うと
館(やかた)は住む場所・家
城(しろ)は戦う場所です。

武田氏館の近くには、史跡要害山(要害城)があります。
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夏の太陽は特別!?みんなみんな成長中@旧堀田古城園

2021-07-30 09:25:15 | 紹介
毎日暑いですね(^o^;)
けれども、先日の台風や低気圧の影響でしょうか。
ここ2,3日は、夏らしい空とは裏腹に、地上は厚い雲で陰っています。

・・・
暑い暑い夏、お日さまの下でどんどん育つもの、な~んだ?

答えはもちろん!
植物🍃に子ども👟に、その他もろもろ!?

信玄ミュージアムの旧堀田古城園の植木も、もちろん、絶賛成長中!

コムラサキは枝葉も実もたわわ。
実はこれから色づき始め、秋に入ると、薄紫、
そしてとってもすてきな紫へと変化していきます。


オトコヨウゾメにも、小さな赤い実が実り始め、

ひし形のお茶室前のシュウメイギクにも、つぼみがたくさん。

梅雨前に地植えしたワタも順調です。丈はすでに70センチくらい。

今日になって、花も2輪、咲きました🌼


ですが、プランターに植えたワタは苦戦中💦
なんとか頑張ってほしいところです。

これ以上大きくなって困るのは、お手水の竹の中に住む(?)カエル君。
ごめんなさい💦写真じゃほとんどわかりませんが、竹の中に、じーっとしているカエル君がいるんです😉 
ずーっと、そこにいるので、おしりがしびれちゃうんじゃないか心配です。

もうこんなに大きくなっちゃったの!?
と、私たちをうれしい&ちょっぴりさびしい気持ちにするのは、
少し前までふわふわの赤ちゃん猫だった子猫たち(=^・^=)
若き母ニャンに守られて、あまりにもかわいい姿💕でお昼寝中。

夏の終わりが、今から楽しみ😊 
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信玄公生誕500年子ども歴史教室1日目を開催しました。

2021-07-29 13:57:44 | イベント
7月29日(木)子ども歴史教室1日目を開催しました。



「信玄公のふるさと甲府を調べる」をテーマに
甲府の成り立ちを勉強し

縄文土器の拓本(たくほん:土器の模様を和紙に写し取る作業)を体験!


最後は、信玄ミュージアムを見学しました。


質問も多く出て
甲府や武田氏に興味を持っていただけて
嬉しかったです。

暑い中、お越しくださり
ありがとうございました♡
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戦国のスポーツ(その2)そして本日は三条夫人のご命日

2021-07-28 17:51:27 | 紹介
信玄公ご生誕500年まで、あと100日を迎えた7月は、東京オリンピックの開催月。

それにちなんで、信玄公もたしなんだ(?)スポーツ、蹴鞠の話を。

蹴鞠では・・・
鹿革で作った鞠を、8人か6人で一定の高さで蹴り続け、その回数を競います。
四隅に木を植えた、鞠掛と呼ばれる広場で、
「アリ」「ヤア」「オウ」などと、サル🐒の姿をした鞠の精霊の名を呼び、
膝を伸ばしたまま(!)、右足の親指の付け根(!)で鞠を蹴り上げます。
鞠の大きさは直径20センチ、重さは120グラムほどで、中は空洞。
中国では、中に羽を入れたり、動物の膀胱に空気を入れるなどして、鞠が跳ねるように工夫していたようです。

ちなみに、理想的な蹴りは、蹴った時の「音」が良く、
その時の鞠の回転「色」が美しく、鞠の高さは約4.5m。
また、次の人が蹴りやすいように蹴っていく配慮も大切にされます。

仏教と共に中国から伝来した蹴鞠。
中国においては、雨乞いの儀式や軍事訓練との関連性が言われるようですが、
日本は日本で、蹴鞠を独自に発展させていきます。

平安後期の公卿で、蹴鞠の「無双達者」と称された藤原頼輔(1112-1186)は、
その「蹴鞠口伝集」で、鞠を蹴り続けるためには、身体のみならず心の構えも必要であると説きました。
蹴鞠に勝ち負けはなく、あくまでも相手に合わせて蹴り上げる。
この調和の精神こそが、蹴鞠を蹴鞠「道」にしているのかもしれません。
戦国の世にはマッチしないようにも思えますが、
武士のたしなみとされてきた和歌、茶の湯、舞などを考えれば、
蹴鞠がその一つとされたのもうなずけます。

・・・
信玄公と言えば、兵法に通じた戦上手というイメージ。
けれども、「甲陽軍鑑」には、19才で漢詩を嗜む、以上に”ど”はまり(!?)し、
家臣にたしなめられたという逸話もあったり。
もちろん和歌も大好きで、後奈良天皇の勅使が甲府にいらした時には、
詰城・要害城のふもと、積翠寺にお迎えし、和漢連句の会を催しました。

もしかして、とってもインドア派だったかもしれませんが、
信玄公も、蹴鞠で心身の鍛錬にいそしむ時があったのかも・・・しれません。
そんな時は、奥方さまや、姫さまたちも同席し、声援を送っていた・・・のかも?
テレビドラマの見すぎ!?

・・・
本日、7月28日は、信玄公の継室、三条夫人(1521?-1570)のご命日。
摂関家に次ぐ家柄、三条家出身。
実の妹は本願寺の顕如に嫁ぎ、本願寺と武田家の同盟にも尽力したといわれています。
信玄公との間に3男2女をもうけるも、
幼いころに失明したという竜芳、穴山信君(のぶただ)に嫁いだ見性院をのぞいた3人は
母である三条夫人よりも早く亡くなります。
そんな夫人を支えたものは、なんだったのでしょうか・・。

三条夫人ゆかりの品と伝えられる打敷(※1)市指定文化財、円光院所蔵
(※1)打敷(うちしき)とは、人々が浄土を想起できるように仏壇を飾る荘厳具(しょうごんぐ)の一つ。
写真の打敷は、装束の残存部分を縫い合わせ、大きな菊の刺繍をほどこしたもの。

三条夫人の菩提寺である円光院はこちら⇩

武田氏館跡から徒歩12、13分、車ならあっという間の3分です。
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