シリーズ 日本人の英語:京都大学ネット講座の英語発信力
日本人の英語力のシリーズは、戦前の駐米大使、斉藤博からスタートしました。
今回は、現在第一線で活躍している方をご紹介しましょう。京都大学のOCW / deX講座、つまりインタネットでの発信している、英語での講義です。まず、下のサイトをご覧ください。
KyotoX: Chemistry of Life: 001x About Video
course trailer (01:52)
初めて見る方は、大変速いスピードで流暢に話しておられることに驚かれるかもしれません。「日本人の英語もここまできたな」、とか「日本人離れした英語」という言葉が聞こえてきそうです。
でも、英語学習者の諸君。あなたもで、この先生のように話せるようなりますよ。
「まさか!」
あ、影の声ですね。いえいえ。、もう一度このcourse trailer(講義の予告編)を見てください。この先生の英語は、米国などで育った方の英語ではありません。日本で学んだ英語です。最後はアメリカで磨きをかけたとは思いますが。今までに紹介した、戦前の斉藤博さん、最近では、坂茂さん、それに、サッカー選手の本田圭介さんもそうですが、発音はいかにも日本風です。小林克也さん(小林さんに英語は日本仕込だそうですが)や、ディスクジョッキーの方たちの英語とは違います。
速く話せるということは、単に、「できる」とか「格好いい」というこということではありません。この位の速さで話すと、はじめて、間をあけたり、強調したり、伸ばしたりしてメリハリがつけられるのです。昨年のオリンピック招致の安倍首相は、佐藤選手はがんばりましたが、残念ながらそこまでは達していません。
今回は、英語を話す際の速さと、英語の語順で考える、という二点について触れます。
一定以上のスピードで話すように努めるということは重要であるにも拘わらず、他国の英語学習者に比べると、日本の英語学習に欠けている視点であるように思えます。いや、もちろん、最初はゆっくりでいいのですよ。でも、速く話すように努力することを後回しにしていないでしょうか。
でも、速くなること自体が目的なのではありません。普通の人間の思考と討論の速さになるように努めるということが目的です。少ない語彙でいいのです。しかし、英語学習の最初の段階から、繰り返し練習し、同じことでも、通常の言語活動のスピードで話せるようにすることをちょっと意識してほしいと思います。
また反論が聞こえてきそうです。
「速く話すより、内容がだいじでしょう。」
もっともな意見です。しかし、外国語を学ぶということが、自分とは異なる人を理解し、その人に伝える、ということの延長だとしたら、相手の話す速さに合わせるようになる、ということも相手の言語を理解する行為の一部ではないでしょうか。相手は待っていてはくれません。
速さということが無視されがちなのは、日本では、外国語学習がリーディング中心の英語の学習だったことと関係があるのでしょう。読む速度は自分で調整できます。加えて、漢文の読み方に影響されたのでしょうか、訳出中心であったことも関係があったと思います。「速読」というのが流行っていますが、これはちょっと違う動機によるものです。相手とのコミュニケーションをよりよく行うためにこそスピードが必要だというのとは、少なくとも違います。
もうひとつの問題は、「語順」です。よく日本人より中国人の方が、英語が得意であることの理由として言われることですが、中国語との関係は私にはよく分かりません。しかし、語順というのは、単に言語の問題というより、思考法に関係があるということに注目する必要があると思います。「私はシュークリームを食べた。」と"I ate some cream puffs."くらいの短い文ではあまり問題は現れません(SOV型と、SVO型の違い)。ですから日常会話の応答の場合では、あまり問題にならないのですが、まとまった内容を読み、聴く、そして話す場合に問題がのしかかってきます。
たとえば、最近、英語教室で扱ったBBCのWords in the Newsのなかの二つの文を比較してください。(例文として十分適切かどうか、もう少し検討する余地のあるものですが...。)
(1) The pilot whales have been found on the beach at Paponga beach in New Zealand this week.
「パイロット鯨は、今週、ニューージーランドのパポンガ・ビーチの砂の上で見つかっている。」
(2) The sport, which is over one thoudand years old, requires extreme commitment.
「千年以上になるそのスポーツは極度の集中(積極的関わり)を必要とする。」(お相撲のことです)
(1)は、最初の三語の組み合わせを除けば、あとの要素は日本語とちょうど逆の順序です。英語のABCが、日本語ではCBAになるようなものです。(2)は、というと、英語のABCが、BACになります。
実は、レッスンでは、(1)はみなさん、かなり早く覚えられます。(2)は少し時間がかかります。たしかに、(1)も日本語と順序が違うのですが、「ひっくり返す操作」は一回で済みます。「全部逆ですから、それでお願いしま~す、と一度言えばいいわけです。ところが(2)の場合は、二回ひっくり返す必要があります。「最初、逆でお願いします。その後、元に戻りま~す。」という感じ。(2)の方が時間がかかるのは、こうした語順による「ストレス」が関係しているのではないでしょうか。実際の言語活動ではこれがもっと複雑になり、日本人にとっては目に見えない大きなストレスになりうるのではないかと思います。(実験で確かめたいのですが...。)
ですから、いちいち頭の中で語順を変えていては間に合わないわけで、最初から考える順序を変える必要があります。「単に言語の問題というより、思考法に関係がある」と言うのはこのことを指しています。
このことは、英語学習の最初の段階ではあまり問題にならないでしょう。中級以上になった場合に、壁になると思います。この壁と、先ほどのスピードが課題です。
しかし、こちらの壁は、案外、日本にいても、そして、自分ひとりでも訓練することができるのではないでしょうか。後者の「語順」は、じつは、会話の機会がなくても、たくさん読むことで養えることだと思います。ですから、大学受験のために英語をしっかり勉強した人が実力を発揮できる能力でもあります。もっとも、受験のための英語学習で英語学習が止まっている人は、「英会話などしゃらくせい」と思っている人が多いので、実力を発揮できないことが多い、と私はj見ています。
京都大学の先生は、まさに、この壁を破ったのだと思います。化学という万国共通の分野で理解し、伝えるために外国人向こうの人と同じ土俵で話し合う過程でスピードを上げる努力を積み上げ(日本の職場、学校でも外国人に接する機会はあります)、そこに、、「語順の違う言語で考える」という10代の頃の勉強の成果が結びついたのだと思います。もっとも、本人は、意識していないことだと思いますが。
どうでしょう。まだ、この先生のように話せるようにならないとお思いですか。
じつは、もう一つ大きな壁があることをここで白状しなければなりません。それは、本当に相手に分かってもらいたい、分かってもらわないと困る、という気持ちがあるかどうか、です。それなくして、周りの雰囲気と流行に圧されたり、「成功しよう」という気持ちが勝っていると、いずれは破綻、あるいは、ゆがんできて、外からそれが分かるようようになってしまう可能性があります。
この意味で、この最後の壁は、この先生のように話せるようになるための必要条件とも言えます。しかし、一方、十分条件とも言えるでしょう。つまり、しっかり伝えるという意思がはっきりしていれば、ここでの述べた最初の二つの壁は、案外早く崩れると思います。
どうでしょう。皆さん。
「かも...。」
と、思ってくだされば、あとは皆さんの日々の努力しだいです。英語スクールに通う必要はありません。会社や研究室の外国人の同僚と、そして、スマートフォンを使って電車のなかで、明日からでも一歩を踏み出したらどうでしょう。
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ここまで、書いて、実は、2日前に、各大学の事情の詳しい方に聞いたら、京大でも、この先生は例外的らしいそうです。嗚呼...。権威を確立した先生ほど、コミュニケーション能力に問題あるということもあるとか。昨日には、また別の方から、東大に留学しているドイツ人から「ゼミの先生、ひとりだけは英語が通じるのだけれど、あとの人は通じないで苦労している」と嘆かれたそうです。若い人に期待するしかないですね。
次は、英語の疑問文を作る際の「ストレス」について話しましょう。おっと、また「先送り」になるかもしれませんが。
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