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外国語学習の意味、そして母国語について考えましょう

社内公用語の英語化、小学校での英語の義務化など最近「英語」に振り回され気味ですが、何故、どの程度英語を学ぶか考えます。

木下是雄さん(2) 国語教育と英語教育の架け橋

2014年08月29日 | 木下是雄:国語教育と英語教育の架け橋

木下是雄さん(2)  国語教育と英語教育の架け橋

物理の散歩道去る五月に亡くなった木下是雄さんについて、まだ論じるべきことがあります。いまだに、腑に落ちないのは、毎年4月には本屋に平積みされるほど多く読まれている本の著者であるのに、新聞やニュースでの訃報が見つからなかったこと。それだけでなく、亡くなってからの一週間後に、著者の逝去に触れることのない書籍紹介がでるとは、どういうことだろう、ということです。

推測ですが、木下さんの二つの著書は、表面的に受け取られているだけで、実際は十分理解されていないからではないでしょうか。木下さんの書は、読んで頷けばよいというものではなく、実際に、作文をする際に身につけて始めて読んだ、と言える種類の本だからです。ところが、『理科系の作文技術』をいちおう評価しながら、実際は身についていないというケースが多いように思います。次の文は、インタネットで見つけたものですが、二つの点で興味があります。

これだけの教科書を用意した学習院で、このテキストは実際にはどう扱われてきたのか。経過を省き、現状だけを述べれば、それは全教科での一貫した言語教育にはほど遠い。テキストは小学校、中学、高校で全生徒に配布されてはいるものの、高校ではその授業は行われておらず、中学でも一部の先生方が使用するだけだ。

第一に、学習院で、木下さんが、肝いりでがんばった「言語技術教育」が、今ではあまり実施されていないらしい、ということです。

第二に、この文の情報が自分が経験したことなのか、伝聞なのかはっきりしないという点です。

この文の著者を非難するつもりはまったくありませんが、木下さんの著書の受け止め方の典型だと思えるのです。

それに対し、以下のような反応からは、逆に、あ、この人は分かっている人かもしれない、という印象を受けます。

(a) 主題について述べるべき事実と意見を十分に精選し、
(b) それらを、事実と意見とを峻別しながら、順序よく、明快・簡潔に記述する

 たった二行ですが、ものすごく難しいことが書かれていますね。


他にも、「単に読んだだけでは、本当に読んだと言えず、実際に自分で実践してみて、本当に読んだと言えると思う」というコメントもインタネット上にありました。しかし、このような反応は少数派と言えるでしょう。

次回、なぜ、このような変な受け止められ方がされてきたのか、あるいは、正当に受けとめられてこなかったのか、については次回考えてみます。また、英語教育と、国語教育との関連についても触れたいと思います。


註:写真は、木下さんもその同人の一人であった『ロゲルギスト』のエッセイ集。

ロゲルギストは、1950年代末から数十年つづいた物理学者同人会で、毎月集まって身近な物理現象を始めとして宇宙や生命現象、さらには社会現象にまで及ぶ広範な話題を取り上げて自由闊達な議論を交わし、その結果を踏まえて順次交代でエッセイを執筆した (ウイキペディア)






英語教育と国語教育:木下是雄さんを悼む 国語教育と英語教育の架け橋

2014年07月30日 | 木下是雄:国語教育と英語教育の架け橋

英語教育と国語教育:木下是雄さんを悼む 国語教育と英語教育の架け橋

理科系の作文技術今年の5月、たしか読売の夕刊の書評欄に、木下是雄著の『理科系の作文技術』(中公新書)について、「大変意味のある本であるが、「論文盗用」などをしないようにするには、この本以前の心構えが必要だ」、というようなことが書いてありましたが、見当違いだなあと思った記憶があります。

1981年に発行されて以来、物理学者が書いたこの書は、いわゆる文系に属する、井上ひさしや、丸谷才一が評価したこともあって、その後毎年、4月には大学の近くの書店では平積されるロングセラーとなっています。単なる理系の人のためのハウツーものではなく、一つの日本語論になっているということ、国語教育に一石を投じたという点で、根強い評価が継続しています。

しかし、この書の、どの類書とも異なっている点は、文章は読み手のために書くものだという姿勢が終始貫かれ、この書のどこを紐解いても、著者のその主張が強く感じられる点です。これは、「うまく文章を書きたい」などと思って、この書を手にする人の頭をコチンと叩いてくれるものです。或る意味で、それは倫理的態度というもので、「作文技術」という書名で、ハウツーものの外見を装いながらも、この書をそれとはまったく違うものにしています。冒頭の読売の書評者はそのことに気がついてのではないかと思うのです。

リポートの組み立て方もっとも、この書の持つ本質は、この書評を書いた人だけでなく、他の多くの人にも十分意識されていないと思います。たしかに、単なるハウツーものでないというということをぼんやりと理解している人は多いようです。ですから、この本を読んで或る種の感情的効果が心に生まれ、個人的に人に、「良い本だ」と薦めるということはよくあるようです。

しかし、木下さんの提起した国語教育論が、議論を呼び、教育の実践において改革をもたらすという動きは、初版がでてから33年もたつのに、目だっていません。その理由は、文章を書くことが他者との関わりであるというこの書の趣旨が十分意識化されてからではないかと、私はにらんでいます。書くということは、読み手の時間をもらい、読んでいただく、ということの切実さがまだ日本人にはないからかもしれません。「読ませる文を書くために!」などという、取りようによってはかなり傲慢なキャッチフレーズを出版社が用いても、傲慢だと感じる人はほとんどいません。

と、こんなことを考えていたら、上の書評が書かれた5月19日の一週間前の5月12日に木下さんが亡くなられたということを偶然に知りました。享年94歳でした。その書評には木下さんの逝去はまったく触れられていません。私が知ったのは英語教室の生徒さんに、『理科系の作文技術』と、木下さんが書かれたもう一冊の書、『リポートの組み立て方』(1990)の重要性を、ウイキペディアで検索して説明していたときのことです。

谷崎、木下今、英語での発信ということが急に言われて、あたふたしている人が多いようですが、そういう人には、まず、この本を読むことを薦めたいと思います。英語で発信するということは、日本語を母国語としている我々にとっては、英語という他者を相手にするということです。その点で、日本語で文章を書くという行為と英語で書く、話すという行為は連続しているのです。それとも、日本語で書くことは内輪のつきあいで、英語だけが他者とでもいうのですか...。英語を書く際の難しさの何割かは日本語で文章を書く際の困難と共通しているということは、語学で格闘してる人ならみな知っていることです。じっさい、木下さんがこの本を書くきっかけになったのは、日本人の英語論文を添削していて、問題は狭義の英語ができる、できないということではなく、日本語能力に問題があるからだと気がついたからだそうです。

英語教室でも、大学の社会人講座、それに一度依頼された「高校、大学連携授業」の場でも感じたことは、まだまだ道は遠いということです。「発信」などという言葉に振り回されるまえに、木下書発刊以来、33年もたっているということを深甚に考えてみる必要があるのではないでしょうか。

工場最後に、木下さんの『リポートの組み立て方』の、パラグラフ内の「中心文」、つまり「トピック・センテンス」を論じた章から三つの「例文」を見ていただきましょう。大学の社会講座などで、皆さんにどれが好きですかといつも問いかける文章です。どれが正しいというのではありません。書く側が同じことを考えていても、書き方によっては、読み手に異なる効果を与える、ということを考えていただくための例文です。みなさん、どう思われますか。私は多くの皆さんのさまざまな反応を経験して来ました。選んだ理由もいろいろ聞いています。ここでそれを述べると先入観を与えてしまうことになりますから、書きません。皆さんの意見を聞きかせてください。ちなみに、1990年の頃に書かれた内容と日本の現状を比べると、予想が当たっているところとあたっていないところがあって面白いですよ。

 


日本は工業化社会から情報化社会に移り変わりつつある。かつて日本製が世界を席巻したカメラやテレビは、韓国・台湾などが主生産国になりつつある。自動車も同じ道をたどりかけている。やがて日本は、製品ではなく技術(すなわち情報!)を生み出し、輸出することによって経済力を維持することになるだろう。


かつて日本製が世界を席巻したカメラやテレビは、韓国・台湾などが主生産国になりつつある。自動車も同じ道をたどりかけている。やがて日本は、製品ではなく技術(すなわち情報!)を生み出し、輸出することによって経済力を維持することになるだろう。日本は工業化社会から情報化社会に移り変わりつつある。


かつて日本製が世界を席巻したカメラやテレビは、韓国・台湾などが主生産国になりつつある。日本は工業化社会から情報化社会に移り変わりつつある。自動車も同じ道をたどりかけている。やがて日本は、製品ではなく技術(すなわち情報!)を生み出し、輸出することによって経済力を維持することになるだろう。

木下是雄:『リポートの組み立て方』(1990)より

★上から3つめの写真は、谷崎潤一郎と木下是雄