世界が熱狂する中、アメリカ大統領に就任したオバマ氏。
ふだんはエリートとはいえ気取ったところもなく、どこにでもいる“ナイスな40代”に見える。
それが大聴衆を前にすると表情も引き締まり、あれだけ力強い演説をするのだからすごい。
もちろん、オバマ氏にもいろいろな挫折はあっただろう。
父親の事故死、母親の再婚とハワイへの移住、人種の壁を感じたことも、あったはずだ。
かつて、クリントン元大統領は、自伝の中で幼小児期の家庭問題を告白して「私はアダルトチルドレン」と述べたが、アメリカの大統領になるほどの人だから、まったく挫折を知らず、傷ついたこともないのだろう、と考えるのは間違い。
大切なのは、落ち込んだり傷ついたりしても、そこから自分を立て直す回復力だ。
診察室で自分が直面した困難を語り、「ヘコみましたよ」とうなだれる人を見るたびに、「それはつらかったでしょう」と共感を示しながらも、心の中で「でも、生きている限り、苦しさや悲しさから逃れることはできないし」とも思う。
「やった! うれしい」と思う回数と「ああ、つらい」と思う回数を数えることができたら、人生全体では後者のほうが多いのではないだろうか。
だとしたら、挫折や失敗をなるべく避けることに莫大(ばくだい)な時間と労力を使って暮らすより、「それは生きていれば当然のこと」、と受け入れるほうがずっとラクな気がする。
そして、落ち込んだらなるべく早くそこから浮上できるように、自分を励ませばよいのだ。
おそらくオバマ氏は、傷ついたり落ち込んだりしない人ではなく、そうなってもその後、また気持ちを上向きにするのが、上手な人なのではないだろうか。
就任演説の冒頭近く、新大統領はアメリカの危機に触れ、「私たちみんなの失敗」という言い方をした。
「失敗しました」とはっきり言えるのは、失敗とそこからの再生を経験した人だけだと思う。
人の気持ちも国家も、挫折や落ち込みを経てもまた再生できる。そういう自信があるからこそ、潔く自分たちの非を認めることができるのである。
大切なのは失敗しないことではなく、失敗を認め、その後どうやって立ち直るかということ。
私がオバマ氏の就任演説から受け取ったのは、こういうメッセージだった。
毎日新聞 2009年1月27日 地方版
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