もうこの話題はネットではすでに出ていますが、一応そろそろいいかな。と思って。
2007年の年次総会にて
マタイ24章34節
「あなた方に真実にいいますが、これらすべてのことが起こるまで、この世代は決して過ぎ去りません」
の「世代」が何かという見解が変わることが決定されたそうです。
これはすごく大きな変更だと思います。なぜなら結局JWは「これらの事が起こるまでその世代を過ぎ去らない」をそのまま素直にとらず、世代になぞを解く鍵があると信じ、「じゃ、世代が過ぎさった時が終わりがくるとき」だと結論、
この世代に多大なる注意を向けてきたからです。
それで、JWの中には1914年算出よりもこの「世代」とは何か、に注目してきた人が多いと思います。ついでにいうと年代計算よりも簡単だからです。
この「世代」とは1914年の出来事を目撃した人たちだとものみの塔は主張してきました。その見解が発表されたときはまだまだ時間があったのか、「少なくとも出来事を理解できる年に達している必要がある。それは15歳くらいである。」として、終わりの日に危機感をもたせるようにしてましたが、
年数がたつと1914年に15歳であった人たちは絶滅しつつある。まずい!ってことで、1914年あたりに生まれた人も入る、という変更がありました。最後には1914年に生まれていればよい。という事になりました。
これは古い教理に当て布をするような行為だったと思いますが、さすが2000年代に入ってしまうと、ここまでひっぱってこれたのが奇跡だった。(笑)みたいな事になってぐちゃぐちゃになった黒板をきれにぬぐってきれいにするように、新しい見解を登場させた。という事でしょうか。↓このような変更がありました。
1995年の変更:「世代」を計算しないように。「世代」とは「邪悪な世代一般をさし、特定の期間を指すものではない」。
つまり、エホバの証人のいう近年に起こるハルマゲドン期待の根拠は事実上なくなり、「ハルマゲドン無期延期」となりました。
(詳しくは「昼寝する豚」のこのページをどうぞ。)
http://buta.exjw2.org/noukotudo/noukotudo.htm
※1995年の変更を知らないというコメントがありましたので、分かりやすい資料がこちらです。
JWTCエホバの証人をキリストへ のサイトのこちらのページへ
↑研究生の方からの手紙ですがかなり分かりやすく、そして詳しく書かれています。興味深いことに、今回の変更内容がすでにこの頃から統治体の中ででていた(!)ことが書かれています。一度目を通してみてください。
そして今!
新たなる変更です。変更というか、、全く新たな見解です。
「ものみの塔」協会の年次総会で「世代」とは「邪悪な地のもろもろの民」から変わり
地上にいる油注がれた者、の残りの者
という事になるそうです。
180度の展開ですが、いいんでしょうか。
英語サイトからのソース、引用などはPossibleさんの掲示板が詳しいです。
Possibleさんの掲示板でのこの話題はこちら
●この見解はまだ正式に発表されていません。ネット上での情報です。
ですが資料などを見るとレイモンドフランツ兄弟の時代にすでのこの変更案が出ていたことが分かります。そろそろ変え時ということでしょうか。
●2007年に14万4千人のいくらかは生きてハルマゲドンを通過すると教理変更されました。
●私個人の意見:
マタイ24章を読むと「世代」という言葉は一度しかでていませんし、世代という言葉になんの意味も、含みも、真実もないと思うのです。もちろん、世代が奴隷級だという根拠も読み取れません。
どちらかというと、1995年の変更「世代とは邪悪な世一般」が一番普通の解釈だと思います。なぜあえて奴隷級としないといけないのでしょう。
24章後半には奴隷級が出てきますが、この世代という聖句とはなんのつながりもないように思えます。大体まず、この世代が1914年を見た世代という解釈はどうやって出てきたんでしょうか。
1914年を見た世代という解釈は当時のハルマゲドンがまじかであるという主張の裏づけとしてのこじつけだったと思います。
今回の変更も「奴隷級」の数合わせのつじつまあわせでしょうか。
2007年の年次総会にて
マタイ24章34節
「あなた方に真実にいいますが、これらすべてのことが起こるまで、この世代は決して過ぎ去りません」
の「世代」が何かという見解が変わることが決定されたそうです。
これはすごく大きな変更だと思います。なぜなら結局JWは「これらの事が起こるまでその世代を過ぎ去らない」をそのまま素直にとらず、世代になぞを解く鍵があると信じ、「じゃ、世代が過ぎさった時が終わりがくるとき」だと結論、
この世代に多大なる注意を向けてきたからです。
それで、JWの中には1914年算出よりもこの「世代」とは何か、に注目してきた人が多いと思います。ついでにいうと年代計算よりも簡単だからです。
この「世代」とは1914年の出来事を目撃した人たちだとものみの塔は主張してきました。その見解が発表されたときはまだまだ時間があったのか、「少なくとも出来事を理解できる年に達している必要がある。それは15歳くらいである。」として、終わりの日に危機感をもたせるようにしてましたが、
年数がたつと1914年に15歳であった人たちは絶滅しつつある。まずい!ってことで、1914年あたりに生まれた人も入る、という変更がありました。最後には1914年に生まれていればよい。という事になりました。
これは古い教理に当て布をするような行為だったと思いますが、さすが2000年代に入ってしまうと、ここまでひっぱってこれたのが奇跡だった。(笑)みたいな事になってぐちゃぐちゃになった黒板をきれにぬぐってきれいにするように、新しい見解を登場させた。という事でしょうか。↓このような変更がありました。
1995年の変更:「世代」を計算しないように。「世代」とは「邪悪な世代一般をさし、特定の期間を指すものではない」。
つまり、エホバの証人のいう近年に起こるハルマゲドン期待の根拠は事実上なくなり、「ハルマゲドン無期延期」となりました。
(詳しくは「昼寝する豚」のこのページをどうぞ。)
http://buta.exjw2.org/noukotudo/noukotudo.htm
※1995年の変更を知らないというコメントがありましたので、分かりやすい資料がこちらです。
JWTCエホバの証人をキリストへ のサイトのこちらのページへ
↑研究生の方からの手紙ですがかなり分かりやすく、そして詳しく書かれています。興味深いことに、今回の変更内容がすでにこの頃から統治体の中ででていた(!)ことが書かれています。一度目を通してみてください。
そして今!
新たなる変更です。変更というか、、全く新たな見解です。
「ものみの塔」協会の年次総会で「世代」とは「邪悪な地のもろもろの民」から変わり
地上にいる油注がれた者、の残りの者
という事になるそうです。
180度の展開ですが、いいんでしょうか。
英語サイトからのソース、引用などはPossibleさんの掲示板が詳しいです。
Possibleさんの掲示板でのこの話題はこちら
●この見解はまだ正式に発表されていません。ネット上での情報です。
ですが資料などを見るとレイモンドフランツ兄弟の時代にすでのこの変更案が出ていたことが分かります。そろそろ変え時ということでしょうか。
●2007年に14万4千人のいくらかは生きてハルマゲドンを通過すると教理変更されました。
●私個人の意見:
マタイ24章を読むと「世代」という言葉は一度しかでていませんし、世代という言葉になんの意味も、含みも、真実もないと思うのです。もちろん、世代が奴隷級だという根拠も読み取れません。
どちらかというと、1995年の変更「世代とは邪悪な世一般」が一番普通の解釈だと思います。なぜあえて奴隷級としないといけないのでしょう。
24章後半には奴隷級が出てきますが、この世代という聖句とはなんのつながりもないように思えます。大体まず、この世代が1914年を見た世代という解釈はどうやって出てきたんでしょうか。
1914年を見た世代という解釈は当時のハルマゲドンがまじかであるという主張の裏づけとしてのこじつけだったと思います。
今回の変更も「奴隷級」の数合わせのつじつまあわせでしょうか。
「地上にいる油注がれた残りの者」って、ほとんどおくたばりになられたんじゃないんですか?
たしか、油注がれたとかいう連中が地上での尊いお役目を終えられて減少したので、地上を受け継ぐクラスの人が統治体に登用される、とかなんとか言っていたように記憶しているんですが。
いえ、もうよく覚えていないんですけれどもね…。
これはですね,「偽物の」
お歳のわか~い油注がれた者たち
(「1914年の世代」でもなく,
「1935年以降におうまれになられた方々」であります)
が出てきて,統治体の「ほとんど」
を占めるようになってきたんですよ。
だから,今は,油注がれた者は
「老人」ではありませんし,
おくたばりにもなられません。
私が,「にせもの」「にせもの」
と,口を酸っぱくして言ってるのは,
こういう理由なんです。
90年代の教理変更は、1914年の世代が年取って絶滅する危機に引っ張られたわけですよね。この変更のおかげで、PWさんのおっしゃるようにハルマゲドンは無期限延期となり、JWはこれからもずっと続いていく「世」のなかで活動していくという方針が決まりました。狡猾ですよね。
>どちらかというと、1995年の変更「世代とは邪
>悪な世一般」が一番普通の解釈だと思います。なぜ
>あえて奴隷級としないといけないのでしょう。
今度は、統治体が年取って絶滅しそうなので、「奴隷」級は過ぎ去らない、ということで若い人を入れてリフレッシュすることを正当化できるみたいですね。これでJWは、教理的にはずっと続いていけるようになったのかな・・・。
つい最近までその考えでよかったんですが、色々めまぐるしく変わっています。
「集められるワザは西暦33年ペンテコステから1935年まで」(ところでこの説の聖書的根拠はないと思います。)という事でした。1935年に締め切られたという具体的な発言は近年なくなってはいましたが、それでもずっと前に締め切られ、後は油注がれた人たちが死ぬのを待つのみ。
という雰囲気だったはずです。
JWICこのこちらのページが詳しいです。
http://www.jwic.com/anonym1.htm
(1995年2月ものみの塔で「これまで幾十年にわたって観察された事実は、油そそがれた者たちの召しが完了したこと・・・・・・を示しています」という文が見られます。)
●油注がれたとかいう連中が地上での尊いお役目を終えられて減少したので、地上を受け継ぐクラスの人が統治体に登用される
一応、統治体=油注がれた者=14万4千人という教理はまだあると思います。(違う?)なので、統治体の成員が油注がれた者(14万4千人)ではない、というケースはまだなかったと思います。
どなたかヘルプ。
信仰から落ちたので、資格がなくなり、その人の穴埋めで若い油注がれた人が現れるという言い訳はありました。が、それにしては数が多いじゃん、という疑問が押さえられなくなってきたので、また変更という事でしょうか。
というか、、今回続いている教理の変更があっても14万4000人はいくらなんでも集まってるのでは?という疑問は解決されませよね・??
よく分かりませんよね。大体14万4千人というのは文字通りの数ではないような気がします。
そうなんだと思います。が、これからずっと表彰物にあづかる人数が減らないと5年、10年後くらいには何か変えないといけないですよね。笑。
実際の数ではない、とするのが一番いいようですが、どうでしょう?
●ハルマゲドンは無期限延期となり、JWはこれからもずっと続いていく「世」のなかで活動していくという方針が決まりました。狡猾ですよね
ほんとです!!!1995年変更の時は騒ぎが起きないように協会は「ということは、世代が過ぎ去るまでとかって具体的なハルマゲドンまでの期間保障がないということです。ということはいつ終わりが来てもおかしくありません。今まで以上に気を引き締めて、目覚めていなければなりません。」
って言ったんですよ~。これってかなりあざとくないですか。今回もなにかああいえばこう言う、的な災い転じて福となす、ような
とんちを働かせてくると思うんですよ~。
PWさん、この記事のおかげでだいぶ思い出しましたw
ありがとうございます。
本当に、何だか統治体が右往左往している感じがします。
そもそもこういう見解を発表する必要があるのだろうかとさえ思ってしまいます。
頭ん中に?マークが浮かぶ人がいっぱい出ちゃうような気がしません?
こういう大胆な見解を発表しても「盲信」している人たちは離れないという自信でもあるのでしょうか。
統治体も、「わからないことはわからない。神だけがそれをご存知です」と言ったほうが信者を減らさずに済むと思うんですが…。
終わりの日が来ないことへの焦燥感が滲み出している印象を受けました。
やっぱり、彼らも人間でしかも、霊感など受けていないのだと確信を強めることになりますよ
●なんか記憶と情報があまり整理されてなくて
私は一応今年の夏の大会までは出てるので、比較的新しい元JWということで。(笑)でもややこしいんですよね~JW教理って。なぜなら今回のようなでっちあげ、つぎはぎ、その場しのぎ、でたらめ教理なので理解しにくいんですよね!しかもころころ変わる。真理はシンプルだとはよく言ったものだと思います。
●頭ん中に?マークが浮かぶ人がいっぱい出ちゃうような気がしません?
そうなんですよね。でもそこが狙いどころですよね!背教者の。(笑)っていうか気づいて欲しいですよね~。なんか、はてなマークがいっぱいついて、「面倒だから考えるのやめよ!」ってなっちゃうJWがいっぱいいそうな気も。。。
(これは教理を入り組んだものにする協会の真意かもしれません。)
●そもそもこういう見解を発表する必要があるのだろうかとさえ思ってしまいます
私もそう思いました!
もしかしたら、「これら全てのことが起こるまでこの世代(油注がれた者)は決して過ぎ去りません」という事になるので、残りのものがいつまでも地上にいることへの「裏づけ聖句」を作りたかったのかもしれません。
もともとこの聖句は世代が誰で、それが過ぎ去ると終わりがくる、という趣旨の聖句ではなかったと思うんですよ。協会が深読みのしすぎだと思うんです。なので、また「過ぎ去らない」っていう言葉だけ短視目的に注目しちゃって
ここ、使えるんじゃない?あ、ほんとだ、そうしよ。ってことで決めちゃったんじゃないか、と。
どうでしょうか。
>こういう大胆な見解を発表しても「盲信」している人たちは離れないという自信でもあるのでしょうか。
そういう自信があると思います。会衆には疑問を持ったり不満を言ったりした人をムラハチにする仕組みがありますよね?模範的で熱心な証人ほど会衆外の人間関係から隔離されていますのでムラハチはキツイ仕打ちになります。だから変だおかしいと思っても、ムラハチが恐いから屁理屈を本気で信じ込んで付いていきます。エホはそういう点で「足元を見ている」のです。僕は思考力も破壊されていますので証明というような難しい事はできませんが、無理難題を言っても付いて来るという自信があると思います。付いて来れない人間は精神的拷問によって罪人に仕立て上げて人格を破壊して放り出せばいいと思っているのです。
今回の研究はいつもと違っていました。
教材の「聖書は実際に何を教えていますか」は付録記事を含めると全20章からできています。先週で半分の10章を終えたのですが、今回はお祈りの後いきなり「これから、聖書を研究していく上でどうしてもエホバの証人の組織についての知識も取り入れておく必要があるのできょうはこのビデオから学びましょう!」と仰られてDVDを出されてパソコンで一緒に見ていきましょうとなったのです。1時間余りのビデオの内容はエホバの証人の宣べ伝える業の全世界的一致、と統治体を頂点とする確立された組織の有用性
等が強調された(語り口はソフト路線)ものでした。
見終わってからの長老司会者の弁を紹介します。。
「同じ考えを持つ人が多く集ると、まとまりを保つため、自然と組織が築き挙げられてゆき、当然引っ張ってくださる指導者達が形成されるように、エホバの証人の組織でもでも油注がれた忠実な奴隷級による集団指導体制がとられていますね。また、聖書解釈の点でも統治体のメンバーのよって、ますます新しい光がわたし達に届けられていますね。たとえば、早朝、外を見ると霧がかかって見えにくいことがあると、初めは何かボヤーッと建物に見えていたものが、どうやらマンションのようで、次には10階建てで、最後には1階部分が店舗になっている。と言うように、聖書解釈についても徐々に、漸進的に明らかになっていきますね。こういった点にも信頼が置けるということでしょうね。さらに、奴隷級といっても地上において生活しているわけですから、不完全さは当然持ち合わせており、間違いが無いとは言い切れません、しかし、わたし達は、そういったときにこそ、“待つことが出来る”という素晴らしい特質を発揮できるので、相応しい時期に変更や新しい解釈の光を必ず受けることができるという希望がもてるので安心して現時点での解釈に従うことができますね。」語句は少し違うかもしれませんが趣旨はこの通りでした。結局教材は開かれること無く聖書研究は終了しました。わたしの感想ですが、建物がマンションで、その中身が漸進的に明らかになるのなら、本当に素晴らしいですが、10階建てのマンションが見えたといったその後で、よく見たら、国会議事堂だったので、みんな間違いのないように!なんてことなの?と思いました。わたしですか?もちろん「そんなに素晴らしい組織の一員に一日も早くなりたいです!」とさわやかにお答えして機嫌よく長老をお送りしたことは言うまでもありません!