◎ 予防訴訟最高裁判決について
2004年1月の第1提訴以来,8年にわたって争われてきた国歌斉唱義務不存在確認等請求事件(予防訴訟)につき,最高裁第一小法廷は,2012年2月9日,上告を棄却する判決を言い渡され,確定した。
2006年9月21日の第1審判決(難波判決)は,国歌斉唱義務(ピアノ伴奏義務)のないことを確認し,通達及び職務命令に従わなかったことを理由とするいかなる処分をもしてはならないとして処分の差し止めを命じ,さらに原告一人3万円の損害賠償請求を認容する,原告全面勝訴判決であった。
これに対し,請求及び差止請求について,2011年1月24日の控訴審判決(都築判決〉では,公義務不存在確認これらの請求よりも,通達自体の取消訴訟を提起することが直截的な解決方法であるとして,訴訟要件のうち補充性(損害を避けるために他に適切な救済方法がないこと)の要件をみたさないとして両請求を却下し,国歌斉唱義務(ピアノ伴奏)を課すること自体を合憲として損害賠償請求を棄却する,原告ら逆転全面敗訴判決が言い渡されていた。
ここでは,最高裁判決のうち訴訟要件に対する判断について概説する。
1 差止請求について
都築判決の訴訟要件に対する判断を全面的に否定したものと言ってよい。
まず,前提として,通達に処分性が認められるか(=取消訴訟の対象となりうるか)を検討し,通達の名宛人は校長であること,職務命令を発令するかどうか校長の裁量に委ねられていること,職務命令も行政処分には当たらないことを指摘して,通達の処分性を否定した。
その上で,差止請求の訴訟要件(①処分の蓋然性,②重大な損害発生のおそれ,③補充性,④法律上の利益)について,戒告・減給・停職の各懲戒処分については処分の蓋然性を認める一方,免職処分はこれまでに実績がないとして蓋然性を否定した。
戒告・減給・停職の各処分については,懲戒処分が反復継続的かつ累積加重的にされていくと事後的な損害の回復が著しく困難であるとして重大な損害発生の恐れがあることを認め,懲戒処分の差し止めを求める法律上の利益を認めている。
その上で,本案の判断は,国歌の起立斉唱(ピアノ伴奏)は憲法19条に違反するものではないこと,裁量権の逸脱濫用に関して,戒告処分は,「当不当はともかく違法ではない」から違法とは言えず,減給・停職処分については,「将来の当該各処分がされる時点における個々の個別具体的な事情を踏まえた上でなければ,現時点で直ちにいずれかの処分が裁量権の範囲を超え又はこれを濫用するものとなるか否かを判断することはできず,現時点でそのような判断を可能とするような個別具体的な事情の特定及び主張立証はされていない」として差止請求を認容することはできないと判断した。
これは,本来であれば請求棄却判決になるはずであるが,不利益変更禁止の原則に従い「上告棄却」の結論となったため本件訴訟としての結論は控訴審判決の「請求却下」
のままとなっている。
したがって,差止訴訟敗訴について既判力は生じず,今後、具体的な主張・立証によっては減給・停職処分については差止が認められる可能性が残されている。
2 公義務不存在確認請求について
(1)無名抗告訴訟としての義務不存在確認請求
請求の性質は,職務命令の違反を理由とする懲戒処分の差止めの訴えを職務命令に基づく公的義務の存否に係る確認の訴えの形式に引き直した無名抗告訴訟であるから訴訟要件として補充性が要求される。
本件請求では,法定の抗告訴訟である懲戒処分の差止請求を適法に提起できるので,補充性の要件を欠き,訴訟要件を満たさないから請求却下の結論自体は維持される。
(2)当事者訴訟としての義務不存在確認請求
行政処分以外の処遇上の不利益の予防を目的とする訴訟と構成する場合,公法上の法律関係に関する確認の訴え(行訴法4条)となる。
国歌の起立斉唱義務(ピアノ伴奏義務)によって,反復継続的かつ累積加重的に不利益が発生し拡大する危険が現に存在する状況の下で,事後的な損害の回復が著しく困難であることを考慮すると,本件請求は公法上の法律関係に関する確認の訴えとして,その目的に即した有効適切な争訟方法であって,確認の利益を肯定することができるから,適法な訴えである(訴訟要件は満たしている)。
しかし,職務命令は違憲無効ではなく,義務が不存在とはいえないから,結論としては請求棄却となる。
但し,不利益変更禁止の原則により,上告棄却となるにとどまるため,本件訴訟としての結論は却下の結論が維持されている。
3 まとめ
(1)懲戒処分差止請求
都教委を被告とするもの(甲事件ないし丙事件)も,東京都を被告とするもの(丁事件)も,懲戒免職処分は処分の蓋然性がないことを理由として訴訟要件を満たさないとして請求却下の東京高裁の結論が維持されている。
戒告・減給・停職の各処分は訴訟要件を満たしていることから,本案の判断に踏み込み,懲戒処分をすること自体は憲法19条に違反しないこと,裁量権の逸脱濫用については,個別具体的な事情の特定及び主張立証がなく判断できないとして請求は棄却することになるが,不利益変更禁止の原則に従い上告棄却となり,請求却下の結論は変更されていない。
(2)義務不存在確認請求
ア 都教委を被告とする義務不存在確認の訴え(無名抗告訴訟)
補充性の要件を満たさないとして請求却下判決が維持されている。
イ 東京都を被告とする義務不存在確認の訴え(公法上の当事者訴訟)
当事者訴訟としての義務不存在確認の訴えは,義務は憲法違反とはいえないから結論は請求棄却となるが,不利益変更禁止の原則により上告棄却となり,請求却下判決が維持される。
『被処分者の会通信』(2012/3/6 第80号)
弁護士 平松真二郎
2004年1月の第1提訴以来,8年にわたって争われてきた国歌斉唱義務不存在確認等請求事件(予防訴訟)につき,最高裁第一小法廷は,2012年2月9日,上告を棄却する判決を言い渡され,確定した。
2006年9月21日の第1審判決(難波判決)は,国歌斉唱義務(ピアノ伴奏義務)のないことを確認し,通達及び職務命令に従わなかったことを理由とするいかなる処分をもしてはならないとして処分の差し止めを命じ,さらに原告一人3万円の損害賠償請求を認容する,原告全面勝訴判決であった。
これに対し,請求及び差止請求について,2011年1月24日の控訴審判決(都築判決〉では,公義務不存在確認これらの請求よりも,通達自体の取消訴訟を提起することが直截的な解決方法であるとして,訴訟要件のうち補充性(損害を避けるために他に適切な救済方法がないこと)の要件をみたさないとして両請求を却下し,国歌斉唱義務(ピアノ伴奏)を課すること自体を合憲として損害賠償請求を棄却する,原告ら逆転全面敗訴判決が言い渡されていた。
ここでは,最高裁判決のうち訴訟要件に対する判断について概説する。
1 差止請求について
都築判決の訴訟要件に対する判断を全面的に否定したものと言ってよい。
まず,前提として,通達に処分性が認められるか(=取消訴訟の対象となりうるか)を検討し,通達の名宛人は校長であること,職務命令を発令するかどうか校長の裁量に委ねられていること,職務命令も行政処分には当たらないことを指摘して,通達の処分性を否定した。
その上で,差止請求の訴訟要件(①処分の蓋然性,②重大な損害発生のおそれ,③補充性,④法律上の利益)について,戒告・減給・停職の各懲戒処分については処分の蓋然性を認める一方,免職処分はこれまでに実績がないとして蓋然性を否定した。
戒告・減給・停職の各処分については,懲戒処分が反復継続的かつ累積加重的にされていくと事後的な損害の回復が著しく困難であるとして重大な損害発生の恐れがあることを認め,懲戒処分の差し止めを求める法律上の利益を認めている。
その上で,本案の判断は,国歌の起立斉唱(ピアノ伴奏)は憲法19条に違反するものではないこと,裁量権の逸脱濫用に関して,戒告処分は,「当不当はともかく違法ではない」から違法とは言えず,減給・停職処分については,「将来の当該各処分がされる時点における個々の個別具体的な事情を踏まえた上でなければ,現時点で直ちにいずれかの処分が裁量権の範囲を超え又はこれを濫用するものとなるか否かを判断することはできず,現時点でそのような判断を可能とするような個別具体的な事情の特定及び主張立証はされていない」として差止請求を認容することはできないと判断した。
これは,本来であれば請求棄却判決になるはずであるが,不利益変更禁止の原則に従い「上告棄却」の結論となったため本件訴訟としての結論は控訴審判決の「請求却下」
のままとなっている。
したがって,差止訴訟敗訴について既判力は生じず,今後、具体的な主張・立証によっては減給・停職処分については差止が認められる可能性が残されている。
2 公義務不存在確認請求について
(1)無名抗告訴訟としての義務不存在確認請求
請求の性質は,職務命令の違反を理由とする懲戒処分の差止めの訴えを職務命令に基づく公的義務の存否に係る確認の訴えの形式に引き直した無名抗告訴訟であるから訴訟要件として補充性が要求される。
本件請求では,法定の抗告訴訟である懲戒処分の差止請求を適法に提起できるので,補充性の要件を欠き,訴訟要件を満たさないから請求却下の結論自体は維持される。
(2)当事者訴訟としての義務不存在確認請求
行政処分以外の処遇上の不利益の予防を目的とする訴訟と構成する場合,公法上の法律関係に関する確認の訴え(行訴法4条)となる。
国歌の起立斉唱義務(ピアノ伴奏義務)によって,反復継続的かつ累積加重的に不利益が発生し拡大する危険が現に存在する状況の下で,事後的な損害の回復が著しく困難であることを考慮すると,本件請求は公法上の法律関係に関する確認の訴えとして,その目的に即した有効適切な争訟方法であって,確認の利益を肯定することができるから,適法な訴えである(訴訟要件は満たしている)。
しかし,職務命令は違憲無効ではなく,義務が不存在とはいえないから,結論としては請求棄却となる。
但し,不利益変更禁止の原則により,上告棄却となるにとどまるため,本件訴訟としての結論は却下の結論が維持されている。
3 まとめ
(1)懲戒処分差止請求
都教委を被告とするもの(甲事件ないし丙事件)も,東京都を被告とするもの(丁事件)も,懲戒免職処分は処分の蓋然性がないことを理由として訴訟要件を満たさないとして請求却下の東京高裁の結論が維持されている。
戒告・減給・停職の各処分は訴訟要件を満たしていることから,本案の判断に踏み込み,懲戒処分をすること自体は憲法19条に違反しないこと,裁量権の逸脱濫用については,個別具体的な事情の特定及び主張立証がなく判断できないとして請求は棄却することになるが,不利益変更禁止の原則に従い上告棄却となり,請求却下の結論は変更されていない。
(2)義務不存在確認請求
ア 都教委を被告とする義務不存在確認の訴え(無名抗告訴訟)
補充性の要件を満たさないとして請求却下判決が維持されている。
イ 東京都を被告とする義務不存在確認の訴え(公法上の当事者訴訟)
当事者訴訟としての義務不存在確認の訴えは,義務は憲法違反とはいえないから結論は請求棄却となるが,不利益変更禁止の原則により上告棄却となり,請求却下判決が維持される。
『被処分者の会通信』(2012/3/6 第80号)
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます