=週刊金曜日:乱起流(らんきりゅう)第43回=
☆ 「いのちのとりで」裁判の勝訴とそれでも謝らない厚労省
「みなさんのおかげで、エアコンもろくに使えず食事もろくに取れずに死んでいった人たちがいるんです。どうやって責任を取るんですか」
「十数年にわたって違法行為が続いていたことが最高裁に認められたのに、どうして謝罪できないんですか」
「物価高で苦しいんです。救済措置を早く決めてほしいんです。でもその前に謝罪があるべきじゃないんですか?」
6月30日午後1時過ぎ、厚生労働省の一室にそんな言葉が飛び交った。
この会合は遡(さかのぼ)ること3日前、最高裁で出されたある画期的な判決を受けてのものだった。
それは生活保護引き下げを違法として利用者らが国を訴えた裁判、通称「いのちのとりで裁判」の判決。
☆ 第2次安倍政権下で真っ先に
この連載でも触れてきた通り、第2次安倍政権下の2013年から生活保護費は段階的に引き下げられてきた。背景にあったのは、芸能人の親族の生活保護利用を発端とした12年のバッシング。自民党議員らがそれを煽(あお)り、同党で作られた「生活保護プロジェクトチーム」は「生活保護基準の1割引き下げ」を主張。その年の暮れの選挙ではそれも公約のひとつとなり、結果、自民党は政権に返り咲く。そうして発足した第2次安倍政権が真っ先に手をつけたのが「生活保護基準引き下げ」だったのだ。
その結果、何が起きたか。ただでさえギリギリの保護費がカットされた人々からは「もう生きていけない」「死ねと言われている気がする」という悲鳴が上がった。それだけではない。
「食事の回数を減らした」
「熱中症が怖いけれど電気代が怖くてエアコンをつけていない」
「交通費などが出せず介護施設にいる親の面会に行けなくなった」
「人間関係を諦(あきら)めた」
などの声を多く耳にするようになった。
しかし、生活保護利用者は黙ってはいなかった。このような暴挙は許せないと立ち上がったのだ。
そうして全国各地で生活保護基準引き下げを違法として、1000人以上の生活保護利用者が原告となり、国を提訴。全国29地裁で31件の訴訟が行なわれ、最初は敗訴が続いたものの、オセロがひっくり返っていくように勝ち越しが続き、今年6月時点で27勝16敗(地裁20勝11敗、高裁7勝5敗)となっていた。
そうして迎えた最高裁判決(愛知・大阪の上告審)で、念願の「勝訴」が言い渡されたというわけである。
☆ 約10年で原告232人が死亡
その瞬間を、私は最高裁の法廷で目に焼き付けた。胸をいっぱいにさせながら最高裁の正門に行くと、300人以上が原告と弁護団を待ち構えていた。そうして裁判所から出てきた原告らが誇らしげに広げた旗には
「逆転勝訴」
「だまってへんで、これからも」
「司法は生きていた」
などの言葉。長い闘いを振り返りながら涙を堪(こら)えていたものの、その横で遺影を掲げる人々の姿に涙腺が崩壊した。
遺影は、原告。最大時で1027人だった原告だが、約10年にわたる裁判の中、判決を見届けずにすでに2割を超える232人が亡くなっているのだ。この瞬間を、どれほど待ち望んでいただろう。そう思うと、涙が止まらなかった。
さて、この日は判決後の集会などで大いに祝ったのだが、ここからが正念場だ。
最高裁で「引き下げは違法」と認められた以上、国はまず利用者たちに謝罪すべきだろう。
また10年以上にわたる被害の補償などはどうなるのか。原告は約1000人だが、生活保護利用者は200万人以上いる。ここから前代未聞の規模の被害回復について検討しなければならないのだ。
ということで、判決から3日後の6月30日、さっそく厚労省と交渉の場が持たれたのだが、まず驚いたのは、最高裁判決が出たにもかかわらず原告に対して謝罪すらないこと。
職員はただただ「判決を精査し、適切に対応したい」と繰り返すばかりなのだ。
☆ 引き下げ旗振り役には小泉大臣も
これがどれほど異様なことかというと、たとえばこの裁判と「きょうだい訴訟」と言われる優生保護法裁判の時は原告が勝訴した翌日には「大臣が謝罪したい」と連絡が入り、当時の岸田文雄首相の謝罪までの日程もすぐに決まっていったという。それなのに、最高裁判決を受けてまで「精査」を繰り返す異様さ。
そんな対応を前にして原告らから出た言葉が冒頭のものである。
厚労省以外にも謝罪してほしい人たちがいる。それは引き下げの旗振り役となった自民党生活保護プロジェクトチーム。座長は世耕(せこう)弘成(ひろしげ)氏(生活保護利用者の「フルスペックの人権」を制限するような発言あり)で、メンバーには片山さつき氏(「生活保護を恥と思わないことが問題」などの発言あり)がいたことは有名だが、その中には現在、農林水産大臣の小泉進次郎氏も含まれていた。
この原稿を書いている現在、彼ら彼女らからのコメントは何もない。自らが推し進めたことが違法を認められたことに対してダンマりというのは、あまりにも卑怯(ひきょう)ではないのだろうか。
これからは、そちらの責任も追及したい。ということで、声を上げてくれた原告の方々と弁護団、支援者の方々、本当にお疲れさまでした!!
※ 雨宮処凛
あまみやかりん・作家、本誌編集委員。最新刊に『難民・移民のわたしたちこれからの「共生」ガイド』(河出書房新社)。『死なないノウハウ独り身の「金欠」から「散骨」まで』(光文社新書)は版を重ねる。
*いま一番気になること
やはり判決を受けての被害回復や追加給付、補償について。しかし、これに乗じて再び生活保護バッシングが起きないかということも心配なので対策を考えている。
『週刊金曜日 1528号』(2025年7月11日【今週の巻頭トピック】)
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