◆ 「武力なき平和」の実践者 (『週刊金曜日』2019年12月13日)

「9・11」直後の国会で、謙虚な物腰ながら毅然と、中村哲さんはみずからの意見を主張した。日本が米国への軍事的従属を強めるなか、中村さんの警句をどう活かしていくのか、私たちは改めて自問したい。
◆ 激しい野次にもひるまず、自衛隊派遣を「有害無益」と言い切った
12月4日14時少し前、電車内でスマホが振動した。画面を見ると、「中村哲医師、銃撃される アフガニスタンで」とある。思わず声を出してしまったが、「命に別状なし(『西日本新聞』)」とあったので、そのまま目的地に向かった。
しかし、仕事が終わってスマホを見ると「中村医師、死亡」が並んでいる。今度は声も出なかった。
中村さんについて忘れられない場面がある。2001年10月13日(土曜)午前。衆議院テロ対策特別委員会(加藤紘一委員長)の参考人質疑である。
「9・11」からまだーカ月しかたっていない。今度ばかりは米国に協力して自衛隊を出すのは当然だという空気が強いなか、中村さんは明確にこう述べた。
中村さんは、
◆ アフガンへの攻撃は「英米の蛮行」
質問者の亀井善之議員(自民党)は、「有害無益で何の役にも立たない(略)発言はぜひお取り消しをいただきたい」と迫ったが、中村さんは、
そして、
中村さんはまた、アフガンへの攻撃を「英米の蛮行」と断定した。
「参考人の発言中の不規則発言はお控えください」と加藤委員長が注意するほどだった。
私も何度か国会の参考人質疑に出たことがあるが、参考人に向かって野次がかくも激しく飛んだ例を知らない。
いったい誰が中村さんを狙ったのか。直接の下手人はいずれ明らかになるだろうが、「真犯人」は、「武力によらざる平和」が成功することを快く思わない人たちだろう。
中村哲さんの思想と行動は、日本国憲法前文にいう「全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有する」を具現化するものであり続けている。
『週刊金曜日 1261号』(2019.12.13)
水島朝穂(みずしまあさほ・早稲田大学教授・憲法)

「9・11」直後の国会で、謙虚な物腰ながら毅然と、中村哲さんはみずからの意見を主張した。日本が米国への軍事的従属を強めるなか、中村さんの警句をどう活かしていくのか、私たちは改めて自問したい。
◆ 激しい野次にもひるまず、自衛隊派遣を「有害無益」と言い切った
12月4日14時少し前、電車内でスマホが振動した。画面を見ると、「中村哲医師、銃撃される アフガニスタンで」とある。思わず声を出してしまったが、「命に別状なし(『西日本新聞』)」とあったので、そのまま目的地に向かった。
しかし、仕事が終わってスマホを見ると「中村医師、死亡」が並んでいる。今度は声も出なかった。
中村さんについて忘れられない場面がある。2001年10月13日(土曜)午前。衆議院テロ対策特別委員会(加藤紘一委員長)の参考人質疑である。
「9・11」からまだーカ月しかたっていない。今度ばかりは米国に協力して自衛隊を出すのは当然だという空気が強いなか、中村さんは明確にこう述べた。
「現地におりまして、日本に対する信頼というのは絶大なものがある。それが、軍事行為に、報復に参加することによってだめになる可能性があります」これには自民党席から野次が飛んだ。
「自衛隊派遣がとりざたされていますが、当地の事情を考えますと有害無益でございます」と。
中村さんは、
「笑っている方もおられますけれども、私たちが十数年間かけて営々と築いてきた日本に対する信頼感が、現実を基盤にしないディスカッションによって、軍事的プレゼンスによって一挙に崩れ去るということはあり得るわけでございます」。謙虚な物腰ながら、毅然として言い切った。
◆ アフガンへの攻撃は「英米の蛮行」
質問者の亀井善之議員(自民党)は、「有害無益で何の役にも立たない(略)発言はぜひお取り消しをいただきたい」と迫ったが、中村さんは、
「日本全体が一つの情報コントロールともいえるような状態の中に置かれておるなかで、私の率直な感想を述べただけでございます」と切り返し、「無限の正義」米対「悪の権化」タリバンとの戦いという図式そのものを批判した。
そして、
「日本では自衛隊(略)、英語で言ますとジャパニーズアーミー、日本軍としか訳しようがない。日本軍が難民キャンプに来るのかということで、憲法枠内どうこうというのは、これは日本側の内輪の論議でありまして、現地ではそうは見られない。ジャパニーズアーミーがアメリカンァーミーに協力しておる、こうしか見られないわけです」。テロ特措法による活動の本質が、米国の軍事作戦への軍事的関与であることを明確に指摘していた。
中村さんはまた、アフガンへの攻撃を「英米の蛮行」と断定した。
「このニューヨーク・テロ事件の蛮行というならば、現在進行しておるアフガニスタンへの空爆は蛮行と……(発言する者あり)それは違うというふうにおっしやいますけれども、テロリスト、テロリズムの本質は何かと申しますと、ある政治目的を達するために市民も何も巻き添えにしてやるということがテロリズムであれぱ、これは少なくとも、テロリズムとは言わないまでも、同じレベルの報復行為ではないかというふうに理解しております」。議事録には、野次で中村さんが沈黙したことを示す「……」が残っている。
「参考人の発言中の不規則発言はお控えください」と加藤委員長が注意するほどだった。
私も何度か国会の参考人質疑に出たことがあるが、参考人に向かって野次がかくも激しく飛んだ例を知らない。
いったい誰が中村さんを狙ったのか。直接の下手人はいずれ明らかになるだろうが、「真犯人」は、「武力によらざる平和」が成功することを快く思わない人たちだろう。
中村哲さんの思想と行動は、日本国憲法前文にいう「全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有する」を具現化するものであり続けている。
『週刊金曜日 1261号』(2019.12.13)
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