10.26予防訴訟控訴審結審 弁護団陳述篇<3>
◎ 差止めの訴え及び公的義務不存在確認訴訟の適法性
被控訴人らの訴えのうち,差止めの訴え及び公的義務不存在確認訴訟の適法性について述べます。
1(1) まず,差止めの訴えの訴訟要件について,控訴人は「重大な損害を生ずるおそれ」はないと主張しています。ここではその点に絞り,本件において「重大な損害を生ずるおそれ」の要件が認められることを述べます。
(2) 10.23通達に基づく校長の職務命令に従わなかった教職員は一人残らず処分をされています。その処分は,戒告,減給,停臓と回数を重ねる度に重くなっています。免職となる可能性も否定できません。
(3) また,一たび懲戒処分がなされると,服務事故再発防止研修の受講を命じられます。定年退職後に再雇用を希望しても拒否されます。
自己の信念に従った結果処分を受けることになる教職員は,この再発防止研修によりさらに屈辱と苦痛を受けることとなります。
再雇用の制度は,希望者全員を嘱託職員として5年間再雇用する制度であり,再雇用が認められないということは,懲戒免職をされたも同然です。
この再発防止研修及び再雇用の拒否は,懲戒処分それ自体の執行ではないことから,懲戒処分の執行が仮に停止されたとしても,これらの措置が停止される制度的保障はありません。
(4) そして,被控訴人らは,懲戒処分の威嚇により校長の職務命令に従うことを強いられています。このため被控訴人らは,国歌斉唱時に起立して国歌を斉唱すること及びピアノ伴奏を自己の信念に従って拒否し,懲戒処分を受けるか,それとも自己の信念に反して校長の職務命令に従うかの判断を迫られています。被控訴人らが懲戒処分の威嚇の下で侵害を受ける権利は,精神的自由権にかかわる権利であり,事後的な救済はできません。
自己の信念に反する職務命令に従うかの判断を,式典の都度迫られるという,精神的負担に耐えられずに退職した者もいるのが現状です。
(5) この10.23通達が存在する限り繰り返される懲戒処分につき,懲戒処分を受けたうえで,各処分に対し,不服申立てを行い,その後取消訴訟を提起して執行停止の申立をせよと要求するのはあまりに酷であり,その負担を課すこと自体も重大な損害といわざるをえません。
(6) このような本件の特質を踏まえるならば,処分がなされることにより「重大な損害が生ずるおそれ」があることは明らかです。国民の権利利益の実効的な救済手続きを図るという,行政事件訴訟法の改正の趣旨を考えても,繰り返しなされる懲戒処分を差し止めること及び被告控訴人らの精神的自由の侵害を防ぐとともに,再発防止研修,再雇用拒否といった権利侵害の連鎖を防ぐことがもっとも適切かつ妥当な救済方法であることは明らかです。
2 次に,公的義務不存在確認訴訟が適法な訴えであることを述べます。
(1) 行政事件訴訟法の立法当初から無名抗告訴訟としての公的義務不存在確認訴訟の存在が認識されてたことはすでに書面で主張したとおりです。
そして,長野勤評事件最高裁判決が,無名抗告訴訟としての公的義務不存在確認訴訟が存在しうることを認めた判例と評価されていること,同判例の調査官解説で,同事件の訴訟類型は無名抗告訴訟としての公的義務確認訴訟とみるべきとの指摘がなされてるいことから,実務的にもその存在が認識されていることは明らかです。
また,改正行政事件訴訟法は,「抗告訴訟」という包括的な概念をそのまま条文として残し,無名抗告訴訟の存在を前提とする建てつけになっていることから,公的義務不存在確認訴訟が現在も無名抗告訴訟のひとつとして存在することに争いはありません。
(2) 無名抗告訴訟としての公的義務不存在確認訴訟の訴訟要件は,①義務賦課行為またはその履行強制行為が公権力の行使としての性質を持つこと,②法定抗告訴訟では救済が困難なこと,そして,③確認訴訟として確認の利益があることが必要です。
この確認の利益は,国民の権利救済手段の整備という改正行政事件訴訟法の趣旨及び今日の判例から見れば,長野勤評事件最高裁判決が判示した要件よりも緩和して考えるべきです。
(3) 本件において不存在の確認を求めている義務は,都教委が都立学校長らに対して発した10.23通遠に基づき,各校長が教職員ひとり一人に対して発する職務命令により課せられるものです。この通達及び職務命令は地方公務員法上の指揮監督権の行使としてなされていますが,いわゆる行政処分ではありません。しかし,都教委は行政組織上の手段を用いて,さらに地方公務員法上の権力的手段を行使して,これらの義務を被控訴人らに強制しようしており,そこに公権力の行使としての実質を見ることができます。
都教委は,校長に卒業式または入学式当日における義務履行状況をあらかじめ用意したひな形により報告させ,また教育庁の職員を学校に派遣して履行状況を監視・報告させています。そして,実際に10.23通達で予告したとおり,義務不履行者に対し懲戒処分を行い,再発防止研修を命じ,再雇用を拒否するなど不利益措置を行っています。
このように公権力の行使たる懲戒処分を威嚇の中心に据え,行政の手段を総動員して義務の履行を迫る態様は,本件の起立斉唱義務及びピアノ伴奏義務の賦課及び履行強制行為が公権力の行使であることを示すものものに他なりません。
(4) そして,10.23通達及び校長の職務命令はいわゆる行政処分にはあたらないので,これらに対し取消訴訟または差止め訴訟を堤起することができません。また,懲戒処分の差し止め訴訟では義務不存在の点には既判力が及ばないことから被控訴人らの権利侵害を救済できないおそれがあります。
本人の意思を無視して起立斉唱及びピアノ伴奏を義務付けること自体が自由権の侵害であり,当該義務が違法に課されようとしているときには,当該義務の不存在の確認を求める利益が存在すると見るべきです。
職務命令より課ぜられた義務に従わなかったことに対し懲戒処分,再発防止研修,再雇用拒否という不利益的措置がなされ,被控訴人らの精神的自由の侵害が現実に起こっていことはすでに主張した通りであり,確認の利益があることも明らかです。
(5) 行政事件訴訟法の改正により,無名抗告訴訟としての公的義務不存在確認訴訟と当事者訴訟としての公的義務不存在確認訴訟の被告は同じになりました。これは,当該訴訟が無名抗告訴訟か当事者訴訟かに拘泥するのではなく,確認訴訟の活用を進めようとする選択が採用されたものと考えられています。
改正行政事件訴訟法は「公権力の行使」にあたるか否かの判断により,国民の権利救済手段自体を否定する制度は採用しませんでした。本件においてもこの行政事件訴訟法の改正の趣旨を踏まえた判断がさなれる必要があると考えます。
3 本件の訴訟要件の判断においては,行政訴訟の実務が,行政事件訴訟法改正の目的のとおり,国民の権利利益の実効的な救済手続きとして運用されるのかどうかが問われています。
裁判所が,被控訴人らの権利利益の救済手段を否定することなく,本案審理を行い,都教委の違憲・違法行為を断罪することを期待して,私の意見陳述を終わります。以上
◎ 差止めの訴え及び公的義務不存在確認訴訟の適法性
代理人 金井知明
被控訴人らの訴えのうち,差止めの訴え及び公的義務不存在確認訴訟の適法性について述べます。
1(1) まず,差止めの訴えの訴訟要件について,控訴人は「重大な損害を生ずるおそれ」はないと主張しています。ここではその点に絞り,本件において「重大な損害を生ずるおそれ」の要件が認められることを述べます。
(2) 10.23通達に基づく校長の職務命令に従わなかった教職員は一人残らず処分をされています。その処分は,戒告,減給,停臓と回数を重ねる度に重くなっています。免職となる可能性も否定できません。
(3) また,一たび懲戒処分がなされると,服務事故再発防止研修の受講を命じられます。定年退職後に再雇用を希望しても拒否されます。
自己の信念に従った結果処分を受けることになる教職員は,この再発防止研修によりさらに屈辱と苦痛を受けることとなります。
再雇用の制度は,希望者全員を嘱託職員として5年間再雇用する制度であり,再雇用が認められないということは,懲戒免職をされたも同然です。
この再発防止研修及び再雇用の拒否は,懲戒処分それ自体の執行ではないことから,懲戒処分の執行が仮に停止されたとしても,これらの措置が停止される制度的保障はありません。
(4) そして,被控訴人らは,懲戒処分の威嚇により校長の職務命令に従うことを強いられています。このため被控訴人らは,国歌斉唱時に起立して国歌を斉唱すること及びピアノ伴奏を自己の信念に従って拒否し,懲戒処分を受けるか,それとも自己の信念に反して校長の職務命令に従うかの判断を迫られています。被控訴人らが懲戒処分の威嚇の下で侵害を受ける権利は,精神的自由権にかかわる権利であり,事後的な救済はできません。
自己の信念に反する職務命令に従うかの判断を,式典の都度迫られるという,精神的負担に耐えられずに退職した者もいるのが現状です。
(5) この10.23通達が存在する限り繰り返される懲戒処分につき,懲戒処分を受けたうえで,各処分に対し,不服申立てを行い,その後取消訴訟を提起して執行停止の申立をせよと要求するのはあまりに酷であり,その負担を課すこと自体も重大な損害といわざるをえません。
(6) このような本件の特質を踏まえるならば,処分がなされることにより「重大な損害が生ずるおそれ」があることは明らかです。国民の権利利益の実効的な救済手続きを図るという,行政事件訴訟法の改正の趣旨を考えても,繰り返しなされる懲戒処分を差し止めること及び被告控訴人らの精神的自由の侵害を防ぐとともに,再発防止研修,再雇用拒否といった権利侵害の連鎖を防ぐことがもっとも適切かつ妥当な救済方法であることは明らかです。
2 次に,公的義務不存在確認訴訟が適法な訴えであることを述べます。
(1) 行政事件訴訟法の立法当初から無名抗告訴訟としての公的義務不存在確認訴訟の存在が認識されてたことはすでに書面で主張したとおりです。
そして,長野勤評事件最高裁判決が,無名抗告訴訟としての公的義務不存在確認訴訟が存在しうることを認めた判例と評価されていること,同判例の調査官解説で,同事件の訴訟類型は無名抗告訴訟としての公的義務確認訴訟とみるべきとの指摘がなされてるいことから,実務的にもその存在が認識されていることは明らかです。
また,改正行政事件訴訟法は,「抗告訴訟」という包括的な概念をそのまま条文として残し,無名抗告訴訟の存在を前提とする建てつけになっていることから,公的義務不存在確認訴訟が現在も無名抗告訴訟のひとつとして存在することに争いはありません。
(2) 無名抗告訴訟としての公的義務不存在確認訴訟の訴訟要件は,①義務賦課行為またはその履行強制行為が公権力の行使としての性質を持つこと,②法定抗告訴訟では救済が困難なこと,そして,③確認訴訟として確認の利益があることが必要です。
この確認の利益は,国民の権利救済手段の整備という改正行政事件訴訟法の趣旨及び今日の判例から見れば,長野勤評事件最高裁判決が判示した要件よりも緩和して考えるべきです。
(3) 本件において不存在の確認を求めている義務は,都教委が都立学校長らに対して発した10.23通遠に基づき,各校長が教職員ひとり一人に対して発する職務命令により課せられるものです。この通達及び職務命令は地方公務員法上の指揮監督権の行使としてなされていますが,いわゆる行政処分ではありません。しかし,都教委は行政組織上の手段を用いて,さらに地方公務員法上の権力的手段を行使して,これらの義務を被控訴人らに強制しようしており,そこに公権力の行使としての実質を見ることができます。
都教委は,校長に卒業式または入学式当日における義務履行状況をあらかじめ用意したひな形により報告させ,また教育庁の職員を学校に派遣して履行状況を監視・報告させています。そして,実際に10.23通達で予告したとおり,義務不履行者に対し懲戒処分を行い,再発防止研修を命じ,再雇用を拒否するなど不利益措置を行っています。
このように公権力の行使たる懲戒処分を威嚇の中心に据え,行政の手段を総動員して義務の履行を迫る態様は,本件の起立斉唱義務及びピアノ伴奏義務の賦課及び履行強制行為が公権力の行使であることを示すものものに他なりません。
(4) そして,10.23通達及び校長の職務命令はいわゆる行政処分にはあたらないので,これらに対し取消訴訟または差止め訴訟を堤起することができません。また,懲戒処分の差し止め訴訟では義務不存在の点には既判力が及ばないことから被控訴人らの権利侵害を救済できないおそれがあります。
本人の意思を無視して起立斉唱及びピアノ伴奏を義務付けること自体が自由権の侵害であり,当該義務が違法に課されようとしているときには,当該義務の不存在の確認を求める利益が存在すると見るべきです。
職務命令より課ぜられた義務に従わなかったことに対し懲戒処分,再発防止研修,再雇用拒否という不利益的措置がなされ,被控訴人らの精神的自由の侵害が現実に起こっていことはすでに主張した通りであり,確認の利益があることも明らかです。
(5) 行政事件訴訟法の改正により,無名抗告訴訟としての公的義務不存在確認訴訟と当事者訴訟としての公的義務不存在確認訴訟の被告は同じになりました。これは,当該訴訟が無名抗告訴訟か当事者訴訟かに拘泥するのではなく,確認訴訟の活用を進めようとする選択が採用されたものと考えられています。
改正行政事件訴訟法は「公権力の行使」にあたるか否かの判断により,国民の権利救済手段自体を否定する制度は採用しませんでした。本件においてもこの行政事件訴訟法の改正の趣旨を踏まえた判断がさなれる必要があると考えます。
3 本件の訴訟要件の判断においては,行政訴訟の実務が,行政事件訴訟法改正の目的のとおり,国民の権利利益の実効的な救済手続きとして運用されるのかどうかが問われています。
裁判所が,被控訴人らの権利利益の救済手段を否定することなく,本案審理を行い,都教委の違憲・違法行為を断罪することを期待して,私の意見陳述を終わります。以上
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