◎ 第1 都教委による本件各懲戒処分が裁量権の逸脱又は濫用に当たり違法無効であること
~最高裁判所は本件各懲戒処分を疑問視していると評し得る。
「報告集会」 《撮影:平田 泉》
1 はじめに
都教委が原告らに対して行った本件各懲戒処分自体が、仮に憲法や法令の規定に違反すると直ちに断定できない場合であったとしても、なおそれらが、都教委に与えられた裁量権の範囲を逸脱し又は濫用しているときは、やはり違法無効となることに異論は無い。
この点については、原告は、既に訴状及び準備書面(4)において、①処分目的の逸脱、②比例原則違反、③裁量判断の方法ないし過程の過誤、④エホバの証人事件最高裁判決の判断枠組みからの逸脱の4点から、本件各懲戒処分が懲戒権の逸脱濫用に当たり違法無効であることを主張した。
2 最高裁判所の価値判断も原告らの主張に沿うものであること
(1)最高裁判所は、平成23年5月から6月にかけて、各小法廷に係属する同種事件について相次ぎ判決を言い渡している。何れの事件も都教委の裁量権濫用の有無は司法判断の対象外であったが、この点に敢えて言及する反対意見や補足意見が多く付されている。
(2)たとえば、平成23年6月14日第三小法廷判決における岡部喜代子裁判官の補足意見は、
「起立斉唱行為を命ずる旨の職務命令が個人の思想及び良心の自由についての間接的な制約となる面があることは否定し難いものであり、思想及び良心の自由が憲法上の保障であることからすると、その命令が憲法に違反するとまではいえないとしても、その命令の不履行に対して不利益処分を課すに当たっては慎重な衡量が求められるというべきである。」、「その命令の不履行としての不起立が個人の思想及び良心に由来する真摯なものであって、その命令に従って起立することが当該個人の思想及び良心の自由についての間接的な制約となる面がある場合には、①当該命令の必要性の程度、②不履行の程度、態様、③不履行による損害など影響の程度、④代替措置の有無と適否、⑤課せられた不利益の程度とその影響など諸般の事情を勘案した結果、当該不利益処分を課すことが裁量権の逸脱又は濫用に該当する場合があり得るというべきである。」
と指摘し、裁量権行使の限界につき、その判断基準を明らかにしている。
(3)また、同じ第三小法廷判決における田原睦夫反対意見は、
「本件各職務命令が憲法19条との関係においてその合憲性が肯定される場合であっても、同条との関係において本件各職務命令及び本件各懲戒処分が裁量権の濫用に当たるか否かが問題となり得る。」としつつ、「1 職務命令の発令と裁量権の濫用」の項において、公立中学校の校長が発することができる職務命令には、その内容に応じて質的に様々の段階のものがあるとした上で、「公立中学校の校長が、通常は相手方に対する指導をもって対応すれば足りる行為につき職務命令を発令したときには、裁量権の濫用が問題となりうる。殊に職務命令の対象とされる行為が、その相手方の思想及び良心の自由に直接関わる場合には、職務命令を発令すること自体、より慎重にされるべきである。」と指摘し、
次いで、「2 職務命令違反と制裁」の項において、①「通常は、教職員に対する指導をもって十分に対応できるものの、職務命令を発令しても違法ではないという程度の命令に対する違反行為については、その違反の内容がその質において著しく到底座視するに耐えないものであるとか、その違反行為の結果、校務運営に相当程度の支障を生じさせるものであるなどの事情が認められない限り、かかる職務命令に違反したとの一事をもって懲戒処分をなすことは、原則として裁量権の濫用に当たるものといえよう。殊に、職務命令の対象行為が、職務命令を発する相手方の思想及び良心の自由に関わる場合は、なおさらであろう。」とし、
また、②「その職務命令を発することは適法であり、その発令の必要性が肯定される場合であっても、その職務命令の内容が相手方の思想及び良心の自由に直接関わる場合には、懲戒処分の発令はより慎重になされるべきであり、かかる場合に職務命令の必要性やその程度、職務命令違反者が違反行為をなすに至った理由、その違反の態様、程度、その違反がもたらした影響等を考慮することなく、職務命令に違反したことのみを理由として懲戒処分をなすときは、裁量権の濫用が問われ得るといえよう。」と指摘する。
そして、当該事案におけるあてはめにおいて、「入学式あるいは卒業式の」「式典の進行に係る秩序が完全に保持されることがなくとも、その秩序が大きく乱されない限り、通常は、校務運営に支障を来すものとはいえないものであり、上告人らがその職務命令に反する行為をなすに至った理由が、上告人らの思想及び良心の自由に関わるものであることからすれば、懲戒処分が裁量権の濫用に当たるか否かにつき判断するには、上告人らの職務命令違反行為の具体的態様如何という質の問題とともに、その職務命令違反によって校務運営に如何なる支障を来したかと言う結果の重大性の有無が問われるべきである。」
として、起立命令違反に対して懲戒処分を行うことにつき疑問を提示している。
(4)その他、平成23年6月14日第三小法廷判決における大谷剛彦裁判官の補足意見や、平成23年5月30日第二小法廷判決における須藤正彦裁判官の補足意見のように、抽象的な表現に止まるものの、本件各懲戒処分のような制裁を背景に起立斉唱等を強制することに対する慎重な意見もみられる。
(5)さらに、平成23年6月6日第一小法廷における宮川光治裁判官反対意見は、裁量論に触れるまでもなく本件各職務命令の合憲性自体に疑念を呈し、本件における各職務命令違反を理由とする懲戒処分の不当性を示唆している。
(6)以上述べた各意見で示された価値判断は、これまでの原告らの主張に沿うものであり、最高裁判所としては都教委による本件各懲戒処分を疑問視していると評し得る。
以上
~最高裁判所は本件各懲戒処分を疑問視していると評し得る。
弁護士 富吉 久
「報告集会」 《撮影:平田 泉》
1 はじめに
都教委が原告らに対して行った本件各懲戒処分自体が、仮に憲法や法令の規定に違反すると直ちに断定できない場合であったとしても、なおそれらが、都教委に与えられた裁量権の範囲を逸脱し又は濫用しているときは、やはり違法無効となることに異論は無い。
この点については、原告は、既に訴状及び準備書面(4)において、①処分目的の逸脱、②比例原則違反、③裁量判断の方法ないし過程の過誤、④エホバの証人事件最高裁判決の判断枠組みからの逸脱の4点から、本件各懲戒処分が懲戒権の逸脱濫用に当たり違法無効であることを主張した。
2 最高裁判所の価値判断も原告らの主張に沿うものであること
(1)最高裁判所は、平成23年5月から6月にかけて、各小法廷に係属する同種事件について相次ぎ判決を言い渡している。何れの事件も都教委の裁量権濫用の有無は司法判断の対象外であったが、この点に敢えて言及する反対意見や補足意見が多く付されている。
(2)たとえば、平成23年6月14日第三小法廷判決における岡部喜代子裁判官の補足意見は、
「起立斉唱行為を命ずる旨の職務命令が個人の思想及び良心の自由についての間接的な制約となる面があることは否定し難いものであり、思想及び良心の自由が憲法上の保障であることからすると、その命令が憲法に違反するとまではいえないとしても、その命令の不履行に対して不利益処分を課すに当たっては慎重な衡量が求められるというべきである。」、「その命令の不履行としての不起立が個人の思想及び良心に由来する真摯なものであって、その命令に従って起立することが当該個人の思想及び良心の自由についての間接的な制約となる面がある場合には、①当該命令の必要性の程度、②不履行の程度、態様、③不履行による損害など影響の程度、④代替措置の有無と適否、⑤課せられた不利益の程度とその影響など諸般の事情を勘案した結果、当該不利益処分を課すことが裁量権の逸脱又は濫用に該当する場合があり得るというべきである。」
と指摘し、裁量権行使の限界につき、その判断基準を明らかにしている。
(3)また、同じ第三小法廷判決における田原睦夫反対意見は、
「本件各職務命令が憲法19条との関係においてその合憲性が肯定される場合であっても、同条との関係において本件各職務命令及び本件各懲戒処分が裁量権の濫用に当たるか否かが問題となり得る。」としつつ、「1 職務命令の発令と裁量権の濫用」の項において、公立中学校の校長が発することができる職務命令には、その内容に応じて質的に様々の段階のものがあるとした上で、「公立中学校の校長が、通常は相手方に対する指導をもって対応すれば足りる行為につき職務命令を発令したときには、裁量権の濫用が問題となりうる。殊に職務命令の対象とされる行為が、その相手方の思想及び良心の自由に直接関わる場合には、職務命令を発令すること自体、より慎重にされるべきである。」と指摘し、
次いで、「2 職務命令違反と制裁」の項において、①「通常は、教職員に対する指導をもって十分に対応できるものの、職務命令を発令しても違法ではないという程度の命令に対する違反行為については、その違反の内容がその質において著しく到底座視するに耐えないものであるとか、その違反行為の結果、校務運営に相当程度の支障を生じさせるものであるなどの事情が認められない限り、かかる職務命令に違反したとの一事をもって懲戒処分をなすことは、原則として裁量権の濫用に当たるものといえよう。殊に、職務命令の対象行為が、職務命令を発する相手方の思想及び良心の自由に関わる場合は、なおさらであろう。」とし、
また、②「その職務命令を発することは適法であり、その発令の必要性が肯定される場合であっても、その職務命令の内容が相手方の思想及び良心の自由に直接関わる場合には、懲戒処分の発令はより慎重になされるべきであり、かかる場合に職務命令の必要性やその程度、職務命令違反者が違反行為をなすに至った理由、その違反の態様、程度、その違反がもたらした影響等を考慮することなく、職務命令に違反したことのみを理由として懲戒処分をなすときは、裁量権の濫用が問われ得るといえよう。」と指摘する。
そして、当該事案におけるあてはめにおいて、「入学式あるいは卒業式の」「式典の進行に係る秩序が完全に保持されることがなくとも、その秩序が大きく乱されない限り、通常は、校務運営に支障を来すものとはいえないものであり、上告人らがその職務命令に反する行為をなすに至った理由が、上告人らの思想及び良心の自由に関わるものであることからすれば、懲戒処分が裁量権の濫用に当たるか否かにつき判断するには、上告人らの職務命令違反行為の具体的態様如何という質の問題とともに、その職務命令違反によって校務運営に如何なる支障を来したかと言う結果の重大性の有無が問われるべきである。」
として、起立命令違反に対して懲戒処分を行うことにつき疑問を提示している。
(4)その他、平成23年6月14日第三小法廷判決における大谷剛彦裁判官の補足意見や、平成23年5月30日第二小法廷判決における須藤正彦裁判官の補足意見のように、抽象的な表現に止まるものの、本件各懲戒処分のような制裁を背景に起立斉唱等を強制することに対する慎重な意見もみられる。
(5)さらに、平成23年6月6日第一小法廷における宮川光治裁判官反対意見は、裁量論に触れるまでもなく本件各職務命令の合憲性自体に疑念を呈し、本件における各職務命令違反を理由とする懲戒処分の不当性を示唆している。
(6)以上述べた各意見で示された価値判断は、これまでの原告らの主張に沿うものであり、最高裁判所としては都教委による本件各懲戒処分を疑問視していると評し得る。
以上
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