横浜田舎物語

サザン、サッカー、ロードバイク
エイジレスばあばのパワフルな日々
をお届けします

いよいよ

2014-07-31 | 変形性股関節症
ここからはリアルタイムです。

いよいよ明日になりました。
明日の朝7時前には最寄駅から電車に乗ります。

ここ数日、カウントダウンの毎日でした。

来週の今頃は・・明後日の今頃は・・そして今は、明日の今頃は・・

そんなことを思いながら今日は1日、どこにも出かけないで家に閉じこもっています。

うれしいことに、朝からメールの洪水?まではいかないけどあちこちから

「いよいよ明日ですね、頑張って!」という激励をいただいてます。

本当にありがたいことです。

皆さんのお気持ちに応えるべく、強い気持ちを持って乗り切りたいと思います。

小心者の私がパニック障害も出ないで案外平気でいられるのは
もちろん飯田先生への信頼もですが、
たまたま当ブログに飛び込んできた一つのブログ

ナース・ハルコ 頑張っている・・人工股関節日記

8年前に両股関節の置換手術をされた方の闘病日記です。

とにかくすごい、この3か月、何度繰り返し読んだことでしょう。

私のバイブルになったと言っても過言ではありません。

何がすごいって、当時の彼女は私が入院する関西医大附属枚方病院の看護師長(何科かは不明)

執刀医は当然飯田教授で、8年前当時、できたばかりの枚方病院に入院して手術
ブログには入院前から手術当日、翌日、翌々日…退院後~3か月後に職場復帰し、術後1年目の検診の様子まで
それはそれは看護師目線で客観的に、これでもかというくらい細かく書いてくれています。

不安はないと言いながら、日にちが近づくにつれ全くないというのは嘘だといいたいところ

確かに個人差はあるし、彼女のほうが若いときにやってますからまったく同じようにはいかないかもしれない
それでも何度も読んではシュミレーションを描いて、徐々に自信をつけることができたのです。

その上、なんと彼女は術後3か月で看護師の仕事に復帰

事務職じゃないんですよ、看護師さんって言ったらどれだけ過酷な職業か
お世話になった方は説明もいらないくらい納得でしょう。

私もきっとこうなるんだ、なってみせる、いっぱい勇気をもらいました。

できることなら直接お会いしてお礼が言いたい

harukoさん、あなたはきっと私みたいな後に続くもののために、
記録として残してくれたんですね。

感謝でいっぱいです。ありがとうございました。

前回の入院と何が違うって、もちろん手術も違いますが、病院です。

前の病院は、今年とうとう取り壊され建て直されるようですが、とにかくひどかった

それに比べて今回は、築8年経ったけど、まだピッカピカ

いろんな施設も整って、快適に過ごせそうな予感がします。

たった1か月ですから同室の方と多少気が合わなくても気にしない
ひたすら謙虚に・・できるか???

ナースハルコさんがおっしゃってるように、術後3日はちょっとつらい
でもあとは日にち薬だと思います。

さあ、いよいよ明日です。

この前入院は一人で、なんて書きましたが、救世主現る
館山の友人SSさんは、毎年夏には広島の実家に帰省するのですが
なんと今年は私の入院に付き添ってから行ってくれると・・・

これには私はもちろん、家族も、他の友人たちも一様に安堵しました。
面倒見のいい彼女、整理整頓上手な彼女、きっとこれから1か月を過ごす
ベッド周りをより快適に、過ごしやすくレイアウトしてくれるのではと期待しているのです

退院予定は9/1、暑い暑い8月1か月、別荘に行く気分で行ってまいります。

必ずしっかり歩けるようになって、自転車はその次です。

ということでブログはしばしお別れ、でも気が向いたらスマホからお届けしますね。
では、ごきげんよう さようなら




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二度目の貯血、そしてリハビリセンターへ

2014-07-30 | 変形性股関節症
7月22日 午前10時予約でした。

受付を済ますと、いつもの端末を持たされ、最初の「ピーピー」は採血から

朝の10時にすでに341番です。

採血所もたくさんあるので流れは早いけど、お年寄りが多く、ボードに自分の番号が記されても
立ち上がらない人が多すぎる

係の人が大声で「○○○番の方~」と、何度か呼んでようやく気付く人の多いこと

それでもしばらく待つとようやく順番が来ました。

前回は試験管?7,8本採取されましたが、今回はたった2本

<なあんだこんなことなら昨夜もっと飲めばよかった>

チラッと思ってしまいました。

整形の待合室でしばらく待つと2度目のピーピーが

<整形処置室にどうぞ>

いよいよ2度目の貯血に向かいます。

ちょうどその時です。
沿線に住む、入院友達Tさんの笑顔が・・・

今回は一人で来るということで、後が心配だからと、4月の時点で
彼女に付き添いを頼んでいました。

しかし、前回と同じくらいなら大丈夫そうだし、帰れそうだからと
お断りのメールを入れました。  

というのも、彼女はお母様のお世話をするために週末は京都のご実家に泊まり込みで行っているのです。

そんなお忙しの彼女にお願いするのも、と思いお断りしたのですが
大丈夫だから、会いたいし、ランチは一緒にしましょう・・って

本当にありがたいです。

ちょうど処置室に呼ばれたところだったので、しばらくお待たせすることになるけどごめんなさい

処置室に入りました。  誰もいない

シーンとした部屋にお隣の診察室から愛しの飯田教授の声が聞こえます。

声はすれども姿は見えず、というところでしょうか

覗くわけにもいかず、先生の声をBGMのように聞いていたところへ看護師さん登場

お待たせしました・・まず体温計っていてください・・看護師また消える

体温は平温です。しばらくしてやっと準備が始まる

前回人間の体にはどのくらいの血液があるのか?との質問に答えてくれた助手の男子君登場

まだ老人との会話には慣れていないのか、私が話しかけないとすぐ話に詰まってしまう

まだこれからね

貯血の作業は必ず正医師がやらなければいけないそうです。

前回はご縁のあったU医師でした。今回は留守だと聞いていたからどなたがやってくれるのでしょう

やっと登場しました。

先ほど採血したのは左腕、なので今度は右腕です。
前回やったところかな?

なぜか懸命に血管を探してます  「出にくいですね、言われませんか?」

やだ、やだ、やだ、嫌な予感
だって、11年前も、U医師が同じこと言って大失敗した禁句

「そんなこと言われたことありません、前回だってすぐに入ったし、さっきだってこちらですけど
うまく行きましたから」

11年前の私とは違うのよ、言わなければいけないことははっきり言います。

それでもようやく見つけて針を刺した、手はげんこつ状態にぎゅーっと握りっぱなし
腕にはゴムチューブが”加圧トレーニング”か?って(やったことはないけど)
針刺すより痛いくらい
指先からしびれてきました。

それでも何とか、前回に比べてすごい速さで血が採られた
400CC採り終わると針はそのまま、点滴台が近づいて食塩水が入ります。

これが大変だった、水が入って1分もしないうちに刺した部分、つまり血管の辺りがズキズキ
すぐに訴えて、止めてもらったけど、あわてて飛んできた看護師さん

「あらあら、血管から水が漏れてるわ

水道管じゃあるまいし、漏れてるって・・・生まれて初めての経験です。

水が漏れてるところが腫れてきている・・医療ミスでしょう

そのうち指先もしびれてきた。

しばらくしてあの医師が来ました。
全く悪びれる様子もなく、人の腕を触っては「触っているのがわかりますか?」
だんだん下にきて右手の指、1本1本確認

結局水分補給のないまま針は外されました。

「補給できなかったので、十分に水分取ってくださいね」

慌てて今朝Sさんが持たせてくれたウーロン茶をガブ飲み
助手君に「病院からスポーツドリンクみたいの出ないの?」と聞くと
それはしない、とのこと

そのうち看護師さんが保冷剤と抑えるためのガーゼカバーを持ってきました。

「この腫れはどのくらいで引くのかしら?」

個人差はあるけどだいたい2日間くらいですって、じわじわと細胞に吸収されるそうです。

「採血してくれた先生なんて言う名前?」助手君に聞いたけど答えません。

もうすごく腹が立ってきました。
こんなにしておいて何の説明も言い訳もないなんて・・・
また11年前の悪夢がよぎりました。

<ぜったい飯田先生に言いつけてやるわ

家に帰ってから夫に言ったら「飯田先生に言ったって、~そうだったんですか~で終わりさ」
確かにそうかもしれないけど・・

でも、入院中にもしもこの医師が採血するって言ったら、今度は絶対拒否です。
何と思われたって、自己防衛ですから

この医師もまだ未熟者なのかしら?10年も経てばU医師のように上手になるのかな?

もしかしてこんな医師に出会う私の宿命かもしれない・・なんて思ったら
<手術の悪運をこれで済ませてもらったかも>なんて都合のいい取り方もできるようになりました。

不安をかかえながらそれでも待合室にはTさんが待ってくれてると思ったら
やっぱり来てもらってよかったと、顔を見て安心しました。

ちょうどお昼時、13階のレストランに向かいました。

余りしつこいものはねえ、って言いながら二人ともてんぷらざるそばを
その間私は次から次へお水のお替り、いったい何杯飲んだかしら?

その前に1階のコンビニでスポーツドリンク買って飲んだし
胃は水分でカポカポ、それでも不安でなりません。

食事をしながらTさん宅のうれしいお話を伺って、私もハッピー
うれしい楽しい話はいくら聞いてもいいですね

時間になったので1階に下りてリハビリセンターに向かいました。

もしかして脱水症にかかるかもしれないのに大丈夫かしら?

Tさんとはここでお別れ、手術終わったらご主人と一緒に来てくださるそうです。
本当にありがたい  貴重なお友達です。

リハビリの医師に呼ばれました。

問診票にそって細かく聞かれましたが、いまのところほとんど自力でできてますので
問題はなさそうです。

「術後何が一番やりたいですか?」と聞かれ

絶対無理とわかってますけど「自転車に乗りたいです」

「自転車?乗れますよ、ただ転倒に気を付けてくれれば」
「基本的にやってはいけないことはないけど、サッカーとかラグビーとか、
人と衝突するような運動は禁止ですよ」

先生、ママチャリじゃないんですよ、ロードバイクなんです。

「ロードバイク? ああ、こういうのね」ハンドルを持つポーズを(笑)

「股関節をかなり曲げることになるね、どうなんだろう」

サドルの高さを調節すれば曲げる角度が広がるからどうだろうか?
なんて、提案してみたりしましたが、その前に、あの高いフレームをまたぐことが先決

ママチャリならフレームの形態がまたぎやすくなってますが、これは難題です。

術後何をしたいかって聞かれてロードバイクに乗りたいなんていう患者はめったにいないでしょう

私もわかってるんです。無理だって、でもあえてハードルを高くしたかった

もちろん、普通に歩けるようになりたい、いろいろなところに自分の足で行きたい
これ以上の希望はないはずなんですけど

「最初の3か月は脱臼しやすいので特に気を付けて、それを過ぎれば落ち着きますよ」

そっか、目安としては年内かな?

いったん廊下で待ちます。

その時、すぐお隣にいたまだ若そうな女性
ここに来るということは、大抵これから手術受ける方?

大阪のおばちゃんではないけど、なんとなく話しかけてしまいました。

すると、

「去年の秋、片方やったんですけど、来月もう片方やることになったんです
どうせなら両方一緒にやってもらえればよかったんだけど」

びっくりでした。

彼女は51歳、そもそも人工関節はできるだけある程度の年齢に至ってからのほうがベストのはず
それでも若くして末期症状になってしまう方もいらっしゃいます。

彼女もやむを得ずこの年齢で置換手術を受けたのでしょう。

その時のもう片方は・・・推測で言うのはよくないけど、
もしかしたらまだそれほど悪くなっていなかったのかもしれません。
まだ若いし、少しでも先のほうがいいと医師が判断されたかもしれません。

片方をやるとどうしても、やってないほうに負担がかかります。

やってないほう・・それが完全になんともなければ問題はないのですが
進行形の場合、一気に悪くなる可能性がある
まだ若いから私のように老化が付加されているとも思えないし

後でリハビリの先生からも、「こんなことなら一緒にやってもらえば負担が軽かったのにね」
なんて言われてましたけど、仕方ないですよね。

彼女とは帰りも一緒になったので駅までの道、話しながら

私がこれから横浜に帰ると言ったら驚いていました。

彼女は20日ころ手術だそうで、私のほうが一足先に受けますが
入院が重なるから病棟で会えますね。
これもご縁なのでしょう

さて、リハビリ室の続きです。

これからずっと担当になるという理学療法士と初対面
ドキドキするようなイケメンではないけど・・普通だけど・・いい感じの方です。
(私はいったい何を期待しているのでしょう・・冗談ですよ)

広い広いリハビリ室です。

この日は術前の筋力やバランスなどの調査、データを取っておくようです。

1日のうちでこの時間帯は割と歩けます。
朝は最悪ですけどね、立っているのがやっとという感じです。

床に貼られたテープの上をできるだけまっすぐ歩きます。
10m先には椅子が置いてあるので、歩いては休憩
その時脚にはデータを送るための機器?が付けられます。

2度目はなるべく早足でって

その後いくつかの検査があって終了、ちょっと頑張りすぎて疲れてしまいました。

これから横浜まで帰ると言ったらここでも驚かれました。

「手術が終わって3日目には病室に僕が迎えに行きますから、その時お会いしましょう」

3日目?ようやく車いすに乗れる頃です。

車いす移動ですが、こちらに来たら平行棒で歩く練習を開始するらしい

これも前回の自骨手術とは全く違うところ、あの時は1週間すべてがベッド上

平行棒に掴まったのは約1か月後でしたから

手術が無事終わって、この部屋に来て”日にち薬”の毎日が来ることを想像しながら
療法士君とお別れしました。

入院まであと10日です。


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2回目の術前通院、とその前に

2014-07-29 | 変形性股関節症
22日は2回目の貯血のため、またまた大阪入りです

前回、貯血後の調子がよかったので、その日泊るのをやめて、前泊することにしました。

今回も同じホテルを取ろうとしたところ、枚方市在住の友人Sさんからうれしい提案が
自宅に泊って、と言ってもらったのです。

いくら友人宅でも、一応気を遣うし、だったらホテルに泊まったほうが気楽だわと
今までは思っていたのですが、
今回はちょっと別、S家のご主人と話がしたかったのです。

というのも、ご主人、6月に左股関節置換手術を受け、退院したばかり

きっと役立つ情報がもらえるだろうし、なんといっても同じ病気を持った同志
偶然ではあってもなにか縁があるような

ということで、前日21日の夕方彼女の家の最寄駅に到着、
駅前で待っていてくれた赤い車で初めてのS家訪問です。

「あまり愛想がよくないけど気にしないでね」って事前に言われてましたけど
そこは私、そんな人でも割と平気で話しかけられるという才能というか、図々しい一面が役立つ

あとでSさん曰く、ご主人が他人とこれだけ話すことはないと、珍しいと

でも、私にしたら余計なこと聞いて不愉快になったんじゃないか?
めんどくさいばばあだと思ったんじゃないか、と少しは反省

ご主人は3年前に右側をやって、今回左側、男性の変形股関節症は珍しいのですが

何年か前にSさんからご主人がしんどそうだと聞いて、関西医大を紹介、
飯田先生に診察してもらったのです。
その際、手術したほうがいいと言われたものの、3か月先になると言われ、
とにかく我慢できないほどの痛みのあったご主人は待つことができず、別の病院に入院されたのです

「関西医大で手術だったら両脚同時と言われたかも」と、私を思いやる言葉をいただきました。

晩御飯はさすが本場大阪、S家特製たこ焼き

かつて3人のお嬢さん方と賑やかに囲んだ食卓も今は夫婦二人、たこ焼きもめったにやらなくなってしまったと

私も久々のたこ焼きに大興奮、翌日検査と貯血があるのでアルコールは少々にしたものの
たいへんおいしくいただきました。

ここでS家と我が家の大きな違いに気づきました。

食事中のテレビですが、別にわざわざ消しているというふうでもなく
私が到着した時からずっとかかっていたラジオ、それもほとんど音楽というまるでBGMのよう

夫婦二人なのにテレビがついていない食卓なんて我が家では考えられないからです。

食事が終わってようやくテレビがついた、でも今夜は会話が中心

「僕は静岡にも4年間いたんですよ」とご主人

私とSさんが同僚で働いていた頃、ご主人は5年間横浜勤務だったのです。

それ以外に静岡にも勤務?いや、4年間といえば・・そうです、大学の4年間

「静大ですか?」

大阪の人がなぜ静岡に?事情はあったようですが、そんなことより
ここでも不思議なご縁を感じてしまいました。

私が遠慮なくあれこれ質問すると、それにきちんと答えてくださり
おかげさまでずいぶん参考になりました。

まだ術後二か月たっていませんし、足首にも問題があるからなかなか思うようにならないと言いながら
食後しばらくすると、トレーニングと言ってウォーキングに出かけて行きました。

友人のSさんも「もう少しすればしっかり歩けるようになると思うんよ」と
今はひたすら自分の趣味も我慢してご主人に尽くされてました。

「早く自由になりたい」なんて冗談とも本気ともわかりませんが奥様は言っておりました。

きっとよくなりますとも、じゃないと何のために手術したのかわからないでしょう。

翌朝、彼女に病院まで送ってもらいましたが、見送ってくださったご主人にこの私

「お世話になりました。ご主人、頑張りましょうね、お互いに、私とご主人は戦友ですからね

また余計なことを言ってしまってって思ったけど、
内心は<我ながらうまいこと言ったわ>なんてちょっと調子に乗ってしまいました。

さあ、病院に着きました。

連休明けとあってかなり混雑しているようです・・・ 








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1度目の自己血貯血と術前検診・・・その②

2014-07-28 | 変形性股関節症


7/1の続きです。

整形外科診察室の一番奥の部屋に通されました。

ベッドに横になり、看護師さん、看護助士さん、輸血科の新人君、それぞれ役割を
てきぱきと進めます。

「採血は先生がやりますのでお待ちください」

その間、輸血科の新人君がそばにいてくれたので少し話す。

質問です「人間の血液って全部でどのくらいあるんですか?」我ながらいい質問

だってこれから400CCも採るのにどんなになっちゃうのか未体験ゾーンですから

「一般的には体重の8%と言われてます。
僕は約60Kgなので4800gということですね。
ですから全体からしたら大した量ではないですよ、
ただ、痩せすぎの人はそれだけリスクはありますね」

なるほど・・・いい勉強になったし、なにより・・太っていてよかった
と思った瞬間でした。

血圧を測り、まだ待機

そしてようやく医師登場

この医師こそ、何のご縁か、あとで書きますがこんなことってあるんですねって人だったんです。

「少し痛いですよ」
いつも言うけど注射は痛いに決まってるんです・・また減らず口、可愛くない患者ですみません。

<お上手ですね、さすがです
思ったけど口には出しません、だって医師ですからね、これからお世話になるはずだし・・

看護師さんが針の入った場所をテープで留めようとしました。
すると先生「いいよ、僕が押さえているから」
これから10分はかかるのになんて優しいいい先生なの・・<ありがとうございます>

「気分はどうですか?具合悪かったら言ってくださいね」
「もう半分まで来ましたから、もう少し頑張りましょう」

もう、みなさん優しい~~

すっかり不安は消えました。

「はい、終わりました、これから採った分の水分を補給しますからもう少し我慢しててね」

精製水でしょうか?ミネラル水でしょうか?透明な水が入っていきます。

<血液400採ったらそれだけ体重減るんだ>なんて単純に喜んでいた自分がバカみたい
そうですよね、このままじゃ脱水症状になってしまいます。

「注射器を抜きますね。これから肩に皮下注射を打ちますので、痛いけど我慢して」

<はい、皮下注射の痛さも知ってますから大丈夫です>

この注射は、貯血の際に起こりうる症状に対処するための何とかという注射です。

金額も高いので前もって話がありました。

やらなくてもいい人もいると言ってたけど、安心料のようなものです。
これで体調が維持されるならやはり打ってもらったほうが安心ですからね。

「はい、ゆっくり起き上がってください、めまいはしませんか?」

大丈夫ですよ、全く問題ないです。

そして、本日最後のスケジュール、担当医師との面談、

そこでこんなことがあったのです。私のカルテを見ながら・・

「あれ?11年前滝井で? 僕もそのころいたんですよ、インターンでしたけどね」

注・・滝井というのは、関西医大附属滝井病院のこと、大阪府守口市にあり、最寄駅が
   京阪電鉄の滝井駅なのでこう呼びます。
   お化けが出そうなぼろ病院だった

<ああ、やっぱり> 

障害者の認定を受けるために、こちらの役所からもらった書類を病院に送って
記入、認定してもらうのですが、その時のサインがこのU医師だったのです。

<この名前、見覚えがあるわ>

「先生もしかして、ご実家は新潟?」「いや、石川ですよ」

「ごめんなさい、確か日本海側だった記憶が・・ご実家もお医者様ですよね」

「そうです、あのころおやじが倒れて、実家に急きょ帰ったんですよ」

「そんなことがありましたね。しばらくあちらでお仕事されてたんですよね」

絡んだ糸が一気にほどけていきました。

当時、私の担当医ではなかったけど、なぜそんなに覚えてたかって・・
若くていい男だったから? それはない・・キッパリ

なんと、採血がチョー へたくそだった!

私はどなたにやってもらっても、「血管が出易いから助かるわ」って言われてました、
それは今でも

なのにこの人、何度も何度も刺す、あげく腕を変えた。

内出血はするし、痛いし、なのに全く悪びれることもなく、あやまりもしない

<なんてやつだ、こんなのが医者になったなんて何かが狂ってる
言葉に出せないから余計に悔しい

翌日担当医に言いつけてようやく溜飲が下がったけど、11年経っても忘れられない出来事でした。

それが・・・なんてこと、こんな形で再会しようとは、しかもかなり関わりそう

その上、なぜかフレンドリー

彼も時が経って成長したのでしょう 顔つきもなんだか違うように見えるし
何と言っても注射がお上手になっていた

夫も同席で手術の詳細を説明される

私ときたらここまできてもまだ他人事のように冷静

「なるほど

先生「奥さんこれではきついでしょう、痛いよね」って夫に言ってくれた。

そうなんです。痛いのよ、でも家事はちゃんとやってます。

手術の詳細は恐ろしいので書きませんが、とにかく医学の進歩はすごい
それだけを感じて診察室を出ました。

長い1日でした。

今日はアルコールダメって言われたから我慢、新幹線の中で京都で買ったお弁当を食べながら
帰路に付きました。

そうそうアルコールって言えば、血液採る前に看護師さんから
「アルコールは大丈夫ですか?」って聞かれたから

「そりゃ大丈夫なんてもんじゃないですよ、大好物ですから」

その時はまったく気付かなかったんですけど、看護師さんの言うアルコールって
注射の前に塗る消毒用アルコールのことだったんですねえ

看護師さんも言ってくれたらいいのに、絶対後で笑いネタになったはず

次回聞かれたらなんて言おう・・やっぱり好きって言おうかな



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1度目の自己血貯血と術前検診・・・その①

2014-07-27 | 変形性股関節症
6/30

関西医大での術前検査と、手術時の出血に備えての貯血のため、採血に行ってきました。

朝1番の来院のため、前日から来阪、夜にはS銀行時代の同僚、
Sさんが枚方市駅まで出てきてくれたので
ホテルのすぐ隣、”がんこ寿司”に行きました。
チェーン店ですが、彼女も時々利用しているとかで、まあまあの味でした。

翌日、血液検査や、貯血があるというのに、まずは生中で乾杯

4月に会ったばかりなのでそれほど話題はないかなと思いきや
彼女のご主人が現在、人工股関節置換術をやったばかりで入院中

そんなことから話は進み、場所を喫茶店に変えて10時閉店まで、

いくら飯田先生を慕ってここまで来るんだと言っても、普通なら孤独なもの
それを彼女を始め、もとさんや入院友達のTさんも、神戸には長年の友人Nさんもいてくれる。

なんとも心強い関西入りではあります。

翌、7/1、ホテルから徒歩で病院入り、受付を済ませてから朝食がまだだったので
入り口にある”ドトール”でサンドイッチモーニング

そんなことをしているうちに、夫が到着、4:51始発で出てきたので4時間かかりましたね。
ご苦労様でした。
術前に担当医師に会い、手術の詳細、その他諸々説明を聞くためです。

この日は検査や診察その他諸々、いつもの検診日とは違ってやることがいっぱい
この病院にはもう何年も来ていますが、初めて入る部屋ばかり

9時過ぎ、端末からさっそく最初の指令です

まずは、心電図から、その後は流れ作業のように、採血、7,8本は採ったでしょうか
後で大量の血を採られるのに大丈夫だろうかと不安になりましたが

昨夜のお酒の影響はどうだろう?こちらも不安になりながら・・後の祭りです。

そして、いつものレントゲン撮影、今回はベッドに横になりました。

その後はしばらく待って、飯田先生の診察へ

最初のころ、2年前、そしてこの日、レントゲン写真を何度も見比べて
どのくらい悪くなったかを確認
自分の脚ながら、まるで他人事のように見ている自分に驚いたり
やっぱり現実なんだと受け止める自分がいたり・・・
不安はないと言いながら潜在的なものは隠せないのかな・・・
う~~ん 複雑

もう先生にお任せするしかないのです。

ほんとに希にある手術での不幸まで心配してたら何事も進みませんから
ひたすら前を見るのみ、前進、前進

ところで、採血の結果ですが「満点だね」ですって

しいて言えば、血糖値が108あって、基準よりほんの少し出てましたけど
これくらいは許容範囲?
やっぱりお酒のせいかな???

飯田先生にご挨拶をして、その後呼ばれたのは術前クリニック
麻酔科医師との面談です。

その前に、ちょっとふくよかな看護師さん登場、聞きたいことをメモして行ったので
これはいいチャンスとばかり、次々質問

まずは、下着のお話から

手術当日と翌日は排尿チューブが付いていますから、お産の時に使ったT字帯を使用します。

背中には硬膜外チューブ、傷口には排液チューブ(ドレーン)が付けられますから
普通のショーツは履けません。

早ければ術後2日目の夜くらいにはすべての管が取れる予定ですが
その後履くショーツは普通のでは困るはず・・すると看護師さん
「こんなこと言うのもなんですけど、よく使って伸びきったようなものがいいんですよ」

そんなあ・・そんなになる前に捨てちゃうでしょう。

結局、もものところにゴムが入っていないようなボクサーパンツがいいって

そう言えば地元、E総合病院では男性用のトランクスを奨励してるって書いてありました。

夫のトランクスをたたみながら思いました。

<確かにこれはいいかも

そして夫に聞いてみたんですよ。

新しいのを買って、まず私が使う、そのあと捨てるのもったいないから使ってくれる?って
そしたらいいよ~だって

えらいねえ、もしもこれが逆だったら私は嫌です。
速攻、捨てます(笑)

確かにきれいに洗えばね、他人のものじゃないし、それでもどこまでも私は嫌ですけど

女性用のもありますね。そういえば前にユニクロで買ったのがあったかも

あらあ~○ンツ話でこんなに割いてしまいました、が
後日、通販でそれなり(女性用)のがあったので購入しました。
就寝用とか、大きめがいいと思ってLサイズにしましたけど
ウソみたいな値段で買うことができて、めでたしでした。

看護師さんにはその他諸々、なんとなく納得できたので安心

優しい方でした。看護師だから当たり前なのかもしれないけど、
椅子に座っている私の目線に合うようしゃがんで話しを聞いてくれました。

ああ、そういえば前回入院した時もずいぶん若い看護師さんたちに救われたわ
今回もきっとこんな看護師さんたちが笑顔で迎えてくれるんだろうな
これだけでも気が楽になるというものです。
看護師さんってやっぱりすごい

ここで名前を呼ばれました。

今度は術前クリニック、
今現在服用の薬を報告したり(ここでお薬手帳が必要だったのに忘れてしまった)
手術時の麻酔の不安を解消させるDVDを見せられます。

DVDでも言ってたけど、手術の何が不安かって体にメスが入ることではなくて、麻酔ですよ
メスで何かが起こるなんてことはめったにないけど、麻酔は怖い

これはその不安を払しょくさせるためのDVDでした。

手術中、麻酔科医はずっと患者の様子を見て、データを見て何かあればすぐ対処してくれる
患者に直接手を触れるわけではないけど、かなり重要な役割です。

続いて本物の麻酔科医に会いました。

まあ、なんて若くてかわいいお嬢さん、大丈夫かしら?って一瞬思ったけど
話をしているうちに、やっぱりお医者様なんだって、失礼なことを、ごめんなさい

手術室に入るところから、術後までを詳しく説明してくれました。
その話は端折りますが(ほんとは専門的すぎて再現できない

印象に残ったのは術後のことです。
どんな手術でも麻酔が切れたら痛みが出ます。

背中のカテーテルから断続的に痛み止めは入れられますが、それでも痛いときは手元にある
名称はわかりませんが、手のひらサイズの器具をプッシュすると痛み止めの薬が追加されます。

「痛みって人によって感じ方が違いますよね?どの程度で、どのくらいの頻度で押したらいいんですか?」

「自分が痛いと思ったら何度押しても構いません、痛いのを我慢している方が体に良くないのです」

痛み止めってやたらに摂るのはよくないと思ってましたからこの言葉には驚いたし安心しました。
後日詳しい人に聞いたところ、当然量は限られていて、ある程度入るとストップしてしまうらしいです。
そうでしょうねえ

ところで全身麻酔ですが、去年秋にやったインプラントも全身でした。
でも眠らせるだけ?簡単なものでした。

ところが、前回(11年前)もそうでしたが、こちらの手術では本格的な、
自力呼吸を止めて、喉に人工呼吸器を入れ行うのでそれは大変
この作業は当然麻酔が効いてからやるので痛くもかゆくも苦しくもないのですが
喉に管を通すことで、粘膜が傷つくのか、術後しばらくの間、いがらっぽくて、そのうち痰が絡んで
これは非常に不愉快なのです。

その話もしましたら、今回は手術時間が長いから症状がきついかもしれないと、
なるべく細い管を入れるようにしますが・・・と

手術の経験があると、やる前からわかってしまう安心と不安が複雑な思いにさせます。

もともと喉が弱いので心配ではありますが、といって別の方法があるかと言えば
それは無理なので、ただひたすら軽く済むように願うしかありません。

そしてこの後、CT撮影に、膝から股関節までを丹念に撮影されました。

しばらく待たされていよいよ本日最大のお仕事、貯血場?に向かいます。





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障害者認定申請と更生医療

2014-07-26 | 変形性股関節症


6/10

一昨日関西医大から一連の書類が届きました。

障害者認定のための身体障害者診断書・更生医療意見書・医学的意見書の3通

一般の人がこんな書類の名称を聞いたって、障害者・・くらいはわかってもなんのこっちゃでしょう

私も最初はなかなか理解できなかった

要するに、社会福祉を受けるための書類、審査を受けるための書類です。

我々の税金や、健康保険料が様々な形で多くの人々に還元されいることは知っていましたが
今回、自分がその恩恵にあずかることになって、改めてこの国の国民皆保険制度の素晴らしさを
実感した次第です。

健康な人々には申し訳ないのですが、ついこの間まで私もそちら側の人間でした。

毎月、高い高いと思いながら払い続けた健康保険、今となってはそれのおかげで
どれだけの人が助かっているか、感謝の二文字しかありません。

自分が障害者になる・・・

11年前の手術の時、申し訳ないけど人工にした方は術後の経過もよく、それで障害者の恩恵を受けられる・・
私と言えば、自骨での手術で、術後の大変さ、痛み等、人工のそれとは比較にならないほど大変だったのに
認定は受けられない・・・不条理だと、当時は感じたものでした。

今思えば、なんという身勝手な考えで、今回本当に障害者として認定を受けることになって初めて
何も付かないことの幸せを思い知らされたのです。

厚生労働省はこの4月から障害者制度の改定を決行しました。

他の福祉同様、このままでは財政破たんは目に見えています。
なぜこんな時にって思いますけど、今70歳の方は3月生まれと4月生まれでは医療費負担
1割と、2割と違ってくるのは大きいですね。

制度というものはどこかで線引きをしなければいけませんからやむを得ないことではありますが
そこに関連してしまった人にしてみたら文句の一つも言いたくなるでしょう。

そんなこと言ったら私だって、3月までに申請してたら・・・
今回1段階下がって認定されました。

仕方ないですね。

私は思いました。

障害者・・・健常者に比べて自力で生活することに困難が生じる者の名称

でも、私は今度の手術で現状よりいい状態になれる、自由に動き回れるようになる
痛みだって無くなる・・なのに障害者になる

確かに、健常者に比べて制約はあるし、そのリスクは大きいけど、
少なくとも現状よりいい方向には向かえるはず

書類の中の医師の言葉に「術後は歩行困難、生活での支障、これらが改善される見込み」とあった

たった1行でしたけど、こんな励ましが、他にあるだろうか

もともと飯田先生を信頼して遠い大阪に乗り込もうという気概で受ける手術に
いっそうの希望を与えてもらったようなもの

区役所の担当者Yさん、女性ですが、彼女が今後も私の担当になるそうです。

「どなたの認定ですか?」
元気そうな私を見て開口一番がこれでした。

杖は持って行ったけど、すでに着席してましたから気づかなかったのでしょう。

そうよね、外見からいったいどこが?って思われたって仕方ない。

もっともっと大変な方が申請にいらっしゃる。

こんな私が認定を受けるのは申し訳ないけど・・・

スーパーの障害者用に停めて、私が下りて行ったら、いくら障害者マーク付けていたって
きっと睨まれるだろうなあ・・・
実際あるみたいです。

車から降りるときだけでも杖を持ってなくちゃだめかもしれない

でも、本音を言うと、間違えて怒られるくらい元気になりたいです。


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決心

2014-07-25 | 変形性股関節症


昨日の記事でお知らせしましたが、ここからの話はかなり私事なので、公開するかどうか
ずいぶん迷いました。
しかし、カウントダウンに入り、躊躇している時間が無くなってきました。

ご意見は様々おありでしょうが、できることなら同じ病気で悩んでいる方々に届けとの思いで
毎度のことながら長文になりますがお許しくださいませ

では・・


4/15(火)

関西医大附属枚方病院での検診日でした。

前日までの楽しさと違って、緊張の朝、7時半前には淀屋橋のホテルを出発
京阪電車で枚方市駅を目指します。

時刻はちょうど通勤時、とても座れるとは思わず、あきらめていたところ
さすが大阪、人情の街です。

杖を持って、いかにも旅行中といういでたちの私に、すぐに声がかかりました。

なんとお二人の若い女性から・・
そのお二人がお互いにゆずりあってくれて、結局どちらかというと年下の彼女の席に
私は座らせてもらうことができました。

東京や横浜だったら考えられない・・

おそらく<こんな通勤時間帯に杖なんか持って乗らないでよ>って思っている人が圧倒的
そこまで極端に思わなくても、知らん顔・・自分には関係ないわって

申し訳ありません。朝からご迷惑をおかけしました。

枚方市駅に着いたのは8時15分頃、ところが出口がわからなくなってしまった。
もう何度も来ている駅なのに、いつもと違う階段を上がってしまったみたい

そこで、いかにも病院に行きそうな年配のご婦人に聞きました。

出られた~ ここからは一人で行くぞって思ってたら、そのおばさま
こちらから行ったほうがいいって

郷に入れば郷に従え、これも何かの縁です。

こういう時は相手に合わせるべし

いつもとは違うコースだったけど、到着、さっそく診察券を再診受付の機械に入れます。

診察は9時からですが、毎度のこと、しばらくはそのまま待機
その前に下に下りてレントゲン、今日は混んでる

1時間ほど待たされて診察室前に、今日は私に話しかけてくるおばちゃんいなかった
たいていいるんですけどね、これも大阪ならでは

ドア横の壁に診察番号が出ます。
順番が回ってきました。

「先生こんにちは」

「どうですか?」

「だめですね、あれから(去年の診察)ますます痛みが出てきて、可動域もずいぶん狭まりましたから」

診察です。まずは片足立ちから、少しよろっと、これも以前は平気だったのに

ベッドに・・膝を曲げたとき、以前は胸まで膝頭が届いてました。
それがまったく曲がらない、痛い

横の広がりも悪いです。

「う~~ん、だいぶ悪くなってるねえ」

「やはり手術ですか?」

「そうだね、やったほうがいいと私は思う」

「で、どちらの脚を?」

両脚だよ

いとも簡単に、驚く私をしり目になんということもなくおっしゃいました。

「両方ですか・・・

「片方やっても、すぐにもう片方やるようになるからね、そうすると負担が大きいんだよ
1度にやると、当然手術時間は長くなるけど、そのほうがあなたの負担が軽くなるから」

納得したようなしないような、まさに青天の霹靂
想像のつかない世界です。

「はい、わかりました。私は先生にやっていただきたい、そのために今まで通ったのだから」

「わかりました。ありがとうね、では話を進めるから、このあと看護師から説明があります」

こんな感じで簡単に決まってしまいました。

ここで渋る人もいるんだろうな、手術が怖いとか言って
私だってできることならしたくないよ

でも今のままじゃどうしようもないわ

行きたいところに自分の脚で行けないのです。
やりたいことの半分どころか10%もできてるかどうか・・・

インプラント入れたとき、あと25年は生きるんだと誓ったのに、こんな脚じゃ生きてる意味がないわ

そう思ったら手術してしばらくの不自由なんてどうってことないのです。

それもこれも飯田先生あってこその決断、即決

私ってなんて幸せ者・・医師を信頼できなくて悩んでる患者さんの多いこと

いつも言いますが、東京にだって横浜にだって優秀な医師はたくさんいると思います。
なぜそういうところに行かないのか・・・
それは私の思い入れ、他のだれものでもない、飯田先生LOVEだからなのです
なんてかくと誤解されそうですが、ここでいうLOVEとは人として、医師として絶対的な信頼を置いているということ

私にとって唯一無二の医師が飯田先生なのです。

だから何も怖いことなどない、全く心配していないって嘘みたいだけどほんとの話です。

11年前に入院したからおおよそのことは想像できます。

再び1時間ほど待たされて、看護師さんから別室に呼ばれました。

入院前の検査、自己血の貯血のこと、入院手続きのこと・・
すべて聞きましたが半分理解できたか?

自己血のことは横浜の病院で採ってもらったものを送ることはできないか聞きましたが
却下されました。

ということで、術前検査もあるので7月には2度、来院、つまり来阪となりました。

確かに大変ですが、横浜から東京都内のはずれに行くのと気分的には変わりませんし
愛しの飯田先生にお会いできるのだから文句などあるわけがありません。

さあ、決心しましたよ

この小心者がよくぞですが、案外平気です。

どんな手術も100%大成功ということはないです。
これは手術だけでなく、人間生きていくということはいつだって100%安全などないのです。

その中で不幸にもはずれになってしまうこともある
これもまたその人の人生と、なんだか哲学者みたいに悟ってしまってる。
だってこう思わなかったら何もできませんからね。

あとは先生の腕を信じ、自分の生命力を信じるだけです。

さて、この事実をブログに書くべきか否か、迷いに迷い今日まで来てしまいました。

とりあえず心配してくれている家族、親戚、友人、そしてオフ会仲間にはメール等で知らせました。

この記事を書くまで、決心した日から2か月近く経ってしまった。

いま、着々と入院準備を進めています。

気のせいか、ますます痛みが増してきたような、一番心配なのは
入院の日、一人で大阪まで行けるだろうか・・

夫も、子供たちも頼れませんからこれくらいは一人でやらなくちゃですが

11年前は次女が付き添ってくれました。
手術の時は蒲田の義姉が付いていてくれて、わざわざ宿を取って1週間付き添ってくれました。

今回はそれぞれ事情が変わって甘えることはできません。

夫は手術には立ち会うようですが、翌日には帰ります。

一人になってしまいますが、大丈夫、看護師さんたちがいる、担当の医師もいる、
その上、もとさん、入院友達のTさん、銀行時代の同僚だったSさんも、みなさん病院の沿線に住んでいる
それだけで心強いというものです。

入院まで1か月と20日、しばらくはその思いを綴りたいと思ってます。

そして術後、読み返してみましょう。
どんな思いで読めるかな? 懐かしいわって気分になれたら最高なんだけど




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今日はブログの誕生日、ということで

2014-07-24 | ひとりごと


暑中お見舞い申し上げます

本日当ブログはめでたくも7周年の佳節を迎えました。

明日からいよいよ8年目、正直こんなに長く続くとは・・
最初は簡単な気持ちで始めましたから、自分が一番驚いているところです。

ブログを通して全国にたくさんの友人ができました。

しっかり年も取りました。

以前から訪ねてくださっていた方には、このところの私は以前とは違う
まったくアクティブさがなくなっているとお気づきかと思います。

ずいぶんもったいぶってきましたけど、ようやくその理由を公開しようと
ブログの誕生日に当たって決心がつきました。

この春大阪に検診に行った日から現在まで、ひそかに綴ってきました。

ということでしばらくコメント欄は閉じさせていただきます。


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あの海街diary第6巻が出てました

2014-07-23 | お気に入り


映画化が決定した”海街diary”の続編、第6巻が発売されました。

まったく情報がなく、この連休、地域のお祭りがあったのですが
それが目的で久しぶりに泊りに来た孫が教えてくれたのです。

今日になってAMAZONに注文、明日中には届くようです。

もうすでに月刊誌には連載されていますが、それは見ていないので
どんな展開になるのか楽しみです。





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もうびっくり!

2014-07-18 | 出来事
一昨日のことです。

まさに梅雨の晴れ間、シーツやカバー、大物の洗濯をして、ベランダに出た

すると体調3~4cmくらいの薄茶色の羽を持った蜂が飛んでいました。

ミツバチくらいならそれほど驚かないのですが、大きいし、初めて見た種類だったので
慌てて家の中に入り、恐る恐る隠れたほうを見ましたが、出てくる様子がない

マンションのベランダにはお隣との境界線に火災の延焼を防ぐために薄い壁がありますが
その隙間からお隣に行ってしまったのだろうか?

もう一度ベランダサンダルに履き替えて、その境目あたりをこわごわ覗いてみました。

全く見当たりません<ああよかった どこかに行ってしまったんだわ>

その時です。かすかに<ブゥ~~ン>という羽の音

一瞬凍りつきそうでした。

そしてその音のするあたりを覗くと




ギャア~~~
と言いたいところだったけど、まさに声も出ないとはこのこと

どうしよう   そうだ、たしかテレビで役所に電話すればいいみたいなこと言ってた

早速電話  係の人に回してもらう

「申し訳ありませんが、そのようなことは役所ではやれないのです。ご自分で退治していただくか
無理でしたら業者に依頼していただくしかないのですが」

今日の今日までこういうことがあったら区役所に電話すれば何とかしてくれるって思いこんでいました。

区役所の、女性でしたが、私の困惑ぶりが伝わったのでしょう

「ハチの種類は?スズメバチですか?スズメバチだとご自分でやるのは無理かと
ネットなどでお近くの業者を探していただいて、ただし金額もいろいろですから
何社か聞いたほうがいいと思います」

親切は親切なんです。

「いや、スズメバチではなさそうです。色は薄茶で、割とスリムなハチです」

すぐにそれはアシナガバチですね、という返事

スズメバチは危険だけどアシナガバチなら自分でできるって
ハチ駆除用のスプレーもあるけど、ゴキブリ用でも使えるとのこと

ゴキブリ用ならありますよ

「暗くなると動きが鈍くなりますから必ず暗くなってからやってくださいね」

やってはくれなかったけど、どこまでも区民に親切な職員さん

こうなったら夫が帰って来るまで待つしかありません。

そして7時ころ、いつものように帰宅した夫

私ももちろんですが、会社で駆除の仕方をネット検索してきたらしく
まず、白っぽい上着にします。
頭にはバスタオルで頬かむり、軍手もして、さあ出陣

お隣さんとの境目だから声掛けしなくてはと思ったけどお留守のようなので

ゴキブリスプレーを思いっきりかけて、
私は何もできないくせに「ハチさんごめんね

ネットで見ると、冬まで置いておけば自然消滅してしまうそうです。
でも、そのままにしておくわけにもいかないし仕方ないです。

ほんの数分の出来事でしたが、今回は夫がいてよかったと、
やっぱりいないと困ることもあるのよねと、

ご苦労様でした。  これからも頼りにしてますからね


コメント (14)
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