夫は85歳の誕生日を4日後に控えた6月4日お昼の12時半に家族3人と訪問看護師さん2人と
かかりつけ医の先生といつも先生と一緒に来て下さる医院の看護師さんの7人に見送られ
旅立ちました。79歳で直腸がんの手術をして以来、2年後に再発をしてそれから6年間の
闘病生活でした。何回もの入退院を繰り返しながらもよく頑張ってくれました。
亡くなられてみると本当に良き夫であり、良き父親だったと思います。
病気中も悲観的な事を口に出すことがなかったので何を考えていたのかわかりませんが
泣き言は言わず常に明るく振舞っていてくれましたのでした。看ている方も気持ち的には
らくに過ごせました。最後の入院は私がダウンしてしまったために、急遽3回目の緩和病棟への
入院になりました。幸い私は4~5日で退院しましたが、その間に夫の病状はかなり進んでいました。
ただ頭はしっかりしていましたので、「家に帰りたい」そのことを強く望んでいました。
先が短く成って来たことは素人目にもはっきり分かりました。コロナのせいで面会も思うようには
出来ません。家で看られる体制を整えて、酸素マスクを着け、強力な痛み止めの点滴をつけ留置カテーテルを
付けて退院してきました。いつものかかりつけの先生は診療の終わった後や昼休みにも顔を出してくれました。
訪問看護師さんは週に3回来てくれてそのほかでも、緊急時には24時間いつでもきてくれます。
とても心強かったです。退院後の一週間は意思の疎通も取れましたし、水も少しは飲めて
アイスクリームやプリン、ゼリー等を2口3口は口にして「美味しい」という声も聴くことが
出来ました。2週目に入りましたら眠り続ける時間が多くなり問いかけにも目を開けることがなく
ほぼ意識のない状態になりました。そのような中でも聴力は保たれていると聞きましたので
耳元で色々問いかけました。顔の表情がわずかに変わる事もありました。特に息子が毎晩
来た時、帰る時声掛けすると、わかるような気配を感じました。
退院時もかかりつけの先生が来てくれまして、玄関まで送りに行った時
「ここ2、3日かもしれません」と言って帰られました。
それから2週間本当によく頑張って別れの時間作ってくれました。