日本語の「は」と「が」について。

象は鼻が長い=∀x{象x→∃y(鼻yx&長y)&∀z(~鼻zx→~長z)}。
とりあえず「三上文法」を「批判」します。

(1282)「象は鼻が長い(兎は耳が長い)」の「述語論理」。

2023-04-18 18:13:54 | 象は鼻が長い、述語論理。

(01)
1   (1)  ∀x{象x→~∃z(~鼻zx&長z)} A
 2  (2)  ∀x{兎x→ ∃z(~鼻zx&長z)} A
1   (3)     象a→~∃z(~鼻za&長z)  1UE
 2  (4)     兎a→ ∃z(~鼻za&長z)  2UE
  5 (5) ~∀x(象x→~兎x)          A
  5 (6) ∃x~(象x→~兎x)          5量化子の関係
   7(7)   ~(象a→~兎a)          A
   7(8)  ~(~象a∨~兎a)          7含意の定義
   7(9)     象a& 兎a           8ド・モルガンの法則
   7(ア)     象a               9&E
   7(イ)         兎a           9&E
1  7(ウ)        ~∃z(~鼻za&長z)  3アMPP
 2 7(エ)         ∃z(~鼻za&長z)  4イMPP
12 7(オ)        ~∃z(~鼻za&長z)&
                ∃z(~鼻za&長z)  イウ&I
125 (カ)        ~∃z(~鼻za&長z)&
                ∃z(~鼻za&長z)  67オEE
12  (キ)~~∀x(象x→~兎x)          5カRAA
12  (ク)  ∀x(象x→~兎x)          キDN
従って、
(01)により、
(02)
① ∀x{象x→~∃z(~鼻zx&長z)}。然るに、
② ∀x{兎x→ ∃z(~鼻zx&長z)}。従って、
③ ∀x(象x→~兎x)。
といふ「演繹推理」は、「妥当」である。
然るに、
(03)
(演繹推理は)前提を追加しても結論は不変でよい。結論は前提が含むものだけを導出するのであるから、
新前提を加えても、これから新結論を引き出す必要はないからである(岩波全書、論理学入門、156頁)。
従って、
(02)(03)により、
(04)
① ∀x{象x→∃y(鼻yx&長y)~∃z(~鼻zx&長z)}。然るに、
② ∀x{兎x→∃y(耳yx&長y)& ∃z(~鼻zx&長z)}。従って、
③ ∀x(象x→~兎x)。
といふ「演繹推理」は、「妥当」である。
然るに、
(02)(04)により、
(05)
① ∀x{象x→∃y(鼻yx&長y)}。然るに、
② ∀x{兎x→∃y(耳yx&長y)}。従って、
③ ∀x(象x→~兎x)。
といふ「演繹推理」の場合は、「前提を追加した」のではなく「(結論を導く上での)前提を除外してゐる」。
従って、
(03)(04)(05)により、
(06)
① ∀x{象x→∃y(鼻yx&長y)~∃z(~鼻zx&長z)}。然るに、
② ∀x{兎x→∃y(耳yx&長y)& ∃z(~鼻zx&長z)}。従って、
③ ∀x(象x→~兎x)。
といふ「演繹推理」は、「妥当」であるが、
① ∀x{象x→∃y(鼻yx&長y)}。然るに、
② ∀x{兎x→∃y(耳yx&長y)}。従って、
∀x(象x→~兎x)
といふ「演繹推理」は、「妥当」ではない
従って、
(06)により、
(07)
① ∀x{象x→∃y(鼻yx&長y)~∃z(~鼻zx&長z)}。然るに、
② ∀x{兎x→∃y(耳yx&長y)& ∃z(~鼻zx&長z)}。従って、
③ すべてのxについて(xが象であるならば、xは兎ではない)。
といふ「演繹推理」は、「妥当」であるが、
① ∀x{象x→∃y(鼻yx&長y)}。然るに、
② ∀x{兎x→∃y(耳yx&長y)}。従って、
すべてのxについて(xが象であるならば、xは兎ではない)
といふ「演繹推理」は、「妥当」ではない
従って、
(07)により、
(08)
① ∀x{象x→∃y(鼻yx&長y)~∃z(~鼻zx&長z)}。然るに、
② ∀x{兎x→∃y(耳yx&長y)& ∃z(~鼻zx&長z)}。従って、
③ 象は兎ではない。
といふ「演繹推理」は、「妥当」であるが、
① ∀x{象x→∃y(鼻yx&長y)}。然るに、
② ∀x{兎x→∃y(耳yx&長y)}。従って、
象は兎ではない
といふ「演繹推理」は、「妥当」ではない
従って、
(08)により、
(09)
① 象は鼻が長い。然るに、
② ∀x{兎x→∃y(耳yx&長y)& ∃z(~鼻zx&長z)}。従って、
③ 象は兎ではない。
といふ「演繹推理」は、「妥当」であるが、
① 象は鼻が長い。然るに、
② ∀x{兎x→∃y(耳yx&長y)}。従って、
象は兎ではない
といふ「演繹推理」は、「妥当」ではない
従って、
(08)(09)により、
(10)
① 象は鼻長い=∀x{象x→∃y(鼻yx&長y)~∃z(~鼻zx&長z)}。
といふ「翻訳」に対する、
① 象は鼻長い=∀x{兎x→∃y(耳yx&長y)}。
といふ「翻訳」、すなはち、
① 象は鼻長い=すべてのxについて、もしそのxが象であるならば、yなるものが存在し、そのyは鼻であり、xはyを所有しており、このyは長い
といふ「翻訳」は、『訳』である。
然るに、
(11)
たとえば「象は鼻長い」というような表現は、象が主語なのか、鼻が主語なのかはっきりしないから、このままではその論理的構造が明示されていない。
いわば非論理的な文章である、というひともある。しかしこの文の論理的な構造をはっきりと文章にあらわして
すべてのxについて、もしそのxが象であるならば、yなるものが存在し、そのyは鼻であり、xはyを所有しており、このyは長い
といえばいいかもしれない(沢田充茂、現代論理学入門、1962年、29頁)。
従って、
(01)~(11)により、
(12)
① ∀x{象x→∃y(鼻yx&長y)~∃z(~鼻zx&長z)}。然るに、
② ∀x{兎x→∃y(耳yx&長y)& ∃z(~鼻zx&長z)}。従って、
③ 象は兎ではない。
といふ「演繹推理」は、「妥当」であるが、
① ∀x{象x→∃y(鼻yx&長y)}。然るに、
② ∀x{兎x→∃y(耳yx&長y)}。従って、
③ 象は兎ではない。
といふ「演繹推理」は、「妥当」ではない
といふ「意味」に於いて、「沢田先生」による、
① 象は鼻が長い=すべてのxについて、もしそのxが象であるならば、yなるものが存在し、そのyは鼻であり、xはyを所有しており、このyは長い
といふ「翻訳」は、『訳』である。



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