日本語の「は」と「が」について。

象は鼻が長い=∀x{象x→∃y(鼻yx&長y)&∀z(~鼻zx→~長z)}。
とりあえず「三上文法」を「批判」します。

(37)「佐太が(の)」の、「が」と「の」について。  

2018-06-17 18:30:34 | 「は」と「が」
(01)
① 昨日、澁谷で、大田にオオタ(関西弁)。
② 昨日、澁谷で、大田に会った(標準語)。
に於いて、
①=② である。
然るに、
(02)
① 昨日、澁谷で、大田オオタ(関西弁)。
であれば、「言葉遊び(洒落)」であるが、
① 昨日、澁谷で、佐藤にオオタ(関西弁)。
① 昨日、澁谷で、鈴木にオオタ(関西弁)。
① 昨日、澁谷で、高橋にオオタ(関西弁)。
であれば、「言葉遊び(洒落)」に、ならない。
従って、
(03)
①「大田(oota)」≒「オオタ(outa)」
であるからこそ、
① 昨日、澁谷で、大田にオオタ(関西弁)。
といふ「言葉遊び(洒落)」が、成立する。
然るに、
(04)
たいした身分でもない佐太は自分の着ていた水干のほころびを直せと、無造作に物縫いの女房のところへ、投げ込んだ。ところが、もと京女であったのに、だまされて田舎に居ついたその女房は、水干を直しもせずに投げ返した。直せといったほころび目には歌が書いた結びつけてある。その歌には、
 われが身は竹の林にあらねどもさたが衣を脱ぎかくるかな。
と書いてあった。この歌は、故事をふまえてつくられている。薩埵太子が、餓えた虎に自分の身をあたえて虎を救ったという仏教の有名な話がある。太子は自分の衣を竹の林に脱ぎかけ、虎の前におのが身を食わせたという。
説教を聞いてその説話を知っていた女房は、「薩埵」と、「佐太」との音がかようところから、その故事をふまえ、「自分の身は、あの薩埵太子が衣を脱いでかけたという竹の林でもないのに、佐太が衣を脱いでかけてくること」という、この歌を作った(大野晋、日本語の文法を考える、1978年、162頁)。
従って、
(03)(04)により、
(05)
①「大田(oota)」≒「オオタ(outa)」
であるからこそ、
① 昨日、澁谷で、大田にオオタ(関西弁)。
といふ「言葉遊び(洒落)」が、成立するやうに、
②「佐太(sata)」≒「薩埵(satta)」
であるからこそ、
② われが身は竹の林にあらねども「佐太」が衣を脱ぎかくるかな。
といふ歌に於いて、
② われが身は竹の林にあらねども「さた(薩埵太子)」が衣を脱ぎかくるかな。
といふ「言葉遊び(掛詞)」が、成立する。
従って、
(06)
② われが身は竹の林にあらねども「さた(薩埵太子)」が衣を脱ぎかくるかな。
といふ歌を受け取る、
②「佐太(sata)」といふ侍が、
②「佐太(sata)」≒「薩埵(satta)」
といふことに、「気が付かない」場合は、
② われが身は竹の林にあらねども「さた(薩埵太子)」が衣を脱ぎかくるかな。
といふ「言葉遊び(掛詞)」は、成立しない。
従って、
(07)
② われが身は竹の林にあらねども「さた」が衣を脱ぎかくるかな。
といふ歌に於いて、「大切な語」は、明らかに、
② 「さた(薩埵太子)」
である。
従って、
(08)
② われが身は竹の林にあらねども「さた」が衣を脱ぎかくるかな。
に於いて、「強調」すべきは、
② 「さた(薩埵太子)」
といふ「語」である。
然るに。
(09)
『佐太の』に於いて「の」は「清音」であって、
『佐太』に於いて「」は「音」である。
然るに、
(10)
もし濁音を発音するときの物理的・身体的な口腔の膨張によって「音=大きい」とイメージがつくられているのだとしたら、面白いですね。この仮説が正しいとすると、なぜ英語話者や中国語話者も濁音に対して「大きい」というイメージを持っているか説明がつきます(川原繁人、音とことばの不思議な世界、2115年、13頁)。
従って、
(09)(10)により、
(11)
『佐太の』に対する、
『佐太』は「(音による)強調形」である。
然るに、
(12)
「古文」の場合は、
国=我国(Our country)
がさうであるやうに、ほとんど、
 の = 
である。
従って、
(12)により、
(13)
② 佐太の衣
② 佐太
に於いて、「基本的な意味」に、「変はり」は無い。
従って、
(08)(11)(13)により、
(14)
② われが身は竹の林にあらねども「さた」が衣を脱ぎかくるかな。
に於いて、「強調」すべきは、
② 「さた(薩埵太子)」
といふ「語」であって、
『佐太の』に対する、
『佐太』は「(音による)強調形」であって、
② 佐太の衣
② 佐太
に於いて、「基本的な意味」に、「変はり」は無い。
従って、
(14)により、
(15)
② われが身は竹の林にあらねども「さた」_衣を脱ぎかくるかな。
の場合は、
②「さた」の
ではなく、
②「さた」
でなければ、ならない。
然るに、
(16)
これを見て、殊勝なことよと感じ入ったのならば、あっぱれというべきだろうが、佐太は見るやいなやかんかんに腹を立て、「この目のつぶれた女め、ほころびを縫いにやったら、ほころんだところを見つけることさえできず、『佐太』と言うべきところを、まったく申すも畏れ多い国守様でさえ、そうはお呼びにならないのだ。なんでおまえなんかが『佐太』と言うべき法があるか。思い知らせてくれよう」と言って、まったく言うも恥ずかしいところについてまでも、なんだかんだと悪口を続けたので、女は気もそぞろになって泣いてしまった(小学館、新編 日本古典文学集50、宇治拾遺物語、1996年、230頁)。
従って、
(04)(15)(16)により、
(17)
佐太といふ侍は、
② われが身は竹の林にあらねども「佐太」衣を脱ぎかくるかな。
といふ歌が、
② 自分の身は竹の林ではないのに、(他ならぬ)佐太(sata)が、あの薩埵(satta)太子のやうに、着物を脱ぎかけてきた。
といふ「意味」である。といふことに、気付けなかった。
といふ、ことになる。
(18)
② 自分の身は竹の林ではないのに、(他ならぬ)佐太(sata)が、あの薩埵(satta)太子のやうに、着物を脱ぎかけてきた。
といふ「意味」である。といふことに、気付けなかったがために、
②「佐太」の衣
とはせずに、
②「佐太」
と書いて、殊更に、
②「佐太」といふ「自分の名前」を、「強調」したことに対して、腹を立てた。
といふ、ことになる。