5月19日に大往生した99歳の義父をお見送りする
法事が毎週続いています。
七・七日(四十九日)までのちょうど折り返しを終えて
あまりに知らないことばかりですので、記しておくことにします。
先ず、大往生してから吉野の自宅で迎える枕経の準備が始まりました。
床の間の掛け軸を弔い用に替えて、仏壇の打ち敷きを白にして、
神棚封じをして・・・。私たちは何のことかとうろうろしているうちに
ご近所の親類の皆様が臨機応変に手際よく準備をして下さいました。
あまりに最期の月まで自立で聡明な義父でしたので
お盆を始めお寺さんの行事を任せきりにしてきました。
きっと本人もこんなに急に逝くなんて思ってもいなかったことでしょう。
180軒ほどの集落にコンビニはもちろん雑貨屋さんや八百屋さんが
一軒も無い中で、菩提寺は二つあって仏事は身近なことであり、
今回も親類の皆様のお力添えをいただいてばかりです。
毎週の法事に和尚さんの読経と共にお参りに来ていただいた
多くの皆様の合唱が響きます。
敢えて合唱と書いたのは、昭和44年発行の勤行集(お経読本)には
14曲の楽譜が掲載されていたからです。
大正3年の在家勤行集には楽譜がありませんので、
近年用に加筆されてきたことになります。
リンの音色がお弔いの心に心地良く響いてきます。
優しい笑顔のおじいちゃんの遺影がいつも穏やかに見守って
くれているようで、写真を見ては「ホッ」としています。
法事が毎週続いています。
七・七日(四十九日)までのちょうど折り返しを終えて
あまりに知らないことばかりですので、記しておくことにします。
先ず、大往生してから吉野の自宅で迎える枕経の準備が始まりました。
床の間の掛け軸を弔い用に替えて、仏壇の打ち敷きを白にして、
神棚封じをして・・・。私たちは何のことかとうろうろしているうちに
ご近所の親類の皆様が臨機応変に手際よく準備をして下さいました。
あまりに最期の月まで自立で聡明な義父でしたので
お盆を始めお寺さんの行事を任せきりにしてきました。
きっと本人もこんなに急に逝くなんて思ってもいなかったことでしょう。
180軒ほどの集落にコンビニはもちろん雑貨屋さんや八百屋さんが
一軒も無い中で、菩提寺は二つあって仏事は身近なことであり、
今回も親類の皆様のお力添えをいただいてばかりです。
毎週の法事に和尚さんの読経と共にお参りに来ていただいた
多くの皆様の合唱が響きます。
敢えて合唱と書いたのは、昭和44年発行の勤行集(お経読本)には
14曲の楽譜が掲載されていたからです。
大正3年の在家勤行集には楽譜がありませんので、
近年用に加筆されてきたことになります。
リンの音色がお弔いの心に心地良く響いてきます。
優しい笑顔のおじいちゃんの遺影がいつも穏やかに見守って
くれているようで、写真を見ては「ホッ」としています。