時空を超えて Beyond Time and Space

人生の断片から Fragmentary Notes in My Life 
   桑原靖夫のブログ

グローバル化の衝撃:繊維産業のケース(2)

2005年04月07日 | グローバル化の断面
グローバル化の衝撃:繊維産業のケース(2)

  前回概観したように、中国の急激な台頭は先進諸国の産業、雇用に多大な影響を与えている。産業再編の方向、雇用を中心に見てみたい。今回の数量規制の完全撤廃は、世界の産業史でも最大の合理化促進であり、それだけに変化も顕著である。
  繊維品貿易の完全自由化に伴って、アメリカなどの国内企業は、このままでは産業が破滅してしまうと主張しており、組合も35万人分の仕事が過去3年間で失われたとしている。セーフガードなどの緊急防衛措置が発動されなければ、残った695,000人分の雇用機会も中国などへ流出してしまうと危機感を強めている。
他方、中国は、セーフガードは現在の問題に対し発動されるもので、未だ実現もしていない貿易を対象として発動されるものではないと反論している。
  アメリカなどの一部の富める国の繊維産業だけが、危機にさらされているわけではない。中国のWTO加盟に対して、50を越える国がトルコに集まり、“イスタンブール宣言”に署名し、WTOに対しクオータを3年間延長するよう求めた。この中には、バングラデッシュ、スリランカ、インドネシア、モロッコ、チュニジア、トルコなど、経済水準の点で貧困な国と中位の国が含まれている。

中国に続く国は
  宣言の署名国はクオータの終焉に伴って、関係国でおよそ3000万人分の仕事の機会が失われると恐れる。原糸から衣服まで繊維産業のすべての工程が、中国の傘の下に入ってしまうともいわれている。しかし、貿易自由化で、浮上するのは中国ばかりでなく、インド、パキスタンなどもそうである。
  インド最大の衣服輸出業者のオリエント・クラフト社 のディングラ会長は、彼が繊維機械を1台買うごとに国内に4人の仕事が生まれ、海外に他の4人の機会が生まれると豪語している。インド繊維産業の典型的な企業では労働者の5分の4は貧しい村落の貧困者として人生を始める。義務教育を受けた者も少ない。
  繊維は人類の最も基本的なニーズのひとつであり、クオータ制度もそうした背景の下で、市場をゆがめる仕組みだが、やむをえないものとして設定された。皮肉なことに、その当時は貧困な開発途上国は、貿易自由化で先進国に圧倒されると考えられていた。しかし、
これらの国は豊富で低廉な労働力を武器になんとか生き残ってきた。それを支えたもうひとつの要素は、特恵関税であった。
  そのため、インド洋の小さな国モーリシャスのような国でもこれまでは競争力を維持することができた。ヨーロッパの旧植民地であるこの国は、75年のロメ協定により、EUに関税なし、数量規制なしで繊維製品を輸出できた。03年において、モーリシャスの繊維・医療品の輸出額は約15億ドル、国内雇用の約40%を担い、GDPの12%、外貨獲得額の60%を稼ぎ出してきた。しかし、数量規制の撤廃でこの国の繊維産業は、大打撃を受け、急速な衰退に追い込まれている。
  今日の世界の繊維産業はかつてない大変化の渦中にある。実態は、今の段階では、ダリの絵のようといわれるように大変複雑である。インドの原糸が、イタリアで織られ、アメリカで裁断され、ホンジュラスで縫製後、アメリカで売られるという構図である。さらに、かつては、低賃金以外に競争力の源がなかった開発途上国が新たな先進設備という新たな武器を手中にした。最新技術を生かした機械化によって、カンボディア、ベトナムなどが輸出市場へ参入してきた。

インドの期待
  もっとも、中国だけが一人勝ちするとは考えられていない。二番手にはインドが台頭すると目されている。さらにパキスタンなどが後に続くだろう。
  他方、敗退が予想されるのは、メキシコ、南ア、バングラデッシュ、ネパール、スリランカなどである。しかし、これらの国々では産業内部の近代化が前提となっている。その点を考えると、中国などはさらに拡大するかもしれない。
  バングラデッシュでは、繊維産業は1990年には約800社が40万人を雇用していた。それがいまや、4000社が2百万人を雇用するにいたった。労働者の10分の9は女性であり、1千万人近くが繊維産業に依存している。クオータ制廃止で、バングラデッシュの輸出は25%近く減少するとIMFは予想している。

守る立場のEU、アメリカ
  先進諸国の中では、アメリカに並びイタリアの受ける打撃が大きい。ビエラ、コモ,などに約5万の繊維企業がある。多くは零細、家族企業であり、平均規模は従業員で10人程度である。そして、製品の約3分の2は輸出される。すでに、これらの企業は影響深刻で、生産立地の移転、従業員削減などを実施している。
  フランスでも1993-2000年の間に数10の企業が消滅した。約3分の1の雇用がなくなった。今日、フランスブランドの6割以上は、他国で生産されている。EUの繊維業界は、状況が大きく変化した新たな世界に向けて産業再編に乗り出している。その場合に、品質と革新が勝負の柱である。イタリアのヴィエラはかつてないエネルギーをマーケッティング分野に投下し、「卓越のアート」art of excellenceを掲げて積極的なキャンペーンを開始している。(画像はヴィエラの町全景)

セーフガード発動の動き
  他方、EU繊維産業の最大のロビー機関ユーラテックスEuratexは、ブラッセルに本拠があるが、セーフガード発動を検討してきた。EUに加盟したばかりのトルコは、1月9日に中国製品の43カテゴリーに発動を決定した。アルゼンチンも同様な割り当てを中国製品に発動している。EUもまもなく発動するのではないかとみられる。2002-03年に中国からのアノラック輸入は3-4倍になり、価格は75%下落したとスポークスマンは話す。
  他方、中国も制限をすることを検討中といわれる。いくつかの製品に2-4%の輸出税を課するとともに、いくつかの繊維製品に最低価格を設定すると報道されている。しかし、こうした施策も実態にはほとんど影響ない。
  こうしてみると、繊維貿易の完全自由化が雇用に与える影響は、中国、インド、パキスタンなどに大きな増加を生む反面、アメリカ、EUそして中進国については厳しい状況を生むことが予想される。繊維産業のあり方をひどく歪めていた数量規制がなくなり、国際貿易理論が予期する線に近い姿に近づくだろう。
生産立地は中国を中心に大きな変化を見せることは、ほとんど確実である。しかし、繊維製品は人類の歴史において各国、地域で、微妙なニッチ市場も確立してきた。そのため、ある限度に達すると、その後の変化は、予想ほど急速でないかもしれない(2005年4月6日記)。

追記:2005年4月7日
  
 このタイトルで書いた直後、全米繊維協会など繊維関連4団体は、4月6日、中国製の繊維製品14品目について、輸入急増で国内業界に被害が発生しているとして、緊急輸入制限(セーフガード)の発動を米政府に正式要請した。対象となるのは、合繊製シャツ、綿製および合繊製セーター、合繊製ズボンなど、今年1-3月の中国からの輸入が前年同期に比較して、1.3から8.7倍に急増した品目という。EUの欧州委員会も6日、中国製繊維に対するセーフガード発動の検討に入った。

参考:
“Special Report: The World Textile Industry” News Week, January 26,2005
“Special Report: The Textile Industry” The Economist November 13th,2004
“European Textiles: The sorry state of fashion today”, The Economist, January 29, 2005
「日本経済新聞」2005年4月7日夕刊

コメント (2)
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