アメリカの移民法改革は急速に推進力を失ってしまった。最大の原因はオバマ大統領が就任後、アフガニスタンでの戦争、メキシコ湾原油流出、医療改革などに手間取ってしまい、主要な政治課題である移民法改革に、ほとんど着手できなかったことだ。さらに、中間選挙で上院、下院の双方で議席を大幅に失った民主党政権にとって、構想としてはほぼ出来上がっていた包括的移民法改革だが、その線に沿った立法化はきわめて困難になってきた。すべて、政治的決断の時を誤った結果だ。
現在、アメリカが直面する移民問題は大別すると、解決すべき4つの主要領域から成っている。第一は、南のメキシコとの国境から不法に越境入国する移民の阻止、第二は、従来から主としてメキシコなどヒスパニック系労働者に依存していた農業、果樹栽培、建築業など、総じて不熟練労働分野で働く労働者の受け入れ、第三にアメリカのIT産業などが必要とする高度な熟練を持った労働者、技術者の受け入れ、そして第四に、最も難題とされるのが、その数1100万人ともいわれる入国に必要な正式書類を保持せずに、アメリカ国内に居住している人たちへの対応だ。この不法滞在者といわれる人々の多くは、すでにかなり長くアメリカに滞在し、しばしばアメリカ人がやりたがらない仕事を引き受けてきた。
こうした問題は、人口減少、少子高齢化が切実な課題となっている日本にとっても基本的にあてはまるものだ。しかし、日本ではこれまで枠組みの提案はあっても、具体的な次元まで見通した政策としては、ほとんど詰められていない。たとえば、高度な技能・技術を持つ技術者、専門家の受け入れ拡大が提唱されても、現実には日本の高等教育・研究機関を第一志望としたり、定着する高度な人材は決して多くない。日本の大学、研究機関、企業などが彼らにとって十分魅力ある存在となりえていないことが原因のひとつだ。一流の外国技術者、研究者は、日本を選ぶ前に欧米諸国へ流れてしまう。移民(受け入れ)政策には、高等教育・研究機関などの世界的レヴェルへの質的向上など、単なる国境管理段階の政策にとどまらない総合的な政策としての視点が不可欠なのだ。
さて、オバマ政権にとっては、上述の四本の柱から成る移民政策を一体化して、包括的移民改革として制度化できれば、ブッシュ政権がなしえなかった改革に目途をつけることができると思われていた。しかし、共和党が多数を占める下院を前にして、この方向を貫徹することはきわめて難しくなっている。共和党議員が増加した上下院では、熟練度の高い技術者・専門家などを受け入れる部分については、産業界の要望もあって賛成者も増えるかもしれない。不熟練労働者を受け入れる問題については、かつてのブラセロ・プログラムのような一定数の限定的受け入れというような妥協が可能かもしれないが、アメリカ経済が不振をきわめている現段階では、積極的に議案を詰めようという機運に欠けている。
第四の不法移民への対応について、オバマ大統領は犯罪歴、アメリカ在住歴、職歴などを審査の上、順次アメリカ市民権を付与する方向を考えているようだが、共和党員の間には強硬な反対もあり、これだけを立法化するだけでも問題山積といえる。改選によって議席を去る民主党議員が在籍している間に、包括的移民改革法に近い議案を強行成立させる道もないわけではないが、任期後半に入り追い込まれているオバマ政権にその覚悟はあるだろうか。恐らく、個別の領域ごとに立法化、制度化を図るという道をとらざるをえないだろう。この領域に存在する問題の実態、政策方向を少しずつ検討してみたい(続く)。
Reference
”Let them have a DREAM” The Economist November 27th 2010.