時空を超えて Beyond Time and Space

人生の断片から Fragmentary Notes in My Life 
   桑原靖夫のブログ

ラ・トゥールを追いかけて(16)

2005年04月15日 | ジョルジュ・ド・ラ・トゥールの部屋
「蚤をとる女」

Georges de La Tour, The Flea Catacher, c.1630-34, Musée Historíque Lorraine, Nancy

当惑したラ・トゥール愛好者
  この絵は1955年にラ・トゥールが主として活動したロレーヌではなく、レンヌで発見された。当時、ラ・トゥール研究の第一人者であるパリゼ氏(François-Georges Pariset) が、フランス美術史会の席上、ラ・トゥールの作品と紹介した時に、出席者の当惑した表情は大変なものであったらしい。それまで、ラ・トゥールの作品というと、レンヌ美術館が所蔵する「生誕」The Newborn Childやルーブル所蔵の「羊飼いの礼拝」The Adoration of the Shepherdsを思い浮かべ、それらをこよなく愛していた人々にとってはいかにも受け取りがたい画題であった(Jacques Thuillier)。といっても、「蚤をとる女」A Flea Catacherというタイトルは、ラ・トゥールがつけたものではなく、後世の美術史家によるものである。しかし、提示された絵はラ・トゥールの他の作品を知る者、とりわけ専門家にとってはにわかに信じがたい衝撃であったことは想像するに難くない。ラ・トゥールは、他の作品のいくつかがそうであるように、また見る人をあっといわしめたのである。
  燭台が置かれた朱色の椅子の傍らに坐った女が、灯火の下で指の爪先で蚤をつぶしているという、なんともいえない情景が描かれている。もっと別の画題があったろうにと思うのは、実は後世の人々の時代にとらわれた受け取り方なのだ。

日常のひとこま
  衛生状態の良くなかった16-17世紀においては、こうした行為は階級の上下を問わず、なにも珍しくない日常の光景だったと思われる。事実、同時代に同じテーマを扱った作品があることは確認されている。しかし、ラ・トゥールはその卑俗ともいえる人々の日常の行為を、形容しがたい静謐さの漂う不思議な世界に変えてしまった。ラ・トゥールという画家の非凡さは、ここにあるといってよい。他の画家たちがすでに取り上げたテーマであっても、彼の手にかかると、絵にみなぎる世界は一変してしまう。
  作品に接するかぎり、そこには画題がともすれば思わせるような卑俗さなどはみじんも感じられない。確かに描かれた女は容貌や体形が美しいとはいえない。額の張った、かなり特徴のある顔立ちである。ラ・トゥールの他の作品でもそうであるが、この画家の描く女性はいずれもきわめて印象深い容貌である。誰もが一度見ると忘れがたい。蝋燭の照らし出した裸足の足下を見ても、室内ではあるが土間のような感じで、清潔な状況とは見えない。女の表情は蚤をつぶすという行為に集中しながらも、なにか分からないが考えごとをしているように見える。これから床に就く前に、過ぎし一日の仕事のことでも考えているのかもしれない。目前に行っている行為からして、瞑想という次元まではいたっていないと思われる情景である。
  身につけた衣服も、かなりくたびれた感じのする質素な素材に見える。しかし、静寂、ある種の不思議な緊張感が画面を支配している。この作品をめぐっても、さまざまな解釈が提示されてきた。悔い改めた女性、マグダラのマリア、身ごもった聖母マリアなど、確かに、主題と描かれた対象は、なにか宗教的含意(悔俊の女など)があるのではという第3者の推測を排除するものではない。しかし、先入観を捨てて自然のままに画面に対すると、この時代に生きた人々にとっては、なにも不思議ではない生活の一情景を描いたという画家の意図が伝わってくる。

細部にこめられた画家の力量
  画面には、きわめて簡素で画家の意図を示すに足る最小限のものしか描かれていない。衣服にしても「占い師」や「いかさま師」、そして「老男」、「老女」ともまったく異なり、簡素そのものである。一見すると、およそ同じ画家の手になるとは思えない。
  もう一歩近づいて、細部を見てみよう。女の着ているローブのひだや蝋燭の光が生み出した陰影の細やかな描写に画家の力量が見て取れる。そして、かなりの存在感を示すものは、使いこまれたと見られる椅子の色調である。この椅子もデザインからして、一見単純至極に見える。しかし、背もたれの鋲の陰影、それも小さな鋲のひとつひとつが微妙に異なった陰影をつけて描かれている。椅子の背の部分も時が刻んだ無数の傷跡が見られるが、もしかするとなにかの絵が描かれていたのかもしれない。他方、主人公の女の腰掛けているスツールは、よく見ると朱色の椅子よりも木彫りの加工が複雑である。わずかに装飾のごときものは、女の腕にかけられたジェット(黒玉の数珠)であり、これは魔よけの意味があったといわれる。
  そして、なによりも重要なものは、燭台にともる短い蝋燭である。燃え尽きるまでに、あまり時間がないことを暗示しているかのごとくでもある。簡素であるだけに観る者をして、多くのことを考えさせる一枚である。ラ・トゥールはここにおいても、見事に自らの意図を達成している(2005年4月15日記)。


Picture: Courtesy of Web Gallery of Art.

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