
2月15日トランプ大統領が日本製鉄による鉄鋼大手USスチール合併について、「投資」であり、「少数株主であれば問題ない」と話したことは前回記した。しかし、日鉄側はなんとしてもUSスチールの「合併」完全子会社化を目指しているようだ。確かに「投資」と「合併」では、経営の意志の貫徹性に大きな差が生まれる。
トランプ大統領は、「日本とディール(取引)してほしくなかった」と述べて、USスチールの身売りに改めて否定的な考えを示した。(『日本経済新聞』2月15日夕刊)。
この大統領の発言をめぐっては、さまざまな動きが見られるが、TVを始めとするメディアの一般視聴者には、ほとんど何のことか分からないだろう。上記の「日本とディールしてほしくなかった」という発言の真意も分かりにくい。
深読みすると、トランプ大統領はかつての競争相手日本への複雑な感情、そしてその後アメリカの直接かつ最大の競争相手にまで拡大した中国を利するのでなければ、その他の国、例えば、ヨーロッパの企業ならば認めるのだろうか。
失われるアメリカの金属産業の比較優位
関係者によると、大統領はこのコメントに関する追加の詳細を提供していない。日鉄のUSスチール買収計画への反対は、すでにバイデン大統領によってなされている。それを覆すかとも思われたトランプ大統領も、この点においてはバイデン大統領の考えに同調している。そして、アメリカの所有権の下でのUSスチールによる潜在的な復活を強調した。アメリカの安全保障とサプライチェーンの回復力を維持する上で、超党派で鉄鋼の戦略的重要性を支持するかのようにも聞こえる。しかし、長らくアメリカの鉄鋼業、アルミ産業などの盛衰を調査してきた筆者の目には、両産業ともにかつての栄光を取り戻すのは至難のことに思われる*。アメリカのこの分野における比較優位は明らかに失われているのだ。
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NOTES
*1901年設立されたU .S.スチールは、発展を続け、一時は世界の粗鋼生産量の3分の1を占めるほどの巨大企業であったが、1970年には新日本製鐵(富士製鐵と八幡製鐵の統合)に首位を明け渡した。しかし、今や中国企業が圧倒的な優位で首位の座を占めている。
1位の中国宝武鋼鉄集団は粗鋼生産量が1億トンを超えており、その存在感が際立っている。宝武を筆頭に中国勢がトップ10内にひしめいており、世界の鉄鋼市況はこの中国勢の一挙手一投足が左右する。かつては日本から学んだ中国企業の拡大ぶりは昔日の感がある。
日本製鉄の粗鋼生産量(2022年)は4437万トンと、グローバルで見ると世界4位だ。一方、27位まで低下してしまったUSスチールは1449万トンなので単純合算すると、中国の鞍山鋼鉄集団を抜いて「世界トップ3」の一角に食いこむ可能性はある。すなわち、第1位中国宝武鋼鉄集団(13,284万トン)、2位はルクセンブルクに本社を置くアルセロール・ミタル(6,889万トン)に次ぐことになる。(出所:世界鉄鋼協会、2023)。
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「防衛的投資」
トランプ大統領は関税引き上げを、米国への外国投資を奨励し、国内生産を高める手段とみている。「多くの企業が米国に進出することになるだろう」と、国内安全保障を理由に大統領令に署名したトランプ氏は述べた。新関税は3月12日に発効予定となっている。他の条件が一定ならば、USスチールのアメリカ国内への投資環境、国外企業との競争環境は改善されるかもしれない。アメリカ国内へ投資をしている海外企業は、その市場権益を保持する上でもアメリカ国内への「防衛的投資」として拡大投資に踏み切るかもしれない。
「トランプ王?」の手の内は
大統領就任以来、「ディール」(取引)を連発してきたトランプ大統領だが、次第にその手の内が分かってきた。第一撃は、世界が驚くような過激な発言で交渉相手を振り回し、議論を巻き起こすが、相手の対応次第で別の手段に転換するというやり方が見えてきたことだ。
トランプ大統領を「大統領」ではなく、「王」king にたとえて、LONG LIVE THE KINGと揶揄う雑誌まで現れてきた(The Economist, February 11nd-28th 2025)。ただし、この場合の「王」は(王のつもり)The would-be king なのだが。
偏在するアメリカの輸入相手
アメリカは消費する鉄鋼の25%を輸入しているが、その5分の4は現在、最大の供給国であるカナダ、ブラジル、メキシコ、EU、およびその他の国々との協定に基づき無関税となっている。また、アメリカはアルミニウムの70%を輸入しているが、そのうち約60%はカナダから無関税で輸入されている。
米国のデータによると、アルミニウム製錬所の昨年のアルミニウム生産量はわずか67万トンと、2000年の370万トンから大幅に減少。ケンタッキー州やミズーリ州などでの近年の製錬所閉鎖を背景に、米国はアルミニウムを輸入に大きく依存している。
2月28日、トランプ大統領とゼレンスキー大統領の会談中継(部分)を見た。双方が半ば喧嘩腰に言いたいことを言ってしまうような激突に終始した。とりわけトランプ大統領の険しい容貌は、今後の休戦協定への道の厳しさと多難を実感させた。和平の日は明らかに遠ざかった。両者共に国益を背にしての激論とはいえ、その間に失われる尊い人命のことを考えるとやりれない。