時空を超えて Beyond Time and Space

人生の断片から Fragmentary Notes in My Life 
   桑原靖夫のブログ

それでもトランプを支持する人たち

2019年10月28日 | アメリカ政治経済トピックス

 

 

BS1スペシャル「是枝裕和×ケン・ローチ 映画と社会を語る」(10月26日(土)夜10:00-10:50、NHK BS1)*1を見た。是枝裕和監督の作品は、最近の2作ぐらいであまりよく知らないが、ケン・ローチ監督の作品は、一時期かなり見たことがあった。世代は異なるが現代を代表する二人の監督であり、是枝監督がケン・ローチ監督を師と仰ぐこともあって、二人の関心領域はかなり重なるところがある。ケン・ローチの作品で今も印象に残る作品のひとつ「ケス」Kes)は、 1969年制作の作品でヨークシャーの炭鉱町の労働者の家族のストーリーだった 。

イギリス人であるケン・ローチの話には、しばしばclass (階級)という言葉が出ていた。この映画の制作当時は、イギリスの炭鉱労働者はエネルギー革命の進展に伴い、繁栄の時代から厳しい衰退への下り坂へと追い込まれていた。class の概念はイギリスで著に共有されてきた。しかし、日本やアメリカではかなり議論が必要な概念だ。日本では戦前はこの概念に相当する実態が存在したが、敗戦により制度上は破壊された。新大陸アメリカでは先住者の上に、ほぼ到着順での社会的階層、トーテムポールが形成された。こうした差異がふたりの監督の制作思想にも微妙に反映しているようで興味深かった。戦後生まれの是枝監督は「階級」についてどんなイメージを抱いているのだろうか。


上記の対談に関連し、今回取り上げるのは、映画ではなく、アメリカにおける労働の実態に関わるスナップショットである。

繁栄から取り残された人々
「アメリカ・ファースト」で始まったトランプ大統領の政権は、アメリカの政治環境を一変させた。ツイッターで次々と強引な政策案を発表し、世論の反対が大きければ臆することなく取り下げ、形骸化し、任命した閣僚と意見が合わなくなると、直ちに更迭という手法は、予想外にしたたかだった。トランプ政策に批判的な層が多い反面、強固な支持層が存在することを示している。彼らの中には一般に知られている保守派層とはかなり異なっているグループも含まれている。以前に記したことのある「ヒルビリー」、「アメリカの繁栄から取り残された白人層」である。今回はその一面を記してみた。

地球温暖化政策の一端として、オバマ政権から脱石炭政策が明瞭に掲げられてきた。雇用も大きく減少してきた。これに対して、トランプ大統領は石炭産業の復活を主張し、炭鉱労働者の雇用確保の発言をしてきた。ともすれば、アメリカは”富んだ国”と考えがちだが、実際には地域的にも貧富の格差がきわめて大きな国である。アパラチア山脈地帯は、ブログ筆者が初めてその存在を知った頃からほとんど半世紀近く、目立った進歩、改善がなく今日に至っていることに驚かされる。

ある争議の顛末
日本ではメディアにも報じられなかったが、アメリカで最近ひとつの労働争議*1が注目を集めた。1970年代以降初めて、炭鉱労働者の争議がケンタッキー州東部の”Bloody” Harlan county “ (通称;”血まみれ”ハーラン郡)で勃発した。ここには、Blackjewel炭鉱(「黒い宝石」の意:主に瀝青炭)と呼ばれるアメリカで6番目の石炭鉱山がある。石炭産業は長らくこの地域の中心的存在だった。ハーラン郡は、アパラチア山脈の奥深い地域に在り、長い間の封鎖性も加わって、この地の企業は、厳しい貧困とアメリカの最も暴力的な労働争議の象徴の場となってきた。1930年代には炭鉱労働者の組織化をめぐる激しい争議があり、労使が激突する中心となった。1970年代に入っての争議では死者が出るほどだった。

ここに立地する企業は、これまでもきわめて劣悪な労働環境のため、しばしば争議の舞台となってきた。7月に労働組合は、賃金不払いを理由に会社を相手取り、争議に入った。しかし、その間に破産した会社は未だ賃金が払われていない炭鉱労働者が採掘した石炭、およそ100貨車分を移動し売却しようとした。

組合側はそのうち、半分程度を取り戻しトラックに積み替え、貨車を引きかえさせた。この間に全米で知られた極左のアナーキストなどが介入、組合を扇動し、労使関係をさらに悪化、混迷させる一因となった。

Blackjewel 社のCEO ジェフ・フープスは、古風な太った悪徳経営者として象徴的存在になった。1700人の炭鉱労働者の雇用機会を奪い、代りに自分の妻の名をつけたアパラチアン・リゾートに資金を投入し、批判の的となった。

今回の紛争で未払いの賃金が正しく払われる見込みはない。残った炭鉱労働者はおよそ6000人(ほとんど未組織)で、ケンタッキー州東部の住民環境は概してきわめて悪い。犯罪も多発し、麻薬の蔓延、雇用の可能性が少ない高齢者の増加など、アメリカ社会の負の断面が根強く存在している。

こうした状況で、トランプがハーラン郡に代表されるこの地域の白人ブルーカラー層の間で人気があるのは、彼が石炭産業を立てなおし、仕事を与えてくれることを期待してのことではない。長年に渡り、新たな雇用が創り出されることはなく労働者の希望が奪われてきた。バーニー・サンダースを始めとするリベラル民主党系の政策も実効があがらず、状況が改善される見通しは少ないことを彼らは肌身に感じている。強欲な経営者や炭鉱労働者を扇動することを仕事にしているようなアジテーターなどが入り込んだ劣悪な労働環境は長年にわたり、この地域をアメリカでも際立って劣悪で貧困な地域としてきた。

黙って耐えている人たち
かくして、炭鉱労働者はトランプ大統領のような地域を活性化・再生するという口先だけのスローガンを掲げる政治家を支持するしかない。自ら発言をすることが少ない「白人労働者層 」 といわれる人たちの象徴的存在となっている。彼らは現代アメリカの労働者の中では「多数派」ではない。しかし、アメリカの貧困を考えるにあたって、無視できない存在なのだ。



*1
https://www4.nhk.or.jp/bs1sp/

*2
“Lessons from Bloody Harlan ” The Economist
September 28th 2019

同上誌が”POOR AMERICA” (「貧しいアメリカ)」と題して、SPECIAL REPORTを掲載している。ここでは、貧困撲滅政策における子供の貧困撲滅の重要性が強調されている。ブログ筆者がアメリカにいた頃、リンドン・ジョンソン(Lyndon B. Johnson, 1908-1973:民主党)が、大統領就任にあたって掲げた「偉大な社会(Great Society) 」政策は、貧困撲滅と公民権確立を骨子とする、非常にリベラル色の強いものであった。

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早朝、千曲川の決壊を見る!

2019年10月13日 | 特別トピックス

 

 

惨状を伝えるTV画面

日本は災害列島と化している」とブログに書いたのは、わずか1ヶ月前の今日(9月13日)のことだった。自然の摂理が、どこかで壊れ始めている音が聞こえる。人間の傲慢さに鉄槌が加えられているのでは。地球と人間のあり方を考える最後の時が迫っている。

 そして今日、10月13日早朝6 時、TVをつけたところ驚くべき光景が目に飛び込んできた。長野市穂積地区で千曲川の堤防が決壊し、濁流が氾濫し、住宅に迫っている驚くべき光景がLIVEで映し出されていた。恐怖の中に一夜を過ごした住民が、朝を迎えた時に堤防が決壊し濁流が地域に滔々と流れ込んでいる。ほとんど目にすることのない光景である。岩手県には「特別警報」が出ている。

 あの美しい千曲川が朝日の光とともに決壊するという惨状は、「衝撃的」の一言に尽きる。

 TVなどメディアの発達で、惨状は瞬時に家庭へ飛び込んでくる。しかし、画面に映る濁流に今にも流されそうな家屋の2階などから、必死に救出を求める人たちの振る布切れなどが目に入っても、どうにもできない。歯がゆいことおびただしい。ヘリコプターのカメラが映し出す限り、被害の領域は極めて広範にわたっている。早急に救援の手が入ることを願うのみだ。

 同様な事態は規模の違いはあるが、台風19号が通過した地域のいたる所で報じられている。こうした光景を日本人はこれまで何度目にしてきただろう。自然の力に計り知れぬ畏怖を覚えながら、図らずも思い浮かべるのは、島崎藤村「千曲川旅情の歌」の一節だ。

「千曲川旅情の歌」     -落梅集より
                         島崎藤村            
[前略]
いくたびか栄枯の夢の          消え残る谷に下りて
河波のいざよふ見れば          砂まじり水巻き帰る

嗚呼古城なにをか語り          岸の波なにをか答ふ
過し世を静かに思へ           百年もきのふのごとし                  

千曲川柳霞みて             春浅く水流れたり
たゞひとり岩をめぐりて         この岸に愁を繋ぐ

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岐路に立つ資本主義:失われた企業倫理

2019年10月07日 | 特別トピックス


  去る9月13日の記事で大企業の責任について記した。資本主義については様々な定義が可能だが、その主導力となってきた大企業の行動については、近年の出来事に、言葉を失うほどの衝撃を受けている。大企業がさまざまな犯罪、違法行為の前面に出てきていることだ。日産自動車、日立製作所など、日本を代表する大企業に恥ずべき状況が露呈していることは、日本企業のかなりの領域にこうした倫理の劣化が浸透しているのではと推測するのも当然だろう。

 とりわけ、関西電力の贈収賄をめぐる出来事については、ここまで大企業経営者の道徳的倫理は低下しているのかと、唖然とせざるをえない。説明に当たる役員に罪悪感が見られず、世の中で広く行われていることが、たまたま見つかってしまったというような雰囲気さえ感じられる。推定3億円を越えると推定される金品を受け取りながら、現代の日本社会に残る中元、歳暮などの儀礼の範囲を出ていないという理解のように聞こえる。1着50万円の背広生地をもらっても、相当の品を返せば良いではないかという考えも筆者にはまったく納得できない。これらの例に見られる個々の金額、慣行が現在の日本社会にどの程度是認されているのだろうか。例のごとく、経営者が今や頻繁に目にすることになったメディアの前で頭を下げて落着させてしまえると考えているのだろうか。

 報じられている情報からすれば、贈収賄の当事者双方が互いに癒着している状況すら考えられる。一個人の判断と財力でこうした巨額な金品が動いているとは到底考えられない。

 仮に、このような慣行が大きなペナルティが課されることなく認められ放置されるならば、自分もそうしたグループに入りたいという好ましくない考えが、企業社会に浸透しかねない。社会的に納得のできる厳正な処罰が必要なことは言うまでもない。

 いかなる企業にもその企業が時の経過とともに受け継いできた「企業文化」ともいわれる環境がある。今回の事例のような行動が、当該企業において暗黙にも認知されているならば、経営に関わる当事者は、企業統治と企業倫理に関して、改めて深く反省し、自己責任の自覚の上で、今後のあり方に向けて改革・改善する必要がある。

 ひとつの例を挙げておこう。同じ電力産業の東北電力グループでは、企業倫理・法令の遵守に関する行動指針として、次のように公告している

[以下、当該企業HP上からの引用部分]
(2)企業倫理の徹底
経営の進め方や業務の処理等の企業行動の決定にあたり,常に企業倫理を徹底します。
特に,次の事項について徹底していきます。[以下、一部省略]

* 贈答と接待
* 役員および従業員は,社会通念上常識の範囲を超える取引先からの贈物および接待は受けません。贈物をする場合および接待する場合も同じです。
* 公私のけじめ
* 公私の区別に留意して行動します。特に,就業時間内における私的な行為,会社財産の私的目的での使用などは行いません。
* 業務外活動における誠実な行動
* 私的な活動においても,社会常識および公益事業に携わる者としての自覚に基づき,誠実に行動します。特に,飲酒運転など,社会に危険を及ぼし,会社の信用を失墜させるような行為は,絶対に行いません

 こうした問題の解決に向けては、企業統治(コーポレート・ガバナンス)の点でも多くの問題がある。会社法改正などの法的、制度的改正だけでは根源的解決は到底見込めない。例えば、今回の関電事件を見ても、社外取締役などの制度が全く機能していない。かつて、アメリカで話題とされた社外取締役はCEOの”お友だち”がほとんどだという指摘に近い。要するに、社外取締役も社内取締役もほとんど同質のグループになってしまう。この点については企業の存在意義、あり方についてのより根本的な議論が必要になる。


 言い換えると、本質的な問題は、「現代社会における企業とはなにか」「企業は何のために存在しているのか」*2という点に関わっている。世界の大企業が、多かれ少なかれこの問題に直面している。


*1
企業倫理・法令の遵守
東北電力グループ行動指針(2017年4月)

*2
“What are the companies for: Big business, shareholders and society ” 
The Economist August 24th-30th 2019

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