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高校での授業(8)-他者の立場を理解できる人間

2006-04-01 01:55:06 | 国際学入門の入門
 第四番目のポイントについてお話しさせていただきます。他者(異なる文化を持つ人々)の立場を理解できる人間になってほしいということです。

 外国語が良くできても、他の文化を理解できない、自己文化中心主義から逃れられない人がいます。たとえば戦前陸軍に「支那通」と呼ばれる中国専門家がいました。軍隊は、皆さんは戦う集団と理解されているでしょう。しかしそれと同じくらい教育研究にも力を入れていたのです。ただ「支那通」は、いくら上手に中国語を操っても、中国人の気持ち、あるいは新しい中国の息吹を理解することはできなかったようです。中国人は政治的能力に欠ける民族であると断定するものが多かったのです。
 
 20世紀前半の中国は、今日からは考えられないほどひど中央政府が弱体で、秩序維持能力に欠けていたのは確かです。しかしそれはあくまでも産みの苦しみの時代であり、新しい国を目指して努力している中国人もいたのです。もちろん、日本人の中にも、ナショナリズムに燃えた中国人に理解を示す人もいました。
 
 たとえば吉野作造という人物がいます。皆さんには彼は大正デモクラシー=民本主義者という形で知られていると思います。それだけではなく、彼は中国問題・朝鮮問題にも、なみなみならぬ関心を示しました。もっとも吉野は、中国専門家ではありませんでした。むしろ専門はヨーロッパの政治でした。それにもかかわらず、彼は中国のナショナリズムが将来の可能性を秘めていることを見抜きました。
 
 一例を挙げましょう、1919年5月北京で反日運動が起きました。第一次大戦のパリ講和会議において、山東問題処遇に対する不満が爆発したのでした。(5・4運動)

 日本は第一次世界大戦に、日英同盟のよしみで、英仏露の協商側に立って参戦します。日本のねらいのひとつは、山東半島にドイツが持っている権益でした。日本は、真っ先に山東半島のドイツ軍を制圧します。そして講和会議では、ドイツの権益を日本のために確保するために努力します。中国も、最終的には英仏側に立って参戦し、パリ講和会議に参加します。そして中国は、山東半島の権益を中国に返還するよう求めますが、大国の利害のために、日本に移ることが認められたわけです。これが5・4運動の原因です。
 
 5・4運動時に、日本の論壇では、表面に表れた反日的色彩に反発を示す風潮が強かったのですが、吉野はこの騒動のなかに現れた中国ナショナリズムの可能性を指摘して、日本も反省するべき点があるのではないかと問いかけました。吉野の偉い点は、自国ナショナリズムに盲目にならず、それを乗り越えることができたことにあると思います。
 
 国際関係学部で、他の文化を学んで、そこから自国の文化を見つめ直す。そのような作業が、盲目的ナショナリズムを克復するひとつの道につながるのかもしれません。


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