片雲の風に誘われて

自転車で行ったところ、ことなどを思いつくままに写真と文で綴る。

6/14 辻原 登 『Yの木』読了

2024-06-14 22:07:02 | 読書

 辻原登の名前は聞き覚えがあったがまだ読んだことはなかった。本棚を渉猟しているとき何気なく手が伸び、釣り書きにあった「どこでも見たことのない感情に、あなたは、ここで出会う。」の言葉に惹かれ借りてきた。短編三つと表題の中編で構成されている。短編はそれほどでもなかったが、表題の中編は読み始めたら止まらなかった。

 妻に先立たれ、老境に入った「私」が犬を連れ、団地の裏に続く森の中へ散歩に入ると、目の間に地上二メートルほどのところで枝分かれし、まさにY の字に見える木に気付く。その時、昔知り合い交渉のあった小説家大瀬渉(筆名大瀬東二)の自死の様子を思い出す。大瀬は団地のベランダの低い手すりにロープを掛け、座った状態で首に巻いたそのロープを自ら引き縊死した。「私」は思い出すままに、大瀬が若いころ同人誌で一緒した小島信夫や大瀬が着想を得たと思われるカフカやそのほか多くの実在の小説家のことが記述される。私の知らない作家も出てくる。多くは辻原の文学体験に基づくメンバーと思われる。「私」は少年・少女向けの小説で当て、少し金が出来たとき横浜のチベットと言われた港北区に家を買う。これも最近私がシャングリの練習で訪れる相鉄線や横浜地下鉄の通る地帯だ。彼が購入したころはバブルで東京近郊が宅地開発され鉄道がどんどん延伸された時代だ。田園地帯や山谷がどんどん開発されてゆく様子も描かれている。取り上げられる作家にも、風景描写にも強く惹かれて読み進められた。

 「私」はそのYの木を見つけたときに自死を決めたのだった。妻に死なれ、子供もなく、この先老いてゆくだけ、妻の遺産やら自分の貯金などをかき集めてゆくと何とか寿命近くまでは生き続けることはできそうだ。もし足りなくなったらリバースモーゲージと言って、持ち家を担保に銀行から金を借り自分が死んだらその家の所有権が銀行にわたり借金がチャラになる制度も研究する。だがそんなにして生きながらえて何になるだろう。早く自分の人生を終える方が良いのではと考えている。しかし、気にかかるのは十年近く一緒に暮らす犬のことだ。これも最近愛犬を亡くした文学仲間の女性に話すと、留守の間面倒を見てもよいという。これで思いを迷わすことはなくなったとホームセンターでロープを購入し、高級ウイスキーを飲み、明け方そのYの木の下に立つ。ロープを首にかけ足を上げて、宙に浮き、首が締まり始めたとき飼い犬の鳴き声が聞こえる。その瞬間木の幹に手をかけ、地上に降りた。首吊りに失敗する。部屋に帰り寝間着に着替え洗面所の鏡の中に首の回りに赤い擦り傷をつくったみすぼらしい自分を見てベッドに入り深い眠りにつく。

それで終わり。

 今日焼津の家具屋へ上の写真の椅子を修理するように持ち込んだ。三脚ある。残り三脚はまだ使える。もう40年近く食卓で使っている椅子だ。以前も同じように背当の網代が破れて一脚修理をしたことがある。その時は飛騨のメーカーまで送って修理した。2万円近く掛かったと思った。今回も問い合わせると3万円を超えるといわれた。そこでネットで探す。愛知県などに2万円以下でできる店もあったが、そこまでの輸送に費用が掛かる。さらに探すと焼津に見つかった。2万円近くかかるが送料分やすくなるので持ち込んだ。メルカリを見るとその修理代ぐらいで新品を売っていたが1脚だけだ。購入した時の半分近くの金額だが今ではもっと高くなっている。あと何年使えるか分からないが今のうちに直してくことにした。

コメント
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