片雲の風に誘われて

自転車で行ったところ、ことなどを思いつくままに写真と文で綴る。

7/13 帰国

2015-07-16 22:01:24 | 2015 ドイツ自転車旅

ライン川沿いには山が見られるようになる。
斜面はブドウ畑らしい。


朝、9時前、従兄弟の子が保育園に行くのに合わせて、出発する。
デュッセルドルフからフランクフルトまで電車で向かう。
IC (インターシティ)は切符が取れなかったのでREで、2会乗り換える。
ライン川を遡って行く。
ケルンまでは前日通った線路だ。
ボンを通過し、コブレンツで乗り換え、次はマインツで乗り換え、フランクフルト中央駅の前の空港駅で降りる。




ライン川沿いの山の上には古城なのか、見張り砦なのか一定距離ごとに見ることが出来る。


ライン川沿いにも自転車道が整備されている。

電車の遅れを予想して、大分ゆとりを持った電車を選んだ。
確かに、乗り換える前には10分以上の遅れが発生する。
コブレンツでもマインツでも異なったホームへ移らなければならないのに、2・3分しかなかった。
自転車に荷物を付けた状態で、エレベーターに乗ったりエスカレーターに乗るのには苦労した。
それでも予定通りの電車に乗れたので、空港では5時間近く時間があった。

ドイツを旅して、印象に残ったことはいくつかある。
先ずは田舎の人が純朴そうでフランスなどとは大きく違い、明るく親切だということ。
次が、田舎の何処の家も庭や家をきれいに片づけていること。
花が花壇や窓辺に飾られている。
工場などでも、日本で良く見るように敷地の片隅に不用な機械とかがらくたが積まれていない。
次がクラインガルテン(小さな庭)が線路脇や川沿いに沢山見られること。
50から100坪ほどの貸農園で農機具や簡易宿泊のための小屋が併設されている。
庭は畑だったり、芝生と花壇だったりする。
休日をここで過ごしている様だ。
椅子テーブルに座って、飲みながら過ごしている姿もよく眺められた。
こんなことが出来るのも、ドイツにはこの時期蚊などの不快害虫があまりいない。
盛夏になると所により発生はするらしいが、今はいなかった。
木陰で過ごすのは全く快適だった。
次はカフェやレストランで、ビールやコーヒーが2・3ユーロと安いこと。
ワインも安い。
日本のように、市販価格の3倍5倍ではないことは気楽にレストランやカフェを利用することが出来る。
いずれにしろ、ドイツは旅がしやすい国だった。
ヴェザー川の最後でも終わったらどこへ回るのか?オランダか北欧か?とよく聞かれた。
次の機会を何とか造りたい。

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7/12 ケルン観光

2015-07-15 15:40:45 | 2015 ドイツ自転車旅

従兄弟の部屋は真ん中の一番小さな建物にある。


従兄弟の家は4階建ての古い建物だ。
外から見ると3階だが中は4階になっている。


デュッセルドルフの街には路面電車が縦横に走っている。

デュッセルドルフにはあまり観光するところがないから電車でケルンに行ったらどうか、とのアドヴァイスに従った。
電車で30分ほどだ。
かつての西ドイツの首都ボンまでは更に30分ほど。
今回はケルンだけにする。
ケルンはローマ時代1世紀にコロニアル(植民都市)として造られたのが始まりとされている。
ライン川が境界で、ライン川の対岸は異民族の領域となる。
フランスの香水、オーデコロン(コロンの水)のコロンはケルンのことだそうだ。
この町の業者が初めて造ったことからこの名前で呼ばれているという。

駅のすぐ前が有名なケルン大聖堂。
さすがに土曜日で観光客が多い。
今まであまり見掛けなかった中国や韓国の観光客が多い。
日本人はほとんどいない。
大聖堂の中は、ミサの最中で、入り口だけの見学しかできない。
しかし、塔の上に登ることが出来る。
狭い螺旋階段を、前の人の踵を見ながらひたすら登る。


右の高い塔が登ることが出来る。

展望階は金網越しにしか眺めることが出来ない。


中国の法輪功弾圧を非難する横幕を持ったドイツ人らしい人たちがいた。

昼食はケルン名物のビール、ケルシュと焼きソーセージだ。
午後はローマ時代の遺構の上に建てられた博物館などを見学した。


戦争での破壊が大きかったらしいが、昔風に復元されている建物が多

従兄弟の娘は人見知りをあまりしない。
初めは少し恥ずかしがっていたが、すぐに慣れてきて、最後は風呂にまで一緒に入った。
まさかこんな小さな子に風呂に一緒に入りたいなどといわれるとは思ってもみなかった。





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7/11 ハンブルグ→デュッセルドルフ

2015-07-11 22:58:22 | 2015 ドイツ自転車旅

夜中10時半の西の空。


に泊した宿、ホテルメルセデスという。

  9時過ぎに宿を引き払い駅に向かう。
昨日調べた10時46分のデュッセルドルフ直通のIC(インタシティ)に乗ろうと思って申し込むと、自転車の席は満席だと断られた。
一月ほど前から予約しないと取れないそうだ。
それで、RE(リジョナルエクスプレス地域急行)にした。
2回乗り換えないとならない。
時間も倍の6時間かかる。
しかし、値段は半分近い。


最後の乗り換えミンデン駅。

  ホームは13bとなっている。
13aは表示があるがbはない。
おばさんに聞いてみるとずっと反対の方だという。
行き掛けるがおかしいなと思い電光表示をみると、時々13bが出る。
それで降りてみると、ホームの後半分がbになっている。
電車は縦列で並んでいる。
人の席は充分座れるほどだが自転車の置き場はかなりタイトだ。


電車のゆれで倒れないか心配で見張っている。

  ミンデンは自転車で通り過ぎた町だ。
ここから線路は西に向かう。
約2時間掛かる。


中に像が入った祠。 

 ドルフには16時20分頃着いた。
駅に従兄弟が迎えに来てくれていた。
13日のフランクフルト行きのチケットを先に購入した。
やはりICは買えなかった。
従兄弟の部屋で休んだ後、夕食でラーメン屋へ行く。
ここは日本人が多いので、味もしっかりしているという。
確かに、日本の味だ。
但し値段は倍だ。
満席の客に日本人は数えるほどで、中国人が倍以上だ。
餃子も欲張ったので、また腸に問題を起こしそうだった。





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7/10 ハンブルグ2

2015-07-11 02:50:14 | 2015 ドイツ自転車旅

宿近く、トルコ系の町か。
店の名前もスルタン・バザールだ。

 昨日宿に着いた後、シャワーを浴び、一休みしてから夕食のため街に出た。
この辺りは所謂駅裏で、非ヨーロピアンが殆どだ。

  夕食はラーメンでも食べたいと思い調べたが見付からない。
寿司屋はあった。
いってみたら若い日本人数人が働いていた。
味も値段も悪くはなかった。
店員にラーメン屋はないかと尋ねたが、遠くにあるとのことだった。


サクラ寿司。

  今朝はゆっくり10時過ぎに街に出た。
駅を通り抜けて旧市街に向かう。
ガイドブックにあるところを一応廻ってみる。


Rathaus ネズミの家ではない、市庁舎だ。


聖ミヒャエル教会横のマルティン・ルター像。


教会の塔の上から見る。斬新な建物が目立つ。

 ハンブルグの象徴、港地区へ廻る。
流石に観光客だらけだ。
昔の帆船が公開されている。


リックマー・リックマース号。

この船内のレストランで昼食。
メニューはタラのバター焼き、同じような物ばかり食べている。
味は悪くない。




アルター・エルプ公園に立つビスマルク像、ドイツ最大の15メートルだそうだ。

  また港に戻る。
倉庫街や新開発地区を観る。


建設中のコンサートホール。


古い倉庫街がブッティックになっている。


地下鉄Uバーンの高架駅、シカゴの高架と同じ頃出来たのだろうか?

 Uバーンに乗って駅に戻った。
気が付かない内に地下に潜っていた。


中央駅、中国はこういった構造を真似している。
駅構内はショップだらけだ。


宿近くの広場、警官が三方を睨んでいる。
暗くなったら歩きにくそうだ。

  
  駅中のフードコートでハンバーグを夕食にした。
本場?のは少しジューシーさに欠けるが、そこそこの味だ。
ただし、何時も買う山下肉店の倍の大きさだ。

 宿に戻り、夜9時、西陽に照らされながら書いている。


   



 

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7/9 ヴレメンーカックスハーヴェン40キロ ーハンブルグ

2015-07-09 23:18:33 | 2015 ドイツ自転車旅

強風で白波が立っている。

  朝起きると昨日からの風が治まっていない。
それどころか、空を走る千切れ雲に真っ黒のが来ると大粒の雨を落としてゆく。
気温も15度しかない。
長袖を着て、カッパも直ぐ出せるようにして8時半に宿を発つ。
宍戸錠に顔も話し方もよく似た親父は、海岸の堤防の上を行くと海が見えていいと勧めたが、とても風が強く走れない。
土手下の道を行く。
それでも風は斜め前からで、ほぼ向かい風だ。
時速10キロ程度しか出せない。
その内大粒の雨が降ってきた。
慌ててカッパを着る。
この寒さで濡れたら風邪を引く。
下ばかり見て、必死で休むのも忘れ漕いでいたら2時間ほどで30キロ近く進んでいた。


もうだいぶ前にヴェザー川は北海Nordseeに吸い込まれている。
海岸線までは国立公園になっていて、羊や牛が放牧されている。

  今日がこの旅一番の気象条件の厳しさだ。
気温は気にならないが、初めてカッパを着て、この強い向かい風。
雨は幸いそれ程長くは続かなかった。

  岬までの海岸はほとんどがリゾートになっている。
終点のカックスハーヴェンに近づくほど人が増えてくる。
それも皆さんジャケットやマフラーをして冬の支度だ。


先端近く、今回の最北端と思われるところの展望台。
カメラを置いてセルフタイマだが、カメラが風で飛ばされないか心配だった。

  街に入る前に、宿で作ってきたサンドイッチで昼飯とした。
駅を見付けるのに手間取った。
駅に着いたとき12時半、4時間で40キロを走った。
最初のハーナウからを含めて6百キロを走った。
休息日も入れて10日間。
脚は数日で慣れてきたが、尻の皮はやっとこさ馴染んで痛みが少なくなったところだった。
最後に感慨に浸る暇もなかった。

  駅は無人駅になっている。
自動販売機はあるが、どうもドイツ語表記だけのようだ。
ネットで調べたときは、ハンブルグまで何度か乗り換えなければいけないようだった。
そんな複雑な切符が販売機で買えるのか心配だ。
近くにいた女性に英語を話すか聞くと話すと応えたので、販売機の操作をしてもらった。
最後のお金を投入する前までやってくれて、急ぐといって行った。
28ユーロのところ50札を入れると受け付けない。
ではクレジットカードを入れても動かない。
その内クリアーされてしまった。
また困って数人に声を掛けたが誰も英語を話さないという。
離れたところにいた若い女性が、私がと、寄って来てくれた。
お願いすると、今度は別の簡単な販売機に向かった。
それが最新型なのか各国語の表示が出るようになっていた。
これなら自分でもと思ったが全てやってくれた。
チケットが人間、自転車、カードの控えと三枚出てきた。
乗り換えについての表示はなさそうだ。
それについて彼女に聞くと、直通で行くという。
ネットで事前に調べていたのと経路も違った。
ネットではブレーメンまで戻って、そこで乗り換えだったが、別の線でショウトカットするように行く。
時間もネットでは5時間ほど掛かることになっていたが、2時間で着いた。
助けてくれた若い娘さん二人連れはアイルランドから仕事で来たという。
道理で流暢な訳だ。
しかし私には流暢すぎる。
訥々とゆっくり話す方が助かる。


カックスハーヴェン駅。


乗ったのと同じ電車。
自転車マークの車両一階は殆ど自転車用で、乗客は二階に上がる。


ハンブルグ駅。

  宿は駅の東口すぐ近くに取ってある。

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