片雲の風に誘われて

自転車で行ったところ、ことなどを思いつくままに写真と文で綴る。

2/17 日本人登山者アコンカグアで滑落死

2016-02-17 08:02:35 | キリマンジャロ登山
  昨夜、妻がネットのニュースで表記記事を見付けた。
長野出身の藤森幹仁さん(76歳)が南米最高峰アコンカグア頂上直下で滑落死したというもの。
名前も年齢も、2014年にキリマンジャロ登山のメンバーだった元銀行員だ。
娘に確認すると、確かに同行した藤森さんだった。
キリマンジャロで同じく同行した、かつて娘と同じ会社に在籍した女性が今回同行しているらしい。
帰国後、娘は彼女とは時々山にも行っているという。
藤森さんはアコンカグア登頂で、南極以外の6大陸最高峰踏破が達成できるところだった。
キリマンジャロでは藤森さんより高齢の方がいたが、70歳を超えてエヴェレストなどに挑戦しようとする意志、体力に憧れていた。
ご冥福を祈る。
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7/26 Tarangire Safari - Arusha - Killmanjaro Air port - Narita 7/27

2014-08-07 19:38:04 | キリマンジャロ登山

公園入り口で早速出迎えてくれたキリンとアフリカ象。

 朝5時起床。
6時ホテル出発。
車で2時間ほどのタランギレ国立公園でサファリだ。
夕方の便で帰国の途につくので駆け足の見学になる。
それ程の期待はしていなかったが、入り口のトイレの横で直ぐにアフリカ象の群れとキリン、ムーに出迎えられた。
仕切りも何もない所で接すると流石に迫力がある。
車の屋根を大きく開いて顔を出す。
至る処にムーやインパラ、イボイノシシの群れを見ることが出来る。


ムーの子供の屍に群がるハゲタカ。

ハゲタカにも階級があるようで、先についばむことが出来るのとそうでないのがいる。
順番の来ていないハゲタカが近付くと直ぐに追い払われる。


サファリでは本当に貴重な肉食獣ピューマ。

 数台のランドローバーが停まっているところがあった。
我々の車もそこで停まった。
遠くにピューマが寝転んでいる。
望遠でやっと姿が見られる程度だった。
しかし、サービス精神旺盛な個体と見えて、我々の車の方へ歩み寄ってきた。
車の直ぐ後ろで道路を横切った。
また先程と同じくらい遠くで寝転んだ。
その頃には、無線で連絡を受けたのだろう、十台以上の車が集まってきた。
遅れてきた車からは、草の陰でほんの少ししか姿は見えなかったろう。


公園内の景色、アフリカらしいサバンナ。


サファリの帰りに寄ったマサイ族の村。

 メンバーの半分はサファリを先に切り上げて、マサイ族の村を見学に行くことになった。
大草原の中に、茨で作った牛囲いのサークルが特徴的な村だ。
牛は既に放牧に連れ出されている。
観光客向けに村人が残っている。
1人25ドルは高いように思うが、現金収入のない彼らにはしょうがないかと思う。
彼らにはこの半分も渡らないと思うが。


牛糞で壁が作られている、マサイ族の家。


マサイ族の子供の学校。どうも観光客が来たから教室に座らせられたようだ。
机の上に教科書の類いはない。窓に腰掛けているのが先生らしい。

 空港へ向かう途中で、またアルーシャの町により中華料理屋で昼食。
久し振りに東洋の味で、皆さんよく食べた。

 帰国便はやはりダルエッサラームに立ち寄るが、機内に留まったままだ。
ドーハで成田行きに乗り換える。


帰りの飛行機でパキスタン・カラコルム山脈を通過。
中央上に見えているのがK2らしい。

 カラコルム上空を通過しているとき、ツアーリーダーが眠っている所を起こしてくれた。
パキスタンには世界に13座ある8千メートル越の山の内5座あるという。
このK2の麓の氷河を歩く4週間のツアーがあるそうだ。

 成田には翌27日夕方18時に着いた。
娘の部屋はとても止まれる状態にはないと言うことなので、隣のホテルに部屋を取った。
遊びがてら上京してきた妻と合流する。 


日焼けでひどい顔。

 成田で解散したが、皆さん次は何をするか、何処へ行くか話していた。
元バンカーはセブンサミットの残り、南米のアコンカグアへ来年の2月計画しているという。
百貨店外商氏はこれに加わろうとしている。
数百万円掛かるそうだ。
最年長の女性は、今年6回目の海外トレッキングとして8月にアメリカのジョン・ミュアートレイルを既に申し込んであるとのこと。
元女優は3年前に百名山は終わっていて、今は2百名山を目指している。
私はと問われて、つい自転車でのスリランカ一週を考えていると答えてしまった。



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7/25 Horombo Hut - Marangu Gate - Arusha(Mount Meru Hotel)

2014-08-06 13:56:39 | キリマンジャロ登山

 ホロンボハットを出て直ぐ、草に霜が乗っていた。

 昨夜は皆さん早くからよく眠っていた。
夜中、トイレに起きることもなかった。
やはり相当疲れていたのだ。
緊張も解消されている。

 朝7:30出発。
最初の山小屋マンダラハットで昼食を取って、マラングゲートへは14時過ぎには着きたいそうだ。
下りの脚は軽い。
快調に坂を下って行く。
周りを見る余裕もある。


森林帯に入ると、ブルーモンキーが現れた。
姿形はニホンザルに似ている。

 マンダラハットには10時半頃着いた。
日本の他の旅行社のグループが既に昼食を済ませ出発する所だった。
彼らは6・7人のグループだったが、登頂出来たのは2人だけだったとか。
早めの昼食を済ませ、11時過ぎには出発。
樹林帯の道は湿度が多く、山上の乾いた世界から降りてくると心地よい。
日焼けでひりつく顔の肌にも優しく感じる。


よく見ると巨木が多い。

 ツアーリーダーは途中から先に急いで下り、我々の下山手続きをすることになった。
手続きに1時間以上掛かるとのこと。
2時半頃、マラングゲートに到着。
手続きを待つ間に、たった一軒だけある、前の土産物屋で買い物。
皆さん本物のキリマンジャロコーヒーが人気だ。


隊の解散セレモニー。

 手続きが終了した後、登山隊の解散式が行われた。
ガイド、ポーター、コックが改めて紹介され、我々から感謝が伝えられた。
登頂証明書も頂いた。
登山が終わって、不用になったもの、いらなくなったフリースジャケット、水筒、お菓子類などをポーター達に提供した。
彼らに見送られ、2台の車でホテルに向かった。
ホテルのある、アルーシャは東アフリカの交通の要衝だ。
エジプトから南アフリカへ南下する道、ケニアのモンバサから西へ横切る道が交差している。
 

自転車旅の西洋人の中年女性。


東アフリカではバオバブの木を多く見掛ける。


マウント・メル-・ホテル。
近くにあるメル-山(4,565m)にちなんだ名前だ。

 久し振りのバスタブに浸かり、これまでの垢を落とす。
髪は何度洗い直しても、シャンプーが泡立たない。
夕食時、山頂まで同行したウイスキーにて皆で乾杯した。
高度の影響か、ビール2杯とウイスキーほんの少しで酔ってしまった。
飲み続ける娘を置いて、先に部屋に戻った。
達成感、充足感がジワジワと湧いてくる。
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7/24 Kibo Hut(4,703) - Gillman's Point(5,685) - Uhuru Peak(5,895) - Kibo Hut - Horombo Hut(3,720)

2014-08-05 11:27:47 | キリマンジャロ登山

朝5時頃、東の空が白み始める。

 23時起床、荷物はそのままに、簡単に食料を腹に入れる。
私は、紅茶とビスケット数枚しか食べられなかった。
皆さん、高度、緊張、ダイアモックスによるトイレで眠れなかったと訴える。
隣で寝ていた元女優から「貴方はよく寝ていたわね」と褒められたのか、妬まれたのか、声を掛けられた。

 24:30出発。
空は快晴、満点の星で天の川もはっきり見える。
気温はそれ程低くなくマイナス3度、風もなく良いコンディションだろう。   
荷物は出来るだけ少なくして、負担を減らせ、と言うリーダーのアドバイスで予備のカメラだけで、ほとんど空のザックをガイドに預ける。
服装は、下はサポートタイツの上に、ヒートテックの防寒用タイツ、厚手の登山ズボン、更に雨具用のゴアテックスズボン。
上は、ヒートテック長袖下着にメリノウールのシャツ、その上にフリースジャケット、更に雨具のゴアテックス、その上から登山口で借りたダウンジャケット。
首に、フリースのネックウォーマー、頭は毛糸のキャップ。
手袋は厚手のゴアテックス、下にもはめてダブルにした方が良いとのアドバイスだったが、様子を見る。

 ガイドのスタンレーが先導し、私が先頭で続く。
今までよりも更にゆっくり歩を刻む。
呼吸法も今までより更に慎重にペースを作る。
極端にゆっくり登る我々の隊を多くのグループが追い抜いて行く。
ヘッドランプの明かりだけを頼りに、地面を見つめ、呼吸音と足音を聞きながら歩く。
砂走りの急な坂道を、ジグザグに進む。
2・3時間登って、5千メートル付近を越えると、登山道で座り込んでる人が現れ始める。
私は先頭なので、良くは分からないが、我が隊からも遅れ始めた人が出たようだ。
ギルマンズポイント直下は、岩場が2百メートル程続く。
まだ高山病の気配は感じない。
太陽が雲海の上に顔を出す頃、ギルマンズポイントに到着。


この男4人と女性3人が同時に到着した。

9人の内、7人の顔は確認できた。
残り2人の到着を待とうとしたが、早めにウフルピークへ向かう方が良い、と言うアドバイスで写真もそこそこにまた、歩き始めた。
その頃は高山病の症状を訴える人が出てきて、歩けずに立ち止まる人もいる。
何とか励まし合って、更に2時間、ウフルピーク到着。
登山開始から8時間近く経過している。


ウフルピーク下の氷河。


噴火口内部。

揃っての写真撮影は出来る状況になかった。
登山中ズッと携えてきたスキットル(ポケット瓶)からウイスキーをキャップに受け、山の神に登頂を感謝した。
このウイスキーは、大学時代の友人が壮行のため我が家に集ってくれたとき、山頂で皆さんと祝杯を挙げてくれと託されたものだ。
こんな高度でのアルコールは以ての外だと言うので、指に着いた数滴を嘗めるだけにした。

 ピークではメンバーの中からも、自力で歩けなくなりガイドに両脇を支えられる人や、手を引かれる人もでた。
私も娘も幸いそれ程の影響はなかったが、気を抜くと目眩を覚えた。
とても他の人を助ける余裕はなかった。
目の端で、ガイドのサポートを受けているのを確認するだけで、自力下山に入った。
慎重に岩場を下ると、長い砂走り地帯が始まる。
登って来るときは、ここをジグザグに道を取ったが、下りは直線で降りることが出来る。


若い人たちは駆け下りて行く。

私は膝が心配で駆け下りることは出来なかった。
それでも自然と大股の早足になって下ってしまう。
登り8時間以上掛かった所を2時間で降りた。
キボハットにはギルマンズポイントだけで引き返した女性がリーダーと共に、既に下山していた。
荷物をまとめながら皆を待つ。
1時間程で、9人全員が揃う。
全員がキリマンジャロ登頂成功、8人がウフルピーク征服と言うめざましい結果だった。

 軽い昼食を取って、ホロンボハットへ向かう。
足取りは極めて軽くなっている。
午後4時前、ホロンボハットに着く。
男6人、女4人それぞれの小屋に入る。
まだ乾杯は出来ない。


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7/23 Horombo Hut - Kibo Hut 4,703m

2014-08-03 10:17:24 | キリマンジャロ登山

キボ峰とマウェンジ峰の間に広がるザ・サドル(砂漠帯鞍部)に入る。
この道の先、キリマンジャロの山麓に最後の山小屋キボハットがある。

振り返って、マウェンジ峰を見る。

 朝6時、何時ものようにモーニングティーで起床。
8時に出発。
出発して暫くは少しの登りが続いたが、砂漠帯に入ると極なだらかな傾斜になる。
ここでの呼吸練習は、高度が上がっているが、負荷が少ない分90%を達成しやすい。
それでも少し油断して、呼吸のペースを狂わすと目眩がする。
みんなお喋りをしなくなる。

 砂漠帯の途中で、世界周遊の青年とすれ違う。
ウフルピークまで登頂できたという。
5千メートルを越えた辺りで頭痛がひどくなり、下山後キボハットで3時間も休んできたそうだ。
この話を聞いて、また緊張が高まった。

 キボハット直前に少し急な坂が現れた。
緩斜面で速まっていた歩みをまた遅くする。
もう既に4千5百メートルを越えて未体験ゾーンに入っている。
呼吸法のおかげで頭痛はない。
6時間の予定が8時間を費やして午後4時、キボハットに到着した。


最後のキャンプ地キボハット。

 夕食はみんなあまり食欲がないようだ。
食後全員にダイアモックス半錠が渡される。
この服用法が効果的だそうだ。
20時に就寝、23時起床予定。
ダイアモックスが効いて、1時間毎にトイレに起きる。
しかし、それ以外は熟睡できたようだ。
他のメンバーは余り眠れなかったと言っていた。
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